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異邦人の始動

相変わらずヌルイ進行です



 イリキア王国、東都ティサロニキから少し西へ離れた街道沿いの森。野に生きる魔獣には格好の住処となるが、行き来する商人や旅人の顔に不安は無い。皆が己の往く先を見つめて歩みを進めている。

 物流の安定は国の安定、繁栄をもたらす。安全な通行を保つため、定期的に軍の掃討作戦や、ギルドからの駆除依頼がある。ティサロニキに荷揚げされた大量の物品は、この街道を通って他の町や村へと運ばれるからだ。


 そんな人を襲う魔獣は少ないはずの森で、息を殺して茂みに伏せている男がいた。葉の隙間から窺う視線は忙しなく動き、恐怖と警戒を露わにしている。


「どうだ、居たか?」

「痕跡はある。その辺に隠れているのだろう」

「じゃあ、とっとと見つけな。遅くなると頭にどやされる。ガイナスの鼻ならとっくだぜ」

「俺は視覚の強化魔術しか無いのだから仕方無いだろ。足跡はこっちに続いている。間違い無い」

 人相の悪い二人組が、周囲を睨みながら足早に歩いて来た。

 ひとりは弓に矢をつがえ、すぐにでも引き絞れるようにしている中肉中背の男。もうひとりは重そうな山刀を片手で振り回している大男だった。人が魔獣の心配なく過ごせる地では、人を襲う人が最も厄介な存在であった。


 山刀の男は愚痴をこぼしながら手近の枝を斬り飛ばしている。後ろを歩く弓の男が視覚強化の魔術で痕跡を追っていた。

 近くで聞こえた声と足音に、見を潜めていた男の身が強張った。ゆっくりと頬を地面に押し付け、呼吸を止める。他の荷物を捨てて守り通した鞄を握り締めた。


(見つかりませんように…、見つかりませんように…)

 目をきつく閉じて必死で念じる。彼の願いも虚しく、大きくなる足音が不意に止まった。漏れそうになる悲鳴をかろうじて飲み込む。


「見つけた! 遠いが歩く姿が一瞬だが見えた」

「行くぞ! 他の奴等にも報せろ!」

 鋭い声の後、慌ただしくその場を走り出す二人。


 男達の気配が遠ざかったところで、隠れていた男は止めていた息を吐いた。突然の幸運を無駄にする訳にはいかない。周りを警戒しながら、反対方向へと後退する。


(誰だか知らないけれど、この恩は一生忘れない。だから、許してくれ!)

 胸中で自分の代わりに犠牲になる人物に詫び、守り通した荷物を抱いてその場を去った。




 無人島の隠れ家から、ティサロニキへと早速舞い戻った直時。風の精霊術で空を飛翔し、飛ぶ姿は人魔術『幻景』で隠していた。

 人目を避けて舞い降りたのは、例によって街から離れた森の中である。『幻景』を解除し、街道まで木々を縫っていた。移動系魔術は森を抜けてから施術するつもりだ。わざわざ障害物が多い森の中で発動させる必要は無い。


 彼の服装は標準的な冒険者と変わりない。むしろ貧相なくらいである。ある程度の装備はティサロニキ滞在中に購入したが、フィアやオデットに着せ替え人形させられた一張羅いっちょうら以外は安い既製品だ。

 足元は革の編上げ靴。ズボンは厚手の布製で、快適さより耐久性を重視した旅人用のもの。虎縞海象トラジマセイウチの革で作った脛当すねあて。肘、肩、袖口を柔らかい鼠豚ネズミブタの革で補強した上衣。その上に部分鎧として、翠海亀ミドリウミガメ甲羅こうら製の胸当てを装備していた。

 とりあえずの装備であれば充分、良い装備はじっくり選びたい、との直時の希望の結果だった。


 槍を杖がわりに歩く軽装の直時。彼を掠めるように、数本の矢が通り過ぎた。突然の攻撃に足を止める。


「人がいることは判ってたけど盗賊の類だったか…」

 溜息を吐きながら呟く。探知強化と風の精霊の声で人の存在を感知していたが、街道を逸れて森の中にいるのは、便意を催したか休息だろうと気にしないでいたのだ。当然、迂回するように距離をとって歩いていたが、相手の方が接近してきた。


「大きな街の近くなのになぁ。つーか、ピンポイントで降りた森の中にいるってどうなのよ?」

 不運を嘆く呑気な台詞とは裏腹に、木々の間からの正確な射撃と分かれて近付く気配に直時の緊張は高まる。


(射手は左右に1人。その場に留まって狙ってる。特に右の奴、連射早いな。近付いてくるのは右から1人。左から2人。それと後ろから3人。後ろの奴等が本命か? あと1人、離れたところを移動してる。どういうことだろう?)

 矢を放ったことで存在を誇示している。同方向から接近する男達は隠れる気は皆無だが、後方の3人は息を殺して近付いてくる。

 離脱する人物についてはとりあえず脅威対象から外す。直時は独り。増援要請とは考え難いからだ。事実、直時を身代わりに逃げている男である。


「おいおい、人違いじゃねぇかっ。てめぇ紛らわしいんだよ!」

 怒声を放ったのは先程の山刀を持った大男だった。苛立たしげに舌打ちを放つ。


「こいつ、さっきの商人じゃない…」

「そうだね。金持ってなさそうだね」

 反対側の藪からは二人が姿を現した。まだ若い。いや、幼い。十代半ばに見える。二人共、揃いのオレンジ色の癖っ毛と似た顔立ちをしている。兄弟、いや双子だろう。整った顔は、垢を落としてやればさぞ輝くだろう。

 手の得物は片方は槍、もう片方は刺突剣。槍は直時のそれとは違い、穂先には刃が付いている。刺突剣は2刀流だ。左手に持つ剣は短く、つばが大きい。盾として使う護剣だ。槍を構えた兄弟の背中を守るようにして、二人で直時へにじり寄る。


「人違いの上、貧乏臭く見えるのなら見逃してくれないか?」

 離れていった人物が本来の獲物だったようだ。直時は真後に回られないようにジリジリと後退った。槍は突き出さず、正面で縦に構えている。攻撃ではなく、防御のための構えに見えた。


「てめぇ、冒険者だろ? 身なりは貧相だが、わざわざ街道を逸れて森を歩くくらいだ。依頼で金目のもんでも運んでるんじゃねぇか?」

 大男が歯を剥きだして笑い、問いかけた。山刀の刀身を左手で撫でている。


(うわぁ、カツアゲかぁ? 命が惜しければ金目の物を出せってことか…)

 フィアもいなければブランドゥもいない。小柄で貧相で装備も良くない普人族という見た目である。侮られるのも仕方がない。

 精霊術を使えば直時に負ける要素は皆無だが、隠す方針であるため使うなら口封じのため皆殺しにしなければならない。最初から殺す気で攻撃されていれば、今の直時なら容赦はしなかったが、相手がまずは脅しの威嚇攻撃から入った以上、無闇に殺すことは避けたいと思っていた。相変わらず甘い男である。


(こいつら頭数で包囲してるくせに、何故姿を見せたんだ? 普通なら問答無用で命を狙ってくるだろう。隠れてる奴等が切り札としても、俺一人相手に大袈裟な布陣だよな。とりあえず様子見すっか)

「いやー、何も持ってないですよ? むしろこれから依頼を受けて稼ぐ予定なんですよ。人目を避けてるのはちょっと訳有りでして…。以前に色々やらかしてしまって、目立たないようにしてるんですよ」

 警戒は切らさないが、相手の意図を探るため喋りだす。直時の口調に自嘲が滲んでいるのは、ぼかしているが本当のことだからだ。確かに嘘は言っていない。


「ほう。おめぇ、前科持ちかい? それでもギルドで稼ごうってことは、余所でやらかした口か?」

 大男の態度が軟化する。勘違いして同類と思ったようだ。


「イリキアでの事はまだバレてないんですけど、交易のある国で少し…ね」

「それで冒険者か? 辞めとけって。バレた時にギルドから罰則課されてタダ働きさせられるのがオチだぞ」

「ティサロニキなら国境近いから、発覚するまで稼げるかと思ったんです。いざとなれば他国に逃げれば良いし」

「阿呆! ここからだとトラキアかリッタイトに逃げるつもりなんだろうが、トラキアは他国人には厳しいぞ。リッタイトは戦争中だし、そもそもどんな国かもわからねぇ。見つかったら、即、殺されるらしい。悪いことは言わんから、盗賊でもやっておけ」

 人相の割に人は良いらしい。頼りなさそうな直時に、本気で助言をしている。


「盗賊だって捕まったら死罪でしょう?」

「捕縛されりゃあな。ヘマさえしなけりゃ、外道働き以外、討伐対象にまではなら無ぇよ」

「ほう。あなた方は殺しはやってないと?」

「おうよ! 拐かしにだって手を出してないぜ」

「荷物、確認…」

「財布見てみてー」

 双子の言葉に我に返る大男。野盗としての職業意識を取り戻したようだ。


「だからと言って無事に逃げられるってわけじゃないからな? 抵抗するなら腕の一本は覚悟しろよ?」

 喋り過ぎたことに気が付いて改めて直時を恫喝するが、些か迫力に欠けてしまった。


(なるほどな。こいつらは強盗犯じゃなく恐喝犯ってことか。包囲して数で圧倒して脅す。俺が抵抗すれば、隠れている3人が更に出てくるってところかな? 奥の手ってことは隠し玉は強力なんだろう。さーて、どうしよう?)

 直時は対応に悩む。殺しに手を染めないのは、彼等なりの身を守るための損得勘定なのだが、殺しが前提ではない盗賊に、どうしても皆殺しとまでは考えられなくなってしまった。


「ちなみに有り金全部ですか?」

「街に入る税は最低でも残してやるよ。ま、おめぇさんの格好から察するに半分にしといてやらぁ」

 直時が素直に応じそうだと判断したのか、気前の良い(?)提案だ。大男の目には多少憐れみが浮かんでいる。それに対する直時の答えは―。


「土は石に 石は岩に 『岩盾がんじゅんさい』!」

「てめぇ!」

 突然編まれた魔法陣に身を固くする大男と双子。油断した彼等には、完全な不意打ちだった。知らない人魔術だったが、当然攻撃魔術だと判断した。しかし、発動後も我が身は無事だ。

 安堵もつかの間、彼等は弓の援護射撃が無いことに気付いた。


 直時は精霊術の慣熟訓練をフィアから受ける一方、人魔術の改造もフィアと共に行なっていた。中でも使い慣れた『岩盾』派生の術は、土の精霊術をイメージすることにも役立った。

 今回使用した術はその内のひとつで、建築や作成目的ではなく戦闘時での防御。それも受動的パッシブ防御ではなく、能動的アクティプ防御系の術だった。


 2つの魔法陣発動と共に、直時の魔力が供給され術式が魔術回路に従って行使された。照準は眼前の大男と双子ではなく、遠距離に潜む射手。離れているとはいっても障害物の多い森の中である。矢を通すために遠くはない。術の射程内であったし、直時は精霊術と探知強化によって完全に位置を把握していた。

 瞬く間に、標的を中心として5メートルの岩製の半球状ドームが形成された。消費魔力は初期型『岩盾』とほぼ同量。単純な岩壁であったそれより厚みは薄くなったが、普人族が素手で壊すことは不可能だった。


 射手の二人は無警戒だった訳ではない。矢をつがえて仲間と直時のやり取りを見守っていた。弓を引き絞っていれば、魔法陣を編む直時に矢を放てたかもしれないが、その体勢を維持し、体力と集中力を使い続けることは不可能だ。

 弦を引きながら狙いを付け、矢を放つ。その早射ちに自信も自負もあったが、直時の魔術を察してから放った矢は、目の前をさえぎる岩壁に当たり虚しく跳ね返った。闇に閉ざされた岩牢の中で、ひとりは恐慌をきたし手探りで出口を探す。もうひとり、大男の相棒は一瞬の歯噛みをした後、魔法陣を編み始めた。




 直時の魔術が何を狙ったかは判らない。だが、大男は続いての魔術を許す気はなかった。魔法陣を編む時間は与えない。巨体に似合わぬ素早さで踏み込んだ。右手の山刀を振りかぶり、力任せに直時へと振り下ろす。


(おっ! 本当に腕狙いだ。殺しは無しって嘘じゃなさそう)

 刃の軌跡を読んだ直時は、左足を半歩退って躱す。攻撃の速度も重さも、ヒルダの斬撃を体験した身となれば、大した恐怖を感じない。


 左に開いた体の反対、直時の背中側から槍の穂先が突き出された。動きを察知していた直時の身体と槍が旋回。―ガキン! 攻撃を外すと同時に双子の槍先を跳ね上げる。

 攻撃を弾かれ、泳ぐ身体を必死に立て直す兄弟の援護に、双剣の双子が鋭い一突き。左剣を顔の横に構え、大きく踏み込んだ右の剣先が直時に伸びる。肉を打つ音。右の内腿に走る激痛に攻撃の手が止まった。悲鳴を噛み殺しうずくまる。

 石付き側で剣の双子の脚を打った直時は動きを止めていた。大男も不自然な格好で動かない。剣の双子を打ち据えるのと同時に、顔先へ突きつけられた槍の切っ先に、大男は脂汗を浮かべていた。


―ニヤリ。

 直時と大男がお互いに不敵な笑みを交わす。二人の眼に敵意はもう無い。力を抜いて緊張が緩んだ瞬間、直時の顔が強張った。

 眉をひそめた大男。彼の体を掠めた矢が、直時の肩口に突き刺さった。




 矢を放ったのは大男の相棒だった。彼は先ず魔術『灯火』で明かりを確保、自分の置かれた現状を確認。閉じ込めた魔術は判らないものの、壁は岩製であることを知り、土木錬金魔術『石化』で岩壁を材料に石材を生成したのである。皮肉にも『石化』は、直時が『岩盾』を作る際に参考とした魔術だった。

 『岩盾・塞』に穴を開けることに成功した彼は、仲間の危機に直面することになった。膝を突いた双子と槍を突きつけられた相棒を目にした男は、今度こそ得意の早射ちを黒髪の男へと射込んだのだ。




「大丈夫かっ?」

 近付いてくる相棒の声に大男は手を振って応えた。顔は直時に向いている。


「不本意ながら形勢逆転って奴だ。すまんな。避けなかったのはアイツらがいたからか?」

「殺さないよう攻撃してくる優しい盗賊さんだったからな。それに子供の死に様はもう見たくないし」

 済まなさそうな顔で、それでも山刀を突きつける大男に苦笑いする直時。槍は手放し、無事な左手で右肩を押さえていた。

 彼の後ろ、飛来する矢の延長線上には、膝を突く兄弟を守るように槍の双子がいたのだった。

 直時も決して油断していた訳ではなかったが、捕獲した射手や決着の着いた大男より、隠れている3人に意識が向いていた。矢に気付いたときには、受けるか避けるか精霊術で防ぐかの3択しかなかったのである。


(さーて、どうしよう。精霊術はやっぱり隠しておくべきだよなぁ。かといって財布半分持っていかれるのも御免被りたい。いや、半分で済むかなぁ?)

 身なりこそ貧相であるが、懐の財産はかなり多い。手持ちの金が多いとなれば奪われる額も増えるだろう。痛みに耐えながら思考を巡らせる。


「悪いが懐を改めさせてもらうぜ?」

 相棒が至近で弓を構えていることを確認し、大男が直時に手を伸ばす。


(あーあ。もう精霊術解禁するか。盗賊の言葉を真に受ける人間も少ないはず。こいつらは脅しておけば良い)

 直時が決意を固め、精霊が集まり始めた。


「待て」

 低いがよく通る声が、大男の動きを制した。隠れていた残りの盗賊たちが姿を現し、ひとりが声を掛けたのだ。

 三人の中央で先頭を歩くのは40半ば、大柄で逞しい朱色の髪の男である。柄の長い大剣を肩に担いでいる。声を発したのはこの男だ。

 一歩下がって両傍らを歩くのは、どちらも魔術が専門のようだ。長身の若い男は右手に魔杖(先端に大きな魔石が付いた杖)を持ち、もうひとり(フード付きローブで顔が判らないが体型から女性)は身長を越す大きな樹の杖を両手で支えていた。


「得物を下げろ。死にたくなければな」

「お頭?」

「その男の周囲に精霊がつどっているそうだ」

 ニヤリと歪めた口元は、男臭いが魅力的な笑みだ。魔術師二人が頷く。


「本当ですかい? まさか、精霊術師…」

 驚愕に目を開く大男。相棒の弓男もゴクリと喉を鳴らした。


「襲ったことについては、これが商売だ。頭は下げん。が、息子達を庇ってくれたことには礼を言う」

「どう致しまして。つうぅ…」

 戦闘を回避できたことで安心した直時。途端に傷の痛みがぶり返す。


「見せてみろ。深いな。肉が締まって抜けん。治癒術は使えるのか?」

「ああ」

「なら、矢は抜いてやるから傷は自分で治してくれ」

 盗賊の頭目は巨大な武器を部下に預け、腰の短剣を抜く。直時の服を傷口を中心に切って状態を確認して言った。


「えっ?」

 疑問を浮かべる直時に構わず、肩の矢傷に短剣をあてがい、深く切り裂いて力任せに矢を引き抜いた。


「ぎゃあああああああ!」

 直時の悲鳴が森に響き渡った。




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