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新しい家族

作者:ぱんだ祭り
 東京の片隅にあるマッサージ屋さんのお話しです。

 それは渋谷の端の方にある古い雑居ビルの3階にありました。
 とても小さなお店で、稼ぎは少ないもののコツコツと働き続ける家族が経営しています。

 その家族はお父さん、お母さん、息子の3人でした。

 何人かアルバイトを雇っていますが、たくさんの給料を払う余裕はありません。

 24時間体制で店を営業し、家族3人で毎日休みなく懸命に働き続けていました。

 数年前、その息子の優作は高校を出たあと、マッサージの専門学校に入学しました。

 優作の両親は、優作がやりたいことをやれるように、卒業後の進路は本人の意志に任せようと話していました。

 優作は真面目な性格で高校でも良い成績を修めていましたが、両親に卒業後の進路を相談することはありませんでした。

 何となく優作の両親は、大学へ進学し、しっかりとした会社に務めるのだろうと考えていました。

 そして、お金で苦しまないようにと願っていました。

 自分達がお金で苦労してきた分、優作には同じような目にはあって欲しくはなかったのです。

 立派な会社でたくさんの給料を得て、安定した生活を送り、そしていつか結婚し、温かな家庭を築きあげてくれればと願っていました。

優作は普段から自分の意見はあまり言わないおとなしい子ではありましたが、意志は強く1度決めたことは黙々とやり続けるようなところがありました。

 優作の両親から見ても、自分の息子ながらいまいち何を考えているのか分からないところがあったものの、絶対に優作は家族に迷惑をかけることは1度もしませんでした。

 そんな優作が高校3年生の秋、店にいる両親のもとへ1冊のパンフレットを持って来ました。

 渋谷というのはたくさんの人達が働いたり遊びに来る街で、どんな時間帯でもマッサージを受けに来る方がいます。

 しかし、夕方のちょっと手が空く、ほんの一瞬の時間帯を優作は知っていました。

 優作はずっと両親の働く姿を見続けてきたからです。 

 誰か店に訪れるまでしばし休もうと、じっと座り込み、頭を下げて目をつぶっていた優作の両親は、急に優作が来たので驚きました。

 最近は滅多に優作の方から話しかけて来ることもなかったので、何事かと思いました。

「お父さん、お母さん。ここの専門学校が家から近くて1番学費が安いのです。ここに入学したいのですが大丈夫ですか?」

 彼が持って来たのは、マッサージ師を養成する専門学校のパンフレットでした。

 そこで初めて優作の両親は、優作がマッサージ師になろうとしていると気がつきました。

「優作。お前は学校の成績も良い。わざわざ、マッサージ師などになる必要はないだろう?」

 優作の父は内心嬉しい部分もあったのですが、あえて優作をそう諭しました。 

「そうですよ。大学に行くためのお金は貯めてあります。何も心配しないで大学で好きな勉強をして良いのですよ」

 優作の母は、親に気を使って、優作が自分のやりたいことを諦めてしまうのではないかと、心配になりました。

 優作はそれを聞くと、若干うつむいたまま黙って首を横に振りました。

「お父さん、お母さん。僕はずっとお父さんとお母さんが働いているのを見てきました。僕は手伝いたかったのだけれど、子供なのでそれができませんでした。でも、ようやく手伝える日が近づいてきました。僕はこの店でお父さんとお母さんを助けながら働きたいのです」

 優作は淡々とした口調でそう言いましたが、そこには強い決意が感じ取れました。

 優作の両親は、しばらく何も言うことができませんでした。

 優作がそんなことを考えていたのかという驚きと嬉しさ、そして、こんなことに巻き込めないという親としての責任感。

 複雑に入り混じった大事な息子への想いを、どう整理して良いのか分かりませんでした。

 その日「もう一度、良く考えなさい」と父から諭された優作は「分かりました」と言い帰りました。

 それから優作はお店には顔を出すことはありませんでした。

 仕事を妨げたり、両親が休める時にしっかり休めるよう、優作なりの気づいかいでありました。 

 しばらく、優作と優作の両親は、会う機会がある度に、優作の進路について話し合いました。

 しかし、頑として優作は考えを変えませんでした。

 ただただ、優作は両親にマッサージの専門学校へ入学をお願いするのでした。  

 そのうち優作の両親も優作と話していくうちに、だんだんと考えが変わってきました。

 優作の両親は話し合い、そこまで優作が言うのであれば、しっかりとマッサージの勉強ができるように応援しようではないかと結論に達したのでした。

 翌年の春から優作は、自分で選んだマッサージの専門学校に通うことになりました。

 そして、学校が終わるとすぐに家に帰り、見習いとして店を手伝いました。

 マッサージというものはまだ資格を得る前でも、見習いとしてお店で働き経験を積むことが多いのです。

 優作は毎日学校が休みでも、必ずお店に立ました。 

 年齢的にも遊びたい頃だろうに、文句どころか顔色一つ変えず、黙々と学校と店を往復するだけの毎日を送ったのです。 

 優作は子供の頃から見ているお店だったので、仕事を器用にこなすところもあったのですが、最初の頃は良くお客様に怒られることがありました。

 なんでも真面目に取り組む性分ではあるのですが、優作はお客様とどう接して良いのかまだ分からなかったのです。

 高校を卒業したばかりの18歳の青年が、見知らぬ目上の方々に接客するのは難しく、当然まだマッサージの腕も未熟でした。

 日に日に優作は精神的に追い込まれていきました。

 優作の両親はそれを見て心配していましたが、それでも優作は365日毎日店に立ち続けました。

 子供の頃からのお父さんとお母さんの店を手伝いたいという思いが、優作を強く支えていたのです。

 そして習うより慣れろと言いますが、1年もすると優作のマッサージは格段に上達していました。

 接客もうまくできるようになり、真面目で実直な性格を気に入られ、優作を指名してくれるお客様も増えてきました。

 そのうち、優作はマッサージの国家試験に合格し、店の売上も今までないくらいに上がってきました。

 ついに優作の努力が、店の売上に結びついたのでした。

 優作の仕事ぶりも十分様になってきたある秋の日のこと。

 優作が24歳の誕生日を迎えました。

 優作の両親は話し合い、優作にボーナスと長期休暇をあげることにしました。

 真面目に働く優作の労をねぎらうという意味もあったのですが、何年も店と家の往復だけしている優作を心配してのことでもありました。

 店の手が空いた夕方、優作の両親は夜から働く優作を少し早めに呼びました。

「優作よ。お前のおかげで店も以前より繁盛してきた。誕生日プレゼントではないが、ここに20万ある。これで好きなだけ遊んできなさい。旅行に行ってもいいし、好きなものを買っても良い」

 優作のお父さんは封筒に入った20万円を優作に渡しました。

 優作はそれを一旦受け取るのをためらったのですが、どうして良いか分からない顔でそっと受け取りました。

 そして、じっとその封筒を見つめました。

「お父さん、僕は休みたいと思ったことはありません。今まで通りお店を手伝ってはいけないのでしょうか?」

 優作はしばらく封筒を見つめてから顔を上げると、そう優作のお父さんに申し訳なさそうに言いました。

「優作。何日でも店を休んでもいいから、少しは遊んできなさい。世の中を見て回るのも勉強ですよ」

 優作のお母さんは、戸惑っている優作を急かすように言いました。

 優作はそれを聞くと困ったような表情でうつむき、しばらく考えこみました。

「優作、海外にでも行ってきたらどうだ?色んな国のマッサージを受けるだけでも勉強になるだろう」

 優作のお父さんはもそれを促すように笑顔で言いました。

「体も疲れているでしょう。温泉にでも行ってゆっくり休むのも良いわよ」 

 優作のお母さんも心配そうに言いました。

 それを聞いているのか聞いていないのか、優作はうつむいたままでした。

「そうですか…」  

 優作は顔を上げてそう言うと、少し間を置いてからこう続けました。

「お父さん、お母さん。僕はこの店を手伝うことだけをずっと考えてきたので、それ以外にやりたいことが特にないのです。ですが、確かに僕は世の中を知らないかもしれません。本当に好きなだけ休んでもよろしいのですか?」

 優作はじっと両親の顔を見つめそう言いました。

「ああ、大丈夫だ。お前が帰ってくるまで、お父さんとお母さんが店を守る。何も気にしないでゆっくりしてきなさい」

 そう言って優作のお父さんが優作の肩を叩くと、優作は黙ってうなずきました。 

「わかりました。しばらく休みを頂きます」

 優作はそう言うと、いつも通り仕事の準備をし始めました。

 そして、その翌朝のことです。

 優作は僅かな荷物を持って「しばらく休みます」と言い残して出て行きました。

 優作のお母さんは「どこに行ってくるの?」と聞きましたが、優作は「行く先は決めていません。しばらく歩いてみます」と言いました。

 両親からもらった20万に、無駄遣いせずに貯め続けた優作の貯金。

 当面のお金には困らないだろうと優作の両親は思いました。

 それでも優作の両親は、10日もすれば優作は帰ってくると考えていました。

 ところが10日どころか、1ヶ月経っても優作は帰ってきませんでした。

 優作は必要ないと言って携帯電話も持っていなかったので、連絡のしようがありません。

 2ヶ月が過ぎ、3ヶ月が過ぎると、だんだんと優作の両親は、優作がこんな小さなマッサージの店で働くのが嫌になったのだろうと思い始め、もう優作は帰ってこないのではないかと考えました。

 警察に届けようかと思いましたが、優作が帰りたくないのであれば、そんなことしても無駄なので止めておくことにしました。 

 そして、優作の両親は仕事に忙殺され、徐々に優作のことが頭から離れて行きました。

 季節は移り変わり、優作が出て行ってから、半年が過ぎたある春の日。

 夕方のちょっと手が空いた時間、優作の両親はぐったりと椅子に座り体を休めていました。

 その時、ふと店の扉がガランと開いたので、優作のお母さんがお客様かと思い見にいきました。

 するとそこには優作と見知らぬキレイな女性が立っていました。

 化粧はあまりしておらず素朴な感じでしたが、温かみを感じる女性でした。

「ただいま帰りました」

 優作はそう言うとめずらしく笑いながら、軽く頭を下げました。

 見知らぬ女性も優作と一緒に会釈しました。

 突然のことで優作のお母さんは驚き、身動きできなくなってしまいました。

 優作の声を聞いて慌てて出てきた優作のお父さんも、そのキレイな女性を見て驚いた表情を隠せませんでした。

「お父さん、お母さん、少し話をさせて下さい」

 4人はお客様が待つ椅子に座り、優作の話を聞くことにしました。

 このキレイな女性は沙織さんという名前でした。

 優作の話しを要約すると、しばらく気が向くままに日本中を旅していたのですが、やはりマッサージのことが気になってしまい、各地で気になるマッサージ店を見つけてはマッサージを受けて回っていたそうです。

 ある店に入った時に、偶然沙織さんがマッサージをしてくれたそうなのですが、それが今まで感じたことがないくらいに良いものだったとのこと。

 優作は沙織さんに声をかけて、どんな風にマッサージをしているのか聞いたそうです。

 そして、優作はちょくちょく沙織さんのマッサージを受けに行くようになりました。

 沙織さんは最初戸惑ったものの、そのうち優作の裏表ない性格に惹かれて、外へ食事に行くようにもなり男女の関係になっていきました。

 それでも優作が話すことといったらマッサージのことばかりで、沙織さんはそれをいつも聞いているのだといいます。 

 それを聞いていかにも優作らしいと、優作の両親は顔を見合わせて笑いました。

 都会の角ある小さなマッサージ屋に花が咲いた。

 春のやわらかい風が吹き込む店内は、いつまでも幸せな香りで包まれていました。

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