俺はイキを殺し、深く屈み込んで身を潜めた。 駐車してある車の陰を伝ってそっとフィットにニジリ寄る―― 動悸が激しくなり、ソコに居る連中に聞えやしないかとハラハラした。 ……頼むッツ!!! 俺を見付けるなぁあああ!!! 神様、仏様あああ…… 俺は思い付いた神様の名前や、ナントカ大魔神って、聞いたコトのあるアリガタそうな名前を心の中で羅列し、必死に祈りマクリ、拝み倒した。 神頼みだろーが、ナンだろーがこの際ナンでもヤッテヤルッツ!!! 俺の緊張が百二十パーにハネ上がる。 ……フィットに辿り着き、そっとケツに貼り付いた。 ヨッシャ! ココまではダイジョウブ。そして片手で小さくガッツポーズをした。 連中はまだ俺には気付いてイナイ。 あとスコシィイ…… 俺は震える指先で、ポケットにあるキーを弄(まさぐ)った。 フィットのキーは、ティファニーとか言うブランドの※キーリングに付けてあった。そのキーリングにも、同じ素材で出来たプレートタグが付いている。 金属に、金属。フツウに持っていても音が出る。 俺は、恵理が付けていたこのキーホルダーが音を立てないよう、細心の注意をハラって取り出した。 「……」 緊張してコメカミから汗が流れる。 心臓が先にイッチャいそうだぁああ〜〜〜 ――俺はいつでもダッシュでフィットに乗り込めるよう、心のジュンビをしながら『その時』を待ち、発見されるかも知れない恐怖に堪えた…… ……そして、待ち望んでいた『その時』が遣って来た。 緊張から来るストレスは、俺にとって、何時間も待っていたヨウナ錯覚を起こさせる。 遠くから車のヘッドライトが近付いて来た。 生垣で鳴いていた虫が、急にピタリと鳴き止んだ。 「……」 松永の居るマンションの近辺は、何棟もの同じマンションが立ち並んでいる、イワユル集合型マンションだ。 土地を共有している為、駐車場はかなり広いスペースが取ってある。 フィットの前で立っていた男達は、何箇所もあるマンションの駐車場入り口からその車を誘導すべく、フィットから離れた。 チャンスッツ!!! 連中が俺に気付いて駆け戻って来ても、ギリギリで逃げ出せるだけの距離とタイミングを見計らうと、脱兎のゴトク地面を蹴って伸び上がり、ドアに縋った。 素早くリモートキーでドアロックを解除する。 ガチャ☆ 右側のゴツイホスト崩れが、ドアのロック解除音を聞きつけて足を止め、振り返った。 俺は躊躇せずにエンジンを起動させ、素早くサイドブレーキをハズした。 動き出したフィットに気付き、慌てて二人の男が引き返して来る! 遅せぇ〜よッツ! 車にさえ乗ればコッチのモンだ! さっきのビビリはドコへやら……俺はハハッツと不敵に笑ってヨユウをカマシた。 俺は左足のクラッチを抑え気味にすると、アクセルを力一杯踏み込んだ。 フィットはフロントを一瞬だけ軽く下げ、送り込まれて来たパワーをタメて開放する。 タコメータのレベルが跳ね上がり、イッタン下がったフロントが浮いた。 「待てや! コラァ!」 連中がドスを効かせて怒鳴った。 ジョウダンじゃナイ。ダレが待つんだよ? 俺は連中とは反対方向にハンドルを切った。 フィットが乱暴に向きを変えた途端、ルームミラーが後続車のハイビームをモロに映した。 連中が呼び出したヤツの車だ。 「あっ!」 眼が眩(くら)む。 それでも俺は車道に飛び出し、アクセルを踏んで逃走した。 俺の一瞬のスキをツイて、ハイビームの車がフィットとの距離を縮めて来る。 「くっそおおお!!!」 俺もライトをハイに切り替え、視界を確保するとスピードを上げた。 片側一車線の深夜の車道には、対向車も他の後続車も見当たらない。 俺達の貸切状態だった。 二台のエンジン音が、松永の住むマンションを瞬(またた)く間に後にした―― 暫らくの間、オイカケッコが続いた。 追って来るヤツは、俺を追い越して停める様子も無ければ、アキラメテ見送ってくれるコトも無さそうな気配。 ずっとケツに付いて来る。 キショイじゃねーかよ。 どーゆーツモリだ? 俺は迷った。 向かっている方向は、高速へと続く、ユルイカーブが連続してる山道だ。まだ当分の間直線が続いている。 逆方向の市内へ向かえば入り組んだ宅地道路がイッパイあるし、逃走にはモッテコイだ。 追われているフィットで、やっぱ直線はマズイだろ? つか、高速行けば高速機動隊の白バイが多分イル。 あああ〜〜〜ッツ!!! 片手で頭をクシャクシャと掻いた。 俺はドッチにも捕まりたくはねェ〜〜〜!!! 追って来るコイツが一体ナニを考えてンだか知らねーが、ココは一刻でも早く消えた方がイイ。 ハンドルを素早く左右に振り、俺はフィットを蛇行させた。 俺がシカケて来たと思ってか、ソイツのブレーキランプが灯(とも)って車間距離が開く。 「よっつ!」 カウンタをカマシてフィットのケツが右に振れた瞬間、俺はハンドルを逆に切ってリアスライドさせ、直線ドリフトに持ち込んだ。 恵理のフィットが悲鳴を上げる。 フロント左がスッとインに沈み込み、車体がブレて微妙にローリングしながらもフィットは方向転換した。 ヤツと向き合った状態の俺は、ギリギリのトコロで追って来たヤツの車を遣り過ごす。 「!」 擦れ違いザマ……一瞬の間だったが、ドライバーと眼が合った。 俺にカワサレタってぇのに、俺よりも少しばかり年上の男(ドライバー)が、余裕をコイテ口元を緩(ゆる)めたのが見えた。 ……俺よりもイケメン??? バカにしてンのか? それとも参りましたってか? 前後のライト形状と、ライトに浮かんだオオヨソの車体シルエットから推測して、黒いレクサスLS600? とてもじゃねーけど、お互いの車はバトル仕様じゃナイ。 ナンだよ。驚かしやがってぇ…… コレなら道幅のナイ場所を走れば振り切れる。 俺はそのレクサスを甘く見下していた。 もう一台、フィットを駐車場で見付けた奴等の車があったのを、俺はスッカリ忘れてたんだ…… その拳(こぶし)が深々と俺のミゾオチにめり込んだ。 苦い胃液がこみ上げて、堪らずにモドした。 「ぐはぁあっ! ……う、う……」 俺はミゾオチを両手で抱えるようにガードしながら、大きく身体を曲げてヨロメイタ。 涙眼になりながらウシロへ後退る。 「オラオラァ! 退いてンじゃねーよ!」 「あうっ!」 後から両肩を掴まれ、無理矢理引き起こされた。 バカ力にモノを言わせて、両腕をウシロで逆手にネジリ上げられた。 締め上げられた両の肩関節が、ミシミシと軋んだ。 激痛に顎が仰け反る。 「シッカリしろよ。キゼツするにはまだ早えーぞ?」 俺にパンチをメリコマセたヤツが、嬉しそうに近付き、今度は顔面を何度も殴った。 チクショウ! 人間サンドバッグかよ? 俺は何度もアスファルトに叩(たた)き付けられ、モンドリウッた。 体中、痛くないトコロがナイ。 「車見捨てて逃げてりゃ助かったかもしんねーのにな? バカかテメェはよ?」 ソイツの言った通りだった。 俺は進路方向をコイツラ(の車)に塞がれ、こうしてアッケなく捕まっていたんだ。 「……逃げられねー」 ハンドルを握った俺の全身が戦慄(わなな)いた。 『アタシのフィット……』 恵理の言葉が脳裏を過る。 家一軒が買えるBMWより、恵理はマイカーとしてフィットを選んでいた。 恵理のフィットを見捨てては……逃げ出せなかった。 コイツラにフィットを潰されるくらいなら…… 俺は諦める方を選んでいたんだ。 「そのくらいで止めておけ」 凄い力で胸倉を掴まれ、俺は後から遣って来たレクサスの男に引き起こされた。 このクソ暑い夜中でも、薄い色の高そうなブランドスーツを着たまんまだ。 一体、コイツはダレなんだよ? 「うう……」 俺は殴られた痛みを堪え、顔を顰(しか)めながらもソイツと視線を合わせた。 「……ほう」 俺の視線を受けたソイツが微かに笑った―― 「いい面構えだな?」 「いえ、視力がチョット悪いモンで……」 俺はへへッと笑って軽口を叩き、強がって見せた。 あああ〜〜〜俺のバカッツ!!! ナニこんな時にコイてンだよおおお!!! 機嫌ソコネたら殺されるゾ! ソイツは俺のコトバに、鼻でフンと笑った。 身長は俺よりもスコシ高い。百八十五前後。均整の取れた身体つきだし、俺がニランダ通り、ホストでもヤッテいそうな甘い顔立ちのイケメンだった。 つか、ホンモノのホスト? ただ、ソイツには、右顎から首を伝ってその下へ……シャツの襟に隠れてその先は見えなかったが、大きな古い刃物傷が続いていた。 ……ホスト……にしては致命的だな。 やっぱし……ヤクザさんですかぁあ??? 「手間は取らせない。来て貰おうか」 「う……」 たった今、俺に殴り掛かって罵倒していたヤツラより、ソイツのフツーに話した言葉の方が、もっと俺を震え上がらせた。