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護るべきモノ



 直時達を乗せた空中騎兵母艦『龍驤りゅうじょう』は、無事黒影海へと抜けた。クニクラドから受けた警告に、黒影海で争い事は御法度とあった。棲む神獣の怒りを買うそうなので、マルマライ海峡を抜けた時点でフィアは竜巻をおさめた。

 今、龍驤は穏やかな海面を静かに進んでいた。それまでの緊張感が嘘の様で、乗客全員が広い甲板上で身体を伸ばしている。


「修理した部分に異状は無い。お前さんが船をぶん回すもんだから心配したが、これなら大丈夫だろう。荒れた海では判らんが、嵐の時にはまた見に来てやる」

 艦首で操艦を続ける直時の横に並んだのは、船大工であるクベーラだ。腕を組んで前方の海面を眺めている。


「有難うございます。ご面倒をおかけします」

「礼はもういい。儂もこんなゴツイ船を触ることが出来て楽しい。それにしても変わった船だ。普人族も面白いモノを作ったものだな」

「試作艦だと言ってましたから、色々と実験段階なんじゃないですか? 広い甲板も騎獣に滑走が必要だからって訳じゃないみたいですし…」

「ほう。つまりは翼を広げる空間がこの甲板か。しかし帆が無いと巡航はきついだろう?」

「帆走を主にすれば甲板に大きな帆柱が必要になりますし、騎獣の発着に気流が乱れるのを嫌ったのではないですかね? そもそも邪魔ですしね」

「しかし補帆柱まで取っ払っては……」

「風に煽られ難いように……」

「船の重心が高く………」

「代案ですけど…………」

 直時とクベーラは技術的な考察を始め、会話の断片だけで溜息を吐いた女性陣は別の輪を作っていた。


「じゃあイリキア王国とリッタイト帝国の軍隊を退けたのは、やっぱりフィア様なのですね?」

「船の外で魔力が荒れ狂っていたのを感じましたっ! 凄かったですっ」

「大きな氷を竜巻で操っておられたそうですが、何処からそれ程の氷を?」

 フィアの周囲に集まっているのは、娼館から助けたものの行き場が無く残った娘達である。マーシャに懐いていたことも大きい。


 小柄で大きな目をクリクリさせ、フィアに尊敬の目を向けているのは鼠人族そじんぞくの一種族、栗鼠族の娘である。彼女の名はクッカ・カッカ。小さな耳と大きくふさふさした尾を持ち、ふっくらとした頬はプニプニで柔らかそうだ。

 フィアの魔力に大興奮し、尾を激しく振っているのは犬人族いぬひとぞくの娘だ。丸みを帯びた大きな耳が髪の間からのぞいている。リノ・レオールと名乗った。結構鋭い犬歯の持ち主である。

 二人に較べ、冷静に見える娘はマルグリット・ブロムダール。通称マギ。熊人族ゆうじんぞくだ。灰熊人という同族の中でも魔力による肉体強化を得意とする種族である。大柄だが過度に逞しい体格では無い。マーシャ曰く、無愛想に見えるだけ。


「あらあら、フィア様、タダトキに較べてエライ人気だわー」

 マリーを抱いたマーシャが離れたところで眺めていた。若い娘達のかまびすしい

様子に苦笑いしている。フィアがその勢いに圧倒され、浮かべた笑顔が強張っていた。


「タダトキも頑張ってるよ?」

 隣のエマがマーシャの顔を見た。普段は直時に噛み付いてばかりいるが、彼がぞんざいに扱われるのは何だか気に入らない。


「まぁ、あの達はアタシらとは事情が違うからねぇ。もう少し掛かるだろうさ」

 結果的に逃げられたがマリーを産むほど普人族に恋したマーシャ、拉致され虐待されてはいたが、客を取らされる前に保護されたエマ。赤子のマリーは勿論だが、彼女達に直時への忌避感はもう無い。マリーをあやしたり、エマの耳を撫でたりと彼の素顔に接していたことが大きい。だが、他の3人は未だ態度が固かった。


 3人の娘達も助けてもらった恩は皆が感じている。日々少しずつ打ち解けて来ている。それでも娼館での経験が、普人族の男性と認識している直時へ最後の一歩を踏み出せないまま遠ざけていた。フィアへの過度な憧憬はその反動なのかもしれない。


「イリキアが足を止めたのは、タダトキの牽制もあったのよ? 船の外に感じた魔力はそれもあると思うし…。あの氷は人魔術よ。タダトキが作ったのを利用したの」

 丁寧に答えを返すフィア。自分だけでなく直時の活躍も伝える。


 皆も直時が只の精霊術師で無いことは重々承知である。全員が治癒術を受けた。島では土の精霊術であっという間に住居や設備を作り上げた。普段も風の精霊術で飛ぶ姿、水の精霊術で自在に泳ぎ漁をする姿(フンドシ一丁で槍に獲物を刺している)を見ている。

 しかし、それらの様子はあまりに生活的であり戦う姿とは程遠い。彼女達も魔力量なら普人族を上回るし、それが必ずしも戦闘に長けている訳でないことも知っている。

 今回の危険があった時は艦内に避難していたため、直時の人魔術や精霊術を目の当たりにしていない。今も巨艦をひとりで操っていることに驚嘆を感じるが、師匠として精霊術の指導をするフィアには敵わないだろうと決めつけていた。


 彼女達の中では直時への感謝と普人族への反感が複雑に絡み合い、冷静な判断を下すことを妨げていた。その潜在的な力への恐怖と、普人族に追われる身であるという同情、妖精族や竜人族、獣人族である自分達への接し方、果ては神々とまで面識があるという直時に、頼りながらも警戒を解けないでいたのだ。




「そう言えば人魚族の人達は?」

 直時の背に声が掛かる。娘達の輪からフィアが逃げてきた。


「黒影海の神獣様に御挨拶してくるって言ってたよ」

「そっか。で、新居にはいつ頃着きそうなの?」

「このままの調子なら明日の朝くらいかな。錨泊するには深くて錨が届かないし、目的地まで直行するよ。ちょっとしんどいけど3日までなら徹夜も大丈夫だ」

「あまり無理しないでね。少しくらいなら私も交代できるから」

「(私にもお任せ下さい!)」

 フィアとブランドゥが申し出る。二人共風の精霊術を得意としているが、水の精霊術も使える。


「助かるよ。じゃあ、早速で悪いけど少し頼む。もう限界っ!」

 脂汗を垂らしていた直時が艦内へと走り去った。『手洗い』と書かれた小さな個室で安堵の吐息を漏らしていたのは言うまでもない。




 その後の航海は何事もなく過ぎ、穏やかな海面も相まって翌朝夜明け頃には黒影海の北岸を見ることが出来た。

 東の空から登る暁に染まった彼等の新しい家。住居こそ少ないが、立派な港や岩山の砦は『集落』というより、『町』と言えた。直時、フィア、ブランドゥ以外の初めて目にした者達はその佇まいに目を見張った。巨大地下都市に住むクベーラも港湾施設の出来に感嘆している。


「俺達の『家』だ」

 一緒に暮らすことになる皆と眺めることで、築いている時には感じなかった熱いものが直時にこみ上げた。万感の想いがこもった呟きは、フィア達よりむしろ寄る辺のないマーシャ達に共感を与えた。




 接岸した龍驤から降り立った皆を迎えたのは、誰あろうヲン爺だった。到着を見越して来てくれたようだ。


「先ずは、無事の御到着をおめでとうございます。はて、この場合何と言ってお出迎えいたしましょうかのう?」

「有難う、ヲンさん。じゃあ、『おかえりなさい』で、お願いします」

「ホッホッホ。承知致しました。皆様、おかえりなさいませ」

「―ただいま」

 リクエストにヲンが柔和な顔で言う。直時がその言葉を噛み締めた後、言葉を返した。それにフィアとブランドゥが続き、マーシャやエマ、他の娘達も同じように返す。


 それからは大騒ぎであった。龍驤から荷物を運び出し、あてがわれた新居へと次々に運び込む。住居は12棟建てられていたが、半分は暗護の城から警護に来てくれている者達の宿舎として既に使用され、未使用の住居に他の者が入ることになった。

 マーシャ親子とエマが一軒、クッカ、リノ、マギにも一軒ずつ用意されていた。どの家も一階にリビング、ダイニング、キッチン、浴室、トイレ、洗面所。二階に6畳間が3室という作りである。画一的な作りであるが、直時は追々それぞれの要望でリフォームをする予定だった。

 マーシャ達は3人だが、一人にあてがわれるにしては広すぎる一軒家に他の娘達は戸惑っている様子である。


「タダトキ達はどの家に住むんだい?」

 手早く荷物を運び終えたマーシャがマリーを抱いたまま訊ねる。エマは新居の探検中である。


「ああ。俺は隣の岩山の砦だよ。見張りも楽だし、ブランドゥは頂上のすぐ下に寝床作ったし、何より向こうは建設中だからね」

 港に隣接する広場と住居から少し離れた岩山を指す。遠くはないが近くもない。近所の裏山といったところだろうか?


「家はまだ空いてるんだから、こっちで住めば良いのに」

「通いでも問題無いんだけどね。やっぱり俺が近くにいると気を使うだろ?」

 エマ同様、自宅を探検して全部の窓からの眺めを確認している他の獣人族の達に目を向ける直時。


「アンタが気を使ってどうするのさ? こっちで良いじゃない。エマもその方が喜ぶわさ。マリーの世話も頼みやすいし」

「エマちゃんにはすげー威嚇されてるんだけど。マリーちゃんの世話なら頼まれなくてもやりたいくらいだからいつでも声掛けてよ。フィアもマリーちゃんが好きみたいだし、隣に入ってもらおうか?」

「何言ってるの? 私も砦の方に住むわよ? あっちの方が良い風が吹いてるし、部屋はたくさん作ってるんだから問題ないでしょ! でも、マリーちゃんの優先権は私にあるからね」

 直時の予定を拒否したフィアが更に都合の良いことまで言っている。


「いやいやいや。一応俺達はここの責任者じゃないか。適材適所で言えば慕われてるフィアが皆の傍にいてくれないと!」

「それならタダトキこそ一番の責任者でしょうがっ? 龍驤だってアンタがいなけりゃ動かせないし!」

「フィア様の言う通りだよ。アタシ達はタダトキに救われてついて来たんだから! それにエマもマリーも間違いなくアンタを慕ってるわさ」

 それぞれの言い分にはそれぞれの思惑がある。本音と建前が混ざり合って混沌とした言い合いに発展しそうになった頃、ヲン爺が血相を変えて駆け寄ってきた。


 常のおっとりした様子からは考えられないような焦った様子である。何事かと諍いを中断した直時はヲン爺の言葉に血の気を失った。


「魔狼の仔達が暗護の城から姿を消しました! ドゥンクルハイト達の身に何かあったようです!」




 ヲン爺からの説明を手短に聞いた後、直時は即座に空へ翔んだ。マーシャ達の警護には暗護の城から精鋭を派遣してもらうことを頼み込んだ。ブランドゥも守護を請け負った。


「焦らないで! そろそろ会合できるはずだから!」

 急ぐ直時を諌めるのは隣を飛ぶフィアである。彼女は直時の単独行を許さなかった。

 ハティとホルケウの魔狼姉弟が飛び出した暗護の城は黒影海の東岸の内陸に位置する。彼等の郷は北のルーシ帝国内だ。空を飛ぶ直時達と地を走る魔狼達、彼我の移動速度なら必ず途中で捕捉できるはずだ。


「見つけた! 足を止め…て……」

 探していた魔狼の姿は2つ。しかし、直時の眼下には3つの黒い点があった。


―キューン

 悲しげに鳴くホルケウの傍に舞い降りる直時とフィア。座っては鳴き、歩きまわるホルケウの中心には動かない若魔狼を舐め続けるハティの姿があった。


(酷い…。全身火傷だらけだ。右前脚も無い…)

 言葉も無い直時。若い魔狼が息絶えて横たわっている。火傷などという形容も生温い。炭化している傷さえある。


「ハティさん…。もしかして?」

「(そう。兄の『スコル』よ。貴方と言葉を交わすことは出来なかったわね)」

 二度と開くことはないだろう瞼を舐めていた姉魔狼のハティが答えた。


「それは、もしかして神器っ?」

 フィアがスコルの口にある輝きを認めて小さく叫ぶ。直時にも見覚えがある。かつて、リメレンの泉で水の神霊ヴィルヘルミーネからドゥンクルハイトに授けられた『水霊ミズチの珠』である。


「(タダトキもいたわね。ホルケウが加護を授かった時父が頂いた神器…。これが此処にあるということはもう……。タダトキ、これをホルケウの首に掛けてやってくれないかしら?)」

 振り返るハティに無言で頷く直時。目を瞑り両手を合わせた後、スコルの口から銀鎖のついた蒼い珠を手に取る。

 所々赤黒い染みの付いた神器を項垂れているホルケウの首に掛ける。一瞬の煌き。神器は新たな主としてホルケウを認めたようだ。その様子に小さく肯くハティ。


「(魔狼の血の絆。見せてやらなければならない。ホルケウ、覚悟は良い?)」

 地の底から響くような唸り。ハティに呼応するホルケウ。愛らしさは鳴りを潜め猛々しい唸り声を上げる。


―アォーーーーンッ!

 咆哮を放った2頭は放たれた矢のように駈け出した。


「ハティさん! ホルケウ! くそっ、早い!」

「タダトキっ! 止めてっ!」

 すぐに直時達も後を追う。


「ハティさん! 止まって! 突っ込まないで!」

 魔力を漲らせた黒い弾丸は聞く耳を持たない。怒りに我を忘れている。真っ赤になった目は直時を写してはいない。


「このままじゃ危険よ。私達で先行しましょう!」

 フィアに同意した直時は飛行速度を上げ、慟哭し疾走する魔狼姉弟を後に黒狼達の郷へと飛んだ。




「…ひでぇ」

 辛うじて出た言葉が全てを物語っていた。魔狼達の棲み家、北の大地、永久凍土と針葉樹の巨木の森は焼き払われていた。

 氷の大地は泥濘となり、魔狼達の焼けた遺骸だけでなく、ルーシ帝国の者であろう兵達の死体も無数に散らばっている。


 直時とフィアが探査の風を放つ。ただひとつ確認できた命があった。人種ではない猛々しさ。魔狼の生き残りだろう。しかし、感じる魔力はか細く弱々しい。

 急行した二人が見たのは四肢を無くした黒い巨体、黒狼族の長、ドゥンクルハイトの姿だった。


「良かった! 生きてたんですね!」

 荒く浅い息を吐くドゥンクルハイトに駆け寄る直時。今なら精霊術で治癒を施すことが出来る。ホルケウに会わせることが出来る! 他に息のある存在を感知し得なかったことが油断を招いた。


「(逃げろおっ!)」

 瀕死のドゥンクルハイトが叫んだ。訳が分からず立ち竦む直時に、魔狼の巨体の影から紅の光が襲い掛かる。


「避けて! 莫迦っ!」

 隣のフィアに突き飛ばされ泥と氷の大地に突っ伏す。通りすぎる熱波。


 そして一番聞きたく無いものが直時の耳に届いた。フィアの悲鳴だった。




書きながら鬱になりましたが、本編進めるために!

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