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ルーシ帝国の神器使い

ここで更新休憩は出来ん!


粗かったので修正しました(5/25)



 魔狼の長、ドゥンクルハイトの陰から放たれた紅い光。直時がそれを認めた直後、左手にいたフィアに突き飛ばされた。氷混じりの泥濘でいねいに倒れこんだ彼の近くを、空気を焼いて何かが通り過ぎる。余りの熱さに目を瞑った。


 そして聞こえる悲鳴。


 直時がいつも耳にしていた声はこんな音を出さなかった。笑い声は陽気で明るい春の野を跳ねる兎のような軽快な音。怒る声は厳しくも優しい、強風に飛ばされた洗濯物がピシリと顔を叩くような音。諌める声は山鳴りのような海鳴りのような大きな存在感を持って包み込むような音だった。

 初めて聞くフィアの悲鳴は、直時の精神を凶悪な悪寒の鉤爪で引き裂いた。


「フィアぁっ!」

 即座に身を起こす。崩れ落ちそうになる華奢なエルフを、直時は寸止すんでのところで抱き留めた。


(だい…じょ…ぶ?)

 直時の身を案じ、フィアは念話で訊ねる。口を開くことが出来ないのだ。


 彼女の左半身は重度の火傷に覆われていた。片耳は焼け落ち、左目は白濁し視力を失っている。左上腕から先は焼失、脇腹の傷口を右手で抑え腹圧で飛び出そうな内蔵を押し止めていた。

 彼女自身の精霊術による治癒でなんとか命を繋いでいる。フィアの惨状に喉から引きつった音が出そうになった直時だが、無理矢理飲み込んで即座に治癒術を重ねた。ありったけの魔力を込めて精霊に彼女の助命を願う。


(最優先は内臓機能の保護と治癒! 腹部に集中!)

 フィアが押さえている右手の下、脇腹の傷が見る見る塞がる。その後、傷の浅い右側から徐々に癒され、消失した皮膚も再生された。左目にも光が戻る。


「くそっ! なんでだっ! くそっ! くそっ!」

 直時が焦り、怒声を上げた。


 致命傷は治癒出来た。脇腹も肌も、そして燃えた髪も元通りになった。それなのに左耳と左手は傷が塞がっただけで再生しない。


「大丈夫。…助かったわ」

「でも! まだ手も耳も元通りにならない! 精霊ども、サボってんじゃねぇ! 俺の魔力なんぞいくらでももってけ!」

 直時が更に魔力を注ぎ込もうとするが精霊たちは動かない。


「治癒が完了したのよ」

「まだ治ってない! ミソラの羽だって生えたんだ! 絶対に元通りになるはずなんだ!」

 か細いフィアの声に反論する直時。風、水、闇、土の精霊達に当たり散らしている。


「神獣の生命力と較べられてもね…。私の持つ生命力の範囲ではこれが限界」

「……そんな!」

 精霊術による治癒は万能ではない。術者の魔力だけでなく、対象者の命を超える治癒は出来ないのだ。


「尋常ではない魔力に出てきてみれば、エルフの小娘と普人族の小童ではないか」

「だーから言っただろ? 魔狼の生き残りとは違うみたいだぜってな」

 傲岸不遜な低い声と、人を小馬鹿にしたような軽い声がした。唸るドゥンクルハイトの陰から突然姿を現す2人の男。


「ふむ。どちらも精霊術師のようだが、黒狼の棲む森に何の用か?」

「対抗する貴族の雇われ冒険者かと思ったが違うようだな。ケケケ。黒狼こいつらが授かったっていう神器狙いかい? 残念だがおめーらに渡す気は無ぇぜぇ」

 直時達に詰問してきたのは甲冑に身を固めた男。赤い大剣を提げている。炎が明滅するように色を変える大剣。男自身ではなく、その剣から大きな魔力を感じる。

 もう一人、痩身の男の台詞から、黒狼の首だけでなくヴィルヘルミーネから授かった神器も彼等の目的であると窺えた。


「その剣、神器か? それで俺達を襲ったのか?」

「聞いているのはこちらだ。お前たちは何者でルーシ帝国領で何をしている?」

 直時に問いを無視され、逆に問われたことに紅剣の男が怒気を滲ませる。


「ケケケケケ、威勢が良いなぁ? しかし、だ。精霊術師だろうが、エルフの嬢ちゃんは虫の息。普人族の魔力なんぞ知れてるしな。ここは素直に答えた方が身のためだぜぇ?」

 鎧も付けず、武器も持っていない痩身の男が嫌な笑いを向ける。肩に背負っていた小さな黒い木箱を足元に下ろし、手を突っ込んだ。少し魔力を込めた事が判った。


 今まで誰一人いなかった森に、武装した兵士達が湧き出した。直時とフィアを囲む彼等の数は更に増える。


「影から…。お前、『影櫃かげひつ』使いだな?」

 クニクラドからその神器の能力を聞いていた直時が低い声を押し出した。


「タダトキ…。逃げなさい。神器使いが2人とこの人数…。私も逃げるだけなら大丈夫」

 フィアの焦った声。無事な右手で直時が感情のまま震えさせる手を握る。


 無言の直時は一歩も動かないまま魔力を解放した。命ずる先は精霊達。


 フィアと直時、そして四肢をもがれたドゥンクルハイトの周囲で豪風が渦巻いた。大きな風の渦が彼等の姿を隠す。

 直時達を脅威と見做した炎の神器、炎剣の使い手が風を避けながら直時へと紅い刀身を振り下ろした。

 切っ先から生まれた炎は斬撃の形、弧を描いた半円の刃となって黒髪の男とエルフを覆う竜巻へと飛んだ。

 風に飛ばされ、周囲を舞う障害物を焼き切りながら、飛んだ斬撃は直時の竜巻と接触。高熱による急激な熱膨張は風の渦をも吹き飛ばす。炎の神器使いの唇が笑いに歪んだ。


 今までも全てを灰燼と帰してきた彼の神器は、今回もその役目を果たした。黒髪の男が見せた、神器も無しでの大規模精霊術。これには流石に少々肝が冷えたが、その小癪な竜巻も両断し消し飛ばした。


「旦那、上だ。俺っちは切った張ったは不得手だからな。避難させてもらいますぜ? 依頼に戦闘は入ってないからね。事が済んだら念話で宜しく」

 痩身の男は注意を喚起し、素早く影に沈んだ。忌々しげな一瞥をくれ、空を仰ぐ炎の神器使い。エルフを抱いた黒髪の男は風の精霊術で空中に静止している。炎剣の射程範囲外であった。

 魔狼を覆い隠していた竜巻も彼と共に消えている。直時が闇の精霊術で影に隠した。奇しくも『影櫃』使いと同じ守り方である。


 ルーシ帝国の兵達は炎剣の騎士周辺に集まった。その数、凡そ500。森上空にいる直時は、探査の風で正確に彼等を把握していた。

 未だぐったりとしたフィアをしっかりと抱きしめたまま、彼が取った行動は報復ではなかった。


「風と水の精霊で治癒出来ないなら、他の精霊で! くそっ、土と闇も駄目か! 組み合わせを変えて続行だ」

 直時はフィアの完全治癒を諦めてはいなかった。アースフィアの知識や常識が足りないため、不可能事も己の見識不足と思ったからだ。しかし、フィアからの知識の転写で手が無いことは実は判っていた。しかし、判りたくなかった。諦めたくなかった。認めたくなかったのだ。


「タダトキ…。もういいよ。貴方は充分やってくれたわ」

 フィアは頭を直時の肩に乗せ、小さな声が聞こえるよう耳元で言った。


「風、水、闇、土! お前ら全部でも駄目か! くそう…。精霊術の治癒がここまでなんて…」

 どれだけ魔力を渡して要求しようが精霊達は首を振るばかりである。


「人魔術の治癒程度じゃ―…いや、確か触媒がどうのこうのとか…」

 転写された人魔術の一覧、治癒術にも等級があったことを思い出す直時。


「高等再生人魔術…触媒は同種族の肉体…。これがあったか! 俺はエルフじゃないけど他に方法は無い!」

 この世界に存在する種族ではない直時。何者でもないなら、何者にでもなれるかもしれない…。追い詰められた心が空論だけを希望に術を行使させた。

 直時の編む魔法陣に気付いたフィアが慌てて止めようとする。しかし、直時はフィアを引き剥がし風で保持。そのまま魔法陣に左手をかざした。


 ―高等再生人魔術『肉体再生』は、同種族の肉体を触媒にして施術対象の欠損部位を再生させる。普人族同士の戦争で捕虜が重宝されるのはこのためである。また、他種族との間に産まれた子は、能力的にも種族的にも普人族となるため、迫害された後に人身売買の被害に遭うことも多い。娼館でマーシャの子、マリーが厄介扱いで放逐されなかった理由でもある。


 魔法陣の上に差し出した左手は、指先から光りながら消えていく。術の発動は成功の証。直時はそれに安堵の息を吐いた。空中でもがきながらフィアが叫んでいるがどこ吹く風である。


(痛みが無いのは有難いな。施術対象の欠損部位の対価分が触媒として供されるってことか。触媒になった者は死ぬまで何度でも使えるようにってことなんだろな。消失面の治癒も魔法陣に組み込まれているから、治療される者より肉体を提供する方が欠損が多くなるのか…。エグい発想で吐き気するけれど今回だけは感謝しとこう)

「阿呆ーっ! 今すぐ止めなさいっ! 莫迦あ!」

 直時の風に捕らわれながらも空中で暴れるフィアであるが、既に術は発動している。止めても無駄である。

 直時の肉体消失は意外にも早く終わった。フィアの欠損は左腕の肩から先と左耳だったが、それが復活する代償として消えたのは直時の左手の前腕途中、手首と肘の中程だった。


「長命種のエルフの再生治療だから腕一本で足りるか不安だったけど、案外安くついたな。ラッキー! あっはっはっ」

 完全治癒したフィアの身体に御満悦の直時が高笑いした。


「歯ぁ食いしばれ…」

 自力飛行へと移行したフィアがその肩に手を置いた。次の瞬間、渾身の左ストレートが直時の頬に叩き込まれた。


 久々の激痛にむしろ嬉しさを感じながら仰け反る直時。吹っ飛ぶ彼の、無事な右手を捕まえたフィア。強引に引き寄せ、抱き締める。その頭をそっと両手で抱いて胸に抱え込んだ。


「……ありがとう」

 固い黒髪に押し付けた唇が小さく動いた。


「フィアっ? ふくっ! むねっ!」

 彼女の感謝は直時に伝わらなかった。燃やされた半身と共に身に付けた服も焼失していた。直時の顔は露わになった左半身の胸にあったのだ。


 慌てた言葉と共に吐き出された吐息が白く柔らかい素肌に当たる。フィアは、真っ赤になって悲鳴をあげた。


「いやーーーーーーっ!」

 当然のごとく放たれる竜巻に翻弄されながら、こんな悲鳴なら毎日でもいいな、と思う直時だった。




「フィアが完治したところで、そろそろ片を付けようか。ルーシ帝国の奴等…許さん」

 フィア負傷への恐慌が完治により収まった直時だが、その原因に改めて沸々と怒りが湧いていた。ドゥンクルハイトにも最低限の治癒(傷口の血止め)をして影に放り込んだだけだし心配だ。不穏な低い声音にエルフの戒めが飛ぶ。今にも弾けそうな直時だったが、フィアの声に自然と心が落ち着いた。


「あの神器、射程が長いから接近戦は駄目! この間の『氷塊』は?」

「水を集めるのに時間は掛かるだろうけど大丈夫」

 フィアが氷塊を砲弾に遠距離へ放っていた事を思い出させた。


 肯いた直時は魔法陣を編む。周囲の空気中の水分が凝縮、冷凍される。直径1メートルを超える氷の塊が生成された。風の精霊術でそれを拾う。


「偉そうな神器使いの周囲にも兵が集まってるな。何発か同時に叩きこんでやろうか?」

「神器使いだけ狙えば良いわ。あいつを倒せば残りは撤退するでしょう」

「…撤退させるの?」

 直時は不満そうだ。後から後から湧いてくる感情が、全滅させろと言っている。


「魔狼の側に神器使いを倒す相手が付いたと報告させる者が必要よ。それにアイツを片付けたら隠れた奴を探さないと」

「影櫃使いか…」

 ミソラのこともあり二重の恨みがある。奴だけは逃がすことが出来ない。


 フィアの諌言を受け入れた直時は、空中に保持した氷塊に風で加速を与えた。直進性を維持するためにも横方向への回転運動も付加している。

 放たれた氷の巨弾は狙い違わず炎剣を持つ騎士へと向かう。紅い閃光。次の瞬間、氷弾は両断され爆発的な水蒸気と共に消えた。


「あー。凄いですねー神器使い。やっぱ本気でいかないと駄目っぽいですねー。フィアさん、広域無差別攻撃になりますが許可願います」

 鬱陶しそうな、ふざけたような声。しかし、その目には怒りが色濃く現れている。

 氷弾を叩き落とした神器使いが直時を罵倒したのだ。声など届かない距離だが、探知強化で鋭敏化した知覚と風の精霊に届けさせた台詞が彼の怒りに油を注いだ。


 曰く、「遠くから氷を投げる臆病者め。エルフに頼らねば攻撃もままならんようだな―」だそうだ。影櫃使いに匿われていた奴に言われたくない直時である。


「……好きにしなさい」

 同時に風で聞いていたフィアは、直時の消失した左手に目を遣り答えた。この莫迦が見せた必死な顔。無くなってしまった左手。炎の神器使いの言う様では、打算でフィアを助けたように聞こえる。怒りが直時への攻撃許可を出した。

 フィアは元通りに癒えた自分の左腕を右腕でそっと抱く。


「空中だからね。モコちゃんとモヤ君は今回お休みしてなさいね。風のヒーちゃん、水のプルちゃん出番だよー?」

 言葉はふざけているが、直時の背からは怒りのオーラが黒々と揺れている。フィアの複雑な様子に気付いた様子はない。


 急激な上昇気流を作り出した直時は、同時に空気中は元より地上の水分も吸い集める。高空で水分が氷結する手間を氷結の魔法陣で補う。頭上に大きな積乱雲を作り出した。雲の中では凍った水が氷となって乱気流に翻弄されぶつかり合った。

 瞬く間に育つ雲。夏空に在る真っ白なそれとは違い黒々としている。内部では激しい上昇気流と下降気流でぶつかり合って揉まれた氷塊がある現象を引き起こす。静電気が蓄積され、雲中に光が閃いた。雷光である。空中の電荷は今にも溢れ出しそうなほどだ。


「偉そうにしやがって…。フィアを傷付けた代償、払ってもらうぞ! 大層な鎧着てる莫迦共に災いあれ!」

 直時が神器使いの頭上に降らせたのは最弱の雷系攻撃魔術。殺傷力は低く、一時的に麻痺させる程度の魔術である。上空から下への攻撃で射程距離は自然と長くなる。


「なんだ? こんなしょっぱい攻撃魔術なぞ何発もらおうとどうということはない!」

 国の保護の下、高価な魔具も与えられている神器使いである。各属性に耐性を持つ魔石もひとつやふたつではない。雷撃耐性魔石も鎧に埋め込まれている。何発か食らったが、ピリッとする程度だった。周囲の兵達もこの程度の雷撃で膝を突く者は皆無だ。


 上空の敵に嘲笑を返そうとした刹那、天空から光が落ちてきた。目を焼く閃光が彼の最期に見たものだった。英雄、勇者と持て囃されていた神器使いは、自身に何が起きたのか知ることもなく絶命した。

 天と地を繋ぐ太い稲妻は、炎の神器使いを中心にルーシ帝国兵を消し炭へと変えた。他の帯電したルーシ帝国の兵達へも雷蛇の舌は伸びた。一帯を包んだ光と轟音。それが消えた後、逃れ得たのは神器使いから離れた場所にいた革鎧の軽装兵達だけだった。


 炎の神器、炎剣を回収した直時は四方に逃げ散った兵の一人を追った。絶対に逃すことが出来ない相手である。

 空から舞い降りた黒髪の精霊術師。小柄な体躯からは怒りと殺気が濃密に立ち昇っている。逃げていた兵士は武器を放り出し、竦み、命乞いをはじめた。無言で近寄った直時は、彼の身を掠めるようにして渾身の拳を地面に放った。


「ここだぁっ!」

 右拳が肘まで地面に沈んだ。いや、ルーシ兵の影に沈んだのだ。


 一本釣りのように空中に放り上げられたのは、驚いた顔の痩身の男だった。




更新開けたくなかったので必死で書きました^^;

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