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海神と人魚姫




 ティサロニキ沖から南下する巨亀。甲羅を海面上に浮かせたまま何事も無く泳いでいる。背に乗る者達は、逃亡の緊張も時間と共に解け、今は思い思いに楽な姿勢で身体を休めていた。


 追っ手は何処からもかからなかった。

 支配人をはじめ娼館の店員達は、突然水に飲まれ、気が付いた時には濡れた路上に放り出されていた。何が起きたのか訳が分からず、とりあえず戻った店は何もかもが流れ出して水浸し。人も金も家具も備品も残っていなかったのである。


 取り返せない失点を悟った支配人は即座に姿を消した。筆頭出資者のマケディウスの商人、ベリスの伝手を頼って逃亡を図る。娼館で集めたイリキア王国の情報や有力者達の醜聞と引き換えだ。


 責任者が逃亡したことで情報は誰にも伝わらず、店から流された客は目立つことを嫌って姿を消し、誰がこの事件の犯人かの特定さえできないまま、事情を知らない衛兵の取り調べがあっただけである。行政府高官や有力貴族、そしてティサロニキを統治する第一王子がこの件を知るのは翌日の昼過ぎになる。




 巨亀の先を導くように泳ぐのは人魚族のイアイラである。海に帰ることが出来て、余程嬉しいようだ。疲れも見せず波を切っている。

 その顔が更に輝いた。声なき声、念話が届いたのだ。イアイラと彼女の愛亀が洋上で動きを止めた。


「んぁ? どうしたんだ?」

 フィアに起こされた直時が身体を起こしかけ、膝枕されていたことに初めて気付く。そのまま、間の抜けた顔でフィアを見た。


「異常あり。人魚のが止まったわよ。ほらっ! しゃきっとしなさい!」

「あ、ああ。了解」

 頬を朱くしたフィアが直時の背中を押して立たせる。「意識があるときにその感触を味わいたかった…」と、実に口惜しい様子で呟く直時。フィアは聞こえない振りをしていた。


「イアイラ! 何があった?」

「同胞と父が来ますっ」

「連絡取れたんだ。良かったな。人魚族の族長さんって……。えっ! 海神ネレウス様っ?

神様じゃないか!」

 直時はイライアの返答に含まれる事実に大いに慌てた。


「人魚族って妖精種だと聞いたけど、よく考えたら神の一柱が父親とかどういう事なんだ?」

「ネレウス様は人魚族の族長ではないわね。人魚族から娶った女性が彼女の母親なんでしょう」

 直時の疑問にフィアが答える。そんなやり取りのも束の間、夜の黒い海面を突き破り、月光に飛沫をきらめかせて当人(神?)が顕現された。


「私が海神ネレウスである!」

 濃い緑色の総髪と豊かな髭は海水を滴らせ、太い眉、大きな目、鷲鼻、厚い唇、四角い顎と全体的にゴツイ顔は威厳に満ち、筋骨隆々たる上半身は胸を反らして両腕を組んでの登場である。

 岩のような腹筋の臍から下には鱗がびっしりと生え、海面下で先までは判らないが人魚族同様、魚類の下半身であると推測される。

 そしてなにもかもが大きかった。波間から付き出した上半身だけで10メートルはある。あまりにも巨大でいかめしい男神の自己紹介に固まってしまう一同。


「お父様…御自重を…」

 恥ずかしげに、そして非難めいた口調でイアイラがネレウスへ言った。


「……。」

 無言のまま海中に没する海神。泡立つ海面から再び現れた時は、人族サイズになっていた。「初めからそれで出てこいよっ!」との、突っ込みは胸の中に留めた直時だった。


 つかみを外し、少し朱い顔で壮年の男神ネレウスはまず、直時とフィア、マーシャに娘であるイアイラを救った礼を述べた。その後、娘から神器継承が成立せず、囚われとなった経緯と経過を聞く。

 父娘が話している間に、人魚族の戦士が12名、周囲に姿を現した。ネレウスに一礼した後、巨亀の護衛に就く。全員が三叉戟を持ち、愛獣である海魔獣を従えていた。イルカに鮫の牙を生やしたような海獣や、恐ろしげな硬骨魚類、前肢後肢がヒレ状の海鰐等である。海の上にいる限り、彼等の守りが付くという。頼もしい申し出だった。


 イリキア王国の暴挙に激怒すると思っていた直時達だったが、ネレウスは大きな溜息を吐いた。開いた口からは、神器の継承には今後一切手を貸さないという言葉だけだった。

 意外ではあったが神罰を下さないのは、過去に結んだ縁により彼の子等の血を引く子孫が少なからずイリキアにいたからだそうだ。永く生きる神々には、直時には思いもよらないしがらみが多いように感じられた。


 何はともあれ海神の好意を得たことで敵襲の心配が無くなった。直時はひとりで先に隠れ家である無人島に帰ることにした。当面の宿泊施設を作るためである。


「じゃあ、フィア。皆のことは宜しく」

「任せておきなさい。あ! 家は勿論だけど、お風呂も増設しておいてね!」

 片手を挙げて答えた直時は、風とともに空へと駆け上がった。一同の驚いた顔を後に、一路隠れ家へと向かう。


「あの娘達も今更普人族の街には戻らないだろうから、まあ良かろう」

 風を切りながら呟く直時。フィアの注意も無く、精霊術を隠さなかった。治療時に見せていたし、夜とはいえ遮蔽物のない洋上だ。普人族より夜目が利く種族ばかりである。能力を隠す労力と危険性を考慮に入れても、今は精霊術を使う方が手っ取り早かった。


 ブランドゥが待つ無人島へと帰り着いた直時は、寝る間もなく作業へと入った。

 基本的に飛行能力を持っている直時、フィア、ブランドゥとは違い、島の奥に住居を作るわけにはいかない。砂浜から少し奥、疎らに樹々が生えている場所に土の精霊術で土木工事を行う。

 寝室は全部個室。4人にひとつの居間。炊事場、トイレは共同ということにして住居と別に数カ所建設。風呂は大きめの共同浴場を作り、屋根と壁も作る。無人島なので覗かれる心配はないのだが、直時としてはうら若き娘達の入浴姿は目の毒でしかない。煩悩と良心の葛藤の結果、衝立は必要との結論に達した。

 直時がはりきって精霊術による土木工事に勤しんでいた頃、叩き起こされたブランドゥは夜の狩りへと出ていた。避難してくる一行へ食事を振る舞うためである。今も飛翔魚(1メートル超のトビウオ)を一匹蹴爪で引っ掛けたところだった。直時のところへ降ろした後、狩りを続ける。


 明け方、東の空が赤く染まり始める頃、巨亀に乗った娘達と護衛である人魚族の戦士達が到着した。ネレウスも同行してくれていたので、直時は大いに驚かされた。それでも準備は万端である。

 魚介類いっぱいの浜鍋と島に自生する甘い果実、喉を潤す椰子の実ジュースと水瓶に満たした冷たい水。風呂は念話が可能になった時点で熱めに湯を張った。


「何かあった時に最優先は衣食住! お腹を満たして、温かい風呂に入って、安心して寝る場所があれば、後は起きてから考えることが出来る!」

 災害時における鉄則である。直時が自然災害が度々起こる日本で培った経験則だった。

 衣については、皆、着の身着のままだったが、この辺りは南国の気候でそれほど心配は無い。希望者には直時とフィアの予備の服を使ってもらうことにした。


「護衛の人達はどうしよう? 磯に膳でも設えようか?」

 亀から砂浜に飛び降りたフィアに直時が耳打ちする。


「問題ない! 皆と同じ膳で馳走に与ろう!」

 小声での相談だったが、ネレウスの耳には届いたようだ。大声で言った後、波打ち際から陸へと上がってきた。


「あれ? 足? いや、鱗のスパッツ?」

 魚類の下半身が変化し、2足歩行している。直時の形容通り、下半身に衣類は何も身に着けていないが、魚鱗がびっしりと覆い隠している。ネレウスの後から上陸してくる人魚族の戦士達も同様だ。


「固有術による変化ね。でも馴れてない感じはするわね」

 ヨタついた感じの歩き方にフィアが言う。最後にイアイラが恥ずかしそうに腰布を一枚所望した。


 救い出された娼館の娘達はお腹を満たした後、湯浴みを楽しんでいる。初めての湯船にはしゃいでいるようだ。離れているにもかかわらず高い嬌声が聞こえ、そちらに意識が向かいそうな直時の腿を隣のフィアがつねったりしていた。

 直時の左隣にはフィア、その横にマリーを抱いたマーシャ。そして、何故か右隣には眠そうな目をこすりながらエマが座っていた。

 対面には神々の一柱、海神ネレウスとその娘であるイアイラ、人魚族の戦士長と紹介されたディノニスという大柄な男が同席していた。他の戦士達は島の周囲を護ってくれている。


「改めて申す。娘を救い出してくれたこと、感謝に絶えない。ついては出来る限りの礼をしたい。なんなりと望むことを言って欲しい」

 ネレウスの言葉に「いやいや、お礼など必要ありません!」等と言うつもりだった直時だが、フィアとの事前念話で「神々の申し出を断ることこそ失礼にあたる!」と戒められていたため、素直に頼みごとをした。


 曰く、保護した娘達をそれぞれの故郷、または希望の土地へ送る手助けをして欲しいこと。隠れ家である無人島の哨戒、出来れば留守の間の警護をして欲しいこと。その二つである。

 海神は二つ返事で快諾してくれた。むしろ、そんな程度で良いのかと何度も聞き返してきた程である。


 翌日は保護した娘達の対応に追われた。帰郷を望むもの、新たな地を望むもの、その送り先に届ける予定を立てることになった。海路であれば人魚族に依頼、内陸であれば直時やブランドゥでの空輸、イリキア王国内でも普人族の勢力範囲外であれば出来る限り希望に沿うようにした。

 順次送り届ける予定を立てたが、帰る故郷が無かったり、行きたい地が無かったりする者が数名いた。マーシャ達もその中に含まれる。エマは今は亡き両親との旅路しか記憶が無く、マーシャも普人族との子であるマリーがいることで故郷には帰ることを渋った。普人族と交わると生まれるのは普人族になるからだ。狐人族として受け入れてはもらえないとのことだ。


「行き先の決まらない人は後々考えることにして、明日からでも送り出して行こう。明日はダレオスから最初の連絡があるからティサロニキに行ってくる。フィアはブランドゥと第一陣の娘についていってくれる?」

「例の盗賊ね。タダトキだけじゃ心配だわ。明日は人魚族に任せる娘は別にして、空路の人は中止にしましょう。ブランドゥはここの護衛。私はアンタと一緒に行くからね」

 提案を拒否したフィアが翌日の行動を決めた。直時に有無を言わせない。


 その夜、直時とフィアは島中央の自宅には戻れなかった。ネレウスが遅くまで居座っていたのと、思いもよらない不意の自由に戸惑った娘達が不安を拭いきれなかったからだ。

 救い出してくれたことに大きな感謝を感じ、その庇護を求めて寝所に帰ろうとした直時を近くに引き止めた娘達だったが、普人族に対する不信感は拭いきれず、心情的には微妙な距離感を残していた。


「タダトキは普人族と思われているから仕方ないわ。別に感謝されたくてやったことじゃないのでしょう?」

 寄ると怖がられ、離れると不安がられるという複雑怪奇な状況に嘆息して砂浜に座っていた直時の横にフィアが腰を降ろした。


「まあね。彼女達の色々と割り切れないところも理解してるつもりだよ。俺がどの程度の距離にいればあの娘達にとって安心なのか判らないから途方に暮れているだけだ」

「ぷっ。相変わらず変なところに気を回すわねー。アンタはやることやったんだからどーんとしてれば良いの、よっ!」

 しょぼくれて丸まった直時の背中をフィアは力任せに叩いた。


「痛ってぇーなぁ」

 ぶつくさと文句を言いながら、フィアの気遣いを嬉しく思う直時だった。




 翌朝、イアイラの愛獣である巨亀の背に乗り、人魚族の護衛と共に出立した娘達を見送った直時とフィアは、ダレオスと会うためにティサロニキ近郊の森へと飛んだ。


「落ち合う場所と時間は決めてるの?」

「いや、3日に一度この辺りってだけだな。宴会したこの場所にいれば向こうから来るだろ。ゆっくり待とう」

 大雑把な直時である。呆れるフィアを余所に煙管で一服し始めた。


「タダトキ、それって身体に悪いんじゃない?」

「判る? でもな、『清流に魚住まず』って言ってな。人も清い物だけじゃあ生きていけないんだぞ? フィアが好きな酒だって、過ぎれば毒にしかならないんだしな」

「『酒は百薬の長』じゃなかったっけ?」

「無駄に日本の知識を吸収してんなー」

 ニヤリと笑うフィアに苦笑する直時。他愛無い会話の間に人の近付く気配がした。二人共『探査の風』を適宜飛ばしていたので直ぐに気付く。


「何か判ったことあるかい?」

 姿を見せる前に、近付く人物へと声を掛ける直時。不意打ちは無駄だとの牽制も込めている。


「よう。3日振りだな」

 姿を見せたのは3人。ダレオスとその長男クーロイ、娘のクリュネだ。歴戦の戦士然としたダレオスと土の精霊術師、水の精霊術師である子供達である。親子は興味深そうな視線を直時とフィアへ交互に向けた。


「先に必要経費を渡しておく」

 銀判貨3枚をダレオスの掌に落とす直時。


「調べ物の報告を聞く前に問い質したいことがある。ティサロニキの間者狩りはアンタの指示か?」

 直時の強い言葉にそっぽを向くダレオス。薄めを開けて視線だけを向けてくる。


「俺も迂闊に喋り過ぎた嫌いはあるが、そっちの対応も素直に過ぎたな。対応が早いのも考えものだぞ?」

 半分は当てずっぽうであるが、ダレオスから反論がない。


「否定も肯定もしないのね。でも、こちらは貴方達が原因だと思って行動するからそのつもりでね」

 フィアが鋭い視線で釘を刺す。疑いを晴らしたければ納得のいく説明をしてみせろという、ある意味無いことを証明しろとの悪魔の証明への恫喝だが相手は早々に降参の意を示して見せた。

 両手を挙げて苦笑いをしたのである。


「『黒髪の精霊術師』と『晴嵐の魔女』相手に嘘は言えんな。その通り、俺がイリキア王府へ報告した」

「つまりは、盗賊を装っていたけれど宮仕えということなんだな?」

 遠国の話であるリスタル防衛線の情報を得たということだ。自分への調査を済ませた相手に驚くこと無く、念押しする直時。それに肯くダレオス。


「しかし俺も不注意だったよ。間者の報告を上げるやいなや、あんな騒動があるとはな。まぁ、神器にまつわる話や人魚族の姫の話は俺も知らなかったからなあ。思っていたよりうちの国もゴタゴタしてるみたいだ」

「あんたらの事情は知らんよ。でも、盗賊だと思って裏情報を期待したけど国の側の人間だったとはな。俺も計算違いだったよ。依頼は解消する。んで、このあとはどうする?」

 溜息を吐くダレオスに油断なく目を配る直時。


「あんたの依頼は魅力的な話だったんだがな。残念だ。これだけは言っておくが、個人的にはお前さんのことは気に入ってる。だから、お前さんについての調査結果はまだ報告してない。子供達のことを国が知らないのも本当だ。知られたくないのも本当だ」

「だから、あんたの子供が精霊術師だって言うなってか?」

「こちらは色々と詮索されてもイリキア王国から出て行くだけよ。むしろ、タダトキを逃がすことになるから貴方には不利になるのじゃない?」

 女子供が絡むと判断が甘くなる直時が、いらぬことを言う前にとフィアが口を挟んだ。


「その話についてはもう手遅れだ。俺からの報告を遅らせてはいるが、間者狩りで捕縛した者からいずれ出ることだろう?」

「じゃあ敵対するってことで良いのね?」

 フィアの周囲で風が舞う。口元は笑っているが目は猛禽のようだ。


「敵対する気は全く無い! 毛ほども無い! 俺の事情を話すことで信用してくれ!」

 慌てたダレオスがフィアへ語った。「え? 俺は?」と、放って置かれた直時が呟いたが会話の主導権が無くなっていたため無視された。しょぼい人柄を見抜かれたようである。


 ダレオスの語った内容は二人に大きな驚きをもたらした。彼は現王の弟の子であるという。しかし、他種族を娶ったがために王族から外されることになったそうだ。

 そのまま気楽な隠遁生活を送ることが出来れば良かったのだが、彼の妻女は妖精種でドワーフとエルフの血を引いていた。その上、名うての魔具製作者であった。血統的には普人族から外れるものの、その能力はイリキア王国に得難い才能である。他国に流出してしまわないよう王国工房へと束縛されることとなった。

 一方ダレオスもその才を惜しまれた。武に秀でていたため、国権からは遠ざけられたものの義務だけは強要されたのだ。ただし、正規の部署ではなく隠密として影から国を支えることとなる。

 盗賊の真似事をしながら王国の裏側の情報を集めるダレオスだったが、任務を果たして且つ権力に近づかなければ放置されるという恩恵があった。それを恩恵と捉えるのは、彼の長男長女が妻女の血からか精霊術を扱えるようになったからである。

 子供達の平穏を願う彼は大人しく隠密として働き、権力に近寄ることはしなかった。それが直時がティサロニキへと入ってから一変しようとしていた。


 国の宝である神器の使い手が身罷みまかったことは知らされていなかったが、直時が各国の間者を引き連れてきたために、何処からか漏れたらしい。どんな事情が前後したのか今となっては判然としないが、使い手のいない神器を守るための間者狩りとなった。

 当然、争乱の中心はティサロニキであり、次の神器の担い手を決める人魚族が訪れていたことが判明。彼女の眼鏡に叶う相手が王権に近いところにおらず、思い余った高官が監禁。継承の強要をしていたことと、その逃亡が確認されたのが昨日である。

 今のティサロニキは過日の間者狩りとあいまって狂乱状況にあるらしい。


「なんか俺のせいにされてない?」

「まあ、お前さんのせいじゃないが、原因の一端ではある」

「こじつけね。タダトキはただの切っ掛けで、原因は全部アンタ達のせいじゃないの」

 直時の甘さに付け込もうとするダレオスを一刀両断するフィア。苦笑するしかないダレオスだった。


「ダレオス達に多少の同情はする。しかし、ここはアンタ達の国であり、自分達でなんとかしていくべき国だ。俺はただの異邦人だ。利益を共有できないのなら、せめて敵対しないことを望むよ。ってか、結構敵対行動しちゃってるけどね。依頼は解消、情報はお互い黙秘ってことで良いか? 俺の情報を国に売るならこっちも理由があればアンタ達の情報を売る。許せないならっても良いぞ?」

 譲歩と牽制。直時は犬歯を剥きだしているから威嚇の意味合いの方が強い。


「止めておこう。今のところは…な」

「正直だな。じゃあ、今日くらいは街に行っても大丈夫かな?」

「明日は判らんぞ?」

「明日のことは明日考えるよ。じゃあな!」

 両者の関係は断たれたが、決裂とまでは考えていない直時。ニヤリと笑ってその場を後にしたのだった。




 ティサロニキ城門前。出入りには緊張感を伴った衛兵たちがいた。手続きがキツくなっているようで門の前には今までにはなかった行列が出来てる。


(ヤバイんじゃない? もうイリキアに拘らなくても良いじゃない? 余所に行こうよ!)

(良いから! ちゃんと確かめておかないと! ここからだとトラキアは面倒そうな国だし、リッタイトは全然判ってないんだから! 戻るのは論外だし、最低でもヒルダとミケちゃんには連絡を残しておかないと!)

 尻込みする直時へ念話をしたフィア。回れ右をしそうになる直時の腕を自分の腕と組む。


 門衛の前で仲良くエルフと腕を組む直時は感嘆の目を向けられるだけですんなりと街へ入ることが出来た。

 普人族の国事情に立ち入ることを嫌うエルフと仲良くしている冒険者ということで見咎められることが無かったのだ。


 冒険者ギルド、ティサロニキ支部へと入った二人はまず責任者へお詫びに行った。世話を頼んだマーシャ達を早々に連れ出したことに対してである。平謝りして事情を話す二人に幾ばくかの違約金が課されたのは仕方のないことだった。


 気疲れしてしまった直時とフィアは2階の喫茶室へと向かった。気分を落ち着かせるために花茶でもと思ったからだ。

 そこには憔悴しきった様子のサミュエルとベリス、いつもより余裕のないリシュナンテが待っていた。





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