俺は恵理が消えて行った部屋のドアをジッと見詰めた。 ……疲れているのか? 連日の会議と打ち合わせで、いつも席空きだものな? まぁ、今はソットしておいて遣るのが一番……か? だけど最近、『夏バテだから』なんて言って、また食ってねーし……アトで何か持って行って遣るか…… ああ、そーだ。 俺は帰宅途中に寄ったケーキ屋で、スコップケーキを買っていたコトを思い出した。数日前の朝のテレビで取り上げられていた、スプーンで食べるケーキのコトだ。 アオイのコトがあったから、スッカリ忘れていたぞ? スイーツ大好きの恵理だからな。それで機嫌が良くなればいいが…… 「……ン?」 視線を戻すと、アオイと眼が合った。 俺の動揺を見透かしたような、小悪魔みたいな蒼い眼が俺をぢいい〜っつと探って……いや、観察してやがる。 「ねぇ〜え?」 アオイの眼が、上目遣いにニッと笑った。 「ああ?」 俺はこの『小娘』の相手が面倒になって、テキトーに反応する。 ナンだかアオイの計算高そ〜な蒼い眼が苦手だ。 別に人種差別をしているツモリはナイ。 ただ、どうも俺は『オマエの裏をカイテヤル』的な目付きが生理的に受け付けられないんだ。『スキさえあればダシ抜いて遣るゾ』……的な目付きが。 「司はずっとあの女とココで暮らしてるの? でも、『付き合っていない』って、さっき言ってたよね?」 「だから?」 いや、『ズット』ったってマダ半年も経っていないが…… 「付き合っていなくても、もお、ヤッチャッテるよねぇ〜?」 「ナニを?」 俺は、アオイがナンのコトを言っているのかスグに判ったが、敢えて気付かないフリをした。 「一つ屋根の下だし、もうヤッチャッタんでしょ? 正直に言いなよぉ〜」 声、デカイゾ? 恵理の部屋に聞えたらどーすんだよっつ??? 「『カレシ』じゃねーっつって言ってンだろっつ???」 シツコイなっつ。 「えーっつ! じゃ、『マダ』ってコト?」 「コドモがそんなコト言うな」 「だって、だってぇ……アオイはコドモじゃないモン! アオイだって、アオイの友達だって、みぃ〜んなトックに処女じゃないもん! おっかしーよ! そんなのって。じゃ、じゃあ、あの人ってマダ処女なのぉ? ウッソー、あの人何歳なの? 信じられないよぉー」 矢継ぎ早に喋るアオイのコトバに、俺は再び飲み掛けた茶を噴くハメになった。 ……確かにそう言われれば、恵理が天然記念物みたいに見えてくる。俺には、恵理がナンだかアリガタイ生き物に思えて来たぞ? 「そっ……そんなコトは知らん! 偉そうに威張るなってーの!」 俺の返事に、アオイは納得出来ないって顔をした。 コイツ、どうしても俺と恵理とのカンケイを疑って、探りたいみたいだな? 「カレシじゃないなら、司ってあの女のナニ? お世話係かなんか? それとも執事ィ?」 アオイが自分で言い出した『執事』の言葉に反応して、うふふと笑った。 ナンでそんなに笑えるのかは知らねーけど。 「はぁあ?」 ナニ笑っていやがる? 訊かれて答えに戸惑った。 そういや、俺って恵理のナンナンダ? 生活がラクだからって理由もあるにはある。だけどそれだけじゃないのは……確かみたい……かな? やっぱ、アオイが言うように、『お世話係り』……なのかな? 今日は、意地悪ハムスターのアオイが来たから、案外、飼育係り……だったりして? ドッチでもいいじゃねーかよ? そんなコト。 それよりも、今の俺は恵理の体調のコトで頭が一杯なんだ。 俺は何気に視線をアオイから逸らせると、殆んど食い終わった自分の皿と、殆んど食わずに残っている恵理の皿とを見比べて落ち込んだ。 ――せっかく作ったのに…… ココのところ、食欲がないって言ってた。 いつも元気で食欲(プラス性欲)の旺盛な俺と違って、恵理は一見元気そうだが、その実は低体温と低血圧。オマケに貧血気味ときた。 だからこそ、逆に栄養になるモンをと思って作るんだが…… 作ったのに、無駄になるだなんて……ナンだか虚しくなるぞ? 今は、このハムスターのアオイが食っているからまだ気が紛れてるけど。 独りっきりでこの状態なら……俺、マジで凹むぞ? 「ん、ねぇ〜え」 「せーな、シツコイぞ?」 考え事をしながらレタスをツツイテいた俺に、アオイは自分のコトを見て!とばかり、俺のTシャツの袖口を摘んでぐいぐいと引っ張った。 「放せ。箸先が揺れて取れねーじゃん」 「だあぁってぇ、気になるでしょ? 司のソバに女が居ると……奥さん候補としては」 「ぶっつ……」 俺はアオイのメチャクチャな論法に、またしても噴いた。 『奥さん候補』だってぇ? ダレがだよ? 「笑ってないで、コタエテよぉ〜」 あのな、コレは『失笑』ってンだよ。 早くも彼女気取りのアオイに、俺は少々ハナモチならなくなって来る。 俺が黙ってりゃあ、いい気になりやがって…… いい加減、コイツを黙らせないとドコまでも付け上がりそうなタイプだ。適当にウソをデッチ上げてサッサと諦めさせないと。 「あのな……」 俺は静かに箸を置くと、改まってアオイの方へ座りなおした。 「ウン? なになに?」 アオイは自分に向き直った俺を見て、嬉しそうに身を乗り出す。 「俺にはもう『彼女』……居るの」 俺は在りもしないウソを吐いた。 「……」 アオイの笑顔が凍りつく。 よっしゃあ、あと一押し! ……ってぇ、アオイ、ナンかヘンだぞ??? 「聞いてンのか? オイ?」 「ドコに?」 「別のトコ……って、アオイにナンで話さねーとイケねーんだよ?」 俺のハナシを聞き終わらねーウチに、早くもアオイの表情が曇った…… ……って、思ったら…… 「ふぇ……っくしゅん! ……う〜〜〜ハナ出ちゃったぁ〜」 「〜〜〜☆」 ズルズルとハナ水をススル音。 さっきのヘンな顔は、このクシャミの予備動作??? 「うわっつ、そんなモン、ススルなっつ!!! ほれっつ!」 うわ……マダ飯食い終わってねーのに……コイツはよおぉ〜〜〜 俺はアオイを見ないように視線を逸らせたままで、ティッシュの箱を差し出した。 「……?」 ふと、背後のドアから気配がする。 俺は、後ろの恵理の部屋のドアを振り返った。 ――えっ? ……恵理? ドアが開けられており、ソコには眼を大きく見開いている恵理が立っていた。 俺にとっては予想外。 つか、いつからソコに? ――今の話……聞かれてた? ドコまで聞いたんだ? 一瞬、頭の中が真っ白になった。 「か……課長?」 「……」 恵理は俺の視線を払うようにして、プイッと顔を背けると、黙ってトイレへ…… 「で? ナンだっけ?」 最期に一際大きく『ちーん!』とハナをカムと、アオイはケロリとして訊き返して来た。 ……こっつ、こ、こんにゃろ〜〜〜 ふるふると両手が戦慄(わなな)いた。 コイツを凹ませようとしたのに、マッタクじゃんかよ? しかも俺のウソを恵理が聞いていたかも……? ってゆーオマケ付きで! 恵理はスグに戻って来た。 恵理の部屋は、俺達が食事をしているリビングを通らないと行けない。 「あ、課長? 後でケー……」 『後でケーキ食べましょう』……そう言いたかったのに…… 「……」 ぱたん! 恵理は俺の声にマッタク反応せずに、カンペキシカトで目の前を通過した。 ……し――――ん 残された俺は、自分の呼吸音でさえ気になるほどの静けさに退いてしまった。 アオイもナニカシラの雰囲気を読み取って、黙り込んでしまう。 ……マジでヤバイかも……??? 「……ね? 司、あの人もしかして怒ってる……?」 「……」 『もしかして』じゃなくって、まんまだし!!! まいったな…… 俺はアオイに気付かれないように、ソット溜息を吐いた。 「あ? 司、ナニ凹んでるの?」 「はあぁ? ダレが凹むって?」 当を得たアオイの指摘に、俺は巻き舌調で反論した。 アオイは負けずに俺に向かって舌を出す。 アオイの反応に、一瞬だけムカッとなった。 「フン! っつだ! ……ふぁあああ〜〜〜、ろっひれもひひへろさ〜(ドッチでもいいけどさ〜)」 俺が睨もうとしたら、コイツ、でっかいアクビをカマシやがるし。 まあ、初めっから思っていたが、俺と同じであんまり育ちが良くねーな。 〜〜〜このお嬢ちゃんはぁあああ〜〜〜 ま、いいか…… マトモにアオイの相手をする気にはなれなかった。 タブン、恵理のアノ様子じゃ聞いてるな。 「……れ?」 胸がズン! と重たくなる。 アレ??? 俺、ナンでこんなに胸が重いンだ? ツイデに、胃のアタリもナンだかへんだ。 アオイを俺から遠ざけようとして言ったウソだろ? それをタマタマ恵理が聞いた……って、それだけのコトじゃねーのかよ? それだけの…… オンナにウソ吐くのは初めてじゃナイ。 むしろ、ウソばっかし吐いてたって言った方が正解。 付き合って最初の頃の俺は、オンナの気を惹こうとヤッキになって、あるコトないコトイッショクタだった。で、時間が経つにつれて俺が言ったコトが矛盾して来て……って。 で、後はよくあるパターンでEND。 『長続きしたオンナ……』 再びアノ言葉が俺の脳裏に蘇った。 っせえーな水守! オマエに言われなくったって自覚ぐらいしてらぁ!!! ただ、その解決方法=長続き……が未だに判らねーから困ってンじゃねーかよ? かと言って、誰かに相談……ってぇ、俺がかよ??? 俺に、そんな恥晒しなマネが出来るかよ? 「あぁ?」 気が付くと、目の前でアオイがテーブルに突っ伏していた。 カラになった自分の器を、効率よく大きいモノから小さくてフチが狭まったモノへと順番に積み重ねていた。 育ちが悪いって思ったの、少しは訂正してやるよ。 ちゃんと運び易いように片付け出来てンじゃん? 「すーっ……」 食器を片付けようと腕を伸ばすと、アオイのカルイ寝息が聞えた。 ハヤッツ!!! さっきまでシツコク俺に纏わり付いて、ウザッツ! って思ってたのに。 もう熟睡かよ? だけど、ムリもねーよな? タブン、アオイはここ数日、このマンションとその近辺をウロツイテいたに違いナイ。 俺も似たような境遇に遭っていたから判るが、最初に会った時の格好からして十分予想出来る状況だ。 フロどころか、三度のメシさえママナラナイ悲惨な状況。 俺だってあの時は辛かったさ。 それが、恵理のお陰でこうして居られるんだぞ? 突っ掛かってばかりいないで、チッタァ恵理に感謝しろ? 「よっつ……」 うわ、軽っつ!!! 俺はアオイをお姫様抱っこで抱き上げ、俺の部屋のベッドに連れて行こうとしていた。 熟睡している時……意識が在るときと、ナイ時とでは、抱き上げた重さがまるで違う。意識がナイと、意識が在る時よりも倍以上重たく感じられる。 だけど、細身の恵理も軽いが、アオイはそれ以上に軽かった。 「ふ……ん」 そっとベッドに降ろすと、アオイは眠ったままでカルク反応して来た。 −「……ママ」 それは本当に消え入りそうな寝言。 けど、俺にはハッキリとその言葉が聞えた。 どんな事情があるかは知らねーが、帰りたかったらサッサと帰れよ。 ……帰れる場所が在るんなら……な。 ああ! 言っておくが、俺はコレでも(?)品行方正だからな? つか、こんなションベン臭せーガキは、キスが上手くても守備範囲のレンジ外。ザンネンでした。展開期待してた? 後ろ手に部屋のドアを静かに閉めると、俺はイソイソとキッチンへ行き、冷蔵庫に歩み寄った。 目指すは冷蔵庫の野菜室。 そこに『スコップケーキ』が入っているんだ。 ……まだ恵理は起きているよな? 俺はスコップケーキの入った箱を静かに取り出しながら、風呂場で水音がしていないかと耳をソバダテタ。 フロに入っているらしい気配は、まだしていない。 タブン、趣味のネット小説を読み漁っているんだろう。 俺は二杯のコーヒーを淹れ、二組のスプーンと小皿を用意した。