【昭和】穴なし五円玉
ぼくが出した穴なし五円玉、駄菓子屋のばあちゃんは十円玉だとおもってる。しめた! もうけ。でもほんとは……。
拙著『昭和の空耳 エッセイ』所収の一編です。
もう四十年以上も前のこと。記憶にあるうちに書いておこうとおもう。
子どものころよく、近所の駄菓子屋にいった。あるいて七、八分。いくとたいてい、紺のもんぺに白い前掛けをしたおばあさんが店番をしていた。おばあさんといってもいま考えると、五十五歳くらいだったろう。小柄だが、骨太で元気そうだった。両手くびにはいつも、輪ゴムを二、三本はめていた。そのおばあさんのほかに、たまにうす茶の着物をきたおばあさんが店番をしていることがあった。七十五歳くらいだったろうか。あたまは真っ白だった。ちっちゃくて、細くて、いつも畳にめりこみそうな感じで正座していた。もんぺのおばあさんはこのおばあさんを「かっちゃ」と呼んでいたので、おそらく親子だろう。嫁と姑かもしれない。ぼくたち子どもは、若いもんぺのほうを「黒いほう」または「黒ばあちゃん」、年上の着物のほうを「白いほう」または「白ばあちゃん」とひそかに呼んでいた。
ある日、母にもらった穴なし五円玉をにぎって店にいったら、白ばあちゃんがいた。ぼくのほうをみるなり、いつものようにニコッと笑った、ような気がした。顔がしわだらけなので表情にとぼしく、よくわからないのだ。ぼくは五円のひもつき飴玉を小箱からとりだし、「はい」といって、白ばあちゃんに穴なし五円玉をわたした。そしてきびすをかえそうとすると、「はいおつり」といって、なんと、穴あり五円玉をさしだしているではないか。あ、白ばあちゃん、ぼくがだした穴なし五円玉を十円玉とまちがっているな、それでおつりをくれようとしているんだな、とぼくはおもい、そのまま受けとった。もうけたあ、とこっそりよろこんだ。こんなことは、それからはもうなかった。白ばあちゃんが店番をしていることがまれだったし、また穴なし五円玉をもっていくこともまれだったから。
それから半年くらい経って、またチャンスがやってきた。ぼくは穴なし五円玉を手にしていて、店には白ばあちゃんがいる。ぼくはそのとき、十円する太いほうのストローゼリーを手にとり、白ばあちゃんに穴なし五円玉をさしだした。ちょっとドキドキした。するとそのとき、家の奥のほうから、「あ、かっちゃかっちゃ、ども」といって、前掛けで手をふきながら、もんぺの黒ばあちゃんがやってきた。こりゃまずい、とおもってぼくは、穴なし五円玉をひっこめようとした。すると、白ばあちゃんのしわくちゃな手がすばやく伸びてきて、ぼくの手から穴なし五円玉をかっさらい、よこのゼニ箱(金属製の四角いお菓子箱)にガチャリンと投げ入れた。
「はい、ありがとさん」
白ばあちゃんはいつものようにいった。ぼくはその声を背中で聞いた。いづらくて走りだしていたのだ。店をでて、家まで走った。白ばあちゃん、ぼくがだした穴なし五円玉、ちゃんと五円だってわかっていたんだ。わかっているのに、十円だとおもっているふりをしていたんだ。黒ばあちゃんがきて、あわててとったんだ。このまえも、ちゃんと五円だってわかっていたんだ。ぼくははずかしいような、こわいような気持ちになっていた。それからしばらく、その駄菓子屋には足をむけなかった。なんとなくいきづらかった。でも、白ばあちゃんに「ごめんなさい」か「ありがとう」のどちらかをいわなきゃな、とおもっていた。二カ月くらいして、また買いにいくようになった。だけどもう、白ばあちゃんが店番をしているときにいきあうことはなかった。
余談だが、最近になって、姉に白ばあちゃんの話をすると、「あれ、そんな人いたっけ」と答えが返ってきた。たった三つしか違わないのに、忘れちゃうもんなんだなあ。