俺のシャツを着た少女は、タオルで濡れた髪を拭きながらドアの外に立っていた。 無表情でぢいい〜〜〜っと俺と恵理を見上げている。 幼さの残る表情は、ドウ見たって二十歳以下。 恵理も、ヨリによってナンでこんなガキを……あ、いや、ガキだからこそムリヤリココに『連行』して来たんだよな? だがしかし…… う〜ん、抱き合っていた俺達を見られちゃって気マズイ雰囲気。 当の恵理は俺から顔、ソムケテるし。 コレって俺に『ナントカして』って振ってンだよな? けど、振られてもなぁ〜 「……」 ナニか言わねーと…… 俺がこの場の状況に対応出来ずに困っていると、少女の方から先に口を開いた。 「ふ〜ん、アンタおばさんとデキテるんだぁ。へぇ〜」 口元を緩め、イミありげな上目遣いをする。 「違うって」 俺は少女の言葉を速攻で否定する。 恵理が驚いた顔をして、俺を振り返ったのが視界の片隅で確認出来た。 「えっつ? 違うのか?」 その言い方、ムカつくけど……相手はコドモだし。 「つか、ココからツマミ出されたく無かったら、彼女に『おばさん』言うな」 「なんで?」 「ココのオーナーさんだ。ツイデにその口の利き方もナントカならんのか? ああ?」 俺はキレイな見掛けにはソグワナイ少女の乱暴な言い方に顔を顰め、成和会の連中の真似をしてカルク凄んで見せた。 モノホンの連中がお手本だ。ちったぁ少女も怯んでオトナシクなるだろう? ……って思ったら。 少女は『フンッ!』ってぇ、鼻で笑ってキヤガッタ。 「それでアオイを脅してるツモリ? ハッ! バッカじゃないのぉ〜?」 ムカ! 俺は黙ってツカツカと少女に近付いた。 エラく修羅場の状況に場慣れしたお嬢ちゃんじゃねーかよ? 「な、なんだよう?」 目の前で立ち塞がった俺に、予想通りに気味悪がって少女が一歩後退る。 よっしゃ。お兄ーさんを怒らせるとコワいよ? ちったぁ学習したか? 少女の反応に満足すると、俺は腰を折り、少女の目線にまで身体を屈めてやった。 「あのなぁ……」 ニュートラル状態の俺が言い掛けたトタン、チャンス! とばかりニヤリと少女の眼が輝いた。 ……えっ? 少女の両手がぱっと伸び、俺の頬を挟んで捕まえる。 「いっただきっつ!!!」 「へっ?」 ナニそれ? ちゅっ☆ 「う……ん?」 ……? 「あ―――っ! ナニしてるのよ―――っつ!!!」 背後で恵理のヒメイ混じりの声がする。 カンペキに無防備だった。 俺はワケの判らないまま、イキナリかつ強引に少女からキスをされてしまった。 「ん、んぐ……? んむむ……???」 どうせ所詮はガキのキスだ。 ……って甘く見ていた俺は焦った。 「はぅ……ん、んっ……」 合わさった唇の隙間から、どちらからともなく切ない溜息が漏れる。 舌先を細かく震わせて俺の口中へと器用にワリ入り、要所々を丁寧に嬲(なぶ)ってくれる。 コドモのクセに……上手いじゃねーかよ? 待てよ? 俺からシカケタんじゃねーからな? コレは……そのっつ、こ、このコが……ああ、『アオイ』ってさっき言ってたっけ? …… アオイが勝手にキスして来たんだからなあっつ? 恵理、許せ。 アオイからのキスをカンジながら、俺は必死に自分で自分を弁護していた。 「う……っ」 ナンか……気持ち……イイ。 このまま続けてたら、俺、ヤバくなりそう。 細いアオイの両腕を掴んで俺の頬から引き剥がし、唇を離す。 「うんんっ……」 アオイは尚も拒んだが、俺の力には抗えず結局離れるしかなかった。 お互いの唇が離れる瞬間、アオイはちゅ! と強く俺の唇を吸った。 どちらのモノか判らない、透明な粘液が糸となってお互いの唇を繋ぐ。 俺はアワテテ片手で口元を拭い……アオイは滴った粘液を嬉しそうにススリ込んだ。 「……」 ……退きギミの俺。 恵理は俺達に眼を見張って固まったままだ。 「うふん。美味しかったのぉ〜。こうでなくっちゃあね?」 上気した頬を紅く染めて、満足そうにアオイちゃんはノタマワッタ。 あ? 妙に色っぽく見えてしまうぞ? だけど、ナニが『こうでなくっちゃ』だよっつ??? 「な、な、な……なんてコトしてくれンだよぉ! しかも課長の目の前でっつ!」 「あーら、ダンナさんになる人の味見したっていいでしょお?」 「はあああっつ???」 あっつ……味見イィイ??? 「『課長』って、この女アンタの上司なワケ? へえええ〜〜〜悪いんだぁ。部下をシモベに しちゃってさぁあ」 アオイはズル賢そうにニヤリとほくそ笑み、交互に俺達を見詰めた。 「オイっ!」 「あれ? 違ってたっけ?」 俺のツッコミに、ぺろっと舌を出してヘーゼンとしやがって…… しかも何気にスルーしそうになったが、さっき俺のコト『ダンナさん』って言わなかったかぁあ??? 「……」 はっつ? 俺は背後に恵理の殺気をカンジ、恐々と振り返った。 恵理は…… 恵理はキュッと唇を引き結び、汚らわしい物でも見るようなキビシイ目つきで俺を睨んでいた。 恵理、誤解だあああ〜〜〜そんな眼で俺を見るなあああ〜〜〜 ……ああ、誰かタスケテ…… 必死に救いを求めようと内心もがいてみたが、ザンネンながらたった一人の人物しか俺の頭には浮かんで来ねーよ。 っきしょーめっつ! 水守のヤロー! ナンでイッツもテメーが出て来ンだよっつ??? 勝手にしやがれってンだぁあ!!! 「とっつ、トニカク飯にしましょう。あ〜腹へったなぁ〜〜〜」 自棄(ヤケ)になった俺は、自分でもワザト過ぎて情けなくなるくらい明るく振舞った。 「え〜、ゴハン貰えるのぉ〜? やたっ☆ ラッキー」 嬉しそうにその場をピョンピョン飛び跳ねる無邪気なアオイ。 ガキだからこそ許される特権……てなモンかぁ? ちったぁオトナシク出来ねーのかよ? 「……」 アオイの底抜けに明るい好反応とは両極端に、恵理は終始無言だった。 恵理の居るその場所だけが暗くドンヨリと空気が淀んでるとカンジルのは、俺の気のせいだろーか? だって……アオイを連れて来ちゃったのは恵理の方だぞ? なのにナンで俺が気を遣わねーとイケないんだよっつ? 俺と恵理が向かい合わせで、アオイが俺の右隣にチョコンと座っている。 二人掛けのテーブルだし狭いからと言ったのに、アオイは俺の傍から離れるのはイヤだと強く主張した。 で、結局負けてしまった俺だ。 「うあ、コレ美味しい〜〜〜」 食事中も……アオイは独りでハシャギ、かなり煩(うるさ)かった。 アオイが喜んで喰っているのは、海老をミンチにしてコーンと合わせた肉団子の揚げ物だ。 「っせーな。黙って食えねーのかよ?」 俺は舌打ちして、アオイをジロリと睨んだ。 「だあーって、美味しいンだもん」 「……」 うーん、凄んでも睨んでもコイツにはちっとも効かねーのかよ? 俺は海老天を頬張りながら、チラリと恵理の方に視線を送った。 「……」 俯いたまま、黙ってメシを頬張る恵理。 連れて来たのがこんなヤツだっただなんて……相当ショックだろうな? アオイはエンリョくらい出来ねーのかよ? そして、俺は肝心なコトに気が付いた。 「なぁ、アオイ……ちゃん?」 「うん?」 もぐもぐ…… あ、口いっぱいに頬張ってるその表情、エサ食ってるハムスターかリスみたいだぞ? 「どうしてマンションでウロツイテいたのかなぁ〜〜〜? お兄ぃーさんに教えてくんない?」 「……そうだ」 アオイはナニを思いたったのか、オモムロに箸を置いた。 そしてイキナリすっくと立ち上がったかと思うと、俺に向かってストンと床に正座し、三つ指を付いて畏(かしこ)まる。 「んな?」 唖然とする俺と恵理。 「アオイは……えーっと、お兄さん名前ナンだっけ?」 がっくし…… 思わず肩が下がってしまう俺。 あのなぁ……ッてカンジだよ。 「俺? ……司だけど?」 俺は湯飲みに茶を追加しながら、不思議そうに答える。 「そ、そお! そおなのっつ。あのっつ、あ、あのね? アオイはね? 司お兄〜さんのお嫁さんになるのぉ!」 「ぶ―――――っつ!」 俺は口を付けていた湯呑みの茶を思いっきり吹いた。 なっつ、ななな…… 「なにぃ――――っつ???」 ぶわきっつ☆ ナンの音? 俺は恐る々視線を音が聞えた恵理の方に向ける。 「〜〜〜」 ひぃい…… 俯いて黙々と飯を食っていた恵理が、片手で箸を折ってる〜〜〜 次はああやってへし折られるの、俺の番かぁ??? 「かっ、課長? 箸、折れちゃいましたね? かっ、替え持って……来ますね」 微妙に声が震えてる俺。 恵理は俯いたままでその表情は読み取れなかったが、一応俺の言葉には反応してコクンと頷く。 アオイがいるせいで、社内でもないのに事務的な喋り方になる。不必要に気を遣って……俺ナニ遣ってンだよ? 俺は食器棚の中央引き出しから恵理の赤い箸を取り出し、天井を見上げて『はぁ』と溜息を漏らした。 「あのね、アオイ……ちゃん?」 「うふん、なあに?」 〜〜〜 俺は、スッカリその気になって調子をコクアオイにドン退き状態だ。 「君、幾つ?」 「今年で十八! もうオトナだよっつ」 アオイはと〜〜〜っても嬉しそうにニコニコしながら答える。 スグ傍で、恵理が呆れて溜息を漏らしたのが聞えた。 こンのぉ〜〜〜『今年で……』ってぇこたぁ、まだ十七じゃんかよ? 無免許運転のクソガキがあああ〜〜〜!!! って、トッサに思ったが、そういやぁ俺もその歳で無免許運転してたよな。 だけど、女の子がそれで良いのか??? 「二十五番の駐車場に停めてある白いフィット、あれ、司のでしょ?」 ダレが『司』だぁ! 気安く呼び捨てにすンなっつ! 「そっつ、そうだけど? ナニか?」 あかん……顔が引き攣る…… 本当は恵理のフィットだけど、説明するのが面倒だし、女(恵理)の車を乗り回しているって 思われるのも少々情けない気がして、そこンところは省略する。 「アタシのもフィットなの〜色違いだけどお揃いだね〜〜〜」 ノー天気にゴキゲンで喋るアオイ。 この俺が、オマエの正体を見破れていないとでも思ってンのかよ? 『当たり屋女』め! 「で? ソレがナニか?」 俺のツッコミに、調子をコイテいたアオイの表情が強張った。 車の話題で続くと思っていた会話を俺に遮られた……『信じられない』って顔してる。 「え? ……いや、別に……えへへ、そんだけ〜〜〜」 アオイは頭を掻きながら、ニャハハと笑ってゴマカシタ。 「ほら、座ってサッサと食え。片付かないだろ?」 「あ? う、うん……」 「『うん』じゃナイ。『ハイ』だ」 「あ? はっ、ハィ……」 終わりの方は小声で聞き取れなかった。 俺は訝って、座ったまま頭をテーブルスレスレに近付けて、アオイの顔を覗き込む。 「……」 俺と視線が合い、アオイは素早く視線を逸らせた。 あれ? このコ意外にも凹んでる……? 「ごちそうさま……」 俺達の遣り取りを見向きもせず、完全無視を決め付けて単調に箸を運んでいた恵理が席を立った。 俺は恵理の皿を一瞥する。 ……ナンだよ。殆んど食ってねーじゃん。 「あ、課長? まだ残って……?」 「いいの……食べる気がしない」 恵理は俺達に背中を向けたままボソッと呟くと、弱々しい足取りで自室に消えて行った。 「なにあれ? くっら〜〜〜っ……たっつ☆」 恵理の背中に追い討ちを掛けるような言い方をするアオイに、俺は加減してノーテンにゲンコツを落とした。 「ナニすんのさっつ!」 アオイは自分の頭を撫でながら、涙眼で俺を睨んだ。 「オマエ、チッタァ遠慮ってのを学べ」 「ぶう!」 アオイは顔を赤くしながらアカラサマに頬を膨らませ、口を尖らせた。