表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夏の自惚

作者: すみぞめ

私は歩けなくなった。暑さを理由にしない汗が顎を伝ってアスファルトに滴り落ちる。指先はしびれた。心臓は凍った。私は、歩けなくなった。


いつかの夏の日、知らない他人ひとが私を笑った。何で笑われたのか、もう覚えていない。汗をだらだらと流して情けなく顔を真っ赤にした私は、自分の表情を隠して生きると決めた。決めたところで何も変わらない日常が待っているのだけど――私にともだちはいないのだから。

いつかの夏の日、夏だというのにマスクをしている私を知らない他人ひとが笑っていた。ずっと使っていない表情筋をマスクの下でこわばらせた私は、他人ひとを見ないように生きると決めた。決めたところで何も変わらない日常が待っているのだけど――私にともだちはいないのだから。

いつかの夏の日、他人ひとの見るのが怖くてうつむいていたら、背中の曲がった私を知らない他人ひとが笑っていた。世の中の他人ひとはもれなく私をバカにしているのだと理解させられてしまった私は、人目につかぬよう生きると決めた。決めたところで何も変わらない日常が待っているのだけど――私にともだちはいないのだから。


いつかの夏の日、いつかの夏の日、いつかの夏の日、いつかの夏の日、いつかの夏の日、いつかの夏の日、いつかの夏の日、いつかの夏の日、いつかの夏の日、いつかの夏の日、いつかの夏の日、いつかの夏の日、いつかの夏の日、いつかの夏の日、いつかの夏の日、いつかの夏の日、いつかの夏の日、いつかの夏の日、いつかの夏の日、いつかの夏の日、あらゆる夏の日が私の前に積み重なって、分厚い壁となり立ちふさがった。私はその壁から逃げるためにマスクをしてうつむいて、いつだって道の端を歩くようになった。ぎょろぎょろと慌ただしく動く目を隠したくて前髪を伸ばした。直接見る世界がこわくて視力も悪くないのに眼鏡をかけた。甘ったれた手首の傷を隠すために長袖を着て、あざや擦り傷だらけの足は厚手の黒いタイツでごまかした。ヒールによろめく自分が無様で、スニーカーしか履かなくなった。外から聞こえるすべての音が私を笑っているから、イヤホンから耳をつんざくくらいの音楽を流した。


ある夏の日、血迷って顔を上げると、きれいに磨き上げられたショーウィンドウに反射する死ぬほど醜い私が、私を見ていた。立ち尽くす私の後ろをきれいな他人ひとたちがともだちと笑いながら歩いて行った。誰も私を見ていなかった。あれだけうるさかった音楽がぴったりと止んで、私は歩けなくなった。暑さを理由にしない汗が顎を伝ってアスファルトに滴り落ちる。指先はしびれた。心臓は凍った。

私は、歩けなくなった。

続き物ではありませんが、「春の暴食」「夏の自惚」「秋の不眠」「冬の憂鬱」をまとめて「四季」としています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  切れが有ると感じます。  短い中で無駄の無い言葉が次々流れてきて 心に響きます。  文章で伝えられる事は長さに比例しないと感じました。
2013/08/06 14:00 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ