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西方の戦乱

途中、戦争経過はくどいので好きな人以外はスルー推奨。



 シーイス公国の南に位置し、マケディウス王国の商都ロッソと国境を挟んで最も近い町であるリスタル。ヴァロア王国の侵略からの復興を瞬く間に成し遂げ、町は活気に満ちていた。

 それでも破壊されたまま残った住居や店舗が無いわけではない。ギルド付き冒険者であり、隠密調査の依頼が多いミケは、そんな一軒を買取り隠れ家のひとつとして活用している。

 今、その家には『黒剣の竜姫』こと、ヒルダが連れ込まれていた。ギルドで衆目を集めてしまったため、路地裏に入るや闇の精霊術で気配を隠し、更に念を入れ遠回りして尾行を確認した。猫人族の鋭敏な知覚に何者も掛からないことでようやくミケはヒルダをその隠れ家に案内したのである。


「済まないミケ。カール帝国が、というかリシュナンテの奴がまた私達を利用しようとしているようなので、頭に血が昇ってしまっていた。それにしても腹が立つ! あの優男め、次に会ったときにはどうしてくれよう!」

「ヒルダさん、落ち着いて下さい。先ずはタダトキからの伝言の内容を教えてもらえますか?」

 怒りが再燃しそうなヒルダを宥め、ミケは直時とフィアからの急伝の中身を急かした。


「そうだな。端的に言うと―」

「済みません、ヒルダさん。端折らないで全文を翻訳していただけますか?」

 ミケが省略しようとするヒルダを押し止め、素の情報開示を求めた。

 翻訳者の意訳や解釈が情報を歪めることは仕方ないが、まとめる作業までしては余計に歪みが大きくなる。どのような情報が取捨選択されたのかが判らなくなり、情報源としての精度が落ちることを嫌ったためだ。


 ミケの真剣さに負け、急伝の書面を日本語からアースフィアの言葉に丁寧に置き換えて口にしていく。直時から転写された語彙ごいが小学校低学年程度だったため、回りくどい表現になったが、状況を丁寧に把握するには役に立った。


「概要は掴めました。では裏をとりましょう」

「タダトキ達を疑うのか?」

「違います。書状の中にも『確認を求む』とあったでしょう? 何より現場はこちらです。タダトキの危惧にもありましたが、リシュナンテのブラフということもあります。裏取りは大事ですよ? でも、時間はかかりません。こちらも動いていましたからね。情報収集の再確認ということになります」

「……やはり危ないのか?」

 ミケに頭を冷やされることで、逆にヒルダは危機感を募らせることになった。


「タダトキの派手な逃亡劇で沈静化はしていますが、リスタル戦役で公国に見捨てられたとの思いは民の中でくすぶっています。彼に公王家が勲章ひとつ贈らなかったことも不満の原因となっていますね」

「まぁ、タダトキが勲章なぞに価値を感じるかどうかは疑問だがな。後ろにいるカール帝国の面子か?」

「シーイス公王家の面子もでしょうね。リスタルを放棄してノーシュタット前に防衛陣を敷く判断をしたのは公王ですから。しかし、現在のリスタルにおいて弾圧の気配は見受けられません。旧政庁の領主は処罰されましたし、現領主と守備軍と住民の関係も不和とまでは感じられませんし」

「カールの思惑を公王が抑えているのか? どちらにしてもフルヴァッカが滅んだならきな臭くなるな」

「私はこの情報確認をします。それまでヒルダさんはリスタルで待っていてもらえますか?」

「仕方あるまい。折角だ、『高原の癒し水亭』で宿をとるか…。何かあればそちらに伝言を残しておいてくれ」

 落ち着いたヒルダに肯くミケ。ヒルダのように名のある冒険者が滞在することはかなりの牽制になる。直時の心配も彼女が居れば安心だ。ミケはヒルダに耳目が集まることを利用して調査を進めることに決めた。




 ヒルダは、シーイス公国と騎獣契約を交わしている雪竜と接触するため、何度か白乙女山地に足を運んでいた。竜族繋がりで、雪竜の長からシーイスの意図を知るためである。今のところ大した成果は上がっていない。雪竜達は国政に興味は無く、公国もそれを彼等に漏らすことはなかった。

 それとは別にヴァロア王国、カール帝国、マケディウス王国との国境線に近い場所での依頼を重点的に引き受け、冒険者としても忙しなく動いていた。ミケからの要望である。『黒剣の竜姫』がシーイス公国リスタルに居るというアピールである。彼女の派手な活動の影で、ミケの情報収集は続いた。


「タダトキの奴はイリキア王国でも騒ぎを起こしたらしい。近いうちに移住すると連絡が来た」

「あれま、またかよ。いよいよリッタイト帝国以東に?」

 高原の癒し水亭、その食堂の一角でヒルダの酒に付き合っているのはベルツ戦具店の禿親父ブラニー・ベルツである。


「いや、隠れ家が手狭になったから引っ越すだけのようだ。イリキアには密入国するルートを確保したとある。未開拓の土地に居を構えるそうだ」

「魔獣がうろつき回る原野にねぇ。物好きなこったなぁ」

 ヒルダには定期的に連絡がある。続報に無人島の隠れ家から、ルーシ帝国領内に居を移すとあった。それを聞いたブラニーが感心したような声で答えた。


「今のタダトキにとって、一番厄介な相手は普人族国家だからな。保護した獣人族がいるそうだが、フィアとブランドゥが一緒なので問題なかろう」

「『晴嵐の魔女』様とくだんの白烏竜かい? 変わった奴だったが、どんどん普人族離れしてきたな」

 ブラニーの言葉に苦笑いするヒルダ。直時が普人族ではないことを話していないので当然の反応だ。


「ヒルダさーん。今、帰ったニャァ。焼き魚定食とお酒と食後に甘いモノを頼むニャァ」

「ミケか! 待っていたぞ! 飯は後だ。先に話を聞かせろ」

 給仕の兎人族ミュンに注文して席に着こうとするが、報告を心待ちにしていたヒルダに首根っこを押さえられ部屋へと連行される。ブラニーが気の毒そうに見送った。


「直ぐ食べられるように御用意しておきますねー」

 受付のアイリスが食堂から2階客室へと引き摺られるミケに一瞬目を丸くするが、笑ってそう言った。


「味方がいないっ? ごーはーんーっ!」

 悲しげなミケの叫びだった。




 ヒルダの部屋へと入ったミケは、闇の精霊術で出入口を封印、更に声も外へ漏れないように結界を張り巡らせた。闇の精霊術は暇を見つけてはヒルダに教えているが、封印系の術は苦手なようで一向に上達していない。

 密談の準備が調い、二人は改めて顔を付き合わせた。


「ごはん…」

 諦めきれないのかミケが恨めしげにヒルダを見た。


「判った! そんな眼で見るな。私の名前でいくらでも食べてくれ。但し、まずは報告からだ!」

 ヒルダの言葉に妥協したミケが態度を改めた。


「カール帝国は出兵する気です。トリエスト回廊に戦力を集めています。マケディウス王国は軍としては静観の構えです。カール帝国とは商いの大きな取引をしたようですね。トリエステ回廊国境に向けて物資を満載した隊商や商船がロッソからも出ています。侵攻は近いでしょう」

「肝心のシーイス公国はどうなのだ? カールから何か要請は無いのか?」

「断られることを前提として雪竜空中騎兵へ出撃要請があったようですが、公国はこれを拒否。代わりにヴァロア王国への牽制が主な役割ですね。カール帝国領内への飛行許可を出したそうで、ヴァロア王国との国境線警備を任された形でしょうか?」

「シーイスとカールを合わせての国境線って、かなり長いじゃないか?」

北灰洋きたかいようからシーイスまで含めると雪竜の航続あしでも難しいでしょう。同盟国からの要請とは言え難色を示しています」

 ヴァロア王国とほこを交えたばかりで、いくら敵意が最高潮であるとはいえ、同盟国の防衛までを小国シーイスが担うには無理がある。シーイス公王府はカール帝国からの政治的圧力をどう逃すか苦慮していた。


「で、リスタル住民への弾圧はどうなった? 私の見た限りでは公王家への批判なぞ不平程度で、いたって平穏なものだったが…」

「今のところその気配は皆無です。取り締まる必要が無いことはヒルダさんの言う通りです。公国内の反発を強めるだけで利点が見当たりませんからね」

「リシュナンテのハッタリだったか…。タダトキ達の心配が杞憂で良かったな」

 見合わせていたヒルダとミケの顔が綻んだ。


 タダトキ達からの依頼はとりあえず達成と判断したヒルダは、以後の予定を再考する。合流を早めるか、闇の精霊術を深めるかである。リシュナンテへの意趣返しでカール帝国への嫌がらせも面白い。


「―はい。……もう、ですか? ―はい」

 何処からか連絡があったミケが、相手に念話で答えている。声に出す必要は無いのだが、ヒルダに何か伝えたいことがあるようだ。


「どうした?」

 念話の終わりを見計らってヒルダが問うた。


「カール帝国がフルヴァッカに侵攻したそうです」

 ミケの顔に再び緊張が戻っていた。




 トリエスト回廊から押し寄せたカール帝国軍は、僅か3日間でフルヴァッカ公国の3分の1を占領した。王族ごと王府が消失し、指揮系統の再構築が間に合わなかったとは言え、神速と言っても良い侵攻速度だった。

 カール帝国軍は重装甲の陸上騎兵を先頭に、侵攻軍の先鋒部隊を騎兵団のみで構成。補術兵や輜重部隊も騎獣で移動させる徹底振りである。彼等は空中騎兵の支援の下、フルヴァッカの防衛線を安易やすやすと突破した。

 侵攻に対して堅固な陣を敷いていたはずのフルヴァッカ公国軍は、騎兵団に蹂躙じゅうりんされた混乱を立て直す隙もなく、後続の歩兵部隊と先鋒から一部離脱した軽装騎兵との挟撃に遭い壊滅。防衛線で初激を止めた後、停戦交渉へ持ち込もうと僅かな望みを繋げていたフルヴァッカの地方領主連合を打ち砕いた。

 カール帝国騎兵団はそのまま央海沿いを東進、沿岸部の半分以上を占領した。脆弱だった海軍は各港に分散されており、殆どが係留中を拿捕、あるいは撃沈された。占領した港にはマケディウス王国から荷を満載した商船が次々と到着。騎兵団への補給が行われ、内陸への侵攻の足掛かりとなった。彼等に攻撃を加えようとした生き残りの海軍軍船は、カール帝国空中騎兵団により残らず沈められた。


 フルヴァッカ公国陥落間近となったとき、西の列強が動きを見せた。

 ユーレリア大陸北側に主要港を持つカール帝国は、占領地の制海権を強化するために央海側へと艦隊を派遣した。ヴァロア王国、更に西のエスペルランス王国沖を大きく迂回して南下し央海へと入る予定だったが、大陸北西に位置する島国ブリック連合王国が通過しようとしたドーハー海峡を封鎖。カール帝国艦隊と睨み合うことになった。

 そして、ヴァロア王国とは関係の深いエスペルランス王国も動く。カール帝国への補給物資を運ぶ商船の護衛に少なからぬ軍船を割いたマケディウス王国の隙を突いて、海軍艦隊がマケディウス王国領ラガ島を急襲、占領したのだ。この島はリネツィアの南に位置し、フルヴァッカにも近い。占領に一役買ったのが帰国の途にあった直時追跡の任を受けていた艦隊である。エスペルランス艦隊の迎撃に出たマケディウス海軍の後背を突く形になり、上陸部隊を抱えた本隊への攻撃を防ぐ結果となった。海路の要衝を押さえはしたが、その後本格的な戦争状態には発展しなかった。カール帝国の央海派遣艦隊をマケディウスが待ったためである。一方、エスペルランス王国も王女を娶ったヴァロア王国からの援軍を得られずにいた。ヴァロアは竜族に睨まれているため、大きな動きを見せることが出来なかったからだった。


 フルヴァッカ攻略中のカール帝国、支援するマケディウス王国、同盟関係のシーイス公国。カール帝国出征の隙を突いたエスペルランス王国と同盟のヴァロア王国。ブリック連合王国も介入する気配を見せ、ユーレリア大陸西部は一触即発、大乱の気配に包まれた。




 各国の緊張をはらんだまま、冒険者ギルドも慌ただしい動きを見せていた。特に獣人族は得た情報を同胞へと伝え、普人族の街に近い集落は戦火を避けるため森の奥、山岳地帯、秘境へと住処を移した。


「リスタルも寂しくなったものだな。残っているのは冒険者ぐらいか?」

「そうだニャァ。情報は故郷のために集め続ける必要があるから、ウチらは簡単に尻尾を巻く訳にはいかないのニャ」

 純白の髪を揺らしてヒルダが訊ねた。高原の癒し水亭の食堂でミケを相手に酒をあおっている。急変する情勢下に、シーイス公国の出方を計りかね、リスタルに滞在を余儀なくされていた。


 街住みの獣人族は次々と姿を消し、リスタルの街も冒険者以外の獣人族達は姿を見なくなっていた。給仕をしていた兎人族のミュンも、実家を含めた里が引越しをするそうで帰省してしまっている。今は普人族の娘が臨時雇いとして働いていた。


「タダトキ達はどうしているニャ?」

「連絡では引越しの準備は進んでいるが、手に入れた船の修理に難渋しているようだ。それと冒険者のランクが上がったそうだ」

 定期的にヒルダ宛に送られてくる連絡から近況は判っている。


「ランクBになったみたいなのニャ。早速口座を開設して、ウチ宛てにギルドから入金があったのニャ」

「ほう。ミケへの報酬はこれで大丈夫だな」

「ヒルダちゃんは貰ってないニャ?」

「私は『何でもひとつ言う事を聞く』権を貰った。フフフ、何をさせるか今から楽しみだ」

 本当は「出来る範囲内で依頼を受け付けます」との伝言だったが、ヒルダの中で微妙に内容が変化していたのは直時が知る由もない。


 不敵に笑うヒルダをミケが羨ましそうな目で見て魚の燻製をフォークで突付く。少々いじけているようだ。

 ミケの猫耳がピンッと伸びた。宿の玄関で声がする。

 受付にいたアイリスが数人の男を連れてヒルダ達のテーブルへとやってきた。


「ヒルデガルド様、お客様がいらっしゃいました」

 ヒルダへ丁寧に声を掛けるアイリス。紹介される前に男達の中のひとりが口を開く。


「ヒルデガルド・ノインツ・ミューリッツ様でいらっしゃいますね? お初にお目にかかります。シーイス公国軍務長官を拝命しているヘンリー・ギルサンと申します。水の加護祭で御助力頂きました『黒剣の竜姫』殿がリスタル御滞在と聞き、公王が是非とも再度礼を述べたいと仰られまして、使者の役を拝命し罷り越した次第です」

 中肉中背で壮年の普人族が45度の礼でヒルダに話しかけた。自己紹介の通りならば、実質、公国軍の最高司令官である。


「加護祭後の晩餐会で御礼は頂戴した。私は仕事を果たしただけで、そう何度もお言葉を頂く訳にはいくまい」

 一応、辞退を申し出るヒルダ。無言のミケと視線が合う。


「いえいえ! ヒルデガルド様程の冒険者の御訪問は公国にとっても誉れ。是非ともおいでいただくようにと申し遣っております」

「ふむ。そこまで言われれば無碍には出来んな。貴公にもお役目があるだろうし…。連れが一緒でも宜しいか?」

 一考する素振りをしたヒルダがミケの方を向く。


「彼女はリスタル防衛戦でも義勇兵として参戦した冒険者だ」

 補足したヒルダの言葉にも、一瞬冷ややかな視線をミケにくれたヘンリーだったが、即座に了承した。普人族の高官ならば、獣人族に対する含みも止むを得ない。しかし、それを飲み下す程の用件があるようだった。


 明後日の来城を約束したヒルダ達に一礼したヘンリーは高原の癒し水亭を辞去した。


 彼等の気配が完全に消えた後、ヒルダとミケが会話を再会した。ミケの表情からは緩さが消えている。


「リシュナンテの件かな?」

「この情勢下で今更それは無いでしょう。別件と思います。何かは判りませんが…」

「行ってみなければ判らんか…」

 難しい顔をしたヒルダが盃を一気に飲み干した。




 王族との対面はややこしい手順を延々と踏むものである。前回ヒルダが招待された時は神事官だの国務卿だの侍従長だのが段取りを調えていたのでそうでもなかった。

 軍の最高指揮官を使者に遣わしたことで、正式な手順を覚悟していたヒルダとミケだったが、おとなった城門からは形式張ったやり取りをすっ飛ばし、謁見の間ではなく軍務卿ヘンリーの執務室へと通された。

 驚いたことに公王自身が一家臣であるヘンリーの執務室で待っていた。異例の対応にヒルダ達は緊張感を増した。


「ようこそお出で下さった。黒剣の竜姫ヒルデガルド殿、ギルド付き冒険者ミケラ殿。ここは謁見の間ではない。楽にしてもらいたい」

 シーイス公国公王ジュリアーノ・デッラ・シーイスは好々爺然とした様子で、膝を突いて挨拶の辞を述べようとしたヒルダ達を押し留めた。出迎えたヘンリー軍務長官は公王の悪戯に慣れているのか素知らぬ顔だ。


「公王もお人が悪い。態々他種の人族を招いて何の御用であろうか?」

 ヒルダの言葉は無礼に聞こえるかもしれないが、そうとも言い切れない。彼女は銀竜山地を治める竜人族の姫なのである。むしろ、普人族に礼を尽くした方である。万が一、シーイス公国のような小国が竜人族に敵対すれば瞬く間に滅亡の途を辿るだろう。彼我の力関係はそれほど大きい。


「ホッホッホッ。竜人族は虚飾を嫌うと聞く。では単刀直入に言おう。シーイス公国国民として普人族以外を受け入れる用意がある」

 ヒルダが眉を顰め疑義を示し、ミケが驚愕の表情で受けた。


にわかには信じられない言葉ですな。真意は如何に?」

 ヒルダが公王の言葉を両断する。普人族に対する不信感はおいそれと払拭出来る訳では無い。


「端的に言えば我が国の利益のためだ。昨今の情勢はヒルデガルド殿も御承知であろう?」

「ヒルダで結構。普人族のいさかいについては聞き及んでおりますな」

 ヒルダが半眼でジュリアーノを睨む。


「混迷を深めるこの状況下こそ、我が国にとっては好機と思う。この機を逃しては真の独立は得られぬと、私は思うのだ。そのために段階的措置ではあるが、普人族以外の人族も準国民として受け入れようと思う」

 ミケが先程の驚きを鎮めないままに、更に衝撃を受けたようだ。脚が震えている。


 シーイス公王ジュリアーノの狙いはカール帝国影響下からの脱却だった。属国扱いの上、近年はマケディウス王国より下に位置づけられている。一国を束ねる者として看過できないことだった。


「『普人族』の公王としては果断ですな。しかし、臣民は付いてきますか?」

 ミケの様子を確認しながらもヒルダの言葉に容赦は無い。それほど普人族との溝は深い。


「だからこそ高名な『黒剣の竜姫』であり、リスタル防衛で民の親愛も厚い貴女にお願いがある。シーイス公国準国民の領主を引き受けては貰えないだろうか? 勿論、銀竜の郷と掛け持ちで構わない。黒髪の精霊術師と懇意である竜人族の姫君であれば、公国の民も異存は無い筈だ」

 持ち上げつつも計算高い公王の言葉にヒルダは苦笑を禁じ得ない。


 要するに、普人族の反発を招く恐れのある獣人族ではなく、畏怖畏敬の対象である竜人族を頭に据えることで批判を回避しようとする意図が見え見えだった。

 リスタル防衛戦においては、実際に支援された町の住人は直時に絶大な人気があったが、公国全体ではヴァロア軍主力を壊滅させた『黒剣の竜姫』ヒルダと『晴嵐の魔女』フィアの名前が通っていた。


「考えさせて貰おう。但し、カール帝国の圧力に屈した時は私は元より黒髪の精霊術師も敵に回るとだけ言っておく」

 リシュナンテの謀略を明言しなかったことで、公王を信用し切れなかったヒルダが釘を刺した。




「米がうめぇ~」

 その頃、直時は誰にも理解されない味覚であった、イカの塩辛をオカズに白米を食べていた。




あれ? 主人公必要無い?

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