恋愛ゲームのエンディング
『恋愛ゲームシリーズ』を読まないと意味が判らないと思われます。申し訳ありません。
渡瀬 桜視点でのあれこれ。
校舎の端の人気のない教室に向かい合う一組の男女の姿があった。
「あ、あの、先輩! ご卒業おめでとうございます!」
頬から耳まで真っ赤に染めながらも精一杯勇気を振り絞り、小柄なボブカットの女子生徒は胸に抱いていた小さな包みを黒髪の男子生徒へと突き出す。大柄な男子生徒は差し出されたそれをゆっくり受け取ると男らしい低い落ち着いた声で「ありがとう」と返した。
すると女子生徒は両手を握りしめて今にも泣きそうな顔で男子生徒を見上げ、たっぷり時間をかけてからようやく想いを口にする。
「ずっと、ずっと好きでした。先輩に素敵な彼女がいることは知っています。でも、どうしても諦められなくて……どうしても私の気持ちを知っていて欲しかったんです」
告白で重荷を下ろしたように晴れやかに笑う女子生徒に、フレームなしの眼鏡を掛けた男子生徒は黙って肯いた。
「山田太郎先輩。今までありがとうございました!」
それだけ告げると女子生徒は教室を走り去り、見送った太郎は午後の日差しの入る教室からゆっくりと出ていった。
「桜」
何気なしにグラウンドを見ているとドアの開く音と共に太郎君が真っ直ぐ歩いてきた。教室に他のクラスメイトの姿はない。
「用事、終わった?」
努めて明るい声を出したつもりなのに目が少しだけ潤んでいるのを見逃さなかったらしく、太郎君は流れてもいない涙を拭うようにそっと頬に指を這わせる。
「終わったよ。待たせてごめん」
大きくて硬い指に頬を擦り寄せながら見上げると、頭一つ分以上も高い位置から優しげに微笑む太郎君がいた。
「太郎君、凄く格好良くなったよね。私じゃ釣り合わないんじゃないかって思うくらい」
「桜?」
卒業式を明日に控え、ここ数日告白ラッシュが続いていたのだ。太郎君が自分の手を離さないことは信じているが、これからの新しい生活に不安を覚えているのも確かで。
「ねぇ、憶えてる? 二年前、冬夜先輩が卒業したときのこと。あの時は大変だった」
話を逸らそうとふざけた先輩の話を持ち出す。
卒業式が終わり卒業生、在校生、父兄、教職員と入り交じる正門前で、あろう事かかの先輩は太郎君を抱きしめて堂々と宣言したのだ。
『二年後、お前が来るのをアメリカで待ってるからな!』
もちろんこのふざけたパフォーマンスの意味が判らぬ者は麗しい先輩、後輩の姿として写っただろう。だが学生――とりわけ女子生徒たち――にはある噂が後押しして黄色い悲鳴を上げさせた。誤解されること前提で言うのだから、本当におかしな先輩である。
その時を思い出して小さく笑う太郎君。
「そうだな。あれは参った。しばらく遠巻きに観察されて桜にも迷惑をかけたし」
「いや、アレは元はといえば私が流した噂が悪いわけだし……」
ゴニョゴニョと言い訳していると大きな胸に優しく抱き込まれる。慣れた心地と匂いに同じようにギュッと抱き返すと、すっかり低くなってしまった男らしい声が耳元で囁いた。
「俺は初めから桜だけを選んだ。桜が俺を嫌いにならない限り……いや、嫌いになったとしても離すつもりはないよ」
胸の内を見透かされて身体に力が入る。泣かないと決めていたのに、胸が痛くて、痛くて、目がどんどん熱くなっていった。
この二年で太郎君は大きな成長を遂げている。身長も15センチ以上伸び、筋肉も付いて従兄弟の山田一佳に似た青年に育っていた。それでいて穏やかな口調と優しい表情で気配りを忘れない彼は、派手ではないことも相まって女子の密かな憧れとなっていたのだ。
もちろん桜に一途で、決して不誠実な態度を取るようなことがないのも人気の一部ではあったが。
「私は、太郎君の夢を応援するって決めたの。ただ、ちょっと……寂しくて……泣かないって、決めてた、のに」
後半はしゃっくりをあげながらだった。誰もいない教室に小さな泣き声が響き、レースのカーテンを揺らす柔らかい風が二人の周囲を巡る。
明日、卒業式が終われば太郎君はアメリカの大学へと旅立つ。期間は二年。それから帰ってきて改めて日本の大学に入るのだ。
「寂しい思いをさせてごめん。本当は俺も桜の傍にいたいんだ。元々可愛かったけど、君はこの二年で更に綺麗になったから」
抱きしめる腕に力を込めて離れたくないと訴えると、太郎君は強く抱きしめ返してそれに応えた。やがて彼は身体を離して、泣きやみ落ち着いてきた私の頬を両手で包み小さく笑う。
「俺の前では泣き虫だな」
一年の頃から太郎君の前で感情を偽ったことはなく、なぜか彼にはすんなりと素の表情を見せることができた。
「太郎君は照れ屋って言われてるけど、真顔で激甘なセリフを言うわ」
泣き虫は事実なので鼻を啜りながら言い返すと、いつもの柔和な笑みを浮かべられる。
「君はだれかれ構わず突然毒を吐くことがあるよね」
身長差で上から覗き込まれつつ、ふてくされて目を逸らした。
「男女問わずたらし込むし」
「相変わらず男子に人気がある」
「な、泣き顔フェチ!」
「たまにちょっとおばさんっぽい言動がある」
「!……私を泣きやませる天才」
「俺だけを見てくれる大切な女性」
言い合っているうちに涙が乾いてきた。だから最後に――
「ヘタレ」
ポツリと呟くと、太郎君はその言葉を待っていたかのようにフワリと微笑み。
「それは返上させてもらう」
そう言って。
慈しむように優しく触れ合う唇。初めてのキス。一度離れて私の様子を見て、更にもう一度。今度は下唇を軽く吸われて。お互い顔は真っ赤で、早鐘のような心臓の音が相手に聞こえてしまいそう。けれどそれ以上の喜びと安堵が全身に広がって、ただただ幸せを感じた。
「嬉しい……」
止まったはずの涙が一筋頬を流れると、頬に添えてあった大きな手が優しく拭ってくれる。視線を合わせれば一年生とは違う精悍な顔つき。けれど眼鏡の奥の目はあの頃と変わらず、親愛と、そして喜びが溢れているように見えた。
「君が、好きだよ」
そしてささやくその声に告白した日の言葉が重なり、私達の間に流れた確固たる結びつきを思い出させてくれて。
「私も貴方が好きです」
こうして想いを重ねて、私達は一緒に歩いていく。
「キスの続きは帰ってきてからね」
「え? 二年も待つの?」
これにて完結です。
長い間お付き合い下さいましてありがとうございました。
心残りがあるとすれば、みなさまから教えていただいた高校生活イベントを役立てられなかったことでしょうか……特殊設定のない高校生活を書かれている方を尊敬します。
【恋愛ゲームシリーズのどうでもいい裏設定】
・山田 一佳の弟二樹は兄に似ず、小柄で中性的な顔になり一部の男女に人気がありました。三年時には太郎の方が一佳に似ていたようです。
・上記の理由により太郎の制服は一佳のお下がり。
・桜の兄(現役大学生実業家)は一周忌の桜の様子を心配して学園を訪れ、美咲に目をつけられます。尚人を軽く凌駕するクール系イケメン男子でした。
・桜の姉(現役大学生モデル)は桜に喧嘩の極意を教えてくれた人(『歩き方』参照)。見た目に反した男っぽい性格。両親が亡くなった時は受験生で、頭の良さが窺える。
・学園長。桜を高校に通わせるために大学を退学しようとしていた兄、姉を見て援助を申し出たダンディなおじ様。あまりに遠い親戚で血は繋がっていない。さすがの美咲も彼は対象外だったようだ。
・峰岸 勇太。覚書設定には『裏表のない爽やかなイケメン』とだけ書かれ、他キャラはしっかりした攻略方法があるというのに彼のは白紙だった。なんとなく可哀想になった。
・山田 太郎。一年の頃が嘘のように体格が良くなったことに本人はかなり安堵した様子。とはいえヘタレと紙一重の優しい性格は変わらず、何度かキスするいい雰囲気になったのに未遂に終わっている。本人に自覚あり。
・佐々木君。眼鏡をすっ飛ばしてコンタクトを入れるのだが、ちょくちょく外れてはクラスメイトと共に探すことになった。
・宗方 修二郎。フルネームで出てきたクラスメイト。フレンドリーな性格の二枚目半。
・樋口さん。桜と最初に仲良くなってくれる女子生徒。宗方に告白されるも「もう少し落ち着いたらね」と言って断った。同じ大学に進んだ二人は、宗方の猛烈アタックに根を上げて付き合うことになったらしい。
・冬夜の婚約者。名前は小山内 夏実。典型的な悪役のはずが、冬夜と太郎が立ち上げた天文部で天体の魅力に捕まり、宙女になった。今のところ男より天体。それはそれで花の女子高生としてはどうなのだろう。まぁお陰で冬夜との仲は悪くないようだ。