俺は洗面台の前に立っていた。 すぐ隣の浴室では、浴槽にイキオイよく湯が入り、賑やかな水音を立てている。 設定しておいた深さにそろそろなりそうだ。自動注水だから、もうじきウルサイ水音もしなくなるだろう。 徐(おもむろ)に両手を上げて、包帯を留めているハシの部分を手で探る。 ……あった。 医療用テープを引き剥がし、留められていた包帯をスルスルと解(ほど)いた。 そして左右の眼を押さえていたガーゼを除けると、一呼吸於いた。 このクソ暑いのに、包帯で保温状態にされていた左右のマブタが、気持ち程度の涼しい外気に晒された。 久し振りの何とも言えない開放感だが、本当に眼を開けても大丈夫……なのか? ダイジョウブ…… 俺は少しだけ強く自分に言い聞かせると、静かにマブタを開いた―― 「……」 ぼやけて見えた視界が、カメラのピントを合わせるようにゆっくりと映像を映し出しす。 「……」 正面の鏡に、痩せた無精髭面のオトコが映っていた。 そっと自分の眼の周りを押さえてみる。 カルク疼きはしたが、痛みは殆んど消えていた。 よっしゃあ! 治った!!! って、自分的には完治したツモリ。 さっき、恵理から包帯が取れるのは二日後だって聴いてたけど、今だってダイジョウブだったじゃん? ったく、みんなオオゲサ過ぎンだよ。 「ふふん」 俺は調子をコイテ、鼻歌交じりに衣服を脱いで浴室へ…… 浴びせ湯をしてから、浴槽に沈んだ。 俺は頭を浴槽の縁に乗せて手足をカルク拡げ、全身の力を抜いた。 揺らめく水面に弄(もてあそ)ばれながら、浮力で俺の身体がプカプカと浮かんだ。今まで住んでいたマンションの狭い浴槽ではゼッタイに出来なかったコトだ。 「う〜〜〜っつ、気持ちイイ〜〜〜」 思わず声が漏れた。 って、オヤジかよ? コレって何日振りの風呂だろ? まあ、あのままキゼツして爆睡カマシテいたもんな? お陰でまた体重が落ちたケド。 俺は、またしても痩せて肋骨(あばらぼね)が浮き出ている脇腹を情けなく撫で擦(さす)った。 オトコは自分の体重(ウエイト)が軽いのを嫌うのに、オンナは重いと嫌がるんだよな? 俺みたいに何日か絶食すればすぐに痩せられるのによ。(ダイエットの)食品業界スゴイよな? 一社員の年収が何千万の世界だもんな〜。 自分にヨユウが出て来ると、普段頭にナイコトさえ浮かんで来るから不思議だ。 そうだ。体重増やそう。 つっても、脂肪じゃねーぞ? 体重=筋肉だからな。まあ、脂肪が付かなけりゃ筋肉も付かねーけど。 恵理には悪いが、チョイカロリーの高そうなメニューを考えてみるか……待てよ? 「そんなの要らない」って食ってくれなくなるのもマズイよな? ……やっぱ別メニューで考えるか。 メインよりも先に、デザートの杏仁豆腐が頭に浮かんだ。 このマンションを出て行く前まで、恵理のお気に入りだったデザートだ。 また作ったら食ってくれるかな……? 今のトコロ、俺が作った食事を恵理が食わなかったのは、食事中に喧嘩した※−1)朝食のあの時と、※−2)悪戯で作った激辛カレーだけだ。 いつの間にか、俺は自分のコトじゃなくって、恵理のコトばかりを考えていた。 頭の中で、スレンダーだけどオッパイはデカイ恵理のナイスバディが浮かんだ。しかも、※−3)この前に見た全裸の妄想付きだ。 あの時はバスローブのヒモでチョウチョ結びにしていたが……別の縛り方とか…… 今度、チャンスがあれば水着なんかに着替えさせちゃったりして……モチロンビキニ。黒もイイケド色モノもイイよな〜、何色が似合うんだろ……? えへへ…… 脳内で試着している恵理の姿を想像し、俺の顔がダラシナク緩んだ。 水着なんて、伸縮する下着と同じだもんな〜。 「……」 想像しただけで、ノボセそうになった。タチマチ俺の相棒が元気になる。 お〜、健康バロメータも元通りだ。 だけど、ナンだか頭がクラクラして来た。 医者から『安静』とのお達しを無視して風呂に入ったからかな? 「……ヤバイ……マジでノボセソウ」 俺はシャワーを浴びようと浴槽から出た。 がちゃ☆ 突然風呂場のドアが開き、湯気の向こうからバスタオルで身体を包んだ恵理が現れた。 「うえっつ?」 「あら?」 振り返った俺は、中腰でシャワーの切り替え蛇口に左手を伸ばした格好で間抜けに硬直し、ドアのトコロで立っている恵理を見詰めたまま身動き出来ないでいた。 いいい〜〜〜っつ??? 全身が総毛立つ。 ん、な、ナンてぇカッコで入って来るんだよっつ? 俺は慌ててタオルで前を隠した。 「司、包帯は? まだ取っちゃダメだって言われてたでしょ?」 カタチのイイ眉が少し寄せられ、『課長』の恵理が現れる。 いや、そうじゃなくって…… 「課長こそココにナニしに来たんです?」 「包帯が取れるのは明後日(あさって)だって言ったでしょ? 先生から言われているのに、どうしてあと二日が待てないの?」 ……つか、会話が噛合ってねーよ??? 俺は悪戯がバレタ子供みたいな気分になった。 だって、見えねーと不便じゃん? 「……え?」 俺と恵理の視線が真っ向から絡み合い、お互いが一瞬黙り込んだ。 恵理は俺に近付くと、そっと俺の右腕に触れる。 「……える?」 微かに恵理の艶やかな唇が動いた。 「え?」 ナニか言った? 「見え……る?」 ああ、『見えているのか?』って言ってるのか? 「見えますよ? 目の前に女神様が居る」 俺にとって、恵理はマジで救いの女神様。成和会の事務所であの時恵理に助けて貰えなかったら、俺は今頃冷たくなってコンクリート詰めにでもなっていたかも知れないし、病院での手術に間に合わなかったら、トックに失明決定だったもんな。 俺のコトバに、恵理は「えっ?」と驚いた。 「見えナイものが見えてるの?」 不安そうに恵理が俺の眼を見詰めて来る。 俺はクスクスと笑った。 「イヤだなぁ。課長のコトですよ?」 ホントーに助かりました。 俺は神妙な面持ちになって、恵理の顔を覗き込んだのだが……恵理の顔を見たトコロで停まればヨカッタのに、俺の視線は無意識に恵理の顎のラインからその下……バスタオルでぐっと寄せて上げられている、フクヨカな白い胸の谷間へと無意識に吸い込まれるみたいに移動してしまった。 お〜〜〜、相変わらず柔らかそォ〜〜〜 「……や!」 俺の視線に気付いた恵理が、慌てて両腕を掻き抱くが、それこそ俺にはモッテコイ!!! 恵理にとっては逆効果だった。 「で、ナニしに来たんスか? もしかして、一緒にお風呂に入りたい?」 この状況下では、どう見たってソウだよな? 俺の眼が、にへら〜っとイヤラシク笑う。 俺は襲ってねーぞ? 襲いに来たのは恵理の方だからな? 一応、自分で冷静に状況把握。 さ〜て、ドウしちゃおうかな〜〜〜? 「も、も、もしかしてって、な、何よ? ひ、人が心配して……」 オイオイ、声がビブラートしてるゾ? 俺が一歩踏み出すと、恵理はトトッと小刻みに二、三歩退った。 赤面しているその表情からは、「ドウシヨウ?」ってゆー焦りと後悔が読み取れる。 「もー、課長もスナオじゃないッスねー。一言『うん』って言ったら?」 俺は利き手で持っていたタオルが落ちるのも気にせず、胸を掻き抱いている恵理の両手首を掴んで引き寄せた。 恵理の顔は今にも爆発しそうなくらい、もぉ真っ赤だ。 「〜〜〜!!!」 恵理の視線が俺の下半身一点に集中されて固定する。 ドコ見てンだよ? ……ったく。 まぁ、自分が持ってないモノだからしょーがねーか。 だけど、ココまでマジ見されんの、恵理が初めてだぞ? ……チョット恥ズイ。 ナマで見るのが初めてだから……って、今まで(俺の)何度か見てるだろっつ??? 『女三姉妹だから、情報不足なの』ってトコロかな? 「ち、ちがっ、アタシは司が見えないで不自由だろうからって、洗うの手伝いに……うん!」 言い掛けた恵理のコトバを俺はキスで遮った。 あんまり俺の『ソコ』ばっかり見られてンのも恥ズイし。 俺はイキナリ、潜水二十メートルばりのディープキスをしてやった。 キスに不慣れな恵理は、もうココの時点で息が上がってしまっている。 「俺を洗ってくれるんですか?」 俺は嬉しそうにフフッと笑った。 「そ、その心算(つもり)だったのよ?」 恵理は、はあはあと肩で息を整えながら、俺の胸に頭を寄せて来た。 「その格好で? 濡れちゃいますよ?」 「きゃっ?」 俺は遠慮なく恵理を包んでいたバスタオルを、「えい」とばかりに剥ぎ取った。