表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/113

第十三話 乗り合い馬車で

「それじゃ、師匠の家のこと、よろしくお願いします」

「ああ。まかせときな。

 嬢ちゃんも、いつでも帰ってきていいんだぜ。

 ここは譲ちゃんの家なんだからな」

「何にも心配しなくていいんだよ。

 おもいっきり頑張っておいで」


 マスターや奥さん、街の人達に見送られながら、乗り合い馬車を待つ。

 予定よりも1時間近く遅れて馬車が到着した。

 最初は時刻表の意味あるのかと思ったものだが、日本の電車やバスじゃないんだ、これが普通かと今は思う。


「送っていくよ。ちょうど僕も首都で騎士の定期訓練があるからね」

「うん、ありがとうフレイル」


 友人に手を引かれて馬車に乗り込む。

 この街ともしばしのお別れだ。



「それでは!出発いたします!」

 御者の声とともに馬車が静かに進む。

 みんなの声に送られて、私たちは街を出た。


「みんなに手を振らないの?」

「別れなら済ませたよ。それに、今生の別れにするつもりはない」

 私はいつか、この世界を去る。

 そのときこそ今生の別れだ。

 今、別れを惜しむことはない。


 それにひょっとしたら首都の生活が合わずに出戻りになる恐れも無くはない。

 そうなったらとてもかっこ悪いが。



 馬車が揺れる。

 この馬車はサスペンションがあるようで、乗り心地は比較的いい方だ。

 街道といってもロクに整地されていないデコボコ道を、最低限の揺れで車内に伝えてくれる。


「うっ・・・うぅう・・きもちわるい」

「大丈夫かい。メイスちゃん遠くを見るんだ」


 かっこつけて頑なに窓を見ないように下を向いていたら酔ってしまった。

 かっこ悪い。



 青の国の乗り合い馬車協会は、日に数度の定期便の形で馬車を国中に走らせている。

 青の国の街道は東西南北の街を繋ぐように円形の環状街道になっていて、それぞれの街から中央の首都まで十字の街道も通っている。

 馬車は首都から北の街、北の街から西の街、西の街からまた首都へ、というように、4つのルートを上りと下りでぐるぐると回っている。


 私たちが今乗っているのは首都→南の街→東の街→首都のルートを走る馬車だ。東の街から首都までは、途中の小さな村をいくつか経由して3日ほどの道程になる。


 東の街は、こういっては何だが田舎である。北の街は4つの周辺都市でもっとも大きく、南の街は貴族御用達のリゾート地だ。温泉もあるらしい。

 なので東の街を経由する馬車には、ほとんど人が乗っていることはない。

 今乗っているのも、私と、フレイルと、知らないお姉さんだけだ。


「…………」


 車酔いも落ち着いたのだが、馬車の中には沈黙しか無い。

 知らない人がいるので、フレイルと話づらいのだ。

 フレイルも同じ様で、これが長いことぼっちだった者の弊害かと思った。

 おいまさかこの状態が3日も続くのか?


 車内は狭いといっても、乗り合い馬車は10人は楽に乗れるような大きさだ。

 その客席の端と端に、でこぼこ男女と謎の美女が、微妙な間を置いて座っている。


 感じる。フラグをビンビン感じるぞ。

 何も起こらなければいいのだが・・・。



 お姉さんは砂漠の町の踊り子みたいな、ちょっとセクシーな服を着ている。

 髪は緑で、10代後半、フレイルより少し下という感じ。

 そして、魔法使いだった。


 杖を持っているし、魔力があるから魔道師の私が見れば分かる。

 向こうも私が魔法使いだと気付いているだろう。

 冒険者だろうか?


 魔道師の冒険者とは珍しい。

 というか魔道師自体が珍しい。

 この世界において、魔道師の数はかなり少ないのだ。

 魔法使いになるほど魔力を持つ者は、ほとんどが貴族だ。具体的に何をしてるのか知らないが、貴族というのは忙しい身分であるらしい。

 なので魔法は使えても、きちんと魔術を勉強した魔道師は少ない。長男が家督を継ぎ、次男以下や女の子なんかが魔法学園に通うことになる。

 そして全ての貴族が首都に住んでいるわけではない。

 東の街のフランシスカさんも魔法が使えるようだったが、少々の風を起こせる程度だった。わざわざ地方から上京して魔法学園に入学する例もあるらしいが、それは稀だ。


 一方、貴族以外から魔法使いが生まれた場合。

 この場合も、ほとんどが魔道師になることはない。

 独学である程度の使い手になる者もいるが、立派な魔道師になるためには普通、魔法学園に入らなくてはならない。

 当然だが、学費は高い。

 ほとんどの人にはとても払えない額だ。払えるとしたら、商人の家にでも生まれた魔法使いだけだろう。


 あとは私のような例。

 師匠のような引退した魔道師に師事することで、学園に入らずとも魔道師になれる例だ。ヘタな学園卒業者よりも実力がある場合が多く。魔道師登録試験を簡単にパスしてしまう。


 このお姉さんはどうだろうか。

 魔法学園を卒業して、国の仕事に就かず冒険者をやるとは考えにくい。やはり私と同じく誰かに師事して魔道師になったのだろうか?


 ちょっと、いやかなり興味がある。

 私も魔道師の端くれだということか。

 そしてオタクの端くれでもある。


 彼女が持っている杖。

 あれに私は、強い関心があるのだ。


 白いシャフトの先に、金色の三日月を機械的にアレンジしたような大きな杖頭。そして三日月の真ん中には、これまた大きな赤玉が飾られている。


 ○イジングハートだ。私にはそう見える。


 偶然の一致だとは思うのだが、それにしてもかなりの再現度だなぁ。今後の玩具製作の参考にしたいなぁ。見せて欲しいなぁ。


 しかし自重しなければ。魔道師は自分の杖を見られるのを嫌う。

 一端の魔道師なら、普通に魔力を感じ見ることができる。魔道具や杖に描かれた魔法式も魔力なので、近くでよく見れば杖の構造を知られてしまう恐れがある。それは魔道師としての手の内を知られるのと同義なのだ。

 魔道師は飽くなき研鑽の集大成として、自分自身の杖を作る。中には魔道具を作る修練をせず、杖を作れないので他から買い求めるという者もいるが、私も杖は何度か作ったことがある。

 だが、魔道具を作るのとは勝手が違うのだ。私もさんざん苦労して作るのだが、満足のいく杖は作れていない。結局全て処分してしまった。

 その己が魔道の結晶とも言える杖を、他人に解読され簡単にコピーされてしまえば、これほど納得のいかない話はない。この世界に著作権の法律は無いのだ。

 まぁ魔法式は複雑になっては簡略化され圧縮されては合理性を失う。そんな繊細な記号のパズルを自分の(わざ)で組み上げていくものだ。少し見られたくらいで解読されてしまうものではない。

 師匠の杖も一度見せてもらったことがある。残念ながら、そのときの私ではどれだけ眺めてもちんぷんかんぷんだった。


 きっとこのお姉さんも、頼んでハイと杖を見せてはくれないだろう。

 ・・・・でも見たいなぁ。ダメもとで頼んでみようかなぁ。


「…………」

「そんなに私の杖が気になる?」


 お、まさか向こうから話しかけてくれるとは。

 まぁここまでガン見していれば、警戒されてもおかしくはない。


「えぇまぁ・・はい」

「あまり人の物をじろじろ見るものではないわよ。とくに杖はね」

「・・・ごめんなさい」

 怒られてしまった。当然か。


「退屈しているのね? じつは私もなの。よければ少し話相手になってくれないかしら」

「…………」


 隣のフレイルを伺う。 …ダメだこいつ。寝てやがる。

 どうしよう。この人さっきから全然表情変わらないからちょっと怖いんだよなぁ。


 まぁ退屈してたのは本当だし、師匠以外の魔道師の話は純粋に興味がある。

 それにここからまた沈黙に戻るのも耐えられそうにない。


「私でよければ・・・」

「そう」

 短く頷き。

「あなた、魔道師よね。見たところ杖は持っていないようだけど」

「何度か作ったのですが、満足いくものが出来なくて」

「そう。いつかいいものが出来るといいわね。

 ちなみに私のこの杖は、借り物なの」

「そうなんですか?」

「護身用にね。といっても、無用の長物だったわ」


 お姉さんは思いの他、饒舌だった。

 表情が変わらないので、何考えてるのかわからないが。


「大事な用があって来たのだけど、結果は散々。

 人と待ち合わせてこれから赤の国に行くところなの」


 赤の国か。私はあまり関心が無いが、話にはよく聞く国だ。お隣の国だしね。

 赤の国は地理的に魔物の襲来が多く、軍事に秀でた帝国然とした国だ。

 青の国の北の街や、そこから国境を越えた赤の国の城塞都市には戦争の名残が見え隠れする。陸続きな青の国とは、2度の戦争と和平の歴史があるが、現在の関係は特に良好らしい。

 民主化が進みつつある青の国と違って、奴隷の扱いもよりひどいと聞く・・・。

 …まぁ政治の話はわからない。

 優秀な魔道師も多く工業が盛んらしい。

 青の国の畜産農業と赤の国の加工技術の間で、様々な物の貿易が盛んだ。

 特に保存食や缶詰などの技術は素晴らしい。ジャンクフードだよジャンクフード。


「へぇ、赤の国のご出身なんですか?」

「いいえ、私は白の国から来たの」


 白の国。こちらは私にとって関心が深い国である。

 この国で作られる酒は日本酒に似ているのである!!きっと古き良き日本に似た素敵な国であるに違いない!!・・・じゃなくて。

 大陸とは海を隔てた島国なので、小さいながらも独特の文化を持つ国だ。

 この国には大昔の魔道書や魔王の遺跡がある。

 直接訪れたいところだが、まずは首都の冒険者ギルドにでも依頼を出し、召喚魔術の有無を調べたいと思う。


「白の国には一度行ってみたいと思ってるんですよ」

「ふふ、故郷をそう言われると、なんだか嬉しいわね」

 そう言うお姉さんの表情は全然変わらないので、あまり嬉しそうには見えない。

「どんな国なんですか?」

「自分の故郷だから、いいイメージを抱いてしまいがちだけれど、そうね・・・、

 はっきり言って、閉鎖的な国よ。

 詳しいことは実際に行ってみないとわからないと思うわ」

「・・そうですか。では行ってみた時のお楽しみにしておきます」

 あまり故郷にいいイメージは持っていないようだ。

 やっぱりなに考えてるのかわかんないな。


「お姉さんは、三つの国を順番に旅してるんですか?」

「ええ、そうなるかしら。

 大切な用というのは、探し物のことなの」


 探し物か、さっき結果は散々と言ってたな。

 東の街の近辺で、それを探してたということか。


「どんなものなんですか?」

「残念だけど、言えないわ。

 ・・・でも、そうね」



 お姉さんは、そう言うと、

 表情を変えないまま、


 傍らに置いた杖を、○イジングハートを手に取り、言った。




「たとえばこの杖

 この杖の『()』に覚えがある人がいたら

 その人が何か知っているかもしれないわね。

 …あぁそういえば

 あなたもこの杖にすごく興味を持っていたわね?」



 ―――――、


 ―――それは、私だ。

 私です。

 私はその杖を、知っている。


 …いやだが、それは、どういうことなんだ?

 杖に覚えがあるのは、地球での()の知識だ。

 しかも非現実だ。

 この世界で見たわけじゃない。


 いや、この杖そのものではなく、見た目の()だけが問題なのか。

 だとしたら、ビンゴ、・・・なのか?

 この人が探しているのは、()なのか?


 ならば、私はどうする。どう答える。


 私は、


「・・・いえ、私が見ていたのは、自分の杖のデザインの参考にするためです。

 見たことがある杖ではないです。ごめんなさい」


 誤魔化すことにした。


 この杖の()を知っている者。

 地球の知識を持つ者を、探している。

 私を召喚した奴に関わる人間かもしれない。


 だが、名乗り出る気にはなれない。

 この杖を見ると・・・。


 この人は得体が知れない。

 油断出来ない。


「そう・・、変わった杖だものね。それならいいの」


 杖を傍らにしまう。

 一瞬見えた、杖の構造。

 杖に描かれた魔法式。


「御者さん! ここで止めてくださる?」


 突然お姉さんに言われ、何も無い草原に停車する馬車。


 辺りには何も無い。

 遠くに農園が見えるが、それ以外は首都への道が地平線まで続き、逆方向には来た道が地平線まで続くだけだ。


「ここで人と待ち合わせをしているの。馬車で迎えに来てくれることになってるわ」


 そう言って、お姉さんは荷物を手に取り、馬車を降りる。


「ありがとう。お話出来て楽しかったわ。また何処かで会いましょう」


 御者がお姉さんから銅貨を受け取ると、馬車がゆっくり進み出す。


 窓からお姉さんに手を振っておいた。

 お姉さんも無表情のまま手を振り返してくれた。


 そして最後にもう一度だけ、お姉さんが持つ杖を見る。

 ・・・謎がまた増えた。



「・・・・・」

「 くー、  くー、  」


 眠ったままのフレイルに、魔術で作った水の塊をぶつけてやる。


「・・・ぶっっはぁっ!!?? えほっげほ・・・何、ナニなに???」

 飛び起きるフレイル。


 起きてくれた。

 とりあえず、よかった。


 二度と起きなかったら、どうしようかと思った。



 あのお姉さんが持っていた杖に描かれた魔法式の一部。

 その派生魔術の1つ。

 一瞬だったので完全に解読出来たわけではない。

 見れたのは一部分だけだし、再現しろといわれても無理だ。


 ・・・だが、あれは、たぶん、

 ・・・・人を眠らせる魔術だと、思う。



「ごめんフレイル。怖い夢を見たんだ」

「メイスちゃんの夢と僕のこの有り様になんの因果関係が!?」


 ずぶ濡れでぎゃーぎゃー喚くフレイルの体を魔法で乾かしてやりながら、私は考える。


 確証はないが、あのお姉さんはフレイルを眠らせ、私と一対一で話すことを仕組んだのだ。

 始めから私が狙いだったのかもしれない。いや、私が杖をじろじろ見るから、カマを掛けたのか?

 だが力尽くというわけでもなかった。

 いつでも戦闘出来る様に身構えてはいたが、おそらくお姉さんの方にも確証が無かったのだろう。


 フラグは立ってしまったな。

 あのお姉さんはまた会いましょうなんて言ってたが、これはいつか必ず会うことになりそうだ。


 白の国から来たとも言っていた。

 いきなり単身向かわないで正解だったかもしれない。

 やはりあの国には何かがある。


 白の国。

 日本酒、楽しみにしてたんだけどなぁ・・・。



「待たせたな、ウルミ」

「いいえ、退屈はしていなかったわ」


 メイス達が乗る乗り合い馬車が去って数刻。

 今度は小さな馬車が魔道師を迎えに来た。


「なにかあったのか?」

「ここにくる馬車で、おもしろい女の子と一緒だったの」


 魔道師の表情は変わらない。

 表情を変えたのは、迎えの馬車の御者台に乗る男だ。


「それってもしかして!!」

「あなたが前に言ってた女の子ではないわ。

 だって金色の綺麗な髪をした魔道師だったもの。

 ハンサムな男の人と一緒でね、この杖に興味があったようだけど、まさかね」


 表情は変えず、馬車に乗り込む女。


「そうか・・・まぁいい。

 それで、首尾は?」

「・・・・・最悪よ。

 剣の封印は、解かれていたわ」


 男の顔に、緊張が走る。

 情報は確かだった。それを確かめるためにこの国に来たのだ。


「サイとかいう女の言っていた通りか。

 俺には信じられねぇが、下手をすると世界が・・・」

「そう結論付けるのはまだ早いわ」

「・・・あぁ、そうだな。

 もしそれが本当でも、俺達がそんなことにはさせねぇ。

 魔王の剣は必ず破壊する」


 御者台の男が決意を込める。手綱を握る手に力が入る。


「急ぐぞ。次は赤の国だ」

「えぇ・・・。行きましょう、エッジ」


 我らが白の女王のために。

 そう交わし、馬車は走り出す。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ