第89話 思惑?
社内サイトでの『社長より』の記事には、アジア最大の拠点候補地としてマレーシア工場を建設するにあたっての、社長からの熱意が込められたメッセージが掲載されていた。
同じく社内サイトで発表された人事異動の業連(業務連絡)には、本社から俺を含めて十二名、他の拠点からも数名の氏名が連名されている。
海外戦略統括部をはじめ、幾つもの部署を兼任担当している大原部長を筆頭として、他に部長クラスの重要ポストに就いているのが二名。
そして続く役職を兼任、または専任している課長、係長クラスが八名。
皆、ご大層な肩書きが綴られていた。
新卒の俺の名前は、当然ながら名簿の最後尾。
日高 司
本社設計部第三設計課 → アジア開発プロジェクト
肩書きもナニも記されていなかったのは、俺だけだった。
我ながらショボイよなぁ……
つか、ナンで『俺だけ』なんだよっつ???
当然ながら、俺がメンバー内での最年少。
パシリ君になりそうな、厭な予感がして来たし。
東京で開催されている展示発表会で、社長達上層部は多忙を極めているハズじゃねーのかよ?
こんな時に、人事を発表してるヒマなんて、あんの?
俺でさえ、コッチから連絡を取らないようにと、恵理からキツク言われているんだぞ?
なのに……
「はぁ……」
俺は目の前のディスプレイに映る、自分の名前と睨めっこして、深い溜息を吐いた。
出来るコトなら、見間違いであって欲しい……
そう思って見直すが、何度見ても俺の名前は消えてはくれなかった。
「日高、すまんな? 白石さんが不在の今、本来なら俺が相談に乗ってやらなきゃいけないんだろうが……お前みたいに新卒での海外赴任は、過去に前例が無いんだ。午後に白石さんから、都合を付けてもう一度連絡が来るそうだから、それまで待ってくれないか?」
俺の溜息を耳にした鈴木主任が、ブラインドタッチでキーボードを叩いていた手を一旦休め、気の毒そうな表情で俺をPC越しに覗き込んで来た。
「あっ、い、いえ、そんなツモリじゃ……」
俺は慌てて首を振る。
鈴木主任を責めるツモリで溜息吐いたんじゃ無かったんだけど……
「しかし……本人が知らない異動とはね……日高? もしかして業連作成者か誰かの記載ミスかも知れん。確認してみろ?」
「は、はい」
俺はDBフォルダの電話連絡から、電話番号を検索すると、業連作成者に連絡を取り付けた。
「第三設計課の日高です。公開された人事の業連作成担当の方は、ご在席ですか?」
この俺にナンの断りも無く、勝手に人事を公表してしまった業連作成者に、俺は電話で確認を取り、場合によっては抗議しようと考えた。
−「はい。私、松下が作成致しました」
歯切れのイイ、女性社員の返事が戻って来た。
「サイト案件公開に至るまでの過程は、どの様になっておりますか?」
−「人事関連は、週末に行われました臨時会議での議事録からの抜粋になっております……何か、ご不審な箇所がございましたでしょうか?」
俺の質問に、松下と言う女性の声が不安そうに翳る。
「名簿に第三設計課の私の名前が記載されておりますが、手違い等はございませんでしょうか?」
−「? 確認致しますので、少しお待ちください」
彼女はそう言って内線を保留にした。
――頼むっつ! 手違いであってくれっつ!!!
祈る様な気持ちで待っていたが、俺の願いはムナシク……
彼女から貰った返事は、『記載ミス等はございません』との返事だった。
「公開の際の承認は、どなたがご担当でしょう?」
−「? 総務部長です」
やっぱり……伊達部長!
「……ありがとうございました」
俺は、それだけ言うのが精一杯だった。
俺にはこの異動が、伊達部長の計略のように思えて、どうしても素直に受け容れるコトが出来なかった。
これじゃパワハラじゃん?
そうまでして俺を国外退去させたいのかよ?
内線電話を切った後、徐々に込み上げて来る不快感と、嵌められたと言う屈辱感が湧き上がり、幾重にも積み重なって、俺を強かに落ち込ませてくれる。
水守といい、伊達部長といい……俺を勝手に躍らせるなっつ!!!
一体……一体、俺がナニを遣ったって言うんだよっつ!
二人の共通点はこの『木村工業』と『社長令嬢の恵理』。
そして、その恵理とこの俺がイイ仲ってコトを、二人共知っているハズだ。
水守が恵理からアウトオブ眼中だってーのは知っていたが、もしかして部長も水守と同じなんだろうか?
恵理の様子からして、部長に気が有る様にはとてもじゃねーが思えねーし。
これは※部品メーカを勝手に指示してしまった俺への単なる報復か?
いや……
ンなコタァ俺が悩んでたって解決するモノじゃナイ。
こうなりゃ、部長とサシで会うっつ!!!
ぱき!
手にしていたボールペンが真っ二つに折れた。
俺は『総務部長室』と表示されている、木目調のドアの前に立っていた。
同じ本社屋なのに、管理職クラスが居並ぶ七階の通路は、そこに立っているだけで身が引き締まるような重厚な威圧感を与えてくれる。
俺はシャキッと背筋を伸ばし、恵理が選んでくれたパーソンズの水玉模様のネクタイをカルク締め直して、襟元を正した。
いよいよ対決っつ!!!
「部長、設計部の日高です」
気負い込んでドアをノックするが、何度叩いても中から返事が返って来ない。
この期に及んでシカトかよ?
「失礼しますっ!」
意を結してドアノブに手を掛けた。
「お忙しい所、失礼しますっ!」
深々と頭を下げて、勢いよく開け放ったドアの向こうには……ダレも居なかったし。
一気に気抜けして、思わずその場にヘタリ込みそうになった。
俺は部長を捜して人事課を尋ね、庶務にも顔を出したがイズレも不発。
一体、ドコほっつき歩いてるんだぁ?
部長の居場所が判ったのは、本社正面玄関の受付フロントを訪ねた時だった。
地元経済新聞社の取材で、伊達部長は現在取材の人と接客中。
しかも、本社工場に居るらしいコトが判った。
忙しいなら忙しいで、連絡くらい付けられる携帯くらい持ちやがれ!
って思っていたら、部長は会社の携帯を持っていたし。
「部長はお忙しい方ですから、直接携帯に出て頂ける事は稀です。殆んどメールでの遣り取りになります。先にアポ取って頂かないと、ムリですよ?」
受付の女の子が、明るく笑いながら部長の携帯にメールを送信してくれた。
「部長?」
俺の出直しリベンジの声に、郵便室で女性社員と談笑していた伊達部長は、にこやかな笑みを絶やさずに俺へと振り返った。
「ああ、日高さん。待っていましたよ?」
ドラマに出て来るイケメンさながらに、毀れそうな笑顔を振り撒く。
その笑顔は、傍に女性社員が居るからだろ?
……気に食わないヤツ。
俺は心の中で毒吐いた。
「お忙しい所、すみません」
「構いません。こうなって当然ですから」
「?」
俺の異動人事を勝手に業連で公表してしまったコトなのか、それとも来客中で俺との面談が遅くなってしまったからか?
ナニに対して『こうなった』のか、イマイチシックリと来なかった。
「少し、席を外しましょう。部長室へ行きましょうか?」
部長は俺にそう言うと、再び女性社員にアイソ笑いを振り撒いた。
各部署宛に設置されているボックスに、郵便物の振り分けをしていた女性社員達は、みんな名残惜しそうだ。
俺に向かって不満そうに睨んだオンナも居た。
差し当たって、伊達部長との愉しい一時を俺にジャマされたって言いたいのか?
悪かったな? お邪魔ムシで。
デカイデスクの前に置かれた、革張りの黒い応接セットに就くよう、俺は部長から勧められた。
「業連の人事異動の件……ですよね?」
応接ソファに深く座った部長は、そう言って俺に確認を求めて来た。
凝った調度品が並ぶガラス張りのキャビネットや、グレードの高い室内の雰囲気に圧倒されてしまう。
居心地が悪くなってソファに浅く腰掛けた俺は、黙って顎を引いた。
「貴方の人事は、週末の土曜日に開かれた役員会議で、急きょ決められた事です」
「は?」
土曜日?
つか、木村工業って週休二日制……だろ?
俺が怪訝そうにしているのを察知して、部長は尚も説明を続けた。
「今、東京で開催されている合同展示会をご存知ですよね?」
「はい」
勿論。
そこまで話すと、部長はソファの背凭れに預けていた半身を引き起こし、俺に向かって少しばかり身を乗り出した。
「これからお話する事は、此処だけの話にしてください。他言無用にして頂きたい。いいですね?」
「は……はい」
俺は素直に頷いた。
「実は土曜日の午後、レセプションの時に、取材に来ていたマスコミ陣からミニアス社のアスベスト違法使用が話題に上りましてね? 参加三十八社のうちの三分の一が、社名を名指しされました。違法製品を使用していた会社は、開催と同時に撤収の憂目に遭ったそうです」
「!?」
ウソッツ???
開催と同時に参加社の三分の一がフルイ落とされ、瞬殺されたってーのかよ?
「我社も指摘されましたが、展示されていた製品からは、ミニアス社製品は一つも使用されていなかった……この理由はお判りですよね?」
「ミニアス製品を代替品に手配して……」
東京の拠点宛に緊急手配を指示したのは、他でもナイこの俺だ。
「そうです。貴方の手配で事無きを得たのですよ」
「まさか、そんな偶然に……」
部長の言葉に、俺は思わずソファから腰を浮かしそうになった。
俺の脳裏に、恵理と水守、そして社長の安堵した顔が浮かぶ。
「……会場内は一時、騒然となりましたが、代替品の手配が間に合っていましたから、木村工業に何等問題はありませんでした」
「ニュースは日に何度か見ますが、そんなコトがあったってコトさえ知りませんでした」
「当然です。この件のマスコミ規制は既に掛けています」
力強く言った部長の一言で、俺は展示会への不穏要素を徹底的に排除しようとする、会社の毅然たる方針姿勢を垣間見た気がした。
「で? そのコトと人事は……?」
どう繋がるんだ?
「ええ。私達への召集の目的は、こちらの安否と注意喚起等の確認でした。ですが、社長は別件で週明けに発表される人事に言及されましてね? 既に海外赴任が決まっていたリストの中に、貴方を加えるよう指名して来られたのです」
「社長が?」
「ええ。正直、私は貴方の人事には不満でした。 此方から日高さんの連絡が付けられない今の状況での公表は避けるべきだと進言しましたが、敢え無く却下されてしまいましたよ」
「そんな……」
確かに、俺は自分の連絡先を人事課にまだ伝えていなかった。
そこまで言うと、部長は強い視線で俺を見た。
「ユーザー……いえ、世界中から寄せられている木村への信頼を維持し、護る事が出来たのです。社長は、代替品に踏み切り適切な処置を取り計らった貴方の手腕を気に入られましてね? 将来性のある人材だと仰られていましたよ? 今回の人事に付きましても、ご覧になればお判りだと思いますが、皆さん有能な方ばかりです。社長はアジア工場の中でも主戦力となる今回のプロジェクトに賭けておられます。そのメンバーの一員に加えられるのですよ? これ以上の光栄がありますか?」
俺は熱弁を揮う部長からドン退きして、思わず視線を逸らせてしまった。
「か……勘弁……してください」
海外異動には、部長の単なる嫌がらせからだと思い込んでいたのに、ナニやら社長の思惑が含まれているらしい。
つか、こんなの断り切れねーじゃねーかよっつ!!!
冗談じゃねーやい!
俺の頭の中で、破れ鐘がガンガンと鳴り響き、パニクっていた。
俺は前々からアブのオヤジに、ミニアスのアスベスト含有自社製品のコトを知らされていた。
コウもミニアス社製品の違法販売を、俺と同じくアブのオヤジから聞いていたんだろう。
業連で注意喚起されているのを見て、真っ先に資材部主任の野本に直談判に行ったが、バイトであるコウは相手にされず、結局そのシマツを正社員である俺が引き受けちまっただけだ。
……ドコまで介入すれば良かったんだよ?
あの時……
俺は展示会の製品にもミニアス社の使用部品が含まれているコトを知り、コレでイイのかと相談しようとしていただけだ。
責任が絡む問題だけに、上司連中にタライ廻しされ……結局偶然と言うか、奇跡と言うか……恵理の父親である木村社長の全面許可を得て、俺は越権行為に及んじまった。
ただ、それだけだ。
俺にとっては、来年度の社運を賭けていた展示会での不祥事から、木村工業の名を穢されなかったってコトだけで、十分満足だったんだよ。
混乱してしまった俺には、社長の意図が掴めなかった。
社長からの好意と捉えて単純に喜べばいいのか、それとも、俺と恵理のコトがバレて、引き離しに掛かっているのか……それすら冷静に判断が出来なくなっていた。
俺の表情を読み取って、部長はこうも付け加えた。
「貴方が木村の社名を護ったのは認めます……ですが、一部には出過ぎた感が拭えないと見る輩が居るのも事実です」
「それは……」
……それは部長のコトじゃねーのかよ?
「貴方が今言いたい事を、私は否定しませんよ?」
部長は言葉を詰まらせた俺に向かって意味深に笑った。
いや、俺には部長が冷笑を浴びせ掛けたように見えて、仕方なかった。
部長から『貴方に恵理さんは渡さない!』そう言われているように思えたんだ。
* *
俺的には、設計部門からの工場への異動は、格下げ人事だと思っていたし、事実、設計関連部署の大半の連中からも、『設計から何らかの理由で左遷された社員』と思われ、気の毒がられると言う情けナイ状況……だった。
なのに資材や生産技術と言った、どちらかと言えば工場ヨリの連中からは、『生産部門のノウハウを学べるチャンスを与えられ、期待された社員』だと見られ、意見が真っ二つに分かれていたのには正直驚いてしまった。
俺にとっては、もの凄く微妙だ。
出世欲だとかそんなモノ、今の俺にはサラ々無い。
それに『欲しいもの』なら、もっと他にある!
木村工業のマレーシア新工場プロジェクトは、年明け早々に起動する。
俺達は来月から現地入りするらしい。
それまでに、身の周りや業務の引き継ぎを完了しておかないと駄目だ。
俺には引継ぎするコトはナイから業務上ではラクだったが、その反面、恵理やアオイのコトが気懸かりになって仕方無かった。
しかも、今月はアト三週週間も無いんだぞッツ???
どーすんだよっつ???
――新卒社員が海外に異動になる……
俺の異動の噂は瞬く間に拡がり、その日の昼頃には、俺は覆そうにも不可能な状況に追い込まれていた。
どの道、社長が噛んでいる俺の人事に、異論を唱える無謀な上司なんか居ない。
俺は社長の影に隠れた部長から、見知らぬ外国で捨石にされてしまうんだろうか……?
伊達部長との面談から戻って来た俺は、不安に取り憑かれてしまい、デスクにぐったりと突っ伏して塞ぎ込んでしまった。
「その様子だと、間違いじゃなかったんだな?」
「……」
「日高ぁ〜、元気出せぇ〜」
「……」
見兼ねた主任が声を掛けてくれるが、俺の状況は何等変わらない。
俺は返事を返す気力さえ失くしてしまっていた。
社長からとあっては、海外赴任を拒否するコトも、ましてや会社を辞職と言う手段を採って、尊敬している社長の顔にドロを塗るなんて大それたコト、殺されたって出来ねーよ。
誰も俺に味方してくれるヤツなんか居ねーんだ。
東南アジアだってぇ?
あんなゴキがワンサカ出て来る場所に、誰が行けるかよっつ???
俺の大ッキライな……
泣きそうになる俺。
……いや、待てよ?
物憂げに頭を擡げた俺の視界に、不在でキレイに片付けられている恵理のデスクが映った。
「……!」
一人居たっつ!!!
俺の味方に就いてくれそうな……全重役連中が束になっても敵わねー……ひょっとしたら社長すら敵わねー、最強無敵の上司が……居るっつ!
俺は恵理からの連絡が、午後に入って来るのを待つコトにした。
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