お約束の展開です〜異世界に召喚された私の話〜
マイナーな部活で頑張る女の子を応援しています!
「あと十分しかない〜っ!ありえないって!!もう、あのオジイっ、本当に信じられない!!」
その日、私は授業を終えて、部活へと急いでいた。
「せっかく、……大会の代表に選ばれたのにっ!!」
私は現在、職員室から部室までの距離を全力疾走中である。
「……四時から部活だって、言ってるのにっ」
私の当初の予定では『放課後、職員室で公欠届けに担任からハンコを押してもらう』というミッションをクリアするだけであり、二分もあれば職員室を後にするはずだった。
何もなければ、職員室から部室まで徒歩三分。練習場に余裕を持って着けるはずだった。
……それなのに
普段からのんびりとしていることから、生徒に『じいちゃん』と呼ばれている四十代の担任は、――前もって渡しておいたはずの公欠届けをどこかにしまい込んでしまっていた。
担任の机から書類が発見されるまでに十数分が経過した。その間、廊下で腹筋・背筋・腕立て伏せのトレーニングメニューが2セットはできたと思う。
……しなかったけれど。
そのような想定外の時間のロスのため、私は今とても焦っていた。
「……今日は、最後の練習なのにっ」
目の前に、ようやく部室が見えてくる。時計を確認すると、部活開始五分前。
「――間に合ったぁ、さっすが私っ」
もしも陸上部員であったなら、きっとインターハイに出られたのではないか、などと、私は心のなかで自分の脚力を誉め讃えながら、大きく息を吸って、呼吸を調える。
全力疾走をしてもこの程度なら、まだ息の乱れはあまりない。そんなやわな肺はしていない。
完璧な私の腹式呼吸。ああ、呼吸は大事だ。
大事な練習道具が入っているカバンを握り締めて、部室のドアを開けて中に入った。
「早く着替えて、調整して、明日の準備をしてえぇぇぇッ――ちょ、嘘、ぇ――………」
一歩入った部室の中で、なぜか私は穴に落ちた。
足元には、床がなかった。
「ぎぃやぁぁぁ――――!」
部活があるので、スカートの中にスパッツを履いているから、捲れても気にしない。
それよりも、持っているカバンが浮き上がって、邪魔になっている。
なぜ自分は今落ちているのか、床はどこにいったのか、この状況は何だ、とか色々と疑問はある。
ただ、私にひとつだけわかることは………
「……部活、遅刻するぅ――――」
という、とても大事な事実だけだった。
………………………………
どれだけ落ちていたのかわからない。
ぐんっと鳩尾あたりが引っ繰り返るような感覚の後、ふわりとした浮遊感が身体に残る。そうして時間差で、足元にカバンが落ちてきた。
恐る恐る閉じていた目を開けると、床の上に自分の両足があった。
ほっとして顔を上げる。
そこには、不思議な光景が広がっていた。
「……え、なに、ここ……」
そこは暗い場所だった。暗くてよく見えないが、おそらく室内だと思われる。
世界史の資料集で見たことがあるような、石造りの建物の中に私はいるようだった。
薄暗いが、なんとなく周囲の様子が分かるのは、小さな明かりが柱に灯っているからだった。
おそらく、蝋燭かなにかだろう。
体育館を連想させる、高さと広さのある建物のようだ。
映画みたいだなあ、と周りを見回すと、薄暗くて誰もいないと思っていた室内には人がいた。
しかも、複数の人がいるようだ。
ほっとしてそちらに歩きだそうとすると、一人の女性が私のところへ近付いて来るのがわかった。
――よかった、人がいた。よく分からない場所に一人でいるのは不安だった。
「……あの、ここ」
「お待ちしておりましたっ救世主様!!どうかこの国を守ってください!!」
「……」
人の話を聞きもしないで、いきなり労働の要求をしてきた人物は、……超絶美少女でした。
「……」
「巫女姫様、お下がりください!」
「うかつに近付くのは危険です!子どもに見えますが何を仕掛けてくるかわかりません!」
二人の男に庇われている、目の前の美少女。
手入れの行き届いた髪と肌が、彼女の美貌をより輝かせている。
潤んだ瞳に、艶やかな唇。胸の前で祈るように組まれた両手も、華奢で頼りない姿をより可憐に見せている。
「……ここ、どこ」
まず、状況の確認が必要だ。なんだかよく分からないが、それでも冷静さを失ってはいけない。
「ここは『始まりの国』です、救世主様」
可愛らしい声と笑顔で美少女は答えてくれた。
うん、訳分かんないね。
「なんで、私がここにいるの?」
「この国の救世主として『この世で一番強い者』を望んだわたくしの祈りが、神に届いたのだと思います!どうか、魔王を倒して国をお救いください!」
……魔王?神?救世主?……頭が痛い、訳が分からない。今、どういう状況なの?
「……とりあえず、元の場所に戻してくれない?私、明日から大会なんだ。大事な試合なの、全国大会なの」
私がそう言うと、美少女は眉をひそめて声を震わせる。
「我が国にはあなたの力が必要なのです!どうか、救世主様……」
そんなことを言われても。
「明日から全国大会だから無理」
せめて終わってからだったら、協力してもよかったのに。残念だ。
「……そんなっ!このままでは大勢の民が犠牲になってしまいます……どうか、この国を見捨てないでください!!」
瞳に涙をためて、声を震わせる美少女。
その傍らにいる護衛と思われる二人は、私を睨み付けている。
……うん、とりあえず状況を整理しようじゃないか、君たち。
腸が煮え繰り返るという気持ちを初めて経験しました。
「……あのさあ、なんで私がこの国を救わなくちゃいけないの?私にも都合ってモノがあるのに、いきなりこんなところに連れてこられて魔王と戦え?何、魔王って?訳分かんないんだけど。自分達でなんとかすればいいじゃない!」
それに、と言ってちらりと護衛を見た。
「そこに強そうな逞しい人がいるでしょ。なのに、こんな得体の知れない女の私に、そんなことを頼むのはおかしいんじゃない?」
私の言葉に、美少女は半泣きで言い返してきた。
「それは、あなたが魔王を倒す力を持っていらっしゃるからです!わたくしだって、力があれば自分で魔王を倒しに行きます!けれど、わたくしにその力はない……。お願いします、この国を救ってください!!」
……ああ、話が通じない。なに、この堂堂巡りは。もう会話を打ち切ってしまいたい。このままでは、我慢が効かなくなる。
「元の場所に戻して」
ダメだ。私の手はそんなことをするためにあるんじゃない。冷静になれ、私。
「お願い、あなたの力が必要なの!」
……この女、殴ってもいいかなぁ。
私は美少女の言葉を無視して、足元にあるカバンから自分の相棒を取り出した。慣れた感触が私を支えてくれる。いつも一緒にいる、私の戦友。
ああ、早く練習がしたい。
明日は大会なのに、私はいったいなにをしているのだろう。
落ち着け、私。
平常心を持たないと、負けてしまう。
深呼吸をして。
「私を、元の場所に戻して」
頑なな態度を変えようとしない私に、苛立った護衛たちは憎しみを込めた目を向けてきた。
「黙って聞いていれば、巫女姫様に向かって無礼な!」
「……さん、にぃ、」
「こんな貧相な子どもが救世主なんて何かの間違いでしょう!ほら、弱、ッがはっ……!」
「っしゃ!!」
我慢の限界が来た私の拳が、護衛たちの身体に打ち込まれた。
「明日から全国大会だって言ってるでしょう!今すぐ戻してッ!!」
打ち込み練習、二分。いつもしているトレーニングと同じ。
最初にあごの先をかすめて打って、脳を揺らしておけば、相手の隙を生みやすい。
相手が剣を持っているのはわかっていた。だから、抜かせないように、美少女のすぐ近くに立っている。
ボディにも数発打ち込んだが、護衛二人は体格もよく、あまりダメージがないように見えた。むかつくので顔ばかりを狙ってやる。
鼻血まみれの護衛二人を床に沈めた後、私は美少女に向き直って、再度言った。
「元の場所に、戻して」
美少女は震えながら、それを拒否する。はかなげな容姿のくせに、意外に神経は太いらしい。ちっ、しぶとい。
「……それほどの力をお持ちなら、魔王も倒せます!わたくしにもあなたと同じ力があれば、自分で倒しに行ったでしょう。でも、わたくしには力が無い……だか、ぶっ、ぅぁ―――」
我慢はした。相手は明らかに非力で、鍛えていない。だから、私は自分を押さえていた。
でも、よく考えたら誘拐だし。誘拐されたうえに、労働を強制されているんだから、正当防衛だろう。
とりあえず、腹に一発。そして、綺麗なドレスの、何の苦労もしてなさそうな手をした少女の、要求ばかりする口を黙らせるため、顔面に拳をめり込ませた。
美少女は、衝撃がうまく殺せず、床に倒れこんだ。石造りなのでかなり痛そうだ。
「……この力はね、私の血と汗と涙と腫れの結晶なの。毎日毎日、男子に交じって拳を打ち合いながら、必死に鍛えたものなの!……国体にもインターハイにも女子は出られず、ようやく全国大会の県代表に選ばれて、今日は最終調整をして明日からの大会に臨むはずだったのに!!私に、大会を諦めて、無償で力を貸せと言うのなら、あんたのその綺麗な顔を……とりあえず思う存分に殴らせてもらうから!」
「――!!」
鼻血と涙で顔を汚した元美少女は、うめきながら体を震わせる。
「あんたの綺麗な顔が倍以上に腫れ上がった頃に、心置きなく魔王を倒しに行ってあげるわよ」
完全に悪役の台詞だが、そんなことは気にしない。私は私の大切なものを、こいつらに踏みにじられたのだから。
「恨むなら、自分達の自分勝手さを恨みなさいよ!」
そう言って、華奢な美少女に近付いたところで……
私は、また穴に落ちた。
………………………………
――気が付いたら、そこは部室の中だった。
夢でも見たのかと思い、慌てて練習場に行ったが、一時間も遅刻していた。
あの場所にいた分の時間は、きっちり経過していた。
私は顧問から大目玉を食らい、表面上は反省していた。
だが、お説教の間ずっと心の中で「やっぱあいつら殴っておいて正解だった!」と自分を誉め讃えていた。
私が自分の努力で付けた力は、自分のために使うものだ。
私はこれから全国大会で成績を残し、推薦で大学を受験する予定でいる。
私の力が必要ならば、私の都合を優先し、それなりの対価を用意しておくべきだろう。
……だから、私は決めた。
また自分が、変な場所に行って変な要求をされたとき、困ることがないように
――もっと鍛えて強くなってやろう、と。
テーマは『召喚=「拉致・誘拐・脅迫・強制労働」→ダメ絶対』
※チートではなく、強い女の子ということで「ボクシング女子」を採用しました。
練習とかすごいらしい。
調べていて、国体やインターハイなどには女子種目がないことを知りました。
頑張れ、ボクシング女子!!
応援してます!