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第十一話 騎士フレイル

 青の国東の街より街道を下ってほど近い森を行く。

 街道を外れた小道を少し進んだ先に一軒の家がある。

 かつて青の国が誇る最強の魔道師だった、蒼雷のメイスその人の家だ。


「こんにちは、メイスちゃんいる?」


 一応ノックをしてから扉を開けて中に入る。

 ノックをして待っていても大抵の場合取り合ってもらえないからだ。


「いたいた。こんにちは、メイスちゃん」

「・・・パン屋のにーさんじゃないですか。何スか。何か用スか。師匠なら山へ芝刈りに出かけたスよ」


 金色の髪が目に眩しい、浅黄色のローブを纏った可愛らしい少女が、容姿に似合わないぶっきらぼうな応対をしてくれる。


「パン屋のにーさんはひどいな。いいかげん僕の名前覚えてよ」

「名前を覚えるのは苦手なんですよ。フレイルさんの名前を覚えて私に何の特があるんですか?お金でもくれるんですか?」

「覚えてるじゃないか。あいかわらず今日も不機嫌だね」


 この少女こそ我が青の国最強の魔道師、…ではない。

 彼女は蒼雷のメイスの弟子である。


 弟子を取らないことで有名なメイス老だったが、3年前に突然小さな女の子を弟子として迎え入れた。

 当時5才であった彼女には天賦の才があり、この3年でめきめきと頭角を現し、今や8才にして誰もが次代の蒼の称号者だと揶揄するほどである。


「それならパン屋のにーさんこそ、そのメイスちゃんって呼び方やめてくれません?」

「それはだって、メイスちゃんがメイスの名前を継ぐのはもう決まってるんでしょ?」

「それはそうらしいですが、なんというか、慣れません」

「いまの内から慣れておいた方がいいと思うけどね」


 会話中、少女は一度もこちらを見ない。

 集中しているようで、机の上のノートに鉛筆を走らせている。

 8歳の少女がラクガキをしているようにしか見えないが。


「何してるんだい?」

「バンクを作ってるんです」


 バンク? 知らない言葉だ。少女が作る玩具に関係するのだろうか。


 この少女は趣味と修行を兼ねて、魔道具で玩具をよく作る。

 半年ほど前に作ったという、あの、なんと表現したらいいのだろう。


 拳ほどの本体から小さな金属の塊を高速で回転させながら皿に落とし、二つ以上で弾かせあう玩具だ。あれは街の子供たちに大人気で、少女は子供たちにせがまれ、合計50もの玩具を子供たちの親に銀貨一枚で売りつけた。

 子供の玩具に銀貨一枚。そんな値段にもかかわらず、玩具は売れた。この玩具欲しさに子供達は家の手伝いを惜しまないのだ。旅の商人がそれを見て殴り書きの発注書を寄越したほどである。


 街の広場で子供達が集まって遊んでいるのを見て、少女は満足そうな顔をしつつも「まだまだだな」などと呟き、また新しい玩具を作り出す。

 少女は他にも色々な、独創性に富んだ玩具を作り出しては、子供たちの親に売りつける。

 今回もその製作活動のひとつなのだろう。一体どんな玩具を作るのか。


 少女のノートには、○に棒が生えたような記号が形を変えて並び、矢印で繋がれている。

 よく見てみるとどうやら人の動きを表す記号のようだ。

 少女は記号をいくつか描き終えると、急に立ち上がっては記号で表した動きを真似て、首を捻ってはまた机に向かうのを繰り返している。


「それが今度の玩具になるのかい?」

「そうです。これは玩具の付属品に過ぎませんが、同時にこの玩具の肝でもあります」


 何度かノートに記号を書き出して、やっと満足がいったのだろう。

 今度は小さな杖を取り出してきた。


「これが新作、名付けてルーンステッキです」

「へぇ、変わった杖だね。どんな玩具なんだい?」

「よくぞ聞いてくれました! お茶を淹れます。こちらに掛けてお待ちください」

 ヤブヘビだった。この少女がお茶を淹れるというのは、話が長くなるということだ。自分の都合でのみ人を持て成す少女なのだ。


「まずはこの杖。先に付いている石には雷と金の魔法が極下級レベルで封じてあります。これを持って起動させると、色とりどりの小さな光が杖の後を辿って回りに振り撒かれる仕組みになっています。金の魔術を応用して炎色反応の要領で色を表現したところがミソです。欲を言えば音も出るようにしたかったのですが、それは諦めました。

 この試作品には師匠の部屋から拝借した銀晶石を使いましたが、魔術式は私が苦労して簡略化に成功しましたので、着色したガラス等で構いません」


 やはりこの話は長そうだ。

 が、今日の僕はこの少女に相談があって来たので機嫌を取っておきたい。諦めて聞くことにする。


 杖は小さな拵えだ。木で出来た杖に宝石が飾られているという点では一般的な杖と同じとも言えるが、子供の腕ほどの長さも無い。赤いリボンや、着色されて三つの月を表現した金属片で飾られ、全体の印象はとても可愛らしい。この少女にはよく似合っていると思う。

 しかし下級と言えど、上位属性である雷と金の魔術を、そんな繊細な形で同時に小さなガラスに込めることが出来るというその魔術の(わざ)に驚嘆する。この少女はやはりあの蒼雷の弟子なのだ。


 さらに恐ろしいのは、少女は玩具を作るとき、かならず大量生産を視野に入れる。

 どうも玩具を国中に売り出し、大金を儲けることが目的のようだ。

 少女はこの歳でお金と無駄遣いが大好きなのである。


「これだけではただの光る杖でしかありません」

 少女はさっきのノートを取り出す。

「そこでさっきのバンクの話になります。本来の意味ではないんですが、簡単に言うと踊りの振り付けです」


 説明が続く。

 よくはわからないが、ようするにこの杖は、踊りをより美しく見せるための道具のようだ。この杖を持って踊ると、その踊りに応じて光が飛び散る仕組みらしい。踊りの勢いが増せば、より大きく光も舞い散ることになる。さぞかし綺麗なことだろう。


「この世界にはアニメも魔法少女も無いですから、この玩具をどう売り出そうか悩んだのですが、こちらから提示して一緒に売り出せばよかったんですよ。それに気付いたのがこの玩具の開発に踏み切った理由です。

 この玩具を使って付属の振り付けを踊ることにより、小さな女の子特有の変身願望や表現欲求を刺激して、その心を鷲掴みにし、ゆくゆくは三国全ての玩具シェアを独占する予定です。

 ちょっとやってみますから見ていてください」


 僕にはわけがわからない説明だったが、構わず少女は机を部屋の端にやり、なぜか金髪をツインテールに結んで、杖を持ってくるくると回り出した。

「いきますよー。 るーんふぁんとむぱわーー!!」

 よくわからない呪文を叫びながら回転はやめず、そのまま足を高く上げ杖を掲げると、綺麗な光が舞い散り出した。

 赤、青、黄、紫、色とりどりの綺麗な光は瞬く間に少女を包みこみ、辺りの景色を虹色に変えていく。

「めーーーく・・・

 あ゛っあべびびび!!!??」


 突然少女は回転しながら変な悲鳴を上げて倒れた。

 雷の魔法で痺れてしまったらしい。


「だ、大丈夫かい!?」

「くきぃぃぃぃっっ!!!また失敗だぁぁぁぁ!!!」

 奇声を上げて杖をへし折る少女。怖い。


「また魔法威力の調整ミスだ・・・出力に限界値(リミッター)をつけられれば・・・それか抗魔術式(安全装置)を・・でもこんな小さな玩具に搭載出来ないし、第一コストが・・・・」

 ぶつぶつと一人言を始めてしまった。玩具は完全に失敗作だったらしい。


「はぁ・・・ごめんなさいフレイルさん。わざわざお越しいただいたのに。

 お披露目会は失敗です。申し訳ありませんが、これでお引き取りください」

「そうみたいだね。残念だけど、これで諦めないでまたがんばって。次の玩具も楽しみにしてるよ。

 ・・・って、違うよ!? 僕は玩具を見に来たんじゃないってば!」

 あぶねぇ、話を終わらせて帰されるところだった。


「はぁ、そういえば今日は何しに来たんですか? 痔ですか?」

「そうなんだよ。こんなこと君みたいな女の子に相談するのもどうかと思うだろうけど、僕もなりふり構ってられなくて・・・って違う!!!」

 誰が痔だ誰が!!

「フレイルさんは乗りツッコミの人ですよね」

「なんの話か知らないけどお願いだから僕の話を聞いてくれよ」


 僕はやっと少女に話を切り出すことが出来た。

 こんなこと、この子にしか相談出来ないのだ。



 実を言うと僕には、小さい頃から憧れている女性がいる。

 東の街の貴族の令嬢。フランシスカさん。

 彼女を初めて見たのは10年前。僕が8歳の頃。ちょうどメイスちゃんと同じ年の頃だ。

 彼女は僕より3つ年上だが、当時から体が弱く滅多にその姿を人に見せない。

 だが夏季には療養のために南の街の別荘に馬車で向かう。その姿を偶然僕は見た。

 美しい人だった。透き通るような肌と風に揺れる白い髪は太陽の光に溶けるようで、全ての音を消し去るような物腰で馬車に乗り込む姿に僕はひと目で胸を射抜かれた。


「・・・・・さむ」

「ちょっと黙っててくれるかな?メイスちゃん」

「いいです。もう。どうでもいい」

「ど、どうでもいい!?」

「くだらなさそうなので聞きたくありません」

「ひどっ!! 僕にとっては人生を賭けた相談なんだよ!!」

「知りませんよ。どうせ私に仲を取り持ってくれとでも言うんでしょう? 人任せじゃないですか」

「・・・ぐぅの音も出ない」

「だいたいそんなこと、なんで私に相談するんですか。友達いないんですか」

「おぅ・・・おぅふ・・・・」

「私を誰だと思ってるんですか? そしてあなたは何様ですか?

 たしか、今年で18になられるんでしたよね? ちなみに私は8つになります。

 あなたが知らない内に10も年が離れたようですが、何の相談なのか、もう一度最初からお願いできますか?」

「やめて、もうやめて」


 場所は変わって東の街の高い方の食堂(レストラン)。昼食までごちそうしているというのに、メイスちゃんは容赦が無い。

 的確に僕の心を抉ってくる。こんな美少女に刃物のような言葉を浴びせられてるとなんか変な気分になってくるな・・・。


「仕方ないじゃないか。街で同年代は僕一人だし。

 お願いだよ~なんでもするからさ~~」

「気持ち悪いですから泣き付かないでください!

 私だって恋愛は専門外ですよ。他を当たってください」


 気分悪いなもう(ぼそり)と漏らす少女。

 この少女はなんでいつもこんなに不機嫌なのだろう。さっき玩具を自慢していたときは、年相応に可愛かったというのに。


「メイスちゃんは好きな人とかいないの?」

「・・・・・」

 ・・・おや?


「・・・・昔・・いました・・・・

 ・・・・・告白したら・・・・きもちわるい・・って・・」


 どうやら触れてはいけないところだったらしい。

 涙を浮かべて震えだしてしまった。


「・・ご、ごめん」

「いえ・・・・」


 誰だよ! こんな可愛い女の子にそんなひどいこと言った奴は!!

 いらんことを聞いてしまった所為で気まずい雰囲気が流れてしまう。


 しかし! 諦めることは出来ない!

 この少女に相談を持ちかけたのにはもちろん理由があるのだ。本当に友達がいないという理由もあるが。

 僕は静かに給仕(ウェイトレス)を呼び、追加のケーキを注文した。


「・・・それで、結局私は何をすればいいんですか?」

 ケーキ一つで機嫌を直してくれるとは、やはり年相応の女の子ということか。


「メイスちゃんの察しの通り、仲を取り持ってくれれば最高なんだけど・・・」

「無理ですよそんなの。私その人のことよく知りませんし」


 そんなわけはない。調べはついているのだ。

 彼女の治療のために、メイス師弟が邸に出入りしているのは。


「まったく知らないこともないだろ?」

「そりゃこの街で医者と言えば師匠ですから、何度かお会いしたことはありますけど。たしかに綺麗な人ですよね。赤い髪で包容力があって熟女って感じで」

「それ住み込みのメイドの人だよ!! 誰があんな太ったオバサンに惚れるか!!」

「ピルムさんとはよく山菜取りに一緒するんですが、いまの発言をご本人に伝えれば、お家でよく話すであろうフランシスカさんにどう噂されるでしょうか」

「なんの罠なの?!!」

「このことを伝えられたくなくばケーキをもっと下さい」

「ケーキくらいいくらでも食べていいよ!!

 それよりフランシスカさんだよ!!」


 前言撤回。何が年相応だよ。とんだ悪魔だよ。

 もうやだこの子・・・。


「直接言えばいい話じゃないですか。フレイルさん顔だけはいいんですから、何の問題も無いと思います」

「顔だけって・・・」

「自身無いんですか? 何のために騎士にまでなったんですか」

「いや騎士になったのはこの街の常駐騎士になって、故郷を守りたいからであって・・・」

「綺麗ごとを言わないで下さい。フランシスカさんにいいところ見せるためでしょう? みんな知ってますよ」

「みんな知ってんの?! やめてそういうの!!」

「街一番のイケメンが実家のパン屋も継がずに騎士になったら、もう無敵じゃないですか。完全にヒーローですよ。そりゃ噂にもなります」

「え、それどんな噂? すごく気になる」

「主に男性から、格好つけやがって死ねばいい、という旨の意見が寄せられています」

「・・・聞くんじゃなかったよ」

「人を呪い殺す魔道具の注文を受けたこともあります」

「ホンットに聞くんじゃなかったよ!!!」


 だがそう。そのとおりだ。

 今の僕は顔だけの男では無い。

 ランクCとは言え、立派な騎士なのだ。


 フランシスカさんは貴族の令嬢だ。たしかお兄さんがいるので家督の問題は無い。

 それにフランシスカさんの家族には失礼だが、こんな田舎の貴族だ。身分の違いがどうたら言うこともないだろう。

 だが、やはり貴族のお嬢様とパン屋の長男では気後れしてしまう。

 だから苦労して騎士にまでなったのだ。

 貴族のお嬢様と騎士。実にお似合いじゃないか!


 それ以来、8歳から騎士を目指して剣を振ってきた僕だが、成長するにつれて実家のパン屋が重くのしかかって来た。長男である僕は店を継ぐ責任があった。

 いや、僕は騎士になる自信が、勇気が無かったのだ。

 その覚悟を決めるきっかけになったのは、メイスちゃんだ。


 一年前、街の近くに強力な魔物が現れたとき、大人達が右往左往しているのを尻目に、7歳の彼女は一人でその魔物を討伐してしまった。7歳の少女がだ。

 それを見たとき、10も年上の僕がやれないはずはないと、勇気を持つことが出来た。

 すぐに荷物をまとめて親父に殴られながらも家を飛び出した。

 そのことについて僕はこの少女に、少なくない尊敬と感謝の念を持っている。

 かくして僕は騎士になった。配属の希望も問題なく通り、2ヶ月前からこの街の常駐騎士だ。


 一年前に少女が倒したような魔物はまだ倒せないが、少しばかりの自信もついた。

 あとはもう、当たってくだけるのみだ。


「……わかった。やってみるよ。

 メイスちゃんはフランシスカさんを呼び出してくれるだけでいい」

「それくらいなら、お安い御用です」


 やはりこの少女に頼りきるのは男らしくない。

 今夜、自分で告白する。


「今日の日没の鐘が鳴る頃に、街の広場で待ってると伝えて欲しい」

「伝えて欲しくば、ケーキを」

「ウェイトレスさーん!! ケーキ3つほど包んであげてー!!」



 日没の鐘が鳴る。

 辺りは暗い。西の空はまだほんのり赤いが、空には月が輝いている。

 今日の月は一段と鮮やかだ。

 告白するにはいい夜である。


 広場で待つ。

 明るい内は子供達が走り回って遊んでいるが、鐘の音を聞いて次々と夕飯を作る家族の元へと帰っていく。

 広場に誰もいなくなると、いよいよ辺りは真っ暗になった。周りの民家から漏れる灯りが目にやさしい。

 その民家の角に隠れて、メイスちゃんが手を振っている。見守ってくれるというのか。心強い!


 辺りの民家から団欒の笑い声が聞こえる。

 幸せそうな声。

 フランシスカさんと、あんな風に笑い合えたら、どんなに幸せだろう。


 そんな想像を膨らませると、無闇に士気が上がる。やってやろうという気になる。

 絶対にこの告白を成功させてみせるぞ。


 そうして、僕の気持ちが最高潮に高まったとき、彼女は現れた。


「こんばんは。メイス様のお弟子さんに呼ばれて来たのですが・・・」


 辺りの音がすべて消え失せた。

 彼女は静寂と共に訪れる。

 音と共に、僕の頭の中身もすべて消え失せた。

 いや落ち着け。何か言わないと何か言わないと。


「は、はい。・・そその、自分が彼女に頼んだ次第であります」

 なんとかそれだけ言うことが出来た。


「そうですか。お待たせしてしまったでしょうか?」

「いえ、自分も、今、来た、ところで、あり、ますから!」

 緊張のせいでうまく言葉が出ない。

 首都の定期訓練のときの様な口調になってしまう。

 上がりすぎだ。ちょっと落ち着け自分。


「あなたはたしか、そこのパン屋さんの・・・」

「そそそそうであります!! ご存知でしたか!!」

「騎士になられたのですよね。立派です」

「あああああああ」

 ありがとうございます。ありがとうございます。


 よし!!!

 よし!!!!!

 かなり好印象だ。やっぱり騎士になってよかった。


「フランシスカさん! 実は大事なお話がありまして」

 この勢いで言ってしまおう。

 話が長引くとこちらがもたない。

 兵は神速を尊ぶだとか、前にメイスちゃんが言ってた。


「その、実は自分は前から、フランシスカさんのことをですね・・」

 言え!

 言うのだ!!


「お、お慕いしておりました!! 好きです!!!!」

「ごめんなさい」

 言った!!

 言ってしまった!!

 とうとう言ってしまったぞ。もう後戻りは出来ない。騎士とは言え地方常駐の僕の給金はけして多くは無いが、精一杯彼女を幸せにしてみせる! なぁに辛くは無い。断じて! なぜならどんな辛い任務の後も、家に帰れば彼女がいる。彼女は温かい笑顔で僕を労い、テーブルには彼女がその美しい手で、指で作った手料理が並び、二人でテーブルに着いたならば、果実酒かなんかが入ったグラスを傾けながら、その日の出来事を語り合うのだ。そして食事が終わり、酒に強くない彼女がいい雰囲気で酔ってしまう。僕はそれを介抱し、優しくその肩を抱き、お姫様抱っこで寝室のベッドへ……!!!


 ・・・ってアレ?


「い、いいいい、いま、なんと?」

「ごめんなさい。お気持ちに応えることは出来ません」


 ・・・・・


 。。。。。。


 くぁwせdrftgyふじこlp;


「実は私、2年前から婚約者(フィアンセ)がいて、今年の夏に結婚するんです」

「ぉぉおぉおぉぉおお・・・」

「ですから、あなたとはお付き合いすることは出来ません。ごめんなさい」


 ではこれで。と最後に残し、彼女は帰ってしまった。


 去っていく彼女の姿は、なぜか斜めに傾いていた。

 ・・いや違う。世界全てが傾いている。おかしいのは僕の平衡感覚だ。

 傾いてるのは僕だった。


 傾いてる僕の片思いは、見事に砕け散った。

 膝が折れる。まっすぐ立っていられなかった。


 騎士訓練でもこんなボロボロになったことはない。

 おかしいな。目から海水が出て止まらない。

 民家から漏れるやさしい灯りが、揺れる水面のように滲んでいた。

 その民家の角に隠れて、悪魔がニヤニヤと笑っていた。



「ひどいよ!! 全部知ってたんでしょ!!」

「知ってましたが、それが何か?」

「知ってたなら教えてくれよ!! 僕を笑いものにするつもりだったの!?」

「いえ、思ったほどは笑えませんでした」

「なおひどい!?」


 あれからメイスちゃんに連れられて、実家の向かいの酒場に来た。

 失恋は強い酒を呑んで忘れるのがいいと、親父さんが麦酒を奢ってくれた。

 酒場に来ていた常連のみんなも、元気を出せとやさしくしてくれる。とてもこの中に僕を呪い殺そうとした人間がいるとは思えない。

 やさしくないのはこの少女だけだ。


「ねぇどんな気持ち? 10年恋した相手に普通に婚約者(フィアンセ)がいてどんな気持ち? ねぇねぇどんな気持ち?」

「……メイスちゃんは僕のことが嫌いなの?」

「嫌いです」

「ええ?! なんで僕なんかした?」

「だってフレイルさんそんなイケメン顔なのに、たった1年で騎士になれるくらい才能あって不公平です。チートです。絶対に許さない」

「ちょ、ちょっと待ってよ」


 それを言うならこの少女こそ、3年でとんでもない魔道師になってるじゃないか。登録試験は受けてないようだが、その実力はすでにBランク魔道師と比べても遜色ない。

 それと比べて僕は、


「1年で騎士になれるわけないよ。そりゃ少しは才能もあるかもしれないけど、剣は小さい頃から鍛錬してたし。

 メイスちゃんの方がずっとスゴイよ。まだ8歳なのに、あの蒼雷のメイスの名を継ぐのも決まってるじゃないか」


 僕なんか今年で18だというのにCランク止まりだ。

 騎士と魔道師では単純に比べられないが、この少女がとてつもない才能を持つことには違いない。


「メイスちゃんは、スゴイよ。

 僕はメイスちゃんを見て、騎士になろうって決めたんだ」

「え・・・?」

「初めてメイスちゃんを見たとき、信じられなかった。

 こんな小さな女の子が、あの鳥巣樹(バードハイヴ)を倒したなんてね」


 それがくやしいから、いてもたってもいられなくなった。

 見ていられなかったから、逃げるように街を出た。

 自分は何年努力したのか。何年剣を振っていたのか。

 その結果を確かめたくて、すぐに首都で騎士の試験を受けたのだ。

 結果は僕の思うものではなかったが、ひとまず納得も出来た。

 僕と少女は、決定的に違うのだ、と。


「本当はわかってたんだ。才能なんて言い訳だ。メイスちゃんがスゴイのは、メイスちゃんが頑張ってるからだ。努力してるからだ」


 そう、現実は違った。

 少女は才能に溢れ、神さまにでも愛されているのだろうと思ってたのに。

 失敗なんて、しないのだろうと思ってたのに。

 この少女はきっと、最初から全ての答えを知っているのだろうと思ってたのに。

 だから、才能の無い自分はCランク止まりでも仕方がない、と思うことが出来たのに。


「僕が隠れて剣を振っていたのと同じように、いやそれ以上に、メイスちゃんも頑張っていたんだよね」


 今朝、少女が製作した玩具を見せてもらった。

 少女はきらきらした瞳で、自慢の玩具を説明していた。

 しかしその玩具は失敗だった。

 少女は本気で悔しそうにしていた。


 きっと少女は、一人きりで、何度も失敗を重ねていたのだ。

 何度も何度も試行錯誤して、努力を重ねて、結果を出していたのだ。

 当たり前だ。彼女はまだ8歳の女の子なのだから。


「それがわかったから、今日も僕は勇気を持てたんだ。告白は失敗だったけどね。

 メイスちゃんのこと、もっと知ることが出来てよかったと思う。尊敬してるんだ」

「そ・・そんな、私はべつに・・・」


 頬を赤らめて照れる姿がまた愛らしい。こんな美少女が急にしおらしくなるのを見るとなんか変な気分になってくるな・・・。

 それを見て、少し今日の仕返しをしたくなってしまった。


「しっかし・・・、

 メイスちゃんも友達いないんだねぇ! 僕のこと言えないじゃないか!」

「な・・・!!!」

 今度は耳まで赤くなる。

 まるで月みたいだ。


「メイスちゃんさえよかったら、友達いない同士、僕と友達になってくれないかな」

「え・・・・」


 この少女のおかげで、僕はまた勇気を出すことが出来たのだ。

 今日はいい日で終わらせたい。

 失恋した日ではなく、初めて友達が出来た日として。


「・・・・・」

「ん? どうかな?メイスちゃん」

「・・・・私、友達いたことないから・・・その」


 目を逸らしてもじもじする少女。

 しばらくそうしていたが、結局、

「よろしく、お願いします」

 と言った。


 それを聞いて僕は、彼女にジュースを奢る。

 今夜は祝杯だ。

 二人にとって、初めて友達が出来た日だから。

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