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遅刻ギリギリの時間に飛び出した俺は、駐車場でまたしても成和会の水守みかみと出くわしてしまった。
つか、水守は俺が出て来るのをズットそこで待ち受けていたらしい。
水守は俺に『当たり屋狩り』の話を持ち掛けて来た。
俺は遅刻するかどうかってぇ時に、水守は目の前でノンビリト喫煙かよ?
俺はコトの重大さを水守の様子から気取ってしまい、頑なに拒否してやった。
そしたら、水守のヤツ、この俺に黙って頭を下げてキヤガッタ……

その女 ☆ 危険人物!!!
作:かずたか



第52話 説明会?


水守みかみと別れた頃から怪しい雲行きだった空は、次第にその色を濃くして遂には大粒の雨をモタラセた。

雨が降っているにも関わらず、木村工業本社と、更に十キロホド離れている工場へと続いている片側二車線の北部環状線は、俺が思っていたホド混雑してはいなかった。

もっとも、平日にココを混雑・渋滞させているのは八時半始業の木村工業の本社・工場へと向かう通勤者が殆んどだ。

俺みたいな遅刻者以外はトックに出社を完了させている。

水守に足ドメを喰らって遅れてしまった時間を少しでも取り戻そうと、俺は本社には行かず、直に工場へとフィットを向かわせていた。


信号待ちで停止すると、ハンドルに両腕を預けて凭れ掛かった。そして、ボンヤリとフロントから、一面暗雲に覆われた重たそうな雨雲を見上げる。

傘……忘れた。

どーやら通り雨じゃなさそーな降り方だ。

ツイてないな。

カチ☆

溜息を漏らすと、俺はセットしてあったCDのスイッチを入れた。

恵理のお気に入り、宇多田ヒカルのアルバムが流れ出す――


……アレはナンだったんだろう?


降頻る雨は勢いを増し、俺はワイパーの速度をハイに切り替えて視界を確保する。

ハンドルを握り、スピードオーバー気味にフィットを転がしながら、ズット俺は水守が頭を下げたイミを考えていた――


……結局、俺は水守の要求を呑むコトは無かった。

アッサリと引き下がった水守の後には、いつの間にか側近らしい二人の男が寄り添うようにして水守をガードしていた。

俺をしたたかに叩きノメシてくれた、いつかのK−1な奴等とは、雰囲気も違えば身のコナシさえ明らかに違っている連中だ。

その気になれば、この二人を遣して非合法的手段を使ってでも、俺一人をイイナリにするコトぐらい容易たやすいコトだったろう。

一筋縄じゃイカねー俺だがな。

だけど、水守はそうしなかった。

諦めてくれたのか? それとも暫らくは様子見で泳がせてくれているのか?


一体、ナニ考えてンだよ???


「……」

俺は掴みドコロのナイ不安と焦燥感に駆られた。

『俺には関わるな』と言っていた水守が、自ら出向いて俺に会いに来た。

プライドを棄ててまで……そうセザルを得ない状況に陥っているコトを、俺に勘付かれてしまうリスクを承知で。

だけど、水守が遣ろうとしているコトはヤバイ。

幾ら『会社』を護るって言ったって遣り過ぎだ。

俺は自分の保身のタメだと言われて、木村工業に対してスデに偽証をしちまっている。これ以上、あの人のよさげな社長にそむきたく……ナイ。

つか、俺一人が加わったって数字からして負けている。

期待されたって……困るんだよ。


何度目かの信号待ちで、後続車にクラクションを鳴らされてハッとした。

さっきから、ずっと水守のコトが頭から離れない。

もお、出て来ンな水守!

お陰で信号が変わったのに、気付かなかったじゃねーかよ?

俺は自分の慢心をタナに上げて一切を水守のせいにすると、慌ててアクセルを踏んだ。



暫らく行くと、俺のフィット(ホントーは恵理ンだけど)は先行していた車の最後尾に追い付いた。

このフィットとは同じ型式の色違い……マリンブルーのフィットだ。

へぇ、この色もメタリック系でナカナカいいじゃん?

俺的に好みの色だったから、どんなヤツが運転しているのか興味があって、意識的に視線がドライバーを捜していた。

運転席側ドアミラーに、ドライバーの顔が映っている。

……俺よりも若そうなオンナがハンドルを握っていた。

ストレートの髪を頭のテッペン近くでポニーテールみたいに結い上げていて、俺のインスピレーションがパイナップルを連想させた。

ヤン姉っぽいが、結構美人だ。

「……?」

急に妙な胸騒ぎを覚えて、ルームミラーを一瞥した。

さっきの信号で俺にクラクションを浴びせやがった黒のワゴンRが、異様に車間距離を詰めて来ている。

っぶねーな。

俺は警告のツモリで、制御部へ負担が掛からない程度に浅くブレーキを踏んで、ブレーキランプを点灯させた。

接近していたワゴンRがビクッた。

車両の鼻っ面が一瞬だけブレて、あっという間に車間が開く。

「フンッツ!」

俺はミラーでその状況を確認し、鼻で笑った。

この俺にアオリ掛けて来るなんざ、十年早ええンだよっつ。

「う?!」

正面に向き直った俺は、眼を剥いて固まった。

蒼いフィットが突然スローダウンして、目の前にリアが急速接近して来る。

このままだとコッチと接触しそうだ。

しかも、ブレーキランプが点灯していない。

この車に俺がハリツクより前から、何度かブレーキランプが点灯していたのを確認していたから整備不良車両なんかじゃあナイ。

ワザとサイド(ブレーキ)を引いて、ランプを点灯させていないんだ。


走行車線の車両はみんな全体的な流れで、オーバー気味のスピードで走行中だった。

しかも運悪く路面は雨で濡れて滑り易くなっている。

俺の眼には、スローモーションが掛けられているみたいに、サイドを引いたフィットが運転者の居る側面を向けて近付いて来るのが映った――


ぶつかる!!!


次の瞬間、本能的に身体が動いた。

俺の全神経と集中力が左右の手足に集まる――

強めのブレーキを掛けてフィットのフロントに加重を加え、ハンドルを先行車と同じ右側に乱暴に切った。

テールがスライドして外側に滑り出し、右側インに車体が軽く沈む。

俺は先行車の動きに合わせて、並行横滑り状態を微妙なステアリング操作で維持させる。

視界のスコブル悪い雨の中、派手に水煙を上げて色違いのフィットがツインドリフトしているみたいな状態だ。


……コイツは……?


『当たり屋』?

水守が言ったセリフが脳裏をよぎった。

もし、この車がそうだったとしたら……いや、可能性は十分ある。

俺の(シツコイけど、本当は恵理の)車の前後には、木村工業の駐車場許可証ステッカーが貼ってあったんだったあああ〜〜〜!!! 

……つか、コレって絶対そーだよッツ!!!

蒼いフィットのパイナップルオンナの顔が浮かんだ。

カワイイ顔して仕掛けてキヤガッテ……

上等だぁ! させるかあああッツ!!!

火をトモされたように俺の身体が熱くなり、頭の中の全神経が鋭く研ぎ澄まされる――


俺は視線を奔らせて、周囲に接近している走行車両の有無を瞬時に確認した。

危険走行している二台のフィットに近付くバカは居ねーよな?

……ってぇ思ってたら、右側車線後方からスピードを上げて遣って来るトラックを見付けた。

トラックの速度から、俺の傍を通過するタイミングを予測する。

一番辛い状態になった時……車線変更して逃げ出したいタイミングにトラックが遣って来て壁になりそうだった。

それ、マズイ。

ドコにも回避出来ねーじゃん?

俺は即断、即決。横滑りさせている途中でシフトを落とし、アクセルを踏んで立ち上がらせると、今度は真逆にハンドルを切った。

フィットは路面をグリップしてカルク蹴るような動きをすると、オープンスペースのある右側車線へと飛び出した。

俺が車線変更したのに、後方から接近して来るトラックは激しくクラクションを鳴らすだけで一向に減速する素振りも見せやしない。ソレドコロカ突っ込んで来やがった。

コイツもツルンデいるのか?

アクセルを床イッパイに踏み込んで、タコメータを振り切れそうなくらいに跳ね上がらせ、エンジンを最大限に唸らせた。

フィットがパワーに驚いてケツを振り、ハンドルを取って蛇行しそうになるが、俺は暴れそうなフィットを簡単に制御してやった。

そして、接触しそうな距離まで接近していたトラックを、一気に加速してブッチギル――


俺にスルーされた蒼いフィットが路上で急停車した。

俺は左のドアミラーで少しだけ彼女を眼で追うと、口元を緩めて先を急いだ。

ドライバーのカワイちゃんがポカンと口を開け、不意を突かれて驚いている顔が瞬く間に後方へと小さくなって消えた。

ケツに喰らい付きそうだったトラックも、いつの間にか車線変更して行方を眩ませていた。



水守からハナシを聞いた直後であんな目に遭うだなんて……まさかだよ。

『当たり屋』なんて、数年か措きに噂されているデマでしかナイって思っていた。

しかも俺が標的ターゲットになっただなんて……

「くっ……」

ハンドルを握っていた俺は、遂に肩を揺らせて吹いた。

……チョッと、面白そうじゃんか?

口では水守に断ったが……実際に体感しちまったスリルは消すコトが出来ない。

俺の『危険大好き』病がムクッとカルクアタマをもたげて来る。


 * * *


「日高ぁ〜、ズイブンとまた重役出勤だな?」

工場長がニコニコしながら出迎えてくれた。

同じコトを言っても、超〜厭味に聞える人も居れば、この工場長みたいに、俺にはさして厭味に取れない人も居るってのが不思議だ。

多少のチコクとか時間には大目に見てくれるタイプの人なので、助かったぁ〜。

「遅れてスミマセン」

「構わんよ? 五分や十分遅れたくらいドウってコトはナイ。ホレ、はよ連中と合流せいよ?」

工場入り口の壁にズラリと並べられている黄色い安全帽ヘルメットの中から、一番手前のフックに掛けられていた一つを取ると、工場長は油ヤケしたゴツイ手でソレを俺に被せた。

「ええ〜〜〜っつ、じっ、ジカに被るンすか?」

誰が被ったのだか判らない汚れたメットに俺は慌てた。

来客用のメットじゃナイから結構年季が入ってキタナイし、雨のせいか中がジトッとしててナンだかイロンナヒトの体臭が……

「おお、忘れとった」

工場長がすぐ横にあるキャビネットから白い布みたいなモンを取り出した。

「コレを中に被るんだった。ジカに被るのは抵抗あるだろう?」

差し出された白い半円型の布は、薄手の紙帽子だった。不織布みたいな加工が施され、通気性と衛生面での機能を持たせている。

俺は渡された紙帽子を片手にしたまま、被らされているメットのキモイ不快感にコウチョクしていた。

「……」

なら、最初はなっからそうしてくれっつ!!!

俺は工場長のドンブリ勘定的な部分と(修理工場の)アブのオヤジに共通点を見い出してドン退きしてしまった。


「ぉああ? 司?」

背後から聞き覚えのある野郎の声がした。

振り返ると、会社のロゴが胸に入った作業着姿のコウ(松永 洸)がリフトに乗っていた。

幽霊を見たような目付きで俺を見ている。

「アレ? コウ?」

ナンでココに? 

つか、前に遣ってたコンビニのバイトはどーしたんだよ?

俺の不思議そうな視線は、驚いているコウの視界から完全にシカトされていた。

「何だ? 知り合いか?」

「ええ」

横から工場長がクチバシを挟んで来た。

「おまっつ、生きてたんだぁ!」

間違いなく俺だと判ったコウは、嬉しそうに作業中のリフト(フォークリフト)を停止させて降りて来た。








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