優男の置き土産
ちょっと短いけど2連投とうことでお許しを…
空母ボロボロだったりします^^;
「浸水してた分は船外に排出して、破孔からは精霊に頼んで入ってこないようにしてるけど船体は保ちそう?」
「あっちこっち焼け焦げてるけど、船自体は大丈夫なんじゃない? 今のところ壊れそうな軋みとかは無いって風が言ってるわ」
「んじゃ、ちょっと船内見てくるよ」
「はしゃいじゃって…。物見遊山は後にしなさいよ! 壊れ具合をちゃんと確認すること!」
浮かれた様子の直時へとフィアが釘を刺す。了解とばかりに敬礼を返して、いそいそと船内へと走る直時。彼の知る航空母艦に比べると小振りだが、それでも男の子(心情的に男ではなく)として胸が昂揚していた。
甲板の下は騎獣の厩舎となっていた。昇降口の螺旋階段や通路が広いのは騎獣が通るためだ。寝床が藁であったり、毛皮であったりするのは騎獣の種類や好みの違いである。
その下の階層は船員の居住空間だった。騎獣の厩舎とは違い、食堂やトイレ、船室はどれもこれも狭い。船員の寝室などは普通の住居より狭い天井であるのに寝床は3段に重なっている。寝ぼけて起き上がったら、頭をぶつけることは間違いない。いくつかの部屋は攻撃魔術が直撃したのだろう。大きな穴が開いており、消火されていたが未だに焦げ臭さが残っていた。
居住区の下は喫水線下、壁の外は水の下である。いくつか致命的な破孔があり、応急処置の跡があるが結果的に補修を断念したようだ。これが原因で艦長は船を捨てる判断を下したと見える。現在は精霊術により浸水は無い。破孔の向こうには水の壁があり、魚が泳いでいる。
そして、この区域は倉庫と推進室である。倉庫には食料や飲料水、衣類等生活必需品、各種武器や防具、それに魔力供給用の魔石が積み込まれていた。今はガランとした様子で、海水に濡れた僅かな食料を残して積み替えられてしまった。特に魔石はひとつも残っていない。
「しっかし、推進室って何だよ? 機関室なら判るけど、機械とか無いじゃん。魔術でスクリューとか回してるんかねぇ」
直時は疑問を口に出しながら推進室と書かれた扉をくぐった。
推進室の中は殺風景であった。天井からは真鍮製か、鈍く光る伝声管がいくつか。他に座り心地の良さそうな詰め物を入れた椅子。特筆すべきは、船底の中心線に沿って太い金属の管が通っており、それが途中で3つに分岐している。真っ直ぐ後方へと抜ける本管は一抱えもあるが、分岐している支管は3分の1程度の太さである。
また、支管はそれぞれ二股になっており別れた先は左右舷側へと伸びていた。本管艦尾に真っ直ぐにあり、左右が斜めに艦尾左右、そのそれぞれ途中から舷側へと別れている。分岐する部分にはバルブと同様の働きをするのだろう。開閉桿が備えてあった。
直時は管を叩いたり、耳を付けたりして考え込んでいたが、管を通る水の気配からやがて得心がいった。
「船の推進には水流を使ってるってことか。魔術で管の中の水を流して推進力を得るってことなんだろな。水上バイクとかみたいなもんかな? ジェットポンプ? 魔術は水を流すことに専念して、管の開閉で水流の向きを調整して舵を取るのか…。効率良いのか悪いのか…。内燃機関が無い世界だからこういうのも有りなのかなぁ? しかし、基本的に魔術とはいえ人力なのな…」
観察し、推測し、判断した直時。彼の予想通りの推進方式である。魔術だけでは船員に負担が大きくなるため、両舷に魚のヒレのように帆があったのだが、それらはブリック王国艦隊の攻撃で全て破損してしまった。今は直時とフィアが船の周囲の水を操り、且つ船体を風で押すことで動いている。
「舷側に抜ける管は接舷用かな? それなら艦首辺りにも支管があるんだろうな」
推進室を後にした直時は舳先方向へと足を向けた。倉庫を抜けると艦首部分に推進室よりは小さいが操艦室という部屋があった。思った通り本管から直角に左右へと支管がある。伝声管も通っており、艦橋からの指示を聞きながら操艦するのだろう。
「この船を動かすには、艦橋と艦首と艦尾で連携取らないといけないんだな。今は精霊術で無理矢理動かしてる感じだけど、普通に航海しようとすればやっぱり人数は必要か…」
はたと考え込む直時である。しかし、それは普通に航海すればのことであって、直時とフィアがいれば精霊術で力任せに動かすことは可能だ。現に今、そのようにしている。
ひと通りの確認を終えた直時は、艦橋ではなく飛行甲板に陣取っているフィアの元へと戻った。
「ただいまー。危なそうなところは右舷喫水線下の破孔が2つ。精霊術を切らせたらヤバイかな。左舷の亀裂は応急が効いてるみたい。精霊術に頼らなくても水漏れはしてない。木造じゃ密閉は厳しいかもしれないけど水密区画は欲しいよなぁ。あと、居住区の被弾箇所は鎮火してるけど、見栄えが悪い。修理は必要だと思う。そんなところかな?」
「帆も全滅だし、ボロッボロじゃない。大きな玩具手に入れたって思ってるかもしれないけど、使えるように修理するとなると高くつくわよ? どうするの?」
直時の報告を効いたフィアが諌言を呈する。所有することには消極的なようだ。
「勿論修理するに決まってるじゃないか! こいつがあれば隠れ家とか新しく作る必要ないんだぜ? ブランドゥだってちゃんと休めるし、厨房も倉庫もあるし、荷物だって制限しなくて良いし!」
空の旅は確かに気持ち良いが、腰を落ち着けられないため所持品が制限される。直時にいたっては折りたたみ式だが自転車も持参して旅しているのだ。
空母は男のロマン! などと口にすれば碌な事にならないだろうから、実益だけを強調して力説する直時。結構必死である。
「修理するのは良いけどね。何処でするのよ? タダトキは殆どお尋ね者みたいなものなんだからね。こっそり出入りするならともかく、こんな大きな船を精霊術で持ち込んだりしたら目立ち過ぎるでしょうが?」
「あうあう…。じゃあ、船大工を募集しよう! ギルドに依頼しても良い。いっそ、ネレウス様やクニクラド様に職人を頼んでみるとか―」
「アンタねぇ…。神々に対して遠慮が無くなって来てるわよ?」
呆れるフィアであるが、直時としてはどうしてもこの船を手放したくない。半分は趣味であったが、もう半分は自分の住まい、寄る辺として頼ることが出来ると考えたからだった。
直時がアースフィアに来て安心して過ごした日々は少ない。殆どが逃げまわるように移動する旅暮らしである。この世界に於いて特異な力や、精霊術を得たことを生きる上での恩恵とも思ったが、その力を持つ意味を熟慮する間もなくひけらかしてしまった。悪目立ちした結果、望む安穏とした生活を得ることが出来なくなっていた。
事を起こして夜逃げのように逃亡する生活に、流石に嫌気が差してきていた直時である。しかし、この船を我が家として活用できれば、不都合があればそのまま出航すれば良いじゃないか! と、短絡的というか楽観的というか、そんな思い付きがあった。
「無人島はあくまでも臨時の隠れ家だし、これだけ大きな船なら俺達の家として使えると思うんだ。何より引き払う手間が無いし、我が家としてずっと使えるじゃないか!」
「…私達の家、ね」
否定的だったフィアの様子が変わる。
「まぁ、海風は心地良いし、便利といえば便利だし、家ごと旅することが出来るってのは良いかもしれないわね」
「だろ?」
「でも! やっぱり我が家ってのは足が地についてないと嫌だわ! 理想を言えば風が気持ち良い山の麓、大きな森、綺麗な泉か湖があって、緑豊かなところじゃないと!」
これだけは譲れないと声を大にして力説するフィア。
「ハードル高いなぁ。まあフィアの理想は判った。永住するなら俺もそんな土地が理想的だと思うよ。でも、現状だとこの船は結構良い線行ってると思うんだけど?」
「今は仕方ないわね。じゃあこれからは頑張ってよね!」
背中を力一杯叩かれた直時は、咳き込みながらも「理想の我が家なら頑張るのはフィア自身だろう?」と、心の中で疑問に思っていたりする。お互い意識し始めてはいるが、その認識においては幾分隔たりがあるようだ。
小島が多く、浅い海である翠玉海。座礁に注意し、苦労して隠れ家のある無人島まで運んでは来たものの、停泊が問題となった。
喫水線下に穴があり、精霊術の行使を止めれば船底は水浸しとなってしまう。船体を保全するにも、修理をするにも船渠が必要であり、直時は急遽土の精霊術で砂浜に当該施設を建設することになった。
広い飛行甲板や厩舎を備えているといっても、全てが木造で金属は補強材程度、機関も金属の重いエンジンがあるわけではない。魔術頼みの推進で船体自体の重さは軽く、喫水は意外と浅かったため、船渠は100メートル弱の巨体にもかかわらず直時が当初感じていたより簡単だった。
海水ごと船渠に入った空母は台座に固定され、水の精霊術で排水された後、海との隔壁が土の精霊術でそびえ立った。船渠は土の精霊術により、全てが石作りである。
船渠の建造された浜辺や船渠に入るための海底掘削は、環礁を破壊したため護衛の人魚族戦士と毎日のように顔を見せるイアイラの不興を買ったが、沖に魚礁となる海中林を作ることでなんとか許しを得た。
「もう無理っ! 疲れたぁ! 今日はもうなーんもする気が出ないぞお」
砂浜に大の字になった直時が叫ぶ。同意したフィアも隣に座る。
「またでかい獲物を引っさげてきたもんだわねぇ。今日の御飯はウチらに任せておくれ。ご・しゅ・じ・ん・さ・ま!」
マーシャが空母の巨体に驚嘆の声を上げる。
「その呼び方は止めて…」
更に脱力した直時が呟いた。
月明かりの下、手に入れた空母の甲板上で直時は書簡に目を通していた。リシュナンテが別れ際に渡してきたものである。灯火の術に照らされた内容は直時を苦悩させるものだった。
「何が書いてあったの?」
頭を抱えて座っていた直時にフィアが声を掛ける。無言で差し出された書簡を受け取り読み進めるうちにフィアの目が険しくなっていった。
「あの優男…。やってくれるわね」
「どうすっかなぁ」
フィアの声には怒りが滲み、直時は途方に暮れたように呟いた。
―シーイス公国で内乱の危険あり。原因は王家の権威失墜。リスタルの街を見捨てたことで国内に不満。特に黒髪の精霊術師の助けで事無きを得たリスタル住民が中心。公王家は彼等を取り締まる意有り。近々リスタルにおいて粛清ありや―
―追伸。タダトキ君の知り合いは要注意人物と見做されているよ。
短い間だったが、リスタルは初めて過ごした街である。宿屋、『高原の岩清水亭』の受付アイリス嬢、オーナー兼シェフのおやっさんことオットーさん、給仕の兎人族ミュン。世話焼きだったベルツ戦具店のブラニーさん。親しい友人がいることからミケも戻っているだろう。直時の苦悩は思ったより深かった。
「戻ったところで騒ぎが大きくなるだけだと思うけどね。タダトキはどうしたいの?」
「助けたい。でも、娼館の娘達と違ってシーイスに根を下ろしてる人達だからなぁ。かっさらってくるってわけにもいかんだろうな」
「そうね。そんな簡単にはいかないわね。じゃあミケちゃんとヒルダに連絡とってみれば?」
「連絡だけで何とかなるかな?」
「莫迦ね。何とかしてもらうのよ! アンタが大きな力を持ってることは判ってる。けど、それだけで全てをどうこうできる訳じゃない。それはタダトキも承知してるわよね? もしかして何でも出来るとか思ってる?」
フィアの非難めいた視線。直時は漸く気付く。
日々、訓練して精霊術に磨きがかかり、独自の発見により人魔術の強力改造、ちやほやしてくる各国の交渉団。能力は増大の一途だったが、自分自身はその力に溺れていないつもりだった。やろうと思ったら出来るけど、俺は敢えてやらないんだ、と。そしていざとなったら何でもやるつもりなんだと! と…。
「どうする? リスタルまで行く?」
「いや。リスタルのことはヒルダさんとミケさんに任せる。この手紙は日本語に変換してヒルダさん宛にギルドから送ろう。それで情報漏洩は防げる。この件にはミケさんと共同であたってもらう。ミケさんは当事者だもんな。それに、彼女達にはそれなりの人脈もあるだろうし協力してくれる人は多いはずだもんな。今更気付くなんてな…」
自嘲というよりも深い自己嫌悪に苛まれる直時である。
能力的に可能でも、全てを自分が背負う必要は無い。状況がそれを許さないなら他を頼れば良いのだ。不意の複数大量受注も、同業他社や下請けに回せば良い。
元の世界、日本では普通にそうやっていた。やはり、力を得たことで天狗になっていたようだ。それに気付かされた。
「今の俺がやるべきことは、まず自分が保護した娘達のことだよね。だからここを離れることは出来ない。リスタルのことはミケさん達に情報を送るに留める。ヒルダさんには借りておくことにする。いつか俺が出来ることで返すことにするよ」
自分のやるべきこと。他人がやるべきこと。頼るべきこと。返すべきこと。それらの再考をフィアに教えられた。正解かどうかはわからない直時だったが、答えを聞いたフィアの表情は柔らかかった。間違いではないらしい。
「じゃあ明日はティサロニキよ? ごたついてるとは思うけど、ギルド会館までは何としても行かなくちゃね」
「了解! フィア、一緒に来てくれ。頼んだ」
「勿論よ」
フィアはそう答えて、直時の頭を軽く拳でコツンと叩いた。