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夢と現と

更新遅くなりました。

遅れた分サクッと進めたいところですが、逆になってます。

「――っ」

(呼んでる? 誰だ?)

 眠い。まだ寝ていたい。


「――キっ! 目を――して」

(あと5分……。いや3分でいい。駄目なら1分45秒で目を覚ますから、待って……)

 弛緩した意識がひたすら拒否をする。


「とっとと起きろっ!」

 甲高い声が彼の耳元で鼓膜を破りそうになる。同時に身体が洗濯機にでも放り込まれたように激しい勢いで、もみくちゃにされながら宙を舞う。


「ぐぇっ!」

 べしゃりと地面へ落ちた男は、カエルが踏み潰される寸前の様な声を上げた。


「ひでーことするなぁ。起こすならもっと優しく起こしてくれよ……」

 不平をこぼしながら立ち上がったのは、黒髪の小柄な男性。日比野直時である。


「何を暢気なっ! 周りの状況を見てみなさいっ!」

 傍らに仁王立ちしているのは白金の髪を風になびかせているエルフ。フィリスティア・メイ・ファーンであった。腰に両手を当て、ご立腹の様子である。


(えーっと…。影櫃使いやら黒狼の仇のクヅィノフやらを片付けて、新居に帰ってきてたはずだよな?)

 記憶を辿るが、現状と一致しない。明らかに屋外である。陽も高い。直時は昨夜、岩山砦の一室で寝床に潜り込んだはずであった。


「なあ? 何で野宿してんだ?」

「それが分かれば苦労しないわよ! そもそも此処が何処なのかも……」

 目を覚ました直時に一安心するフィア。しかし、すぐに不安が頭をもたげてきたようである。忙しなく周囲へ気を配っている。


「こんな植生しょくせいは見たことないわ。それに生き物も小さいのばかり、襲われそうな魔獣がいないのは有難いんだけど……」

 フィアの言葉に気を引き締める直時。全身に力が入り、そして、抜けた……。高まる緊張を止めるものがあった。空気だ。


 濡れた木の皮の臭い。土の臭い。遠くから漂ってくる刈られた草の臭い。直時の記憶の中にある臭いが周囲に満ちていた。

 落ち着いて見回してみれば、そこには見知った樹木が茂っていた。赤茶色の幹は赤松。ひび割れたような木肌はクヌギだろう。低木はヤマツツジ。真っ直ぐに伸びるのは植林されたと思われる杉だ。


(えっ? この森って!)

 直時は混乱する。間違いがなければ此処は――日本の森の中だった。




――チュィーン! キンッ!

 金属質な音が遠くでした。身を強張らせるフィア。直時はその音にも憶えがある。祖母の田舎で聞いた、草刈機の音だ。甲高い音は草に隠れた石を削ったものだろう。


「山中みたいだし、とりあえず麓に出よう。心配しなくても魔獣も野盗も出てこないと思う。ここは――俺の国だ」

 直時が身を起こす。地面に突いた手、無くなった筈の左手が元通りになっている。不思議に思うが、肯いたフィアは疑問にも思っていないようだ。


(この山も知ってる気がする。松茸狩りや虫取りに行ったばあちゃんちの裏山のような……)

 小径は獣道かと思ったが、人が通ったような道にも見える。下生えや低木が刈られているせいだ。


 曖昧な記憶を頼りに道を下ると、狭苦しいが確かにアスファルトで舗装された道に出た。改めて見る確かな証拠に呆然とする直時。

 足を進める先には、見覚えのある数々の物が目に入る。誰がいつ供えたのか判らない缶詰の置かれた小さな石仏。直時が木登りして折れた跡の残る渋柿の木。悪ガキの秘密基地になっていた防空壕跡。


 樹々が覆いかぶさっていた道が途端に拓ける。目の前には青々とした水田と畑、ちらほらと農作業に勤しむ人達が見えた。


「――やっぱり! ここ、ばあちゃんちの裏山だったんだ……」

「タダトキのお祖母様? 会ってみたいな」

 先程までの心配が嘘のようなフィア。戸惑いながらも直時は田舎の本家へと足を向けた。


「こんにちはー」

 抑えた声量で訪う直時。生垣の切れ目の門から中庭へと入る。草むしりをしていた小柄な人影が、立ち上がって声の方へと向いた。


「おやまあ、直時ちゃんかい? お帰り。久し振りやねぇ」

「――ばあちゃん。ただいま。本当に久し振り。元気だった?」

 目を細める祖母の穏やかな声に、混乱していた直時は落ち着かされる。自然と笑みがこぼれる。


「こちらの異人さんは何方どちら様?」

「あー……。色々とお世話になってる人で――」

「はじめまして、お祖母様。フィリスティア・メイ・ファーンと申します」

「おやおや。日本語がお上手やね。丁寧な御挨拶、有難う御座います。直時ちゃんがご厄介を掛けとるようですねぇ。いつまで立ち話も何やし、上がっていって下さい。何ぁんも無い所やけれどゆっくりしていってね」

 二人は穏やか(?)に急き立てられ家に通された。


 祖母が茶を用意するからと席を外すと、直時は仏壇のある部屋へと入った。フィアが後ろから付いてくる。

―チーン。

 正座で手を合わせ目を瞑る。一拍後、振り返るとフィアが同様に手を合わせていた。畳と線香の香りの中、正座で合掌している美しいエルフ。それに違和感を覚えない自分が可笑しくなった。直時が小さく笑う。


「ご先祖様に挨拶が済んだのなら、早うおいで。どうしとったのかお話してくれんかね?」

 盆を持った祖母が入り口から顔を覗かせた。

 戻った二人は冷えた麦茶で喉を潤す。お茶受けは水羊羹みずようかんだった。何をどう話せば良いか迷う直時を余所に、フィアが出会いからのことを普通に話し始めた。祖母は目を細めながら肯き、時折直時の方へと問いただす。記憶の中にある通り、愉しげに笑っていた。


「今日は泊まるんやろ? 御馳走は出来んけど、ゆっくりしていったらええよ」

 祖母の言葉に肯く。その時、外で訪う声がした。


「直時ちゃんの知り合いやぁ言うて、お客さんが見えたよ」

 笑う祖母の後ろからは、直時が見知った顔が続いた。


「竜神様に猫又ちゃんにお稲荷様、外人さん……、蛇神へびがみ様に山犬様もかい? 皆さん、直時ちゃんがお世話になっております」

 竜人族ヒルダ、猫人族ミケ、狐人族マーシャ親子、リスタル宿屋のグノウ親子、武具店のブラニー、ヲン爺の他、虚空大蛇の親子や黒狼親子もいる(神獣魔獣の親は人より少し大きいくらいにサイズダウンしていた)。

 法事などで親類が集まった時のように襖が外された。大広間となった居間で夕餉を囲む。中庭で黒狼親子達と七輪でスルメや魚を焼く者もいる。手作り梅酒や地酒、ビール等がグラスを満たし、笑う皆の口へと消えていった。

 宴会の席には知らぬ間に人が増えていた。船大工クベーラ、人魚族の姫、海神、豹人族のリナレス姉妹。風と水の神霊や、夜の王までいる。小さくなった白烏竜兄弟や、ヴァロアの騎兵達、サミュエル、エリア、オデット。イリキアの自称盗賊団ダレオス一味。名前も知らないが、リスタルの魔術屋の若旦那、ギルドの受付嬢、守衛のおっさんまでが姿を見せる。

 それぞれが立場を忘れ、まさに無礼講。杯が重なり、酒が注がれ、がなりたてる声と嬌声、唸り声や咆哮までが混じる。田舎の家で混沌とした宴が続いた。


「ハァ~。食って飲んで騒いだーっ!」

 直時が縁側で大きく伸びをした。火照った頬に夜風にが気持ち良い。酔いつぶれた半数はそのままに、残った者達が後片付けをしている。手伝おうとしたら「邪魔!」とばかりに追いやられてしまったのだ。

―カラン

 手の中のグラスで氷が音を立てた。暗い縁側から庭を眺める。迷い込んできた蛍が明滅し、周りの田んぼからは蛙の鳴き声がしていた。


「どっこいしょっと」

「ばあちゃん、ご馳走さま。大勢で押しかけてごめんね」

「何言うとるん? 賑やかで楽しかったに決まってるやろ。ほれ、あんたも喫うやろ?」

 直時の隣に座った祖母がキセル盆を置く。2本ある煙管のうち短い方は祖母用だ。二人して燻らせ、紫煙を漂わせる。


「ぎょうさん知り合いが出来たんやね?」

「うん」

「皆、ええ人ばっかりやね」

「うん」

 心地良い酔いに身を任せながら、祖母の言葉に只々肯く。


―カツン。

 祖母が煙管を逆さに縁側を叩く。庭先に落ちる吸殻。闇の中でほのかに赤く燃えていたがすぐに消えた。


「人との縁は大事にせな、あかんよ?」

「――うん。大事にするよ」

 直時の目を覗き込む。目を合わせて答えた孫に満足したのか、大きな笑顔が返ってきた。


「今はゆっくり休んだらええ。起きたら頑張ったらええ。疲れたら休んだらええんよ。おやすみ……」

 祖母の声が小さくなり、直時の意識はゆっくりと闇に落ちていった。




 潮風と朝の陽が窓から入ってくる。直時は上半身を起こし、伸びをしながら大きく欠伸をした。欠伸のせいだけではない涙が滲む。


「やっぱり夢か……」

 目覚めた場所は石造りの部屋。黒影海の北岸に建設した岩山の一室だった。彼の祖母はもう随分前に亡くなっていた。


「あれ? フィア?」

 床に横座りして上半身をベッドに投げかけて寝息をたてている。少々びっくりしたが、改めてフィアの寝顔を見つめる直時。布団の上にある白く華奢な左腕と髪から覗く左耳に目がいった。

 安心したように小さく息を吐き、そっと左手を伸ばそうとした。途中で気付き苦笑する。代わって右手の指先を伸ばす。フィアの左腕にそっと触れて、改めて無事を確認した。

 少し躊躇して左耳にも触れようとした時、フィアの長い睫毛が震え、瞼が開いた。


「おはよう」

「――ん。おはよ」

 直時の挨拶にぼんやりとした声が返る。次の瞬間、フィアは飛び起きた。


「タダトキっ! 身体はっ? 気分はっ? 大丈夫なのっ!」

「ちょっ! 顔近いって! 体調も気分も快調だよ。あ、でも異常に腹が減ってるな? 先ずは朝御飯、食べようよ」

 直時の様子をまじまじと見てふっと力が抜ける。安堵の息を吐きながらそのままベッドに倒れ込んだ。


「フィア?」

「私はもう少し寝る。面倒だからここで寝る。タダトキは皆に無事な顔を見せて来なさい」

「何のこと?」

「いいから早くっ」

 ベッドを叩き出された直時は、ぶつくさ言いながら着替えた。振り返るとフィアは布団に潜り込んで背を向けている。本当に寝るようだった。肩を竦めた直時は、腹ごしらえのために厨房へと向かった。


「タダトキっ! 目が覚めたんだね! 具合はっ? 気分はっ?」

 途中でマリーを抱き、エマを伴ったマーシャに会った。直時を見た途端、フィアと同様の反応を見せる。大丈夫だと返すと「皆に伝えてくるわさ!」と、走り去ってしまった。マリーは直時の腕の中、エマも置いてけぼりである。


「何だってんだ? おはよう、エマちゃん。朝御飯はもう食べた?」

「食べた」

「そっか。じゃあ作るのは自分の分だけで良いな。それにしても腹減った……。ん?」

 エマが直時の服の裾を引っ張っていた。


「元気になった?」

「? ずっと元気だぞ?」

 いつも元気なエマがおとなしい。直時の左手に視線が向いている。思わず苦笑を返す。


「痛くないし大丈夫。元気いっぱいだよ」

「でもずっと寝てた。皆、心配してた」

「え? 本当に? どのくらい寝てた?」

「3日間」

「あー。それでかぁ」

 漸くフィアとマーシャの反応に納得がいった直時。帰宅したあと、疲れが溜まっていたことは自覚していたが、まさか3日間も寝込んでいたとは思いもよらなかった。


「とりあえず御飯作ろう。エマちゃん、マリーちゃん見ててもらえる?」

 エマは頷いてマリーを抱いた。慣れているのだろう、子守も堂に入った姿だ。流石はお姉ちゃんである。


「そんなに寝てたのなら、お腹に優しい食べ物にするか。やっぱりおかゆかな?」

 米は長粒や小粒、もち米のようなものなど、目についた種類を全て調達している。無くなる前に密入国して購入しているので、備蓄も完璧だ。


「あー。でも水に浸けてないしなぁ。炊いても芯が残っちゃうか。精霊術で何とかならないかな?」

 言いながら、水の精霊術で洗米を始める。左手が不自由なため仕方無い。思ったより上手く出来たのは、「自分の体のように!」と、修行した成果だろう。フィアに感謝である。後ろではエマが水の舞う様子に目を輝かせていたりする。楽しんでもらうため水の精霊術は派手に使用した。


 米からおかゆを作ったことが無いため、御飯を炊いてからおかゆを作ることにして、土鍋を火にかけた。米への水の浸透も上手くいったようだ。

 待つ時間、紅茶を入れる。エマには柑橘果汁を少しと砂糖をたっぷり入れた甘い茶を入れた。慎重に冷めるまで待つ姿を微笑ましく見ながら、熱い紅茶をすする。確かに長い間、胃に何も入れてなかったようだ。直時は胃が驚いているのを感じた。


 飲み終えた彼をエマが上目遣いに窺っている。マリーの子守を交代すると、人魔術『石化』の食器バリエーションのひとつで作ったマグカップを両手に持って、ふーふーと息を吹きかけて飲みだした。実に微笑ましい。


《タダトキ、大丈夫なのですね?》

《目を覚ましたようだな》

 マリーとエマを交互に見やっている直時に念話が伝わる。白烏竜のブランドゥと黒狼族の長ドゥンクルハイトである。


《心配してくれて有難う。朝食の後に挨拶に行くよ》

《待ってます》

《うむ。元気な姿を見せてくれ。ホルケウも待っている》

(何か、色んな人(?)が心配してくれてたんだなぁ)

 直時が少しくすぐったい思いを感じていると、厨房へマーシャが戻ってきた。ヲン爺が一緒である。他に姿が無いのは、大勢で押しかけることを遠慮したためだ。獣人族の他の娘達は未だ直時に慣れていないだけだが、人魚族は元気な顔を見たがっていたそうだ。


「御心配をおかけしました。でももう大丈夫。食欲もありますから」

 改めて謝意を伝える。


「お見舞い有難う御座います。まあお茶でも……」

「ああ! お茶くらいあたしが入れるわさ。ご飯も後は任せておくれ。エマ! マリーを任せたよ? ヲンさんはお茶、何が良いわさ?」

 動こうとした直時を制してマーシャが忙しなく動き出した。直時はエマが飲み終わるまでマリーを抱かせてくれと言って、土鍋の後の扱いを伝える。


「まるっきり無事というわけでは無いようですが、生還されてほっとしましたぞ」

 直時の左腕を見たヲン爺が、茶を手に言った。


「それと、クニクラド様よりの願いを聞き届けて頂き、深く感謝をいたします」

 続けて頭を下げる。魔狼の保護と神器の確保、両方だ。


「頭を上げて下さい。一方的な願い事じゃないですから。これは依頼、仕事ですから」

 直時が慌てて頭を振った。続く言葉に苦渋が滲む。


「――それに、黒狼達は結局ドゥンクルハイトさんしか助けられませんでした」

「我が主の願いは仔魔狼達の保護でした。黒狼族の郷は残念ですが、タダトキ殿のせいではございません。むしろ、生き残りを助けられたことを誇るべきです」

 諭す言葉にも素直に頷けない。


「ご飯出来たわさー」

 マーシャが完成したおかゆを運んできた。沈みがちになる話は一旦終了して、直時の朝食となった。他の皆はもう済んでいる。そこへフィアが入ってきた。彼女もおかゆで良いということで、マーシャがもう一人分を作る。


「箸休めに塩辛出そう」

 低温に保たれている食料庫から、直時がお手製の一品が入った壺を出す。


「ああ、触手と内臓の塩漬けね……」

「触手って言うな! 内臓って言うな! イ・カ・の・塩辛っ! 百歩譲ってせめて海の幸の足と内臓わたの塩漬けと言ってくれっ」

「言い方変えても中身は一緒なのに」

「うっさいわ!」

 フィアと直時の言い合いを見て他の者の顔が綻ぶ。暗い雰囲気は跡形も無くなっていた。


 食後、岩山の麓で待っていた黒狼親子とブランドゥ、居住区の面々、岸壁で人魚族達のもとへ赴き、心配をかけたことと寝込んでいた間のお見舞いに謝意と礼を伝えた。


「ふう。後はクニクラド様んとこへ顔を出せば良いか」

「神器をお渡ししないといけないわね」

「ヲンさんが届けてくれてはいないんだね」

「依頼なのだから当然でしょ? それも夜の王直々からの! タダトキが責任をもってお届けしなさい」

 岩山砦へと戻った直時とフィア。二人きりで落ち着いたと判断したフィアが口を開く。声は低く重く、小さかった。


「――どうして、あんな事したのよ?」

「え?」

「左腕よ! 私は生贄なんて求めてなかった!」

「いやまあ、あれは俺も気が動転していたし、生贄なんて不穏なものじゃなくて……。そう! 輸血! 輸血とか献血とかみたいなものだって! 帰ったら精霊術で治癒するつもりだったし、大丈夫大丈夫っ! 長い間寝て疲れもとれたし、今からちゃっちゃと治すからそんなに目くじらを立てることないって! アハハハッ」

 あくまでも楽観的な直時。フィアは自分の左腕を右腕で抱きしめた。


「じゃあ、治癒をしてみなさい」

「おう。精霊さん達、左手よろしくー」

 直時の魔力が精霊達へと……わたらなかった。


「あれ? 治癒して欲しいんだが? 精霊さん達どうしたんだい? へそ曲げないで頼むよー」

「ハァ。やっぱりね。無理よ」

「何で?」

 首を捻る直時へフィアが大きな溜息を吐く。


「タダトキの左腕はここに在るからよ」

 フィアは自分の左腕を目の前にかざした。白く細い腕は元通りになったフィアの左腕にしか見えない。


「――フィアのじゃん?」

「触媒に使ったでしょうがっ!」

「確かに使ったけど、消費したなら元に戻せば良いだけじゃないの? まさか俺の左腕がフィアに取り憑いてるってわけじゃないだろ? えーっと、『肉体再生』の魔法陣はっと……」

 この場にいるのはフィアだけである。魔法陣だけを出現させた直時は、その構成を改めて確認する。


「――同種の肉体を材料に欠損した部位を再生。拒否反応とか出るのかな? でも、術が発動したってことは大丈夫なんだろうし。うーむ。やっぱり、触媒はただの材料で、復元される肉体は本人のものじゃないか? 触媒側は欠損扱いみたいだから、傷とみなして良いんじゃないかなぁ? 治癒術が組み込まれてるのもその証左だと思うし……」

「少し我慢して。大丈夫、治癒術はかけておくから痛みは無いはずよ」

 フィアが風で直時の左腕を浅く斬った。直時も意図が判っていたから騒がない。フィアの精霊術による治癒で傷はすぐに塞がった。しかし、それだけだった。彼の左腕の先は変わらず生えてこない。


「どういうことなんだ?」

 訳がわからないと頭を捻る直時。


「原因はアンタの出自でしょうね。異世界の存在か……。私だって判らないことばかりよ。そもそもエルフでもないタダトキが触媒として機能したことがおかしいし、左腕が無くなったにしては生命力に翳りが無い。元気そのものに見える」

「そうだな。実際、体調不良は感じられない」

「精霊の治癒が効かないとなると、同じように『肉体再生』をあんたにかけても効果があるかどうか判らない」

「いや、俺は嫌だからね」

「私にやっておいて言う台詞?」

「咄嗟のことだったし、何度も言うけど後で治ると思ったからなぁ」

「……それで、クニクラド様に御相談しなければならないこと。『神人』についてよ。タダトキのこと、そう定義してらしたそうね」

「ヲンさんも言ってたし、エルメイア様もそんなこと言ってたな」

「メイヴァーユ様にお訊ねすることも考えたけれど、クニクラド様の方が年古い神だし、眷属のヲンさんも『神人』について知っている。神器を届けるときに、是非ともお話を聞かせていただかないといけないわ」

「ふむ。俺のこの世界での在り方か……。今後のためにも必要だよな」

「そういう事ね」

 と、突然フィアが直時の身を抱き締めた。


「もう、あんな事はしないで」

 目を白黒させるが思いの外強い腕の力に抗えない。微かに震えていることにも気付いたからだ。


「――わかった」

 直時は力を抜いて小さく答えた。最期にもう一度力を込めてフィアが離れた。離れ際に、柔らかく濡れた感触が直時の頬に触れた。


「えっ?」

 驚いた問いかけに答えず、フィアは足早に部屋を出ていった。


「大事にするよ? フィアも、皆も……」

 直時は上を向いて誰かに呟いた。その目は天井を通して空の遥か彼方。この世界ではない空の上を見ていた。


ばあちゃんの言葉は無意識の直時の言葉なのかも……。

左腕は精霊術に頼る直時です。

次回こそヒルダ、ミケ組!

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