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活動拠点ティサロニキ

仕事の合間にちょっとずつ書いてましたが、繋げるとだらだらしっぱなしです…。--;




 樹々の梢が陽を遮る森の中。薄暗い中にも木漏れ日が落ちる場所もある。そんな小さな広場に腰を下ろし、昼間から酒を酌み交わしている一団がいた。朱髪の男を頭目とする盗賊達と直時であった。


「はぁ、酷い目に遭った。せめて抜くから裂くって言ってくれないと! あまりの痛みに攻撃しそうになったんだぞ?」

「はっはっは! それは悪かった。だが、矢傷の対応としては当たり前だぞ? 冒険者を続けるなら覚えておけ」

 直時の恨みがましい目に豪快な笑いで答える頭目ダレオス。彼の対処に文句は無い。それでも他人の身体を切るのだから、心の準備くらいはさせて欲しかった直時だった。


 ダレオスは仏頂面で杯を呷る直時の様子もなんのその。機嫌良く隣に座って手ずから酌をしている。口は対等にとの強い要望から、直時も敬語は使っていない。

 闘った者同士、手打ちの宴会でということである。安直な提案を直時が素直に受けたことには、ある考えがあった。


「しかし、森の中とはいえ街道近いのに、盗賊がこんなところで酒盛りしてて大丈夫なのか?」

 大声で騒ぐ男達を見ていると不安になる直時。通報されてイリキア軍に追い回されるのは御免被りたい。


(出会ったばかりの俺を隠れ家で歓待する訳にはいかないだろうけど、せめてもっと奥に行ったほうが良いんじゃないだろうか?)

「すぐそこに安全な街道があるのに、わざわざ森の中を通る奴なんて後暗い奴等だけさ。俺達みたいにな。そんな奴等なら見つかってもこっそり隠れて離れていくってものだ」

「そういうものかねぇ?」

「そういうものだ」

 直時の不安を笑い飛ばすダレオス。


「それにしても精霊術での治癒とは凄いものだね。驚異的な回復速度だったな。複数系統の精霊術師なんて妖精族か魔人族しか知らないよ」

 感嘆の声を上げたのは、盗賊団随一の魔術師であり、土の精霊術師でもあるクーロイ。長い赤褐色の髪を後ろで束ねている。黒茶の瞳には微かに羨望が浮かんでいた。彼はダレオスの息子、長男である。

 直時の耳に微かな笑い声が聞こえた。顔を向けた先はダレオス向こう側、父に酌をする女性魔術師にして水の精霊術師クリュネである。今はフードを除けて金髪と見紛みまがう明るい山吹色の髪を露わにしている。口数は少ないが、青紫の大きな瞳が興味深げに直時を見ていた。

 二人が揃って精霊の動きを感じたため、直時は土と水の精霊術師だと思われている。

 兄姉は共に精霊術を使うことが出来るが、突出して魔力が多い訳ではない。直時の感じたところ、カール帝国の宮廷魔術師であるリシュナンテより少し下といったところだ。それでも精霊術を使うなら仕官先など引く手数多だろうに、家族で盗賊団とは複雑な事情がありそうだ。


「立合いで手加減されたのは判ったが、精霊術なんて隠し玉まであったとはなぁ。命拾いしたぜ」

 直時のもう片方に座るのは禿頭の大男。山刀を振り回していた男でヘクトルと名乗った。人相と口は悪いが人は良い。進んで隣に座り、ダレオスと代わる代わる酌をするのは詫びのつもりだ。直時が、この盗賊団の中で一番親近感を持った人物だ。


「精霊術には確かに驚いたが、俺はあの人魔術に興味がある。使えなくとも知っている術は多いが、岩で閉じ込めるあの術は見たことも聞いたこともない」

 射抜くような鋭い目を向けたのは直時に矢を放った男、トレモウスである。人魔術に関してなら、盗賊団でクーロイに次いで得意としていた。ダレオス同様、傷を負わせたことに謝罪は無い。その上問い詰めるような口振りに、直時は苦手な印象を持った。新魔術『岩盾・塞』を早々に破られたことも関係している。


(でも良い勉強になった。戦闘用とか生活用とか区別してちゃ駄目だ。要は適した魔術をいかに早く選択実行できるかってことだよな。彼には感謝しとこう。礼は言わないけどな!)

「アハハ。まあ色々事情があるのだよ。何にしても殺し合いにならなくて良かったじゃないか。それより皆から姓を聞かないんだが、理由があるのか?」

「フッ。俺達は盗賊だ。姓などとうに捨てた。まあ、皆色々と事情があるのさ」

 直時は内心を隠し、作り笑いで追求を誤魔化す。無理やり変えた話題だったが、ダレオスがニヤリと笑って冗談を交えて返してきた。答えたくない話題だったようだ。

 そして、末の息子達だと紹介した双子の様子に目を綻ばせる。槍を使っていた方がカストール、双剣がリュデウス。二人は地面に這いつくばって何やら熱心に競っている。


「よし! 8本倒したから追いついたぞ!」

「違う…。さっき2投目で僕が全部倒したから、すぺあで1投目に倒した5本が加算されている。まだ、僕の方が上…」

 乞われるままに見せた精霊術。直時が土の精霊術で作った、石製のミニチュアボーリングゲームに熱中していた。ルールを早く憶えたのは弟のリュデウスだ。兄のカストールは幾分気が早いように見える。


 部下達とは違い、ダレオスが聞きたがったのはティサロニキの話であった。衛兵の対応や、港の様子。軍船の数や、治安状態である。

 直時は、彼等がティサロニキで危ない仕事をするつもりかと疑ったが、中でも熱心に耳を傾けていたのは民の暮らしぶりだった。イリキアに来て間もないから詳しくないと言うと、他国の街との比較や、初めて訪れた時の国や街の印象を聞きたがった。


「交易で栄えて活気ある良い街だと思うぞ? まぁ、門戸が開かれている分、他国の間諜も多いみたいだけどな」

 追い回されている直時の正直な感想である。ダレオスは僅かに眉をひそめて腕を組んだ。


「何にしても精霊術の件は内密に頼むよ」

「お互い様だ。我が子を戦の道具にしたくはないからな」

「…盗賊働きには使うのは良いのか?」

「俺達は小悪党だ。精霊術が必要になるような相手を獲物に選んだりはしない。お前の件は流石に見誤ったと思っている」

「そっちが詮索しないなら、俺もしない。お互い様だ」

 直時の肩をダレオスは任せておけと叩いた。彼が盗賊をしている理由はその辺りにあるのだろう。


「しかしだっ」

 素早く抜いたナイフを直時の喉元に突きつけるダレオス。同時に一陣の風が通り抜ける。突然のことに周囲の者が凍りついた。


「口封じする方が簡単だってこと?」

 面白くなさそうに直時が訊ねた。


「簡単ではないようだな」

 苦笑するダレオス。頸部でピタリと刃を静止させていたが、笑ったことで微かな振動が腕に伝わった。突きつけたナイフの刀身がポトリと落ちた。鍔元つばもとで切断されている。直時の風の刃の仕業だった。

 それとは別にダレオスの手の影を闇の精霊が捕まえていた。風の精霊術には気付いたが、闇の精霊術だとは、腕を動かせないダレオス本人でさえ理解出来ていない。


「まぁ、子供達のためなら殺しも厭わないと覚えておいてくれれば良い」

「了解」

 ダレオスは拘束を解かれた手を確認するように撫で、柄だけになったナイフを投げ捨てた。直時の杯へ酒を注ぎ足す。その手から酒壺を奪い、直時も返杯する。杯を合わせて同時に飲み干した後、二人は不敵に笑い合った。本当の手打ちである。周囲の者の緊張が解け、賑やかな声が戻る。


「風が一番得意なのか? 発動が滑らかだ。トレモウスの矢を受けたにしては反応が早い」

「師匠が風の精霊術、得意なんだよ。ナイフに反応出来たのは殺気が乗ってたからな。アンタ、半分以上本気だっただろ? 何にしても情報がバレた時はこっちの方が損だと判ったろ? 秘密は守るよ」

「判った。いざという時はお前さんの情報を売って逃げるさ」

「おいっ!」

 二人は何事も無かったかのように、ヒソヒソと小声で応酬している。ダレオスは、冗談を口にしながらも直時を信用に値すると判断した。秘密の重さは確かに直時の方が重く、露見した時の損は大きい。

 一方の直時は余裕を見せていたが、内では攻撃衝動を必死で抑えていた。


(心の準備が無い時にやられるとヤバイ! 咄嗟だとこっちも殺しそうになるって、先刻も言ったのにこれだよ…。魔術とかより刃物向けられる方がよっぽど怖い。この世界、突っ込み激し過ぎるっ!)

 刃を向けられたことに対する攻撃衝動は憎しみではなく、敵愾心でもない。恐怖故であった。ヒルダとの特訓は負傷が前提なところは悲しい現実だが、致命傷は来ないとの信頼がある。ダレオスの場合とは心構えが全く異なる。


 実のところ、ダレオスは寸止めしていたのだが、油断があったことも否めない。

 直時は、意識さえ保っていれば精霊術による治癒が可能なため、負傷に対してあまりに軽く考えていた。しかし、精霊術がいかに高性能であろうとも、術者がショボくてはどうしようもない。即死なら何も出来ないのだ。自己嫌悪で味わう酒は、少し苦かった。


 元の喧騒を取り戻した宴の中、直時が改まった様子でダレオスに話しかける。


「少し訊ねるけど、盗賊団同士、横の繋がりってある?」

「無いな。どちらかと言えば縄張りがあるから、争う方が普通だ」

「ふむ。そうか…残念」

「しかしまぁ、娑婆の連中より噂は入ってくる。同じ稼業だからな」

「……そうか」

 ダレオスの言葉に落胆した顔を輝かせたが、また考えに沈む。再び開いた口からは、さらに低い声が出た。


「闇の神器を使う盗賊団の話は知ってるか?」

 直時が襲われて逃げずにいたのは、これを訊きたいからだった。今は他にも訊ねたい事が出来たがとりあえず後回しにする。


「有名だな。各国で大仕事をする割には、頭目の顔も名前も知られていない。盗賊団の規模も判らない。百人を越す構成員とも聞くし、両手指に満たない少数精鋭とも聞く」

 少しの逡巡しゅんじゅんの後、直時は用件を口にした。


「その盗賊団の動向を調べて欲しい。これは正式な依頼で、報酬も用意する」

「タダトキ、お前がどう思おうと俺達は所詮盗賊だ。判ってるか?」

「承知の上だ。嫌ならこの話、蹴ってもらって構わない。まぁ、ただの盗賊なら脅して情報を洗い浚い吐き出させた後、埋めてたかもしれないけどな」

「物騒な事を言う。だが、お前さんに出来るかな?」

 ダレオスの末の息子を庇ったり、ナイフを突きつけられても殺しに来なかったりで、直時の甘さは露呈している。殺しをしない盗賊働きや、寸止めした刃を考えるとどっちもどっちであるが。

 フンと鼻で笑った直時は話を続ける。


「ちょっとギルドとは別口で依頼を受けたんだが、正規の情報だけじゃ辿り着けない気がしてるんだ。蛇の道は蛇、餅は餅屋ってのは俺の国の言葉だが、その道のことはその道の専門家に聞く方が確かだと思うんだ」

 ダレオスは無言で続きを促す。肯く直時。


「奴等はある大きな事件を起こして、今、ギルドは重要案件として追っているらしい。詳細は確認してないが報奨金もかなりの額を見込めるだろう。手がけている者は多いはずだ。俺がこの依頼を完遂する可能性は低いかもしれないが、その事件に少し関わっててね。個人的な理由で手を引く訳にはいかないんだ。前置きはこの辺にして、条件を言おう。奴等の情報、裏がとれた話なら一件につき金貨1枚。あやふやでも最近の動向なら銀判貨5枚。他に必要経費として一日銀判貨3枚」

 直時の眼に嘘は無いと判断したダレオス。しばし考えたあと口を開いた。


「成功報酬は?」

「あんた達からの情報で依頼が達成出来た暁には、俺の報酬の3割を渡そう」

「完遂できそうか? お前さんの自信は?」

「正直全く判らん。だが、やれることは全てやるつもりだ」

「自信皆無って訳じゃないんだな。フッ。良かろう。引き受けた」

「助かる。情報があろうと無かろうと3日に一度はこの森に寄る。情報と報酬の交換はその時に。経費も3日分ずつ渡すようにする」

 色良い返事に、明るい表情で直時が答えた。


「追い剥ぎよりは面白そうだ。ところで先刻聞かせた話はいくらだ?」

 歯を剥き出しにしたダレオスが、冗談のように訊ねる。情報とも言えないような話であったが…。


「酒代込みだぞ?」

 ダレオスの頭上に直時が一枚の硬貨を指で弾いた。


「引き受けた」

 金色に輝くそれを杯で受け止めたダレオスは男臭い笑顔で答えた。


 禿頭の大男、ヘクトルが口笛を吹いた。




 風変わりな盗賊達と別れた直時は、森から街道へ出てティサロニキへと歩みを進めていた。移動魔術は掛けていない。考える時間が欲しかったからだ。


(殺しをしない盗賊か…。頭目の方針として掲げ、下までそれが行き届いている。盗賊ってそんなにお行儀の良い連中なのかな? それに長男長女が精霊術師。双子に精霊は見えてないようだったけど、子供達は皆、綺麗な顔立ちだった。ダレオスも粗暴ではなかったし…。盗賊じゃないなら裏情報は期待出来ないかもしれないな)

 腑に落ちない点は後からいくらでも浮かんでくる。


(でもまぁ、独自の情報源を得られたってことは大きい。街じゃマークされていて動きにくいからな。調査力は未知数だけど、ギルドに入る情報と照らし合わせれば評価もできるだろ)

 邪魔にならないように街道の端を歩く直時。今も冒険者らしき集団が移動魔術で追い抜いていった。思考に区切りをつけた彼は、移動系魔術を発動。魔法陣を編み、ティサロニキへと急いだ。


 街に入る際の税徴収の列で不審な挙動をする人物がいた。直時である。呼吸の回数をなるべく減らしたり、吐く息をなるべく人の居ない方向に向けたりしていた。

 盗賊たちとの宴会で、日も高いうちから酒臭い息を吐くことになったためだ。本人はかなり後ろめたいようだが、食事に飲酒は付き物という慣習で、特に咎められることもなく街に入る事が出来た。


 街では通いが前提のため、あまりのんびり過ごすことが出来ない。足早に歩く直時が最初に向かったのは冒険者ギルド、ティサロニキ支部である。

 娼館から保護した狐人族のマーシャ親子とエマの様子を確認する事と、神獣の子拉致暴行事件(虚空大蛇ミソラの件)の推移確認、それに加え冒険者として依頼請負が目的である。


 ギルド会館の扉をくぐった直時は、先ず喫茶店が入っている二階へ向かった。マーシャが今日から働いているはずだ。

 会館の作りは支部により規模は異なるがほぼ同じだ。一階は受付と、依頼品の受け渡し、換金窓口がある。二階は依頼掲示板と喫茶室、三階より上はギルド事務に関する施設である。他に一、二階には個別対応のための応接室がいくつかあり、救護室も備えられている。


 直時が入り口から覗くと、広い喫茶店内に客の姿は少なかった。3分の入りというところだろう。冒険者の利用率は低く、殆どがギルド職員であった。悠長にお茶を飲む冒険者は少ないようである。


「お待たせ致しました。花茶とパンのセット、香茶と焼き菓子のセットをお持ちしました」

 聞き覚えのある声がする。二人連れの客の前に茶杯と皿を並べているのは、お仕着せの給仕服に身を包んだマーシャだ。

 ティサロニキ支部の誰の趣味かは判らない。詰襟長袖の白いブラウス。素肌の見えない濃紺のロングスカート。エプロンと髪留めに控えめなフリルが付いているだけで、簡素なメイド服といったところである。

 柔らかな口調で微笑を浮かべ、皿を置く仕種はゆったりと静か。淑女の優雅な雰囲気を醸し出していた。初見で見せた蓮っ葉な口調は欠片もない。


「誰だ、あれ?」

 完璧な接客に呆然とする直時である。

 呟きが聞こえたのか、マーシャが直時を見つけて一瞬だけ目を丸くし、すぐ営業用の笑顔で近付いてきた。


「いらっしゃいませ。 ご・しゅ・じ・ん・さ・ま?」

「……何の店だよ?」

 最後のはマーシャの冗談であるが、日本の特殊な喫茶店を思い出してしまう直時だった。


「就職初日で、もう違和感無いとか凄いな」

「給仕の仕事は経験あるからね。でも、ここは堅苦しくて気疲れするわさ。同じ給仕なら酒場の方が性に合ってたんだけどねぇ」

「ギルドに派遣だから、そこは我慢してくれ。何より安全だし。マリーちゃんとエマちゃんはどうしてる?」

「用意してもらった部屋にいるよ。今は多分一緒にお昼寝してるわさ」

 壁際の一席に直時を案内した後、休憩の許可を取ったマーシャが相席していた。口調は素に戻っている。

 共に斜め切りしたバケットに野菜や塩漬け肉、茹で卵を乗せ、酸味のあるソースを掛けた軽食を摘んでいた。直時にとっては間食、マーシャには遅めの昼食である。


「しばらくは不自由を掛ける。護衛が付くまで我慢してくれ。マリーちゃんとエマちゃんを万が一にも危険に晒したくないんだ」

「判っているわさ。そんな顔しないでおくれよ。うちらとしちゃあ、望外の救いだったんだ。感謝することはあっても不満なんて全くありはしないよ」

 営業用ではない微笑を向けられ、返って居心地が悪くなる直時。自己満足で始めた事なので、ある種の後ろめたさを感じている。


「あー、不満が無いなら良かった。あれだ。俺は君の雇用主だからな。労働環境に問題ないなら結構。仕事、がんばってくれぃ」

「フフフ。勿論さね」

 明後日の方角を向く直時を好ましそうに見るマーシャ。頬杖をついて笑っている。大きな尾が左右に揺れていた。


「問題なく過ごせているようで安心したよ。で、例の館の事なんだ。頭に血が昇ってたこともあってかなり過激な計画を立ててたんだけど、実際はどうなのかちゃんとした話を聞きに来たんだ―」

 直時は、彼女達の姉貴分として信頼があると言ったマーシャに、他の娘達の事情を訊ねることにしたのだ。

 怒りが冷めた頭で考えると、エマの様に拉致誘拐された娘以外は、止むに止まれぬ理由を持っているかもしれない。マーシャとて、人身売買気味な要素が無ければ、借金返済(旦那の借金だが)という極当たり前の事情だった。特殊な店だけに給金も高く、稼ぐ目的を持つ者にとって、直時がやろうとしていることは迷惑なだけである。

 傷ついた彼女達の姿を思い出すと、今でも直時は頭に血が上る。しかし、気に入らないもの全てを破壊する訳にもいかない。直時は独裁者ではないのだ。


「珍しいペンと帳面だわさ。魔具かい? 帳面は真っ白で薄くてツルツルだし、ペンはインク壺に浸けなくてもずっと書くことが出来るなんて…。それに何て書いてあるのさ? 暗号か何かかい?」

「普通のメモ帳とボールペン。魔具じゃない。文字は日本語…まあ、暗号みたいなもんだ。個人情報だし見られても判らない方が良いだろ。次のはどんな事情?」

 マーシャは直時の手元を珍しそうに見ていたが、先を促され続きを話す。

 内容は時にとりとめのない話題も混じるし、「そう言えば…」と、話す間に思い出す事も多々あった。聞き手を飽きさせない話し方ではあるが、直時は次第にイラつきはじめる。優先する情報を簡潔な答えで頼もうと口を開きかけたが、話題の中には各種族特有の話や、足繁く通う客の素性などが含まれていることに気付いた。そのため、直時はとりあえず片っ端から記して後で情報を整理することにしたのだ。

 日本からの品を人目に晒すことに危惧はあったが、所詮筆記具である。かさばる獣皮紙とペンにインク壺では速記に向かない。リズミカルにボールペンを走らせる直時は、小さな文字でA5判のメモ帳を埋めていく。


「―こんなところさね。アタシはそろそろ仕事に戻るよ。マリーとエマの顔も見て行っておくれ」

「うーむ。今日は息が酒臭いから止めておく。お昼寝中なら起こすのも悪い。また、今度な」

 話し終えたマーシャが言った。直時はメモ帳を鞄に収めて、少し迷ったが誘いを断る。酔っ払っているわけではないが、子供達と会う場に酒の匂いをさせていることが気になるようだ。非常に残念そうではある。


 近いうちに寄ることを約束し、マーシャと別れた直時は一階へと足を運んだ。受付嬢へと神獣、虚空大蛇こくうおろちの仔の拉致傷害事件の進展情報と犯人捕縛に対する依頼を訊ねる。

 事件の概要は、直時の良く知るところだが、布告がどのようにされているのか興味もあった。情報は以下の通りである。

―マケディウス王国内、港町リジェカ西方で負傷していた虚空大蛇の仔を発見し保護。治療の後、両親へと無事引き渡される。仔から奪われた飛行骨は魔具の高級素材として取引が予想されたが、売買情報は皆無。犯人も特定されていない―。


「進展無し…か。ところでここにひとつ情報を付け加えたいんですが、宜しいですか? 事実確認は―冒険者に夜の王クニクラド様の加護持ちの方はどなたかいらっしゃいますか? 調べる? お手数をおかけします。じゃあそちらから真偽の程、ご確認をお願いいたします。実は、犯人一味の中に神器使いがいます。クニクラド様が過去に授けた神器で『影櫃かげひつ』というそうです―」

 手口が判明すれば犯人は限られてくる。貴重な情報にギルドは色めき立った。ダレオス達でさえ噂に聞くほどの盗賊団となれば、世界規模の繋がりがあるギルドの情報網にも掛かる手掛かりが出てくるだろう。


 無償の情報提供にはフィアと一悶着あった。クニクラドから直時個人へ神器回収の依頼があるものの、話し合った結果、早期解決を図るならギルドへの情報提供が必要と結論した。解決が遅れて、両親であるミズガルズとアナンタが暴れることになれば被害甚大とのことだ。直時としては、自分で犯人を捕まえたいところだが、個人の都合や利益を追求する場合ではない。

 慌ただしさを増した受付。確証を得るため、各支部と連絡を取りクニクラドの加護を持つ冒険者へと繋ぎを取っているようだ。


 突然の喧騒をもたらした小柄な黒髪の冒険者は、あちこちへ念話や遠話を飛ばしていた受付嬢の前から消えていた。




投稿出来てなかったからもう一回!

まさか、二重になってないよね?

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