はぁ、はぁ、はぁ…… 「ぁう……」 薄暗い闇の中、狭いシングルベッドの上でオトコとオンナが絡み合っていた。 荒い息を吐き、オトコは腰を大きくグラインドさせると、今度は激しく突き上げ始めた。 辺りにはオンナのヨガル声と、イヤラシイ液体が混ざり合う音が聞えている。 1−LDKの部屋の壁際で―― 俺は体育座りをして部屋の壁にモタレカカリ、自分の目の前で繰り広げられている痴態を無視……いや、スコシは気にしながらも、手元で拡げていた某有名料理番組の本をペンライトでテラシつつ黙読していた。 実は俺、恵理のトコロで居候してからとゆーもの、いつの間にか愛読書が車の本から料理の本になっていた。 笑えねぇよな? この事実…… ハタ眼には情けねーかも知れねーが、コレが結構面白くってハマルんだ。 「……」 俺は本から眼だけを覗かせると、『最中』の二人を軽くニランダ。 ……いい加減に気付けよな? この部屋に来てからもう二十分以上になるが、部屋の奴等はマッタク俺に気付いてイナイ。 「はぁん……う、うん? ンねえぇ?」 「う? ん、何?」 どのくらい経ったのか……? お互いの体位を換えた二人は、ヨウヤク俺の存在に気が付いた。 「ヤダ、ちょ、ちょっとぉお! ウソ! ……誰か、ソコに居るよ?」 「え?」 オトコの胡散臭そうな声。 「あ、俺?」 ヤット気が付いたのか? 手にしていたペンライトが逆さまになって、俺の顔を下から照らし上げる。 「キャアアアア〜〜〜!!!」 オンナの黄色い悲鳴が、ソイツの狭い部屋に響いた…… 「ダレだッツ!」 オトコが一声叫んで、部屋の明かりを素早く点けた。 「う……」 急激な瞳孔の収縮に、眼の奥がキリリと痛み、俺は片手をカザシテ室内灯の光を嫌った。 ナンか、光を嫌う吸血鬼にでもなった気分。 「こンのヤロウ〜〜〜!!!」 オトコは俺の傍に駆け寄ると、いきなりシャガンデいた俺の胸倉を乱暴に掴み上げた。 俺は力任せにぐいっと引き起こされる。 「テメェ〜〜〜人ん家に勝手に……」 ヤバ! 殴られる! 「うわ〜っとっとぉ! たっつ、たんま! 俺っつ! 俺だって!」 「……あぁあ?」 俺は慌てた。 両手をオオゲサスギルくらいに上げてホールドアップ。 イキオイで手にしていたライトと本がアサッテの方に飛んで行った。 ウシロに大きくフリカブッたオトコの拳(こぶし)が、ピタリと止まる。 「な……?」 「ああ〜〜〜! 司ぁ???」 たった今まで最中でヨガッテいたオンナが、先に俺の名を口にした。 全裸(マッパ)で二人の男女が俺を見詰めている。 「よ……よぉ」 俺は気マズくなりながらも、口のハシに愛想笑いを浮べた。 「お前ぇ〜〜〜何でココに居ンの?」 「え〜っとぉ、コウん家のドア、鍵掛かってなかったし……」 俺は悪友である松永(まつなが)洸(あきら)――コウの名を呼んだ。 『金は貰っても、俺、課長の『処女』は要りません』 そう言った後――俺は恵理のマンションを飛び出していた。 行くアテなんか無かった。 それでも俺は、恵理の居るあの部屋には……居たくなかったんだ。 ダメモトで何人か訊ねて行ったし、有紀のマンションなんか、イッちゃん最初に行った。 だけど、ゼンゼン捕まらねー。 俺はフィットをコロガシナガラ、いつの間にか松永のマンションに辿り着いていた。 で、カギが掛かってなかったから、コッソリと侵入…… 「な、ナニ不法侵入コイテやがるよ! そう言うコトを聞いちゃイネェって」 口からアワを吹きそうになりながらも、松永は面喰ってワメキ散らした。 「コウ、いいじゃん。司も久し振りに一緒スルぅ? アタシはゼンゼンイイヨぉ?」 侵入者が俺だと判った冴子(さえこ)は、ベッドにうつ伏せに寝転がって片肘を付き、その手に頭を預けてフフッとイロッポク笑った。 茶髪で長いウェービーヘアを、もう片方の指先に絡めて弄(もてあそ)んでいる。 「や……いいよ。俺は」 コウの彼女である冴子とは、ワケアリで俺とも関係を持ったことがある。 コウもソレを知っているし、前は何度か三人で……ってのもあった。 だけど、今の俺はそんな気分にはなれなかった。 恵理とのアノ後だ。 エンリョ……しとく。 「あれ?」 コウが俺の顔を見て、ニタリと笑った。 俺はそのワケを素早く覚り、利き手で頬を覆ったが……遅かった。 「あっはあ、司ぁ、おまっつ、ナンだよォそのツラはぁよぉ? しかも、指先まで手形クッキリで……スゲーぞ?」 俺の左頬には、恵理から貰った右の手形が真っ赤に……しかもクッキリとウカビアガッテいた。 ヘラヘラと笑うコウに、俺は軽く後ろから※膝カックンを仕掛けてやる。 「っせ〜な。前ぐらい隠せよ。この『コモノ』がぁ」 ミゾオチに軽くフックを喰らわせた。 「あう? ほ、放っとけ。お前と大して変わんねーじゃん」 ギャラリーになった俺のコトバに、コウはスコシ赤面した。 「お? そう言えば、司ナンで来たんだ? まさか……?」 「え? 車(フィット)だけど?」 アッサリと言い放った俺を見て、タチマチコウの顔色が変わった。 「ばっつ、馬鹿ヤロウ! まさか、「いつもの駐車場に停めました」ってンじゃねーだろーな?」 「そうだけど?」 ソレがナニか??? 「フザケンナよ! イイかぁ? 俺まで巻き添えはゴメンだからな?」 俺は、イロをナシテ捲し立てるコウの剣幕に気圧された。 「多少のコトなら俺も聞いてヤレルがな、フィット絡みだけはマジで勘弁してくれ」 「……成和会か?」 俺は、コウのフツウじゃない態度がナニを意味しているのかを覚る。 「ヤダ! 司……いっ、今、ナンって言ったのぉお?」 俺のコトバに、コウは押し黙って頷き、冴子は目を見張って驚いた。 「……アレでココイラをウロツイたりしてんじゃねーよ!」 「コウ……?」 「頼むからさぁ」 コウは急に情けない声を出した。 ……ナニかあったのか? 「一体、ドシタんだよ?」 「つか、お前イマスグ車(フィット)出せ」 「コウ?」 コウは苛立ちながら、ナオも早口で俺に捲し立てた。 普段もあんまり冷静じゃねーお調子モンだが、今は特別ヘンだ。 「……まだ『奴等』はお前だと特定出来てナイらしいが……」 「……?」 『奴等』って、成和会? ……だよな? 「アレからお前と別れた後に連絡があって……向井のダチが成和会の連中に襲われた」 「……え?」 「連中、峠攻めてる奴等、片っ端からヤキイレてるってよ」 「……」 「そのうち、お前のコト知ってる奴が口割らねーとも限んねーしよ……つか……おっ、俺だってイツそうなるとも限んねーからな?」 そう言うなり、コウは顔の前で両手を合わせて俺を拝んだ。 マッパでそーゆーコトすんなってぇの。 「どーしたんだよ?」 「悪ィ! 俺、先に謝っとく」 「ナニが?」 キショイじゃねーか。 「フクロにされたらお前のコト、マジ喋っちまうかも……」 「……アホウ」 トタンに俺の居心地が悪くなった。 んなコトで……謝ンなよ…… 「じゃ、な」 「ああ。スマネーな」 結局、俺は松永の部屋から強制的に追い出されてしまった。 つか、自主的に。 理由はどうあれ、俺がヤッタコトで被害者が出ていたのを知ってしまった。 これ以上居座って、松永達に迷惑は掛けられねー。 マンションの外部通路をトボトボと歩きながら、俺は絶望を感じて宙を仰いだ。 深夜の夜空は澄み切って、幾つもの星が瞬(またた)いている―― 確か、星座を習ったのは小学生の時だった……よな? そう言やぁ俺が小四の時、爺ちゃんが死んだあの日の晩、オヤジが『爺ちゃんは星になったんだ』なんて……今時の小学生でも笑えるウソを、俺、マジで信じていたの思い出したぞ? 俺、あの星になっちゃうのか……? んなワケねーだろッツ。 けど…… ――奴等はもうスグそこにまで来ている…… 俺は消え掛けていた恐怖心が、足元から再び忍び寄り、コッソリと纏(まと)わり付いて来ているのをカンジて身震いした。 捕まれば……マジでヤバイ。 どうするよ? マンションのエントランスから出て来たトコロだった。 俺の心臓が跳ね上がる。 駐車場に停めてあったフィットに、ウゴメく人影を俺は見付けたからだ。 俺は反射的にマンションの影に身を寄せた。 ……まさか? イキをコロシテそっと物陰から様子を窺う…… 体格のガッチリした……K-1にでも出られそうな二人組みの男が、恵理のフィットの前をウロツイテ居た。 そして、短い二人の遣り取り…… 「……間違いねーな?」 「ああ……連絡しとけや」 「よし」 そして携帯を掛けている気配がした。 「〜〜〜!!!」 声にならなかった。 いや、この場合で声なんか出したりすればタイヘンだ! 俺の血圧が一気に音をたてて降下した。 せっつ、せっつ、成和会の連中だあっつ!!! うわああああ!!! ヤバイッツ!!! 見付かったあああぁ!!! 頭の中がマッシロになった。 そして、もの凄い恐怖で押し潰されそうになる。 今思えば、俺はこの時にそこから逃げ出しておけばヨカッタんだ。 幾ら恵理が大事にしている車だからって……