娼館の娘達②
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翌日、早朝にも拘わらずフィア、直時、マーシャが一室に集まっていた。声を掛けたが、エマは寝ぼけ眼だったのでマリーと一緒に夢の中である。
「護衛なんて要らないよ。だいたいアンタが信用しきれていない相手だって言うじゃないか。そんな輩が傍にいる方が危ないだろ。御免だね」
マーシャがそっぽを向く。
西方諸国から直時を召抱えようと来ている交渉団。彼等の中から腕のたつ者を護衛にとの提案はマーシャに拒まれた。普人族の中で異色な直時に警戒を解いたものの、先日まで過酷な扱いをされていたのだ。当然と言えよう。
「守る者と守られる者で信頼関係は必須だし…。彼等を護衛に付けるのは無理ね。いっそギルドへ依頼した方が良いかしら」
マーシャの反対にフィアが頷く。
直時としては、こちらを利用しようとするなら、逆も然りだと思っていただけで、特に異論はない。確かに今後の行動次第で、各国も敵に回るかもしれない。
「あいつ等に借りを作る必要が無くなるなら、イチャイチャ作戦も無しかぁ」
心底残念そうな直時。狐耳と尻尾に後ろ髪を引かれている。それこそ、毛根が引き千切れるくらい。
「えっ? マリーちゃんの抱っこも無し?」
慌て気味のフィア。些か情けなさそうな表情だ。
「いいえ。作戦とは関係なく、是非ともフィリスティア様には抱いて頂きたいです」
妖精族の高名な冒険者と知り、マーシャの蓮っ葉な言葉遣いが改まっていた。フィアの活動範囲外であったことから名は知らなかったが、エルフには憧憬を持っていた。何より多数の精霊術を駆使する直時がビクビクしていた様子に、畏怖心を植えつけられてしまった。
「ホント! 有難う! (タダトキ! アンタは怖がり過ぎっ! 後で吊るすわよ!)」
マーシャの言葉に、笑み崩れながらも直時に剣呑な念話を送るフィア。半分以上自身が原因であるというのに八つ当たりである。
「いや、まぁ、良かったねぇ。アハハハハ…。それで、彼等との交渉とかはほっぽっちゃって良いの? 俺が不在の時に不戦協定の条件にしたんでしょ?」
「諜報員同士の殺し合いが頻発しそうだったからね。イリキア王国の目に留まる訳にもいかないし、仕方なかったのよ。でも、ティサロニキから出るならもう良いわ」
「いやいやいや。フィア、彼等と約束しちゃったんだろ? 一応有名人なんだから拙いんじゃない?」
直時の懸念はフィアの名に傷が付かないか? と、いう意味だ。一方的に約束を反故にしてしまっては巷の評判も悪くなる。
「宿泊はしないけど、暫くはここで活動するんでしょ? 用事がない時に相手してあげてくれればそれで良いわ」
「なんたる適当…」
すまし顔のフィアに呆れる直時。やり取りを黙って見ていたマーシャが口を挟む。
「タダトキはティサロニキから出ていくのかい?」
少し心細気な声。今になって不安が押し寄せてきたのだ。
「ああ。この街で寝泊まりするには間者が多過ぎる。フィアが言ってたみたいに暗躍する奴等も多いんだ。あまり見えないだろうが、俺って渦中の人なのだよ。娼館とも事を構える予定だし、他に安心して寝る場所を確保するつもりなんだ」
「アタシ等もついていっちゃ駄目かい? 受けた恩はちゃんと働いて返すからさ」
「マリーちゃんがいるでしょうが。なーんもないとこに拠点作ろうってんだから、赤子にはきつい環境だと思うよ?」
「そうね。まるっきり何も無いところで幼子が生きる。それがどれだけ大変か貴女にも判るでしょう?」
それは普人族として生まれたマリーに対する配慮であった。獣人族であるマーシャやエマだけならば、対人戦は別として『生きる』ための術は身につけている。もし、生存力の強い獣人族の子であれば、過酷な環境にも耐えられよう。
しかし、普人族と交わり、普人族の子として生まれたマリーには、魔獣が徘徊し生存競争が厳しい野の生活より、人が多く集まり物資の豊富な街の生活の方が安心なのだ。それに街ならば、病気を患っても治療を受けることが出来る。何よりまだ生後3ヶ月程だ。
「リッテや他の国がここまで追いかけてきたのはちょっと予想外だったけど、ヴァロアのコ達ともここで別れる予定だったし良い機会じゃない? カールの提案にタダトキが心変わりしてないならだけど!」
フィアが改めて確認する。小さいとはいえ一国を与えるという破格の条件だ。いくら直時が面倒臭がりでも、欲にかられることもあるだろう。これまでの付き合いで、本当に興味は薄いと感じていたが、一抹の不安はある。
「王様ねぇ。リッテは腹に一物在るみたいだけど、基本的に普人族の国家であることは変わらないだろうし、変え用も無いだろうな。王が変わったからって国体を激変させられるもんでもないでしょ。反発が大きいよ。下手すれば内戦とかなるんじゃね? だから嫌だ。面倒くさい」
独裁国家が民主主義に移行する過程でどれだけ血が流れたことか…。そんな渦中の中心人物に成りたいとは、露ほども思っていない直時。
国の変革時に流血が避けられないことは、地球の歴史が証明している。大政奉還という無血を目指した権力移行でさえ、日本各地で戦乱が起きたのだ。
「まあ、護衛の件はあまり神経質にならなくても大丈夫かもね。ギルド職員への危害はどの国にとっても損にしかならないもの。関係国が絞られる現状なら尚更でしょうね」
フィアがマーシャを安心させようと捕捉した。下手をすればギルドに喧嘩を売ったと取られかねない。国の依頼を全て拒絶されるだけで、大きく利益を損ねる。
「一応彼等に一言伝えておいた方が良いよね。タイミングは準備を調えてからかな?」
「うーん。先に伝えてしまうと文句を言ってきそうだものね。最後にしましょ」
エマの起床を待って朝食。その後すぐに冒険者ギルドへ行くことになった。必要になりそうな契約書の類はフィアが書面を書き起こした。流石は年の功である。
直時とマーシャ、エマの間で交わされたのは、借用書と雇用契約書だった。直接ギルドで働くのはマーシャ。エマはマリーの保育。二人共、給金は直時から支給される。マーシャへは派遣の使用人として。エマへは直時の使用人であるマーシャへの福利厚生担当としてである。
「エマちゃんが起きてくるまでもう少しかかるかな? 俺はその間にブランドゥにも説明しておくよ」
「それは私が引き受けるわ。タダトキは朝御飯お願い。宿のご飯も良いけど時間が早いから。それに『ゴハン』を鍋で煮る料理、『ゾウスイ』が美味しかったのよね」
「そりゃ構わないけど、食材あるの? 特に卵とか。無くてもなんとかなるけど、俺は卵欲しい派だからなぁ」
「前に作ってくれたとき、具材なんて殆ど入って無かったじゃない。卵は無いけど美味しく作ってね」
「無いのか…。まぁ、何とかします。じゃあ、ブランドゥへの説明は宜しくね」
お互いに片手を上げて分担した作業へと別れる直時とフィア。マーシャが食事の手伝いを申し出たが、マリーとエマの様子見を頼む。
台所には昨日宴会後にフィアが頼んだ夜食の残りが少し残っていた。傷む食材は使われていない。
直時はとりあえず土鍋で米を炊く。炊きたてを雑炊に使うのは気が引けるが、リクエストなので仕方ない。炊き上がるまでに具を選ぶ。
「この魚の燻製と…、茸もちょっと入れるか…。あとはこの大根みたいな根野菜だな」
土鍋をもうひとつ用意して、干し海藻で出汁をとる。魚を入れるなら昆布は要らないかもしれないが、気分の問題である。
「生姜とかあったら良かったんだが、贅沢言えばきりがないもんな」
削いでほぐした魚の燻製と大根の短冊斬りと茸を煮込む。塩で味を調え、香菜を少し用意しておく。食べる直前に刻んで入れるつもりだ。
直時はふと思い出し、『暗護の城』で土産に貰った壺を用意する。蓋を開けると豆と麦の塩漬けを醗酵させた代物が現れた。小匙に掬って味を確かめる。
「うん。ほぼもろみ味噌だ」
自然と笑みが浮かぶ。『落霜』で保存された食在庫から生食用の野菜を何種類か取り出す。先程の大根もどきと、少し青臭いセロリもどきをスティック状に切り、皿へ並べた。
少し考えたあと、もろみを小鉢へ移し、原型の残った豆や麦を押しつぶす。ディップのように使うつもりだ。
直時は炊き上がったゴハンと雑炊の出汁、スティック生野菜ともろみを前に肯いた。あとは狐っ娘のエマが起きるのを待つだけである。
「下ごしらえ出来たぞー。エマちゃん起きた?」
客間へ顔を様子見にいったところ、ブランドゥへ伝達を終えたフィアがマリーを胸に抱いていた。柔らかな眼差しは、普段垣間見られる普人族への態度は欠片も無い。フィアが浮かべた微笑につられて直時の目が細められる。
マーシャはエマの身支度を手伝っているようだ。奥から叱咤する声が聞こえた。時折、「うにゃー」だの「ふみゃー」だの気の抜けた声はエマだろう。
「あの娘、安心して眠ってたわ」
声のする方へ顔を向けたフィアが直時に言う。全ての獣人族の不遇を救うことなど出来無い。偽善と割り切っていたとはいえ、直時は自分の行動にある種の後ろめたさを感じていた。それを察してのフィアの言葉であった。
「……有難う」
直時はそっぽを向きながら頭を掻いた。
4人は朝食についた。円卓にはフィアから右に直時、エマ、マーシャと座っている。マリーは先におっぱいを貰ってまた眠っていた。
魚と大根、茸の雑炊は概ね好評だった。エマは香りの強い香菜の刻みは苦手なようで除けていたが、マーシャに叱られ渋々口に運んでいた。今年13歳になるというエマと、意外に若い23歳のマーシャ。姉妹というより歳の近い親子のようだ。
フィアの口にも合ったようで、おかわりをしていた。直時は、溶き卵が無い事に不満そうであった。
「このソース、独特の濃厚さがあるわね。でも生野菜には良く合ってる。美味しいわ」
「クニクラド様んとこからのお土産だよ。口に合ったようで良かった。雑炊だし、浅漬けにしようか迷ったんだけどね。手早く出来るのはそっちだったから―」
「この辺りじゃ見かけないソースだわ。リッタイト帝国の品かい?」
フィアからの評価も良いようだ。マーシャは珍しそうに匂いを嗅いだり舐めたりしている。
「美味しい?」
直時がもう一人の狐人族女性に訊ねた。エマが、頻りにポリポリと良い音をさせている。狐というより栗鼠のようだ。
「アンタそればっかり食べてるじゃないのさ? 朝から冷たい野菜ばっかりじゃ駄目だよ?」
マーシャが諌めるが、俯き加減で目を逸らす。
「……口の中、ヤケドした……」
雑炊は美味だったが熱かった。少し恨みがましく直時を見て赤くなる。勢い良く食べて、火傷をしたのが恥ずかしかったのだ。
フィアとマーシャが噴きだした。エマが頬を膨らませる。あまりにも可愛らしかったため、直時がエマの頭を撫でた。
「子供扱いすんなっ」
直時を睨むが、抗議の声は小さかった。
冒険者ギルド、ティサロニキ支部へ向かうため宿を後にした5人。
昨夜の誘致合戦となった宴会。その後の早朝ということもあり、フィアと直時は監視も緩んでいると期待していた。しかし、失踪前と変わらない様子である。風の精霊が報せてくる内容にうんざりする二人。各国の諜報員達は今日も精勤だった。
隠れたお供を引き連れて冒険者ギルドの扉をくぐった直時達。大きな街だけに、早朝にも拘わらずティサロニキ支部は喧騒に包まれていた。
「相談と伝言があるのですが、お願い出来ますか?」
受付に申し出たのは直時である。傍らにはフィアが控えているが、助言だけに留めるつもりだ。
直時からのややこしい要望であるマーシャの雇用は、リスタル支部への問い合わせと、高ランク冒険者のフィアの保証があるとはいえ、そうすんなりと話が通る訳もない。
丁寧な対応で、各方面に確認を取ってからと伝えられた。事務手続きに時間がかかることは、アースフィアの世情に疎い直時としても予想の範囲内である。ティサロニキから出るのは、マーシャ達の落ち着き先が決まってからと考えていた。
最後にヒルダへ伝言を頼む。今後の予定の概略だ。
(電報みたいなもんだな…)
直時は伝達事項を申し込み書に記入して提出した。
「あ! 済みません。少々お待ちいただけますか?」
残りの話は後日と判断した一行が踵を返そうとした時、受付嬢から声が掛かった。
程無くして上役に別室へと案内され、直時とマーシャ達との間で結ばれた雇用関係、事情を話すと思いも寄らない程話が進展した。
直時は高名なフィアの口添えや、ヒルダへの伝言、直時のリスタル支部への貸し、それに関係してギルド付き冒険者であるミケの影響もあったのだろうと考えていた。
ただ、フィアはあまりにも迅速な対応に疑念を感じていたようである。
直時側の要望で、マーシャ達には獣人族の護衛が配されることとなった。勿論有料である。当面は直時がロッソで各国から巻き上げたお金の残金で賄うことになった。フィアが管理しているヒルダからのお金(刻印への対価)は、装備品等、直接使うことだけに限定されているようで、マーシャ関連では一切拠出されないようだった。
「とりあえず、マーシャさん達は、護衛が決まるまでギルド内で寄宿していただきます。依頼はタダトキ様の名でいたしますね。あと、ヒルデガルド様への伝言は預からせていただきますが、伝達には先方様がギルドへ立ち寄られなければ伝わらないことをご了承下さい」
ギルドの保護が得られたことに一安心する直時。丁寧な対応に礼を言って頭を下げる。
話が纏まったところで、当面必要になる生活必需品を揃えようとなった。娼館から連れ出した時、マーシャは露出過多な商売服、エマは擦り切れた古着しかなかった。今、着ているのは直時とフィアの服である。
マーシャに細身であるフィアの服は入らず(特に胸と腰)、直時のシャツとパーカー、カーゴパンツを貸した。上着の袖は肘まで、下は裾を踝上まで捲くっている。足元は自前のヒールのあるサンダルだ。尻尾を出すため、カーゴパンツは腰ぎりぎりまで下げて穿いていた。かなり危険な着こなしとなっている。直時の目がついつい惹きつけられるのは仕方ないことだった。
エマは丈こそあってないが、フィアのブラウスと革のベスト、臙脂色をした厚手のスカートである。フィアは有尾種でないため、こちらのお尻付近にも直時はハラハラしたが、獣人族達にとっては当たり前のことなので、二人共たいして気にしていなかった。
そういう訳で先ずは婦人服である。3人が選ぶ間、直時はマリー担当となった。抱く姿を見て安心したマーシャはエマの服を選んでいる。子守が堂に入ってるのは、親戚の子や弟妹で慣れていたからだ。
「んーーーー。マリーちゃんはご機嫌でちゅねー」
おくるみを抱いてあやす直時の方がご機嫌である。フィアに先を越されたが、実は抱っこしたくて仕方無かったのだ。あどけないマリーの笑顔に直時の顔面が蕩け崩れている。
「あれ? 今、ブルったな。おしっこかな?」
マリーの身じろぎと共に、お尻の下が暖かい湿り気を帯びてくる。替えのおむつは持っていない。
幸いにも服屋である。直時は出来るだけ柔らかいサラシを店員に注文した。予備も何枚か購入する。おむつ用の布はいくらあっても困ることはない。買い物に精を出すマーシャをそのままに、むずかり出したマリーのおむつを交換する。
「おむつカバーとかは流石に無いのか。俺が知ってるのはマジックテープ付いたやつだしなぁ。当てる布とは別にもう一枚要るな」
巻き方を確認しつつ押さえ用の布を外す。マリーの両足を軽く持ち上げ、当て布の濡れていない部分で軽くお尻を拭く。濡れたおむつは革袋に丸めて放り込んだ。
押さえ用のサラシと畳んだ新しい布を敷いてお尻を下ろし、当てた布が緩まないように、しかし、締め付けないよう注意して巻き直す。ほどいた順序と逆だ。
「ふう。なんとか様になったかな? マリーちゃんキレイキレイなりまちたよー」
機嫌の直ったマリーが、近付いた直時の顔を蹴る。柔らかく小さな足に蹴られ嬉しそうだ。
「アンタ、結構器用なんだねぇ」
いつの間にか後ろにいたマーシャが感心した声で言った。フィアも意外そうな顔をしている。
「実家が商売やってて、両親とも忙しかったからね。嫌でも身につくさ」
「アタシだってちゃんと出来る!」
直時に対抗意識を持ったのか、マリーを取られまいとエマが声を上げた。
「そうだねぇ。エマにはいつもマリーを見てもらってるものねぇ」
「おお! そうかぁ。流石はエマおねーちゃん! 偉いなぁ」
「だから子供扱いすんなっ!」
隙あらばポワポワ狐耳とセットで頭を撫でる直時に、がるるっと、唸るエマだった。怒ってはいるが避けない。本気で嫌がってはいないのだ。
衣食住の目処が付き、生活必需品の用意も出来た。元々少ない荷物を持って、マーシャ達はギルドへ移動した。用意してもらった部屋を片付けるとのこと。
直時とフィアは予定通り宿を引き払う。食料等を買い足して、荷物をまとめているところへヴァロア王国代表のサミュエル達が訊ねてきたと宿の者が知らせてきた。
「まだ何も言ってないよね?」
「伝えてないわ。ギルドは事情を理解してるし、口を滑らせるなんてことは無いはずなのに」
「じゃあ、いつものご機嫌伺いだな。荷造りは出来たから、俺が外の喫茶店で茶でも飲みながら相手してこよう。その間に出立の用意をしておいてくれる?」
「部屋は片付けたから困るけど、外なら大丈夫よ。庭でお茶会にしましょ」
相談中に新たな来客を告げるため、再び宿の者が来た。
「リシュナンテ様がお見えになっておられます」
直時とフィアは顔を見合わせた。