隠れ家
今までの流れは何処に行ったか判らない進行…。
迷走してごめんなさい><
イリキア王国第二の都市、東都ティサロニキを離れた直時、フィア、ブランドゥの一行は、一路翠玉海を目指していた。
直時は街から充分離れたところでブランドゥの背から離れている。今はフィアと並んで、ともに風の精霊に身を任せていた。
一行は一旦央海側である南へ向かい、イリキア領海から離れる。その後、東から北へ大きく回りこむ形で翠玉海を目指す。もしもの追跡を撹乱するためだ。直接追跡の心配より各国の船からの目撃情報を躱す目的である。
そして、今はイリキア王国とリッタイト帝国の間に位置する翠玉海の空の上。浮かぶ群島を眼下に、住処として適当な島を探していた。
「リッタイト帝国と交戦中って聞いたけど、平穏なもんじゃない?」
「そうね。島が多いから秘密基地作るのは私達だけじゃないと思っていたけど、そうでもないのかしらね?」
エメラルドグリーンに染まった浅い海。至る所に環礁が広がり、海面下の珊瑚礁を想像出来る。
大小様々な島々には人の手が入った形跡がない。イリキア王国、リッタイト帝国、両国の基地と思える施設は皆無であった。二人は、これなら安心して自分達の秘密基地を築くことが出来ると安心する。
「あまり大きな島だと監視体制を敷くのも面倒ね。比較的小さくて他の島と離れているところが良いわね」
「あの島なんかどうよ? 周囲を環礁が囲んでいるから船の接近も限定できそうだし、他の島とも結構離れてるよ?」
フィアの条件に当て嵌まる島を確認した直時が指さす。およそ500メートル程の直径をした円形の島である。砂浜が周りを囲み、沖合50メートルぐらいに珊瑚礁の浅い海が広がっている。
「良い感じね。日も傾いてきたし、とりあえず島の様子を見てみましょう」
肯いたフィアが着地を促した。
島の西側、砂浜に舞い降りた一行は、それぞれが身体を伸ばしながら落日を眺めた。エメラルドグリーンの海が空と同じく徐々に茜色に染まり、濃紺から漆黒へと変わっていく。毎日繰り返される光景だが、美しいことも変わらない。全員がそれを言葉少なげに楽しんだ。
「島の探検は明日だね。今日はこの砂浜で野営するとしようか」
「食事は簡単な物で良いわ。でもお風呂は宜しくね」
「飯も風呂も俺が用意するのかよ! まさか寝床も調えろとは言わないよね?」
「当然! イワニナ近くの岩山改築みたいにちゃちゃっとやっちゃってね」
「もう暗いじゃないか。風呂と仮宿はなんとかすっからご飯くらいは作ってくれよ」
「それもそうね。でも竈は作ってね。改造人魔術で前に作成してた竈は便利そうだったもの」
「まあ、どれも『岩盾』派生の術式だからな。じゃあ竈から作るか―。いや、ここは土の精霊術で…」
「土の精霊術? アンタいつの間にそんなこと出来るようになったのよ!」
「いや、クニクラド様のところで、ヲンさんって土系統の神器使う人がいてさ。その作業見てたら何となく土の精霊達が見えてきて使えるようになった」
「……もうなんでもありね。後は任せるから宜しくね。ブランドゥ、食材調達に行くわよ」
虚ろな笑いを浮かべたフィアが羽を休めているブランドゥを促した。
「(私は魚でお願いします)」
「あなたも行くのよ! ったく、働かざるもの飢えも止むなしって言葉があるでしょうが」
フィアがブランドゥに怒っている。アースフィアにも日本と同じような諺があるんだなぁと直時が感心していた。
これまでブランドゥの食事は直時が嬉々として用意していたので二人共知らなかったが、稀少な軍用騎獣という立場にあり食事は誰かに用意されていたようだった。彼自身で餌を摂ったことが無いと判明し、フィアが眉を寄せた。
「自分の食い扶持を何とかするのは基本だからね。ブランドゥ! 狩りのやり方を教えてあげるわ! 付いて来なさい!」
「(了解です! ご指導お願いいたします)」
素直な返事に気を良くしたフィアがブランドゥを伴って薄闇の空へ舞い上がった。彼の好物である魚を捕りに沖へ向かう。
「……ペッペッ! フィアは流石に面倒見が良い。でも張り切り過ぎなんだよ―」
フィアとブランドゥが飛び立つ際、まき散らかした砂にまみれた直時が文句を言いながらも微笑んだ。白烏竜はヴァロア王国からの呪縛から着実に脱していく。ヒルダに連れられて行ったブラナンとブラントロワも、こうやって前に進んで行くだろうと思える直時だった。
フィアとブランドゥが食材確保に向かう間、風呂と借り宿と竈の用意をする直時だったが、土の精霊術は思った以上に厄介だった。
先ずはご飯ということで竈を優先したが、精霊術はイメージの具現化が効果に大きく影響する。大雑把なイメージでは出来あがったモノも大雑把になってしまうのだ。人魔術は魔法陣で制御した上で発動するため、予め設計図を引いたように正確に作成できるが、精霊術ではそうはいかない。自由度は人魔術と比べ物にならないが、クニクラドの城で埴輪を作成したときのように手作り感が半端ない。
「キッチンコンロみたくイメージしたんだが……、何故こんなに歪んでるんだあ! そりゃあ水平も何もとってないけど! 『岩盾』竈バージョンの方がきっちり作れるじゃないかぁ!」
多少歪んでいようが、竈としての機能に問題はないのだが、何かこだわりがあるらしい直時は苛立ちながらウロウロしていた。
「ヒルダさんに課された精霊術の宿題はこのところやってなかったしなぁ。でも、風も水も闇もそこそこ良い感じなんだ。どうして土系は上手くいかんのだ」
実際は『完成品』という一点で妥協しないためである。浜辺には失敗作とされた竈がいくつも出来上がっていた。
「そうだ! 『探知強化』して感覚を上昇させれば良いんじゃないか? あれ使ってればマイクロ単位で感知出来るしな!」
直時の魔法陣コピーの秘密はここにある。
魔力を扱う直感が重要視されるアースフィア。感覚の強化系魔術も、直感をより鋭くするために生み出された。そのため対象の認識に関して常に主観が優先されるのだ。要するに、「ぱっと見て(―聞く、嗅ぐ、触る等も)直感で把握、即判断」という流れである。
対して、直時は様々な計測器具と単位が溢れる科学技術文明にどっぷり浸かっていた。幼少時から定規や分度器、コンパス、温度計や湿度計、体重計や計量器が身近にあるということはアースフィアでは考えられない環境なのだ。
しかも、成長するに従って目にする計測器具は更に増えるし、様々な関数計算も覚える。仕事でも10分の1ミリメートル目盛りの定規や、更に細かいマイクロゲージ等も使っていた。その感覚や知識が重なって、『探知強化』で驚くほどの精度を見せたのだ。
一見するだけで人魔術の魔法陣を記憶出来たことは直時自身驚きであったが、感覚強化と共に上昇した認識力で、その事を自覚出来たためすんなりと受け入れることが出来たのである。
「ふふふ。これで綺麗な竈も作れるぜ!」
探知強化の人魔術と土の精霊術と元の世界の知識により、前にも増して使い易く精密な竈を作成できるようになった直時。砂浜の砂を材質に、ケイ素の多い表面ツルツルピカピカの竈を完成させた。
「あれ? なんか魔力の無駄遣い感が半端ないんだが…」
達成感に浸っていたが、ふと我に返る。当然のことだが、魔法陣を改造した方が消費魔力は少なかった。
「これはこれで人魔術の完成形モデルとして参考に出来る! うむ。そういうことにしておこう!」
回り道をしたことに無理矢理正当な理由を付けた直時である。悔しかったのか、意地になったのか、風呂は土の精霊術で岩風呂様の露天風呂を作成した。正方形の『岩盾・方舟』より風情があるのは確かである。これも魔力の無駄遣いであった。
次に手を付けたのは寝床となる建物である。温帯と亜熱帯の間くらいの気候であり、夜も気温は下がらず島々は快適な海風が吹いていた。
直時も野営には慣れたが、やはり屋根が欲しい。南国風のコテージが理想であるが追々建てることにして、今日の夜露をしのぐ仮宿を土の精霊術で作る。ブランドゥの分もある。
「砂浜だし大きなビーチパラソル風の屋根で良いかな。床を地面より一段高くしてっと…」
直時は地面から姿を見せたずんぐりした土の精霊、通称『モコちゃん』へ自分のイメージを伝える。
白砂が形を変え、4メートル四方が30センチ程盛り上がって石畳となる。固そうだが土台の床が完成した。続いて中央から砂が棒状に伸びて頭上3メートルで放射状に広がる。直時のイメージ通りビーチパラソルを模した屋根が形を成しはじめる。
「っと、あまり薄いと強度が心配だな。ある程度厚みが必要か」
傘の膜に当たる面の厚みを増す。骨組みも作っていたが、屋根を厚くするならとベーゴマを逆さにしたような形状に変更。
「うむ。これなら雨もしのげるだろう」
土台を覆い隠すほどの大きな屋根を作成し、靴を脱いで石畳に上がる。ペタペタと裸足で滑らかな感触を確かめながら、屋根を支える柱に満足そうに手で触れた。
「良い海風じゃないか。シンプルいずベストだな。仮宿にしちゃあ上出来上出来!」
沖へ眼をやった途端、その海風が強さを増した。まき上げられた砂に眼を瞑る直時。
―ビシリ。
右手を添えていた柱に嫌な振動が走る。
「んなーっ?」
次の瞬間、細い柱が砕け散り石造りの巨大な屋根が直時の上に落下した。
ビーチパラソルというイメージを優先し、細い柱一本で支えた上に屋根だけを厚くしたための自業自得である。『岩盾』系で作っていれば事前に問題を発見出来たが、イメージだけの勢いで作った結果だ。検討する時間があればそれなりに気付くこともあるのだが、咄嗟の行動に思考が追いつかない直時のこれまでを象徴する結果となった。
「ペッ! ペッ! 口の中がジャリジャリするぅ…」
咄嗟に自分の頭上だけ砂に戻したため、事無きを得た直時が砂まみれになって立ち上がった
「ブランドゥ。潮目は見える?」
「(はい。穏やかな海面と走っている流れの境界ですね)」
「そう。良く眼を凝らしてみなさい。獲物はそこにいるわ」
フィアの言葉通り、トビウオに似た魚が潮目付近から次々と飛び出してくる。羽のように大きな胸鰭を広げ、驚くほどの距離を滑空していた。
狙いを定めたブランドゥが降下しようとするのをフィアが押しとどめる。
「あれじゃ、あなたのご飯としては少ないでしょ? 少し待てば大物が姿を見せるはず」
フィアの言葉通り、滑空する魚へ波間を裂いて巨大な影が躍り上がった。
月明かりに飛沫を煌めかせ、獲物を鋭い牙にかけたのは、3メートル程の魚である。多くの魚類のように紡錘形ではなく、頭部は額が角張っており全体的に縦に平たく長い。背は明るい藍色で、側面から腹にかけて緑から金色へと変化する色鮮やかな魚であった。翠玉海の海の色に溶け込むよう進化を遂げたのだろう。
「(フィア様、あれは大き過ぎます)」
「皆で食べれば丁度でしょ? 次に飛び上がった奴を狙いなさい。海面下の影と翔魚の動きに注意して!」
「(はい!)」
獲物を狩る瞬間こそが、絶好の狙いどきである。フィアの教えの通り、翔魚の群れを追走しながらその瞬間を待つブランドゥ。
「海面上に逃げる翔魚が増えた! 来るわよ!」
フィアに言われ降下準備に入る。夜目も効く白烏竜に、海面下の大きな魚影が映った。
「いっけーっ!」
フィアの掛け声にブランドゥが4枚の翼を畳んだ。白い矢となって、翔魚の群れの下から近付く魚影に頭から急降下する。
―バシャッ!
海面上に逃れた翔魚を追って巨魚が跳び上がった。大きな口にはしっかりと獲物を咥えている。跳躍の頂点に達し、後は海中へと帰るだけ。その月光に煌く銀鱗にブランドゥの脚爪が喰い込んだ。
畳んでいた4枚の羽を最大限に広げ降下速度を殺し、空中で巨魚を鷲掴みにしたブランドゥは再び上昇するべく羽ばたく。しかし、暴れる獲物にバランスを崩し羽の先端が海面を叩いた。
「(重い! 落ちます!)」
捕らえた獲物の予想外の重さと抵抗に悲鳴を上げる。
「精霊術! 風を呼びなさい!」
手助けはせず、叱咤するフィア。
散歩の度に風の精霊術の手ほどきを受けていたブランドゥは即座に風を巻き起こした。圧縮した大気を海面に叩きつけ、その反動で大空へと舞い戻る。
「(捕れました! ご飯捕れました!)」
嬉しそうに告げるブランドゥ。
「よくやったわ! 初めての狩りにしては上出来よ」
横に並んだフィアがその頭を撫でる。なおも暴れる魚へ脚爪で止めを刺し、上機嫌のフィアとブランドゥは直時が待つ浜辺へ悠々と戻った。
「おかえりー。これまたでかいシイラ(っぽい魚)だなぁ」
戦利品をぶら下げたブランドゥを労う直時。褒められて嬉しそうに長い首を反らしている。
あまり一般的な魚ではないらしくフィアも名前を知らなかった。その姿を見た直時が元の世界で似た魚の名「シイラ」と呼んだことを理由にその名称を使うことになった。仲間内なら特に問題も無いし、彼の知識に触れることが出来るのでフィアは歓迎している。
食事の用意はフィアに任せる予定だったが、こだわりの竈と岩風呂を早々に作成。失敗した仮宿は屋根の四方と中央に柱を配する形式で東屋を再度建築。フィアの着替え等を考えて外壁と内壁も作った。せっかくの良い風なので、風通しを良くするため壁は膝から首までの高さだけにした。
準備を終えて、手持ち無沙汰になった直時は土の精霊術の練習がてら他にも様々な物を作っていた。食卓用の椅子やテーブル、食器等の必需品だけではない。東屋の入り口正面両脇に背丈ほどのモアイ像まである。
「この不気味な人面岩は何なの?」
流石にフィアが顔を顰める。
「太古の謎の巨石像だ! 南国の島にはつきものだ!」
直時の趣味であるが、胸を張って答える。フィアの疑惑に満ちた視線にも揺るがない。彼のこだわりが感じられた。
夕食にはブランドゥが仕留めた『シイラ』の焼き物を主食として、直時が周囲をぶらついて採ってきた数種の果物が並んだ。甘いもの、酸っぱいもの、薬臭い独特な匂いを放つものもある。毒が無いことは魔術で確かめてあった。
調理はフィアが腕を振るった。シイラの身はブランドゥ用に食べやすい大きさに切った。大きな刺身のようだ。残りが直時とフィアの分になる。
フィアは鱗を落とし厚い皮を剥いで塩と数種の香辛料、小麦粉をまぶして強めの火で素早く外側を焼く。その後、みじん切りにした香味野菜、黒っぽい酢、香油、火で香りが飛んでしまう香辛料を混ぜた液に浸した。
「冷めるまで浸しておくの。それまで飲みましょ?」
食料調達の折り、二人が最優先したお酒。蒸留酒の小樽を開ける。
無人島の砂浜に潮風が吹く。頭上には落ちてきそうなほど多くの星々。月明かりにも負けず強い光を放っている。
「「乾杯」」
寄せては返す波音に、二人の杯を合わせる音が響いた。
無人島なのにサバイバルな感じが出ない…。
魔術や精霊術は便利過ぎますね。