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第三十話 手紙


 …………。


「しめしめ、よく眠っているねぇ。毎晩ちょっかいかけて体力減らしてやった甲斐があったってもんだよ」


 ……うぅ~ん。


「まったく女の子の小さな胸ってのはどうしてこう愛でても愛でても飽きないのかねぇ。たとえるなら大平原の果てに人知れず咲く一輪の花だよ。おや~? よく見ると花は二つ咲いているようだねぇ?」


 ………う゛ぅ~~ん。


「ふふん、なんとも可愛いピンクのお花じゃないか。どれ、ひとつ摘んでやるとしようかねぇ。どちらにするか、これは迷うよ~?」


 ………う゛う゛ぅぅん、…ん?


 …ハッッ!!?


「よし、決めたよ。まずは左のちく……」

「…なにしてんのおまえ?」

「おや起きたのかぃ?」


 目覚めるともう日が高かった。

 首都のはずれから西の街へ。街道を外れ、道なき道での野宿が明ける。

 明けて起きると私は何故かまた裸だった。

 そしてその私の身体をまさぐるサイ。


「 お ま え の 血 は 何 色 だ ! ! ! ! 」

「あっはっはっはっはっ!! 捕まえてみるがいいさね~!!」


 私が放つ数多の魔術から鼻歌交じりに逃げる変態ロリババァ。

 ダメだあのババァ。とたんに距離を取って中級魔術以下は全部避けやがる。

 広範囲をなぎ払う上級魔術じゃ詠唱してる間に距離を詰められてこっちが捕まえられてしまうし。何だあのふざけた戦闘能力は。


「…放射雷(ワイドボルト)!!! …地導雷(サンダーウェイブ)!!! クソがっ!!! 避けんな変態!!!!」

「いつだって変態の犠牲になるのは小さな女の子さ」

「あたま強く打って死ね!!!!!」


 いますぐ八つ裂きにしてやりたいが、残念ながら私ではサイを捉えきれない。

 必ず!!必ずいつか目に物見せてやる!!



 結局諦めて、とりあえず脱がされた服を着直す。うぅくそ、気分悪い。

 サイが用意した朝食を食べるのは癪だが、とにかく食べて体力つけないと身が持たない。

 農村で購入した固いパンはおいしくはなかったが食べ応えがある。お腹が膨らむと眠くなるかもしれないが、頭には糖分が必要だ。


 首都を脱出して、はや一週間。

 私の体力は限界だ。


 首都に着く前もロクに寝てなかったからなぁ。慣れない野宿が続いて身体の節々が痛むし、少しでも気を抜くとすぐに目蓋が下がってくる。


「まだ眠いのかぃ? 遠慮せずに休むといいよ。適当に起こしてやるからさ」

「………いや、大丈夫だ」

「寒いんだったらそう言うといいよ? あんたばかり裸にしてんのも不公平だし、あたしだって脱ぐのはやぶさかじゃないさね」

「大丈夫だっつってんだろ!!!」

 いけない。眠ってしまったらまたこの変態にエロいことされる。

 その前に彼奴の息の根を止めておきたいところだが、それも無理そうだ。

『私に願えば 人の命など生かすも殺すも自在だぞ?』

「黙れよ!! お前らいいから黙ってろよ!!」


 ……このままでは身が持たない。近いうちに私は心労で倒れる。

 もういろいろ諦めて思う様眠ってしまいたいような気さえする。


 だってこの変態ババァ、毎日毎日セクハラの手を休めようともしない。

 今日はとうとう寝込みを襲われた。いままでそれをしなかったのはじっくり私を弱らせてチャンスを窺っていたのかもしれない。

 さすがに眠らないわけにはいかないので私にはもう対処出来ない。逃げようにも、そんな隙見せてくれないし、目を付けられたのが運の尽きか。

 戦っても駄目。逃げるのも無理。サイはどこまでも付いて来て私を利用するつもりのようだが、そのためか危害は加えてこない。セクハラは酷いが。

 奇妙な関係の同行者である。死んでしまえばいい。


 だが、あと少しの辛抱だ。

 あと少し、西の街には今日中にも辿り着く。

 剣はともかく、サイとはそこでおさらばしよう。

 適当に理由をつけて単独行動を取り、そのままドロン。

 この剣を譲る約束だったが、深く溜まった心労と疲弊により記憶障害が出たことにする。


「そんな睨まなくたっていいじゃないか。ちょいと裸拝んだだけさね。あんたと初めて会ったときなんかこんなもんじゃなかっただろう?」

「思い出したくも無いんだよ! あのあと目が覚めたら檻の中だったんだからな!」

「はん。あんたが間抜けなのがいけないのさ」

「悪びれもせずに…、今に見てろよ?必ず諸々の借りは返すからな」

「そんな見え見えの殺気じゃ、あたしはヤれないねぇ~」


 …悔しいが、サイの戦闘能力はかなりのものだ。杖も無い私では敵わない。

 騎士でもない剣士が、…こいつは盗賊か、それがここまで強いとは、聞いていた話と違う。

 まぁそれでもフレイルよりは下だが。

 ……フレイル、元気にしてるかなぁ。


「………あの騎士のこと考えてるのかぃ?」

「…な!? なんで!??」

「ははん、やっぱりねぇ。あの優男に抱かれてたときと同じ顔してるよ?」

 ニヤニヤ嫌らしく笑うサイ。

 なんでわかった?私がどんな顔してるっていうんだ?

「やっぱりあんた、あの優男にイカれてるみたいだねぇ?」

「はぁ!? 私が!?フレイルに!??」


 イカれてるって、惚れてるってことか?

 有り得ないだろ。常識的に考えて。


「何を勘違いしてるのか知らないけど、フレイルはただの友達でそういうんじゃない」

「はん、そんなわかりやすい嘘が通るもんかぃ。鏡でも見てみるんだね」

「嘘じゃないし、仮にそうだとして、何だっていうんだ」

「いやいや、これはおもしろい話じゃないか」

「何がだよ?」

「あんた、男が好きだったんだねぇ?」


 …………、

 …そういえば私を幼女に変えたのはこいつなのだったな。

 私が元々男であったことを知るたった一人の人間か。

 今までこういう方面からの言葉は無かったからな。

 …少し動揺してしまったじゃないか。


「いやいや、別に親近感とかじゃないけどさ。まぁお互いマイノリティとして……」

「違う。いますぐくだらない冗談をやめろ」


 このガチレズめ。よりによって私を同性愛者だと思っているのか?

 勘違いも甚だしい。


「照れることはないじゃないか。あたしは女で女の子が好きだし、あんたも元は男で、あの優男が好きなんだ」

「違うっつってんだろ!! 私が男なんか好きになるか!!」

「でもあんた、あの騎士に抱かれたときはそりゃもうすごい顔してたよ? 愛しのあの人に抱かれて一体どんなこと考えてたんだぃ?」


 アホか。

 別に何も考えてない。


 ……考えてない。


「それとも、何も考えられなかったかぃ? 頭真っ白でさ」

「…!!?」

「あっはっはっはっはっ! その顔、いいねぇ、赤くなっちゃってさ。あんたホントあたしの好みだよ。このあたしが、元とはいえ男を気に入るとはねぇ」

「……炸裂雷(スパークラッカー)!!」

「あっはっはっは!!」


 避けるな!!笑うな!!

 ……くそっ!!

 くそがっ!!!

 ……………うぅ、くそぅ。



 騎士の追っ手を警戒して街道や農村を避け、道なき道を一週間ほど。

 日が高い。今は昼頃くらいか。気温は低いが日差しがきつい。夏の雨季が終わりここのところめっきり雨が降らなくなったが、降ったら降ったでしんどいだろうな。


「ぜぇ……ぜぇ………」

 私は息も絶え絶えに、今にもへたり込んでしまいそうだ。

 目蓋も鉛のように重い。

 どうにか目を開けている状態だが、常時視界が回りっぱなしでとにかく気分が悪い。

 先行しながらこちらの様子を窺うサイが、ハゲタカかハイエナに見える。

 きっと私の死肉を食らうつもりだ。


『私にそう願えば 無尽蔵の体力を持つことも出来るぞ?』

「ぜぇ…………ぜぇ……」

 奥さまのようにか?

 黙ってろ。

 背負ったグラディウスに言う元気もない。


 だが、もうすぐのはずだ。

 あと少しがんばれば、西の街に到着する。


「おぅい。街が見えてきたよ。もう少しだ」


 先行するサイの声に、目の前に光が差したように気分が持ち上がる。

 西の街。白の国に渡るための船が出る港町。

 あんなことがあった街だというのに、まるで天竺にでもたどり着いたような気分だ。宿を。まずは宿を取らせてくれ。この変態と別部屋で扉に鍵がついている寝床を。何なら魔術で溶接してやる。思う様寝た後は元通りにしますから。


「さて、ここからどうするかねぇ? 何か考えてるのかぃ?」

「何って…、すぐに宿とってとにかく寝るに決まってるだろ」

「まさか、何も考えてないのかぃ? どうやって街に入るのか」

「はぁ…?」


 え? どういうこと?

 街に入れないんですか?


「当たり前じゃないか。あんた今指名手配されてんだろ? ほらここから見えるだろう。街の門に立ってる騎士をどうにかしてやり過ごして、街に入ったら白の国行きの船に密航するんだ」

「え…? えぇ…?」


 待って。待って。

 もう何も考えられないって。

 私はもう限界なんだ。

 もうとっくに限界越えてるんだ。

 そんなこと言われたって。

 もう…、もう……、


「………あふぅ」

「あ! おいちょいと! ……まいったねぇ気を失っちまったよ」


 世界が回る。

 暗転する。

 もう、限界だ。

 もういろいろ諦めた。

 どうなろうと知ったことか。私は寝る。

 あぁ、地面がひんやりして気持ちいい。



「………んぅ?」

「おや起きたのかぃ?」


 次に目が覚めたのはベッドの上だった。

 服は着ている。

 15畳ほどの小さな部屋にベッドが二つ。宿屋か?

 窓の外は暗い。もう夜だった。

 サイは一つだけある小さな椅子に座っている。


「まさかいきなり倒れるとは思ってなかったよ。あたしもオイタが過ぎたねぇ。あんたに倒れられちゃ、あたしも困るってのにさ」


 …あれ? どうなったんだっけ?

 たしか街に入れなくて、私は力尽きて倒れたはずだが。


「ここは…、どうやって街に入ったんだ?」

「それなんだけどねぇ…」


 サイは、自分でもよくわからないと微妙な顔をしながら、封筒を取り出し私に寄越した。

 封筒は封蝋がされ、貴族の紋章が刻印されていた。

 これはたしか…、ドクの家の紋章だ!!


「騎士じゃないけど、貴族の馬車に見つかってねぇ。逃げようとしたけど、気を失ってるあんたを放って置く訳にいかないしさ。あたしも覚悟決めたもんだけど、それが追っ手じゃなかったみたいなんだよ。ほとんど何も説明されずに馬車に乗っけられて、その手紙だけ押し付けられてこの宿屋に放り込まれたのさ」


 サイの説明も半ば聞かず、とにかく封を切る。

 中には一枚の書状と、私への手紙が入っていた。



 親愛なる友人、メイスへ。



 まず、僕は君の味方であることを最初に言っておきたい。

 この手紙の方を君が読んでいるということは、君は今西の街にいることだろう。

 君は少し考え無しな所があるから、ひょっとしたら街に入れなくて困っているかもしれない。

 だが安心して欲しい。この手紙を届けた者は僕の家の使用人だ。君に危害を加えたりは決してしない。街の外れの安宿に話を通してあるので、そこに君たちを案内するように言ってある。どうか僕を信じて、その馬車に乗って欲しい。



 西の街から帰ってきたマスケットに、君の秘密を聞かされた。

 君が魔族なのだと知って、僕もにわかには信じられない思いだ。

 そのことに悩み考えたが、それでも僕は君の事を友人だと感じている。

 君は魔族かもしれないが、尊敬する僕の友人であると。


 君に直接会って話したいが、残念ながらそうもいかない。

 そんな中、フレイルから公爵邸に忍び込む君と会ったことを聞いた。

 そのまま行方を晦ませた君は、おそらく国外へ行くだろうと、この手紙を書いて港のある西の街と国境の北の街へ使いを出した次第だ。



 おそらく君は、マスケットに拒絶されたことだろう。

 だが、どうかマスケットを許してあげて欲しい。

 僕には悩み考える時間があったが、マスケットにはそれがなかった。

 マスケットは商家の子で、奴隷を売り買いする立場の人間だ。

 もちろん、僕の家にも奴隷はいる。

 あまりいい扱いをしているとは言えない。君には気分のいい話ではないだろうが、これが事実だ。


 君が魔族だと知って、他でもないマスケットが一番ショックを受けている。

 マスケットはあれ以来、学園にも来ていない。

 商会を訪ねてみたが、自室から一歩も出ていないらしい。

 君の今の状況を考えると厚かましい願いではあるが、いつか彼女と再会してもう一度ゆっくりと話し合って欲しいのだ。



 君の立場のことは、どうか今しばらく辛抱して欲しい。

 今、僕の父や公爵ギロチンが奴隷制度の改正のために動いている。

 遅くとも数年。それまでどうか、他の国で待っていて欲しい。

 マスケットのことは僕に任せてくれ。


 この手紙に、父に用意してもらった白の国への渡航許可証明を同封している。

 船賃も僕の奢りだ。安心してくれ。

 これを見せれば、騎士の身体検査無しで船に乗れるはずだ。

 君の魔術の才ならば、白の国でもやっていけることだろう。


 二年後の三月式典までには、父もギロチン公も議会に話をつけるつもりのようだ。

 その式典に、マスケットを連れて行く。

 そのときに赤の国で、また三人で再会しよう。



 君に幸運があらんことを。


 君の友人、ドクより。



 ドク。


 あぁ、やっぱり。ドクも。


 涙が出てくる。

 きっとマスケットも、本気じゃなかったんだ。


「渡航許可証かぃ。すごいねぇ伯爵様の印章付きじゃないか。これさえありゃ堂々と船に乗れるんじゃないかぃ?」

「あぁ、手紙にもそう書いてある。ドクが私のために用意してくれたんだ」

「へぇん、貴族の友達って奴かぃ。どうやらあんたの周りにゃ変わりもんが多かったみたいだねぇ」


 言ってろよ。

 ドクは変わり者なんかじゃない。私の友達だ。

 そのドクのおかげで白の国に行ける。

 こうして宿で休むことも出来た。


 ドク、ありがとう。

 私は希望を持つことが出来るよ。

 二年後に赤の国で開催される三月式典だな。

 絶対に、そこでまた再会しよう。

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