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新居への門出

主人公が居る話の方が進み難い…。空母出航。



 イリキア王国とリッタイト帝国の間に広がる翠玉海。無数の群島が浮かび、その中のひとつに直時達の隠れ家があった。

 ヴァロア王国から譲り受けた試作軍船である空中騎兵母艦『ベアルン』は、その巨体を砂浜にある船渠ドックに収め、補修部の最終チェックを受けていた。


「クベーラさん、どんなもんですか?」

 船体を木槌や拳で叩いている大きな人影へと、直時が声を掛けた。


「跳ねも反りも問題ない。割れも無い。接合部の樹脂との相性も良い。いつでも出航出来る」

 振り返り、下を向いてむっつりと答えたのは鬼人族。名をクベーラ・オモノといった。2メートル半はある身長に、傍にいる直時が余計に小さく見える。頭頂と額の間からは太い一本の角が生えていた。クニクラドに頼んで派遣してもらった無骨な船大工である。

 地中にある『暗護の城』に船大工とは不思議だが、地底湖での漁に必要な船は彼等が作っているそうだ。


 直時の知る軍艦は鋼鉄製であり、その補修となれば途方に暮れただろうが、この世界の船は軍船といえども主な材質は木造であった。修理は簡単に済むと考えていたが、クニクラドが寄越したこの鬼人族は厳しい答えを返してきた。

 木材は木の種類、粗密、木目や乾燥具合等の吟味が不可欠とのことだった。破損部の周囲の強度とのバランスもあり、安易な材料調達は出来ないとのこと。彼が肯く材木を探すことにかなりの時間を割かねばならなかったのである。


「良かった! これで引越しが出来ます。有難うございます、お世話になりました」

 気難しいクベーラから太鼓判を押されたことで、滞っていた予定を進める事が出来る。直時は嬉しそうに鬼人族の船大工へ礼を述べた。


「航海には儂も同行する。海を走って見ねば判らん部分もある」

「良いんですか?」

「儂の仕事でこれほど大きい船は初めてだ。最後まで見届けねばならん」

 船全体を眺め回したクベーラが腕を組んで答えた。職人としての責務だと考えているようだ。直時は再び礼を言い、頭を下げた。




 出航が近い事をフィアやマーシャ達へと告げ、引越しの準備を促した直時は、ブランドゥを伴って引越し先の黒影海北岸へと飛んだ。久し振りの遠距離飛行に嬉しそうな白烏竜である。元の飛翔力に加え、直時の刻印により精霊術(風と水)を会得した彼は、前にも増した速度での飛行が出来るようになっていた。

 翠玉海の島々を飛び越し、マルマライ海峡上空を抜けて黒影海へと入る。眼下の海は翠玉海の鮮やかな色とは違い、深い藍色に染まっている。高空から見下ろす海面は、穏やかで鏡のようであった。


 北上する二人の眼下に岸辺が見えてきた。近くに町も村も無く、街道すら通っていないが、明らかに人工物と思しき物が見える。海へと伸びる石造りの突堤。陸地を削った港。石畳の広場があり、周囲には幾つかの住居も構えられている。近くの岩山にも人の手が加えられており、頂上が平らに整地され、山腹にはいくつもの出入口や窓、テラスが作られていた。

 直時は空母が修理される間、漫然と過ごしていた訳ではない。島と新居予定地、暗護の城とティサロニキを往復し、移り住む準備や必要物資の入手、購入資金を稼ぐための冒険者活動と、忙しない毎日を送っていたのである。クニクラドには遠慮せず望むものを言えと強要されていたが、流石に何でもかんでも要求する図太さは持ち合わせていない。


「やっと我が家が見えてきた。ブランドゥ、いつものように空からの見張りを頼む。俺は作業を続ける。休む時は念話で伝えてくれ」

「(了解です。その時は屋上を使っても良いですか?)」

「今日はそっちを触る予定はないから自由に使って良いよ」

 嬉しそうな念を伝えたブランドゥは翼を翻し、空に大きく弧を描いた。直時は高度を下げ、港前の広場へと舞い降りる。


「タダトキ殿、こちらは何事も無く平穏で御座いましたよ」

「ヲンさん、来てくれてたんですか? お忙しい中、申し訳ないです」

 建物のひとつからフードを纏った小柄な人影が出てきた。暗護の城にいるはずの魔人族ヲン爺である。クニクラドには建設途中だった集落の警備をお願いしたのだが、誰かと交代でヲンが様子を見に来たようだ。


「なんの。タダトキ殿が手伝ってくれる御陰おかげで暗護の城の増築も進んでおりまする。それこそ神器使いと変わらぬ御活躍で我々も助かっておりますからのう」

「恐縮です。クニクラド様には甘えてばかりですから、そう言って頂けると嬉しいです」

 照れる直時を好ましい目で見るヲン爺。増築された空間には既に何種族か生活を始めていた。直時の手掛けた地下空間には、記念としてそれぞれ埴輪や謎の石像が置かれ、ちょっとした人気の見物処となっていたりする。


「ああ、そうだ。船の修理が無事終わりまして、やっと引越し出来ることになりました。クベーラさんの丁寧な仕事で船も完璧です。暗護の城の皆さんにおかれましては、本当に有難うございました。それで、今日は港の仕上げに足を運んだ次第です」

「それは宜しゅう御座いました。狭い暗護の城で不自由をさせてしまいましたが、魔狼の仔達もようやく広い地を駆けることが出来ますな」

 姉のハティはともかく、仔魔狼のホルケウはそろそろ我慢出来ないようで、訪問しても不機嫌だったり元気が無い時が多くなっていた。新居の受け入れ態勢が調ってからと決めてはいたが、毛並みから艶が褪せていく様子に直時も気が気で無かったのである。


 気合を入れなおした彼は、港入り口の水深確認、港湾施設と船渠を手早く済ませた後、魔狼達のねぐらとなる岩山麓の洞窟の補強等、土の精霊術を全開にして作業を進めていった。




 数日後の早朝。出航の時が来た。狐人族のマーシャ、普人族との間にできた娘のマリー、同族のエマと他3人の獣人族の娘達。船大工として仕事の確認をするべく乗船した鬼人族クベーラ。そして黒髪の精霊術師こと日比野直時と晴嵐の魔女こと森エルフのフィリスティア・メイ・ファーンを全乗組員として、その時を待っていた。

 島に作った施設はそのままに、各自の荷物は全て船に積みこんである。今後、島自体は直時達が冒険者として活動する上で、隠れ家のひとつとして使用することに決まっていた。交友を持った人魚族の地上施設としての利用も遠慮せずと伝えてある。


船渠ドック内、海水注入開始」

 直時が宣言し、土の精霊術で海とのトンネルが開けられる。たちまち船渠内に海水が満ちて船体を浮き上がらせた。


(船内喫水線下異常無し。浸水も軋みも無い)

 修理箇所を点検していたクベーラから念話が届く。


「じゃあ行こう!」

「ちょっと待ちなさい。タダトキ、この船の名前はどうするの?」

「『ベアルン』のままじゃ駄目か?」

「ヴァロア王国船籍のままになっちゃうでしょ? 旗も新調したんだし、船名も新しく付けてあげなくちゃ」

 艦橋ではなく甲板上、船首に立っていた直時へフィアが言う。因みに艦尾に掲げた旗は白地に5弁の桜花。白地に薄桃色では目立たないため花の輪郭を紅色でなぞってある。


「名前か…。ブランドゥの母艦になるのだし、竜は入れたいな」

 白烏竜は種族名になるし、縮めて白竜にしようとしたら同名の竜種がいるとのこと。


「ヒリュウ―いや、小振りだしリュウジョウ…。うん、『龍驤リュウジョウ』にしよう!」

 当然だが、竜を意味する言葉自体がアースフィアと日本では異なる。ある程度の知識を転写で得たフィアもこの言葉の意味までは判らない。興味を持って直時に問う。


「竜が躍り上がって天に向かって宙を翔け登るって意味の言葉だったと思う」

 うろ覚えだったが、直時はかつて『竜宮城』からの連想で何となく龍の住処だと勘違いしていたことを思い出す。後に調べ直したから間違いはない。


龍驤りゅうじょうね。うん、良い響き。じゃあタダトキ艦長、龍驤の船出ふなでを」

「おう! もやいを解けぇっ。船渠開門っ。龍驤出航! 微速前進」

 気分を盛り上げるため命令を発したが、風の精霊術で舫い綱を解いたのも、船渠の石門を土の精霊術で地へと返したのも直時自身である。マーシャ達はポカンと口を開け、フィアは苦笑している。


(了解。リュウジョウ出航。微速前進)

 皆の反応の悪さに落胆する直時へ、クベーラが念話で復唱を返した。彼の心遣いに思わず涙しそうになる。

 気を取り直した直時は艦首喫水下にある水流取り入れ口へと海水を少しずつ静かに流した。


 空中騎兵母艦『龍驤』はその日、海原へと乗り出した。




 翠玉海の島々を縫って、順調に北上する龍驤。空には白烏竜ブランドゥが哨戒し、見送りと護衛に人魚族の戦士数人が海獣を伴って並走していた。

 直時は変わらずに甲板上、船首先で腰を下ろしている。表情には余裕が無い。独りで巨船を操艦、航行させているからである。航路も商船が通る一般航路ではない。目立たないよう島影に沿っているため浅瀬や環礁、岩礁も多い。人魚族の先導が在るとはいえ、危険な航海だった。

 直時は、水の精霊と同調し、海底の地形を読み取りつつ海流を掴み航路を調整。風に煽られないよう船周囲の気流を操り、船体の姿勢を安定させている。水と風の精霊術に大きく魔力を注ぎつつ、細やかな制御までをやってのけていた。フィアによる精霊術指導の賜物である。


「大丈夫? 疲れたのなら船を止めて休憩にしても良いのよ?」

「問題無い。風、水、闇、土と4種の精霊術の同時行使の訓練に較べたら、魔力消費が多いだけで気疲れはしていないよ」

「なら良いけど―。無理は絶対に駄目よ? マリーちゃんや、エマちゃんも乗ってるんだからね!」

 他人の身をも預かっていることを忘れないようフィアが戒めた。


「判った。有難う。昼食は錨を下ろしてゆっくりと摂るよ。皆の様子は?」

 直時の答えに満足したフィアは、見回ってきた他の者の様子を続けて話す。


 クベーラは船体のチェックに余念が無い。マーシャはマリーをエマに預けて、他の娘達と厨房で食事の用意をしていた。ブランドゥは一度甲板で休んだだけで再び空の上。人魚族の護衛は海上に2名、海面下に2名でついてきているとのことだった。

 直時の初操艦ということもあり、思ったより船を進めることは出来ず、この日の航海は日の沈む前に錨泊することになった。


「ヒルダさんやミケさん達、上手くやってくれてるかなぁ?」

 皆との夕食後、甲板で星空を肴に果実酒を飲んでいた直時が、隣のフィアへと呟いた。渋味と酸味の中に僅かな甘みのある濃い紫色の果実酒である。


「リッテの置き土産は嘘だと判ったから良かったじゃない。シーイス公国は今のところ戦争には巻き込まれていないし」

 ヒルダからの連絡では西方諸国で不穏な空気が燻っている。それでもカール帝国の同盟国だが小国であり、一番の敵国である隣国は現在動き難いヴァロア王国。列強各国は海軍を中心に動いており、内陸のシーイス公国は比較的安心ではある。


「こっちが落ち着いたらクニクラド様に頼んでシーイスに通路を繋げて貰いましょ?」

「そうするか。どっちにしろこんな遠くで心配したってどうしようもないもんな」

 ヒルダが聞けば、心配なのはこちらの方だと言うだろう。


「向こうに行った時はリシュナンテに仕返しすることにして、先ずは目先のことをこなしていくしか無いわな。よし! 明日に備えて俺は寝る!」

「そうね。そうしなさい。お休み」

 フィアを甲板に残して直時は船室へと帰る。フィアが見るに、多少肩に力が入っているが良い傾向だと思う。夜の警戒当直は自分と人魚族で引き受けることにして、直時の後ろ姿を見送った。




 翌日、直時が操艦に幾分慣れたため、快調な船出となった。天気も快晴。海も風も穏やかだ。帆走するには風が弱かったが、精霊術で自力航行する龍驤には逆に安定した気候であった。

 翠玉海と黒影海を繋ぐマルマライ海峡。この海峡はイリキア王国とリッタイト帝国の境界でもある。水平線に見えて来た陸地。西の彼方にはイリキア王国、東都ティサロニキの港も望見できた。


(海峡前に軍船多数。数は32隻。イリキア王国と思われます)

 上空のブランドゥから警告の念話が届く。


「最近はティサロニキの街中でも追い回されることが無くなってきてたから油断してたな」

(ブランドゥ! 空中騎兵はどうだ? 接近してくるようなら龍驤直上、低高度に戻るか、いっそ高空で待機しろ)

 直時は独り言した後、ブランドゥへと指示を放つ。王家の傍流で隠密働きをしていたダレオス。その長男であるクーロイが、直時の情報をイリキア王国に渡したことは判っていた。一時期追い回されたが、国の対応方針がブレたのか後の冒険者活動に支障が出る程の干渉は無くなっていた。


(空中騎兵3編隊。4騎編成で合計12騎。騎種は翼獅子)

 追加報告が届く。蝙蝠のような皮翼を持った獅子の飛行魔獣である。野生種はかなりの獰猛さを持つが、幼獣の時から手懐ければ人種にも馴れる。速度は無いが、機動性、攻撃力は折り紙つきである。


「総員艦内に待機。大丈夫。誰にも指一本触れさせない!」

 声を風に乗せ、居住区の艦中央部分にあたる厨房へと皆を誘導させる。甲板上にフィアが姿を現し、直時の隣に並んだ。二人の上を大きな影が高速で横切る。低空に下りてきたブランドゥだ。


「接近される前に、俺が行って話を聞いてこよう」

「タダトキは龍驤を離れないで。私でも動かせなくは無いけど、流石に魔力量が追いつかないわ。用向きは私が聞いてくる」

 飛び出そうとする直時を抑えたフィアが宙へと舞った。


(ブランドゥ! フィアの護衛を頼む!)

 叫ぶような念話に答えたブランドゥが、四翼を羽ばたかせエルフの後を追った。


「人魚族の皆さん。戦闘になるかもしれません。退避して下さい」

「それは出来ませんな、タダトキ殿。ネレウス様が許されても、我ら人魚族の姫君に無礼を働いたイリキア王国に背を見せることは我ら自身が許しません」

 護衛の中で年嵩の男性が厳しい声で答えた。人魚族の戦士達は、むしろ龍驤とイリキア軍船との間に割って入るように陣を組んだ。直時に彼等を従わせるよしは無かった。


 溜息を吐いた直時は、龍驤周辺の気流を乱す。不規則に変化する強風は、空中騎兵の接近を容易に許さない筈だ。

 続いて攻撃魔術の試射を行う。改造人魔術『水塊』に冷却回路を付加、『氷塊』と為す。投擲する回路は逆に削除。生成した1トンの氷塊を風の精霊術で砲弾にして飛ばす。軌道を安定させるために高速で螺旋運動を追加。弾かれた氷の巨弾は空に放物線を描いて海面に着弾。大きな水柱を上げた。


 力加減と飛距離を確かめるため試射を繰り返していた直時だったが、前面に陣取る人魚族達が向ける驚愕の視線に気付く。


「え? 何?」

 彼等の視線に込められた意味が判らず、訊ねた直時に答えは返ってこなかった。放たれた十数個の氷塊は、全てが1000メートル以上先で水柱を上げていた。彼等の知る攻撃人魔術はおろか、精霊術の射程をすら大幅に超えていたのである。




 直時の魔術試射はイリキア王国軍に大きな衝撃を与えた。今まで経験したこともない遠距離からの攻撃を目の当たりにしたのである。接近しようとしていた軍船団も、空中騎兵の編隊も足を止めた。遠方に見えるたった一隻の船が、喩えようもなく大きな姿となってのしかかって見えたのだ。


「人魔術と精霊術の合わせ技かぁ。新発想ね。私も試してみようかしら」

 直時の突拍子も無い行動に馴れてきているフィアは、驚きよりも感心が強かった。


「でも良い牽制になったわね。効き過ぎたかもしれないけど、これでいきなり攻撃してくる莫迦はいないでしょう。ブランドゥ! 心配は減ったけど、油断はしちゃ駄目よ? 護りの風は常に纏っておきなさい!」

 横に並ぶ白烏竜はフィアの言葉に肯いた。


「さてと…。旗艦はどれかしら? とりあえず先頭から当たってみようかしらね」

 呟いたフィアは高度を下げようとした。


「(フィア! 何かいます!)」

 ブランドゥの警告と同時にフィアも感知する。海面に吹く風の流れがおかしい。イリキア王国艦隊へと向かうフィア達の右手から、多数の引き波が見えた。


「海中? 否! 『幻景』?」

 途端に姿を現す船の群れ。隠蔽系人魔術をかなぐり捨てたのは、どれも中型から小型の船である。しかし、どれも動きが早い。


 小刻みに進路を変えながら、それらの船はイリキア艦隊へと襲い掛かった。それはまるで巨鯨に群れをなして襲いかかる鯱のようだ。至近で放たれる攻撃魔術にイリキアの大型軍船数隻が傾いた。


「あれはもしかしてリッタイト帝国軍? ブランドゥ、龍驤に戻るわよ! 戦争に巻き込まれるなんてとんでもないわ」

 身を翻したフィアとブランドゥは大急ぎで直時達の許へと戻る。


 フィア達が龍驤へと帰還した頃、戦況は変化を見せる。


 マルマライ海峡へと真っ直ぐ北上していた龍驤の左舷側から接近したイリキア王国軍は、注意を直時達に向けるあまり、本来の敵国であるリッタイト帝国から奇襲を受けた。両国が接するこの海峡に戦力を配置していたのはイリキア王国だ。それがリッタイト帝国側を刺激し、翠玉海マルマライ海峡前での戦闘が勃発してしまった。

 リッタイト側の奇襲から立ち直ったイリキア軍は空中騎兵を突撃させた。速度と機動性に優れる小型船とは言え、空中騎兵のそれには敵わない。小型故に防御も薄い。瞬く間に数隻が海の藻屑となった。

 空中騎兵の攻撃にリッタイト軍は戦術を変更。イリキア軍船の懐に飛び込んで巴戦へと持ち込んだ。味方艦への誤射を恐れた空中騎兵は攻撃を断念し上空へ離脱。旋回しながら隙を窺う。

 対してリッタイト軍も巴戦に持ち込んだは良いが、大きなイリキア軍船にはそれなりの攻撃要員が乗り込んでおり多数の反撃を受けた。至近から喫水線下への攻撃で致命的な被害を与えたリッタイト軍の船は、戦果も虚しく報復攻撃の餌食となり木っ端微塵となって翠玉海へと沈んだ。


 消耗戦の様相を呈した頃、両国から援軍が現れた。共に大型軍船と空中騎兵の姿が見える。巴戦から引き際を計った両軍は、それぞれ援軍方向へと撤退を開始した。戦列を組み直すのだろう。


「途が開いた。両国の再編成は時間掛かるかな?」

「一時的なものだけどすぐには動けないでしょう。本格的な戦闘が再開されたら立ち往生するしかないわね」

「じゃあ、強行突破だな」

 今のところ直時達は敵とも味方とも認識されていないようだ。両国とも手出しはしてきていない。相手の方針が決まる前に逃げ切ることにした直時とフィアは、ブランドゥを収容し、船の周囲に精霊術による不可侵の結界を張ることにした。


「タダトキ、先刻の氷塊をたくさん出せる?」

「いくらでもいけるぞ」

「じゃあお願い。護りの風に混ぜて周囲に纏うわ。守りは私に任せて、タダトキは以後、操艦に集中して」

 首肯した直時の周辺に多数の魔法陣が編まれ氷塊が生み出される。それらは落下する前にフィアの風に拾われて、艦を囲むように現れた竜巻へと吸い込まれた。互いにぶつかり合い恐ろしげな破壊音が轟く。巻き込まれれば一瞬で粉々になるだろう。


「(イリキア王国、リッタイト帝国、両軍に告げる。当方に戦意無し。然れども攻撃には報復をもって臨む。途を遮る事無かれ。まかり通る!)」

 出力を上げた広域念話と風の精霊術により声を届けた直時は、龍驤をマルマライ海峡へと向かわせた。こちらの意思を伝える事だけはしておかなくては、どんな誤解で攻撃されるか判らない。念押しした上での攻撃なら、それ相応の対処をするまでだ。フィアは精霊術による防御に徹している。


 両軍とも進んで地獄の渦へと身を躍らせることは無かった。マルマライ海峡へと進入した龍驤は慎重に、しかし出来るだけの速度で進んだ。両艦隊からの追跡が無いことに胸を撫で下ろしたのも束の間、海峡両岸に陣を敷いたイリキア王国軍とリッタイト帝国軍の姿に息を呑んだ。


「開戦なのか?」

「どちらが先に動いたのか知らないけど、これだけの大軍を動かしたとなると両国とも本気ね」

 ここ数日はティサロニキへと足を運んでいない。だが、戦争の気配すら感じられなかった。彼我の国がどういった理由で争いへと向かうのか…。

 両岸を竜巻で砕きながら進む龍驤。両国の軍から向けられる恐怖に気付かず、直時とフィアは暗澹あんたんたる思いを味わっていた。




オチが無い…。

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