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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

カマキリ頭の彼氏様

作者:藍槌うつほ
虫の話題多め。『G』に言及する箇所が三か所ほどあります。
人によっては不快感を覚える描写が多々あります。


 ゆぅくん(・・・・)は、とても優しい私の恋人である。
 文武両道、成績優秀、眉目秀麗。物腰も柔らかく、分け隔てなく優しく、先輩からは可愛がられ、後輩からは憧れの眼差しを向けられる、完全無欠のスーパー彼氏様である。

『――――トラツリアブってかわいいよねぇ、小さくてふわふわで、まるで(かなで)みたい』

 声は甘く軽やかで、優しいのによく通る。
 授業でゆぅくんが朗読を当てられる度、クラスの女子が密かに胸を高鳴らせているのを知っている。

『――――シロアリは何年も添い遂げて、雌は自分が死んだら自分のクローンをまた雄のお嫁さんにするんだって。素敵だよねぇ、僕もクローン作れないかな、自分の』

 たれ目がちな目元はいつだって柔らかく微笑みの形に弧を描いていて、薄い唇から覗く歯は作り物のように整っている。
 ゆぅくんに微笑みを向けられて、頬を染めない女子は、まあまず、いない。

『――――オトシブミは夫婦で協力して子供のベッドを作ってあげるんだよ。仲睦まじいよね、僕と奏もそんな夫婦になりたいなあ』

 私より頭二つ分上から向けられる優しく、甘く、柔らかい微笑みに、生まれた時からの幼馴染として約16年間、彼女としては2年間付き合ってきた私でも、いつまでも初めて恋に落ちた時のようにときめいてしまう。
 ゆぅくん――海崎 (ゆずる)は、そんな非の打ちどころのないとんでも超人彼氏様、である。

 嘘だ。
 ひとつだけ欠点(・・)がある。もはや、ここまでくればお分かり頂けるだろう。

『――――カマキリに生まれ変わったら、奏は僕のこと食べてくれる? 奏は元気な赤ちゃんを産んでね、応援してるから』

 にこにこと、恐ろしいほど優しく、甘く、柔らかい、とろけるような笑みで告げられる言葉の数々。
 完璧超人な彼氏様の脳内主要部分には、なんとも残念なことに『花宮 奏(わたし)』と『虫』のことしか入っていないのである。
 悲しいことに、どこをどうひっくり返そうとそれしか出てこない。
 四六時中、私と虫。虫か私。虫私虫私私私虫私、である。

 だというのに勉強面でも完璧だから恐ろしい。
 課題は隙間時間にちゃちゃっと済ませ、出来の悪い私に懇切丁寧分かりやすく教えて徹夜に付き合って学年1位! ちなみに私は178位。二学年は全244名であるので、頭の程はお察しである。これでも伸びた方だ。

 勉強の合間にも、『トリートメント変えたでしょ、奏っぽくて素敵だよ。でも僕は前に使ってたやつも好きだなあ、使わないの? 30%オフじゃなくても僕が買ってあげるのに』だの『ああ、ムラサキシジミだ、春だねえ。ムラサキシジミの幼虫はね、アリを虜にして守ってもらうんだ。僕にとっての奏みたい、まあ、僕は奴隷じゃなくて恋人だけど』だの、『左の手首が少し動かしづらそうだね、どうしたの。もしかして金曜日に階段の裏で2年C組冴崎綾乃さんと話してたことと何か関係があるのかな』だの、『ハエトリグモだ、可愛いね。奏は嫌がるけれど、奏がもっと嫌いなあの子も食べてくれるからね、そっとしておくといいよ。ぴょんぴょん跳ねて可愛いなあ、奏もたまに、ああやって跳ねるよね』だの、なんだのとつらつら喋り続けるから困る。
 けれども私にとっては普通に先生の授業を聞くよりも、ゆぅくんのマシンガントークの合間に知識をねじ込まれる勉強法の方が合っているのだからもう、双方救いようがないのであった。

 虫が好きでしょうがなくて、私のことはもっと好きだと言って憚らない、私にはもったいないほどの彼氏様。

『――――生まれ変わったら虫になりたいなあ。それで、もう一度奏と恋に落ちるんだ。好きなものと好きなものが組み合わさるのって、とっても素敵じゃない?』

 私は虫は苦手な方だけれど、まあ彼が言うならそれもいいのかもしれない。
 などと、そんな風に思っていた時期はとっくに過ぎてしまった。

「あ、ああああ、いやぁあああっ! 歩いてる! 歩いてる! スーツ着て歩いてるんだけど!?」
「ええー? どれどれ? 今の僕はちょっと視界不良なんだよねえ」
「触角が長い! あの、あれ、あれぇ! 顔が四角い、触角がストライプみたいになってるぅ!」
「ああ、カミキリムシだ。どのカミキリムシかなあ、水色ならルリボシカミキリだけど」
「そうそれ!」
「わぁ素敵だ」

 何が素敵だ! 馬鹿彼氏様め!

 私は半泣きになりながらゆぅくんに抱き着く。なるべく、顔は見ないように(・・・・・・・・)して。
 嗅ぎなれた匂い。温かな太陽のような、落ち着く匂いは間違いなくゆぅくんのもので、けれども、その体の上、本来首があるべき場所に『何』が乗っているのか、私は既に知っている。
 完全無欠の超絶馬鹿彼氏様の頭は今、人の頭ほどのサイズのカマキリのものにすげ替わっているのだ。

 ああ神様、なんてことをしてくれやがるんですか。
 天から二物三物与えられ、人間が得ていい限度を超える程の才能を持って生まれたうちの彼氏様に、よりにもよってそんなご褒美を与えなくたって!

 ゆぅくんに抱き着く私は、涙目になって世界を睨む。

 道行く人。普通の女性。その隣には、これまた私が見たことのないような(いや、きっと見せてもらったことはあるのだろう)虫の頭を持った人が。仲睦まじそうに歩いている。
 続いてスーツ姿の御仁がひとり、ふたり、さんにんと。それぞれ、これは私でも分かる。スズメバチと、ミツバチと、クモである。ああ! やめて! こっちを見ないで!

 私達が生まれ変わったその世界には、昆虫人と人類が、それぞれ仲良く共存していた。
 世界の作り自体は特に変わったことは無い。現代の日本にほど近く、生活の中でも特に不便もない。が、しかし! これはしかし!
 再び『花宮 奏』として生を受け、『海崎 譲』と出会い、恋に落ち直したという、展開が展開ならば甘く切ない運命的なラブストーリーを果たした私達だというのに! この世界がこれ! あんまりじゃあありませんか!

「奏はいつまで経っても慣れないねえ、彼らが何かしてきた訳じゃあないのに」
「そ、それはそうなんだけど……でも、だって、虫だし、怖いし、」
「うんうん。僕はもちろん、怖がる奏も可愛いから大好きだよ」
「ゆ、ゆぅくん、家まであとどれくらい……」
「わあい無視されちゃったよ、虫だけに。あと五分くらい。大丈夫? もっとゆっくり歩こうか?」
「えっ、えええ、や、やだ、頑張って歩く」

 もっとゆっくり? とんでもない! 一刻も早く帰りたく思いますよ、私は! ゆぅくんは、どうだか! 知りませんけどね!
 『好きなもの』と『好きなもの』がかけ合わさった、最高の世界。ゆぅくんにとってはそうなんだろう。ゆぅくんは、この世界に来てからというものかなりの上機嫌だ。
 片腕に抱き着きながら、そろりとゆぅくんを見上げる。逆三角の頭部に、大きくついた二つの目。合っているのは数だけだ。緑色の澄んだ瞳が私を見下ろしている。
 きっと、そこには、前と変わらない優しい色が滲んでいるのだろうけど、今の私にそれを読み取れ、というのは少々酷な話だった。



「奏はまだ、一番苦手な『あの子』には会ってないねえ。僕は是非とも会ってみたいんだけど」
「縁起でもないこと言わないで! 噂をすれば影、一匹見たら三十匹いるのよ!」
「それはチャバネだね。あれは繁殖力がすごいからそうかもしれないけど、」
「わー! わー! 聞こえません! 黙ってください! ええい、この! これどこ口! どこが口なの!」

 半泣きになりながらゆぅくんの口元を押さえようと試みる。が、その手は口に辿り着くより先にゆぅくんの手に絡め取られてしまった。
 ああよかった。頭だけが虫になっているだけで。これで手まで鎌になっていたら、私の身が(あらゆる意味で)持たない。
 よく分からない方向に思考が走る私の体を、ゆぅくんはそっとベッドに座らせる。
 目の前にあるのは、変わらず、カマキリの顔である。びくりと肩を震わせた私に、ゆぅくんは、私の前に膝をついて座った。
 ゆっくりと手を離され、今度は優しく握られる。

「大丈夫、奏のこと食べちゃったりしないよ。むしろ、カマキリだっていうなら奏が僕を食べるんだからね」
「……嬉しそうな声で変なこと言わないで。しかも食べるとか、私にはカニバリズムの趣味はないんだけど?」
「え、別に上の口じゃなくても僕は一向に構わないよ」
「……ゆぅくん、それ、他の女の子が聞いたら卒倒するからね。他所で言っちゃ駄目だよ」
「言わないよ。僕がこういうこと言うのは奏にだけだし、そういう風に見るのも奏だけだからね。あれ、これ前にも言ったような気がするなあ、でもいいか、公式を五十回書かせても間違えることもあるし、一日五十回くらい言ってあげるね」
「え、やだ」
「二十回」
「やだよ」
「十回」
「……一週間に一回くらいにして」
「しょうがないなあ」

 なぜ私が我儘を言ったような流れになっているのだろう。心底問い詰めたい。問いただしたい。
 けれども押しの強さと頭の回転でゆぅくんに勝てる訳もない私は、諦めてベッドに倒れ込んだ。シーツからはゆぅくんの匂いがする。ここはゆぅくんの家だから、当然のことだ。
 この世界に生まれ直してから、見る虫全てに怯えるようになった私を、唯一傍にいて落ち着けるゆぅくんに預けよう、となったのは、情けないことだが当たり前の流れだった。

「はーあ……勿体ないなあ」
「何が?」
「ゆぅくんの顔。王子様みたいだったのに、カマキリだよ? 勿体ない……」
「うん? いいと思うけどなあ、カマキリ。かっこいいし、昆虫界屈指の造形美だとも思うね。僕としてはトノサマバッタの凛々しさも捨てがたいとは思うんだけど、ああ、オニヤンマも色彩の美しさとかパーツの比率を考えればかなりイケメンの部類に入るんじゃないかな」
「ふわふわの髪の毛も長い睫毛も、綺麗な目も全部どっか行っちゃったよ……」
「やったあ無視だね、虫だけに」
「…………気に入ってるの? それ」

 かれこれ二十回は聞いているような気がするけれど、と思いながら眺めると、ゆぅくんは楽しそうに肩を竦めて見せた。
 表情というものがない昆虫人だからか、ゆぅくんは何かとオーバーなリアクションでもって私に色々と伝えてくれる。それを読み取れる程度にはゆぅくんのことは分かっている、つもりだ。

「奏は、僕が王子様みたいな顔をしていないと嫌?」
「…………ううん、嫌じゃないよ。本当は、どんな顔でもゆぅくんが好き、だよ」
「そう? それは嬉しいな、僕もどんな奏でも大好きだよ。これからもずっと一緒に居てね」
「……うん」

 照れ臭くて誤魔化し笑いを浮かべる私の髪を、ゆぅくんの指が梳いていく。ああ、やっぱり落ち着く。
 ゆぅくんがいれば何も怖くない。どんな世界だって生きていける。
 顔がカマキリになってしまったのは悲しいことだけれど(あのイケメンを失うことになるのは世界的損失だと、私は割と真面目に思っている)、それでゆぅくんの本質が変わってしまったわけじゃない。
 ゆぅくんはゆぅくんだ。私のことが好きで、虫が好きで、ちょっぴり偏愛的で恋に盲目だけれども、優しくて素敵な、最高の彼氏様である。

「ゆぅくん、大好き」
「………………………ああー、うん。うん……奏さん、そっちに入ってもいいですか」
「だめって言ったら?」
「頭爆発して死んじゃうかな」

 死んじゃったら嫌なので、ベッドの端によって場所を空けてあげる。潜り込んできたゆぅくんは、私が怖い思いをしないようになるべく顔を近づけないようにしながら私を抱きしめた。
 ほらね、やっぱりゆぅくんは優しい。

「ゆぅくん、私に口がどこか教えて」
「…………何しようとしてます?」
「ゆぅくんが嬉しいこと」

 目を閉じて、唇を閉じて少し顎を上げる。ゆぅくんが息を呑む音が聞こえた。
 ちなみに、目を閉じたのは決してゆぅくんの顔が怖かったから、とか、そういうことではない。そういうことではない。こう、乙女としてキスを待つ時に目を閉じるのはマナーだという思いからであって決してゆぅくんの顔が怖かったとかそういう、

 キスは柔らかかった。







   ***


 僕の完全無欠に非の打ちどころがない素敵な恋人、『花宮 奏』が手酷い性的暴行を受けたのは、今から約ひと月前のことである。
 黒く艶やかな、緩やかに巻かれ柔らかく揺れる髪。アーモンド形の愛らしい瞳を縁どる睫毛は長く、そのままでも十分美しい。ビューラーで一生懸命上げようと奮闘している様なんて抱きしめたくなるほどに愛しい。小さく、だが形の整った鼻は可愛らしく、薄紅色の唇はあでやかに存在を主張し、愛らしさと美しさを両立させる黄金比率でもって輝く。
 何事にも一生懸命、僕の愛を真正面から受け止めた上で、一歩も引くことなく、時には軽やかな冗談と共に、時には真剣なまなざしと共に返してくれる愛しの恋人は、ひと月前に壊れてしまった(・・・・・・・)

 今にも殺されてしまう直前、奏が襲われていた深夜の公園にたまたま非番の刑事が現れた。犯人は逃走。未だに捕まっていない。
 捕まえようにも、刑事も犯人の顔は見ておらず、唯一見た可能性がある奏は、病院で目を覚ましてからずっとあの調子だ。
 目が覚めると同時に悲鳴を上げ、母親に泣き縋り、父親がカブトムシに見えると叫んだ彼女を見て、誰もが即座に理解した。

 彼女は、花宮 奏は壊れてしまった。彼女はもう、男性を人間と認識できない。世界を正しい形で受け止められない。受け止めた瞬間、彼女の心はもう、修復不可能なほどに壊れてしまうだろう。

 僕は奏に笑っていてほしい。僕のことを好きでいてほしい。それは我儘で、けれども僕は傲慢で自己中心的な卑怯者だから、思いついた『それ』を迷うことなく実行した。

 ここは僕と奏が生まれ変わった世界。もう一度、僕と奏がやり直せる世界。やり直して、再び出会った世界。
 彼女を助けられなかった僕も、傷つきボロボロになってしまった彼女も、いない世界だ。

 奏は僕の嘘を、驚くほどあっさりと受け入れた。
 僕がいれば、病室から出ることを恐れなくなった。道で男性を見ても、僕に聞こえるだけの声量で騒ぐ程度で済ますようになった。僕と手を繋いでいれば、奏は以前と同じように笑った。

 でも、僕は分かっている。彼女は、僕の奏は、本当の意味では戻ってこないのだということを。

 譲、と呼んでくれる愛しい声を僕はもう、聴くことは出来ない。それは当然の罰だ。
 奏を助けられなかった僕には、彼女を守れなかった僕には、もう二度と名前を呼ばれる資格はない。僕は永遠に『ゆぅくん』のまま、彼女と虚構の世界を生きていくのだ。

「まあ、それはそれとして。世界を完成させるためにはひとつ、必要なことがあるよね」
「なん、なんだお前、誰だ! なんのつもりで俺を、ここはどこだッ!」

 男の怒鳴り声が、地下室に響いた。拘束されているとはいえ、目の前にいるのが十六の優男一人、となればこの強気にも頷ける。
 さて、その強気は一体いつまで持つのだろう。まさか、自分が思うまま凌辱した少女よりも早く根を上げるなどという無様な真似はしない筈だ。

「せいぜい頑張ってね、『ゴキブリ』さん?」
「は、はあ? なん、なんだお前、ふざっ、ふざけるなよ!」
「僕としてはあの子たちのことも嫌いではないんだけど。奏がそういう風に言うから、しょうがないよね。重要なのは僕にとってじゃなくて、奏にとってのことだから」
「何を、」

 僕の大事な大事な奏を、一時の性欲によって惨たらしく凌辱したその男。
 奏はそいつを一目見た瞬間、恐怖で声も出せなくなり、次の瞬間発狂した。とっくのとうに街から逃げていたと思っていたのに、よりにもよって奏の家の近くをうろついていたそいつを、奏は震える声で『ゴキブリ』だと表した。

 ぜったいにやだちかづきたくないこわいゆうくんかえろうやだよどうしてこんなところにいるのでてくるのこわいよたすけてゆうくんどこかにいこうおうちにかえろうやだよやだぜったいにやだやだやだやだやだ!

 尋常でない怯えように、僕は一瞬で理解した。顔を覚えてしまえば、あとは簡単だ。
 この通り、誰にも見られることなく地下室で拘束された男は、こうしてあとはあらゆる拷問を受けて死ぬだけである。

「早く戻らないと奏が寂しがるから、不本意だけど、手早く済ませて終わりにしようか」

 にっこり、王子様のようだ、と褒められた笑みを浮かべて、僕はペンチと殺虫剤を手にした。

 あとに響くのは、男の叫び声。それは僕と奏の世界の、完成の音でもあった。



  了



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