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逝く君と 作者:ぽぉ
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Ⅰ.電気工の青年 01

 新暦3555年、忌まわしき五度目の世界大戦を経て、約500年ぶりに開催された万国博覧会。その地に選ばれたセントレアパクスは、国際平和維持代表国として戦後新たに建国された多民族国家であり、その名が示す通り世界平和意志の象徴的存在になった。移住希望者は今尚後を絶たず、  観光地としても変わらぬ人気を博し続けている。

「今日も平和なパクスです……か」

タカモは小さな溜息を漏らし、古ぼけたバギーに身を預ける。見上げるエアラインには、今日も無翼飛行カプセルが列を成していて大渋滞だ。大戦前から流行り始めた翼のない家庭用飛行カプセルは、戦時中、亡命や密入国に頻繁に利用された為、一時は利用規制がかけられて、その数も減っていた。しかし、戦後の国域整備に伴い、各国で新たに規定空路を定め、低空域、中空域に敷かれたエアライン上に限り、利用が許可されるようになった。なったと同時に、戦後繁栄国の全域が、この飛行カプセルで溢れかえることになる。これは、国を築いた者達にとっては大いに予想外だったようだが、誰もが予想し得た「そりゃそうだ」な展開でもあった。このご時世、誰が好き好んで地上を行くだろうか。戦後繁栄国に移り住む程度に財がある人間ならば、多少の出費は厭わない。迷わず空を行くことを選ぶ。そんな考えてみれば当たり前のことすら見落としてしまうほど、或いは慌ただしい建国であったと言えるのかもしれない。つまるところ、国際協力の名の下に建国、再整備された戦後繁栄国と呼ばれる国々は、それほどまでに切羽詰まった状況下で幕を明け、戦後燻る残り火の鎮火に一役買ったというわけだ。
 タカモがバギーのエンジンを空蒸ししたその時、地鳴りと共に大地が大きく揺れた。タカモは「あがっ」と小さく叫び、慌ててバギーを走らせて、数メートル先に敷かれた鉄板の上に乗り上げる。まだ真新しいコンクリートの道路が音を立てて軋み、先ほどタカモのいた辺りには、早くも浅からぬ亀裂が入っている。つまりはこれが、空路渋滞の理由である。先の戦争で行われた地殻変動攻撃の影響で、世界では未だ中小規模の地震が止まない。道路整備技術は格段に進歩し、定形記憶タイプのコンクリートによる即日復旧が可能になったものの、地殻変動に勝る道路を作る術は未だなく、うっかり亀裂に飲まれればそれまでという、なんともリスキーな状態を日々繰り返している。地面を這って進もうなんて物好きは、まずいないということだ。

「お陰様で、こっちは渋滞なしだ」

揺れが徐々に収まり、コンクリートの亀裂が自然修復を始める。タカモは膝に抱えていたヘルメットを今更ながらしかと装着すると、改まってバギーを大きく蒸してから、まだ修復しきっていないデコボコの道路をタラタラと走り出した。

歴史的背景だの、空の交通事情だの、そんなものはお構いなしに、どんな形であれ、日常は巡るものだ。タカモにとっての日常とは、このリスキーな地上道路を、時代錯誤のガソリンバギーにまたがって、これまた時代遅れの電気関連器具の修理をして回ること。今では数える程しかいないと言われている電気工、それがタカモの仕事であり日常だった。 

セントレアパクスのほぼ中心に位置する万国博覧会跡地には、世界の歴史を示すべく、巨大な歴史博物館が建設されている。大戦後、世界中から集められた戦前の遺物や、各国の歴史学者から寄せ集められた膨大な知識がふんだんに詰め込まれた巨大ミュージアムだ。世界最新の歴史博物館、その名もセントレアパクスミュージアム。名前こそ安直だが、世界平和象徴国の名と国紋をそのまま刻み込まれた大理石の看板には、趣と風格があり、古代、中世、近代の折衷デザインと言われている石とガラスで造られたアーチゲートを潜ると、敷地一面に敷き詰められた芝が映え、新時代アートの象徴とも言えるカラーエアの滝に包まれた中世風の大きな噴水が、色とりどりの飛沫を上げている。そしてその広い敷地の最奥には、今では珍しい平面設置型の建造物が、他に類を見ない重厚さを醸し出している。
だがしかし、これだけ仰々しく出迎える準備が出来ているにも関わらず、このウェルカムルートをなぞってミュージアムを訪れるものはほとんどいなかった。というのも、建設直後から強い要望があった空路からのルートを開設し、平地型の建物の屋上に大型のカプセルパーキングを儲けるやいなや、ほぼ全ての来客がそちらのルートを利用するようになり、陸路なんかまるで無かったかのようにエレベーターで博物館に入館する。それが、当たり前になってしまい、この素晴らしい中庭はパーキングに並んでいる際にちらっと見下ろす程度の、前菜に成り下がってしまった。
無論、それは来客にとってという話であり、庭園と呼んでも差し支えないほど美しく整った広場は、誰に邪魔されることなく生き生きとそこにある。今日もまた、芝は何者にも踏み荒らされることなく青く輝き、水は艶やかに踊り狂っている。そんな、日頃一切変化のない風景の中に、一箇所だけ今日に限った違和感が紛れ込んでいた。小汚い鉄の塊が、建物に寄り添うように転がっているのである。ところどころ赤褐色に錆び付いていて、遠目に見ればいかにもガラクタ、鉄くずにしか見えないそいつは、よく見れば小刻みに震え、低く唸るような音で一定のリズムを刻み続けている。事実骨董品に近い物で、訪れた客から見れば博物館の所有する歴史的な遺物にも見えただろうが、つい今しがたその場所に乗り付けられたそれは、タカモのバギー。そのものである。
タカモの本日の日常は、ここから始まる。それだけのはずだった。

「いやあ助かったよ。まさか、セントレアパクスにも電気工がいたなんてねぇ。もっと早く知っていれば、わざわざ高い交通費を支払ってルチアニア合衆国から電気工を呼びつけなくても済んだのに。これからは、毎回君に頼むことにするよ」

 タカモが額に汗する姿を、小柄な老人が嬉しそうに見上げている。ゆったりとした、しかし深みのあるしゃがれ声に満足気な溜息まで添えられると、タカモも悪い気はしない。仕事こそ少ないが、貴重な電気工はどこに行っても重宝される。もちろん、その一方で、絶滅危惧種を見るような好奇の眼差しを注がれることも決して少なくはないが、こういった歓迎のされ方は素直に嬉しいものである。

「それはどうも。こっちも助かりますよ」

室外機を室内に備え付けたお飾りのエアコンダクターを解体しながら、タカモも口元に笑みを浮かべた。笑みを浮かべたその裏で吐き気がこみ上げてくるのを、見事なまでに隠し通して。この人の良さそうな初老の男が、必要以上に喋りかけてくる……ぐらいのことで吐き気を催すほど、タカモはひねくれてはいない。タカモは人一倍鼻が利く……わけではないはずなのだが、ずっと、酷い悪臭に悩まされていた。知っている臭いで例えるならば、死んだ金魚の臭い――いや、ネズミの死骸だろうか――どちらもじっくり嗅いだことはないのだが、そんな類の腐敗臭だろうか。鼻を突いて嘔吐を誘うような、そんな生理的な限界を踏み越えてくるような悪臭ではないのだが、じっとりとまとわりついてジワジワと悪戯に気分を掻き乱す。タカモは人知れず、日々耐えている。とは言え、仕事中以外はほとんど地上で生活していて、友人もいないタカモにとって、その実感を他の誰かと共有する機会はついぞなく、デリケートぶっていると思われるのも嫌なので、こうして知らん顔をして過ごしているのだ。が、ここに至っては殊更酷い。このセントレアパクスミュージアムが悪臭の根源なのだと言わんばかりに、ここの臭いは際立って酷い。もしや展示物の何かが腐敗しているのではとも思ったが、一番疑わしい古代エジプトのミイラからは、予想に反して洗剤の香りがした。結局、臭いが強まっただけで、悪臭の原因は解らずじまいということだ。

「やっぱり仕事少ないの?」

「んが……?」

 極力鼻で呼吸しないようにしていたためか、あるいは意識が遠退いていたのか。タカモの返答は、喉の裏っかわに引っ掛かって、すっとんきょうな音を出した。

「え?あ、いや、電気工って儲かるのかなぁってね。ただの興味本位なんだが」

「あ、あぁ……そりゃからっきしですよ。この時代に電気工の仕事なんてあってないようなもんですから」

「まぁ、そうだろうね。この国に限らず、今日日電気製品を日常的に扱う人なんかいないからねぇ。技術自体はさほど難儀なもんじゃないらしいし、趣味で扱ってる人間は大概のメンテナンスくらい自分でこなすって聞くしねぇ」

「そういうことです。オレも電気工は趣味の延長ですよ。普段は、エア工の下働きばっかですから」

「それにしちゃ大した腕だ。手動の工具の扱いにも慣れてるみたいだし、今の若者にしてみれば電気製品なんて見たこともない代物ばかりだろうに、あんたはその仕組みまで熟知しているように見える。大したもんだよ」

「さっきご自分で、技術自体は難儀なもんじゃないって言ってたじゃないですか。やってみれば簡単なもんですよ。全部、骨董オタクの師匠の受け売りですけどね」

「師匠がいるのかい?そりゃ凄い。是非、その師匠にも来てもらいたいねぇ」

「あ、いや……いたんですよ。もう死にました。そもそも、オレがこういう機械いじりするようになったのは、その師匠の影響なんですよ」

「そうか、そりゃ惜しい人を亡くしたねぇ」

「……ところで、館長さん。このエアコンなんだけど……館長さん?」

「え、私??」

「他にいますか?」

「あ、いや私、館長さんじゃないんだよねぇ……」

「え?だって、おもいっきり館長って」

タカモは、かまえようとしたドライバーをクルリと持ち替え、老人の胸元を指し示した。硬質の革で縁どられた布製のプレートには、金色の刺繍で代表者を表すクラウンシンボルが刻まれている。

「あ、これ?違う違う。私、ただ受付やってるだけの雇われ館長だから」

「いや、だから館長……雇われ館長?雇われだろうがなんだろうが、あなたが館長さんなんでしょ。警備室でだって、ほら。館長呼んできますって言って待たされて、あなたが来たわけで……」

「いえいえ、私の場合、本当に名前だけだから、ね。館長っていうニックネームだと思ってくれればいいよ」

「ごめん、意味が解らない」

「実際の館長は……あ、アレだよ。あの人。あの人が、ここの本当の館長さん。滅多に顔出さないし、顔出すつもりもないからって、ただの警備員だった私のネームプレートをこんな風にしてくれやがった張本人」

ソドリ館長の指し示す先には、一人のジェントルマン。いや、それ風の服装を纏っているだけで、姿勢は悪いし、挙動は不審だし、比較的格式の高い者の集まるセントレアパクスミュージアムにおいては、来客としても疑わしい細身の中年男である。

「またまた……」

タカモは、人を見た目で判断するほど浅墓なな男ではない。ないつもりだが、流石にこれはソドリ館長の選択ミスだろう。冗談でからかうにしても、もっとマシな嘘があっただろうに……。

「冗談でからかうつもりなら、私だってもっとマシな人選をしますとも」

「え……」

「悲しいかな、あの怪しげな男こそ、正真正銘、このミュージアムの全管理を任された最高責任者。本当の館長なんですよねぇ……信じがたいことに」

君の気持ちはよく解ると言わんばかりの深い溜息に加え、幾許かの諦めの色を湛えるその眼差しは、冗談どころか、陳腐な現実を何度も反芻した結果、「現実ってさぁ~」と皮肉交じりにぼやきたくもなっちゃうソドリ館長の心情を、一切隠すことなく垂れ流していた。

「……えっと。あっちが館長さん?で、あなたはただの……警備員?」

「だから、そう言ったよねぇ?まぁ、今は表向きの館長業務もあれこれやらされちゃってるから……警備員兼館長代理って感じだけどねぇ」

「……よく分かんなくなってきたけど、表向きの館長の仕事やってるんだったら、もう館長さんでいいでしょう」

「いやぁ、そんな恐れ多い。天下のセントレアパクスミュージアムの館長なんて」

「でも、いつも名乗ってるんですよね?それ」

「そうなんだよ、だってあの人が……」

「僕をあの人呼ばわりするのはやめてくれないかな、ソドリ館長」

突然、ふたりの死角からの声がかかる。やや張り気味に、わざとらしく丁寧な発声で、ふたりの注意を確実に引きに来た声の主は、勿論、つい今しがた話題に上がっていた男。

「え?あ、か、館長」

「あ、さっきの……」

遠目から残念な男を眺めていたつもりだった二人は、その男にまんまと不意を突かれた。刹那たじろぐ二人に対し、おどけた様子で肩を竦めてみせるアクションから察するに、タカモがチラチラと見ていたことも、ソドリ館長が怪しげな男とため息混じりにぼやいていたことも、すっかりお見通しだったようである。館長に相応しい佇まいであるかと問うなら未だ疑わしいことこの上ないが、それ以前に食えない男であることも確かなようだ。白髪まじりの長髪の下から覗く眼は、悪戯にギラついて、けっして只者ではないのだということを、タカモに知らしめた。

「か、館長、珍しいですねぇ。開館時間中に展示場にお顔を見せるなんて、いつぶりですか」

「困るなソドリ館長。館長の座は君に預けてあるんだから、開館中に僕が展示場を歩いていたら、それはもうお客様として扱ってもらわないと」

「いや、そりゃ、え~!?そんな訳にはいきませんよ。前にも言いましたけど、私はあくまでも警備会社からの派遣であるからにして……」

「細かいこと気にしちゃダメだよ館長」

 楽しげに念を押すのは、ソドリ館長曰くの館長であり、その館長はソドリ館長を館長と呼ぶ。誰がどう見ても、館長らしいのはソドリであるが、だからこそソドリの言うことの方が正しいのであろう。
 ただひとつハッキリしているのは、タカモにとっては、んなこたぁどっちでもいい話だ、ということ。

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