娼館の娘達
さわりだけで話を進めようとしてたのですが、話を引きずってしまいました
石造りの牢獄に似た広い部屋。高く小さな窓には鉄格子がはめられ、壁には鎖の付いた手枷足枷や、拘束用の革ベルトが付いた木馬等、不気味な代物が鎮座している。
その中で場違いなほど豪華な寝具。肌触りの良いシーツの上に女性が3人と普人族に見える男性が額を寄せ合っていた。
ひとりは赤子を抱いた狐人族の女性マーシャ・マクドゥエル。赤みがかった長い金髪からは大きな耳がピンと立っている。気の強そうな琥珀色の瞳が、今は柔らかな光を放って我が子の寝顔に向けられていた。
母子以外のもうひとり、狐人族の女性エマ。こちらは女の子と言ったほうが良いだろうか? 緩く波打つ山吹色の髪からは、先端だけが白毛の耳が覗き、せわしなく動いている。心情を表しているのか、茜色の瞳はマーシャと男の間を行ったり来たりしていた。バツが悪そうなのは、彼女が噛み付いた痕から血が滲んでいたからである。
「顔を見られたのは一瞬だったし、その後も泣きながら蹲ってたから俺のことは憶えてないと思う」
直時はあちこちに残る歯形を痛そうにさすりながらマーシャに言う。彼女は、乳を飲んで満足し小さな寝息をたて眠る我が子を、愛おしそうに撫でながら肯いた。
エマと赤子を襲っていた男は、転写で異世界(日本製)の地獄絵図を強制入力されたため精神に恐慌をきたしていた。余程ショックだったとみえる。
「発覚したところで、俺は一応接待されに来た客な訳だから、控え室にいる奴等がその辺はなんとかするだろう。でも、そのとばっちりが君達に向かうのは予想できる」
係の男には、直時が赤子を連れて来いと注文したと判っている。
「余計なことをして事を荒立ててしまったことは謝る。ごめんなさい! でも、謝るだけで済ます気は毛頭ない。で、マーシャさんがここにいる理由は借金と赤ちゃんのため?」
「あたしが大人しく働いてる限りこの子…マリーの安全は保証されていたからね。普人族の中で生きるなら、借金踏み倒して逃げるわけにもいかないわさ」
逃げるという選択肢は、夫に借金のカタに売られていたと知った時には身重のマーシャに残されていなかった。
「じゃあ、お金とマリーちゃんの安全が保証されるならここを出ることに異論は無い?」
「エマを放ってはおけないよ」
「エマちゃんの事情は?」
「さっきも言ったけど、この子は拐かされたのさ。ご両親は……」
マーシャは直時の言葉に解放の希望を見ながらも、同族のエマを放置できないと言う。最後に言葉を濁したのは、彼女の親は人攫いに殺害されたためだ。
「うん。了解。じゃあ、これからは俺の自分勝手なお願いを押し付けようと思う。借金ごと二人、いや三人か―を身請けさせて欲しい。どうかな?」
「どうしてさ?」
「理由は3つ。ひとつ、俺が獣人族が大好きだっってこと。少なくともこんな扱いの店にいて欲しくない。ふたつ、マリーちゃんと会ったから。やっぱり赤ちゃんって可愛いよな。そんな可愛いマリーちゃんが、幼い時から母親が傷だらけなのを見るのは良くないことだ。俺は嫌だ。みっつ、手持ちのお金の殆どが働いて稼いだお金じゃないってこと。駆け引きで得たお金だから、なんか身に付かない気がするんだよな。どうせなら有意義なことにパァーッと使ってしまいたい。これからも俺が真面目に働くためにもね」
「……アンタに憐れまれる謂われは無いんだよ?」
「あっ! 勿論タダじゃないよ? 肩代わりした借金は働いて返済してもらう。無理せず支払える額を少しずつで良いから。これは憐れみでも何でもなくて、確実に借金を回収するためだからね?」
一応の納得を見せるマーシャ。それでも猜疑心を完全に払拭することはできず、何をさせるつもりなのかと警戒を露わにする二人。過酷な毎日に身を置いていただけあって、おいそれとは信用できないようだ。苦笑した直時は安心させるべく続ける。
「具体的には冒険者ギルドへ保護を要請する。ま、ギルド職員として雇ってもらうよ。口を利いてもらえる人に心当たりがあるからね」
フィアやヒルダ、ミケに頼めば嫌とは言わないだろう。ギルドのリスタル支部には貸しもある。
「それとは別口で、普人族の手から逃れたいなら、夜の王『クニクラド』様の城、『暗護の城』に助けを求める事も出来る。君達の生活習慣で問題ないならだけど」
神々の一柱の名が出たことに驚く二人。
「……何の冗談?」
突飛もない話が、マーシャに警戒を募らせた。
「確かに信じ難い話だろうけど、それは俺も同じなんだよねぇ…。信じてもらうためには…そうだなぁ。先刻見せた精霊術が判り易いだろうね」
ここまでくれば、巻き込んで身内にしてしまおうと考えた直時は、通じ合える精霊全てに念じた。
「な…に…? これ……、どういうことなの?」
「うわぁ!」
驚きに声が途切れたのはマーシャ。素直に目を輝かせたのはエマである。
室内には害のない小さな風の渦、宙を漂う水滴、石の床からは踊る埴輪、そして形を変えて天井や壁を勝手に乱舞する影があった。
精霊による治癒が可能なことから、異なる2つの精霊術を扱えることは判っていたが、同時に4種の精霊術を使用して顔色も変えていない。妖精族や魔人族の名だたる精霊術師でも、こんな芸当は聞いたことがないマーシャだった。
「こういうわけで、まあメイヴァーユ様とかヴィルヘルミーネ様とかクニクラド様と面識があるわけだ。お金の件は手持ちが足りなくても貸してもらうアテもある」
もともと貴族や豪商の変態金持ちが来る店であるし、資金面での疑いは持っていなかったマーシャ。ただ、そういった連中特有の空気を全く纏っていなかった直時を不思議には思っていた。
「本当ならこの店なんぞ跡形もなく吹き飛ばしてやりたいくらいだけどね。どうせ背後にやくざ者や権力者が控えてるだろうしな。全部ぶっ飛ばしてすっきり終わりとはいかないだろう。何とか全員自由になって欲しいんだけど、今、俺に出来るのは君達のことだけだ。今は―ね」
決意を込めた言葉は、自分への誓いの言葉でもあった。
(この人が本気になったら何が起こるのか…)
彼の強い声に身震いするマーシャ。エマは思わぬ幸運を単純に喜んでいるが、安堵と同時に襲った不安に我が子を抱く腕に力が篭った。
「どちらにしても君等は直ぐにでも連れ出したい。マーシャさんとエマちゃんが魅力的だからってのが一番だよ? うん。正直惚れた!(耳と尻尾に…)」
後付の感は否めないが、直時の言葉に嘘は無い。
「同行してくれるかな?」
「判ったわさ。この子達のためにもね。でも、他の娘達に改めて口止めしなきゃだね。精霊術は秘密なんだろ?」
「そうだけど、黙っていてくれるかな? 披露した俺が言うのも今更だけど、人の口に戸は立てられないとも思うし」
「身請けしてくれるなら、皆にお別れってことで言い聞かせることも出来るわさ。大丈夫! あたしはそこそこ人望あるのさ。それに、『今は』ってことは期待しても良いんだろ?」
「うん。じゃあ頼む! 後のことは任せてくれ!」
狐人族の美女と美少女、それに可愛らしい赤ちゃんの前だ。大見得を切った直時は、自信満々に頷いて見せた。
「でもちょっと不思議なんだよね」
「何が?」
「マーシャさん、保有魔力多いし実は強いんじゃない? 他の娘達もそこいらの普人族より高い魔力だったし。皆が本気になったら、余裕で逃げられるんじゃないの?」
「接客や金勘定だけの店員達相手ならね。だけど腕のたつ用心棒が何人もいるのさ。マリー達を連れてくるとき見つからなくてよかったよ。あいつら、軍人崩れで盗賊上がりって質の悪い奴等なのさ。いくらあたし達の魔力が高くたって、殺しの技術を持ってるわけじゃないからね」
直時は漸く合点がいった。彼自身も意図したわけではないが尋常ではない魔力をもっている。しかし、戦闘に関してはまだまだ馴れているわけではない。彼女達も同じなのだ。
「エマちゃん殴った奴は結構悲鳴上げてたけど、地下だったから気付かなかったのかな? 何にしても幸運だった」
自身の気配は闇の精霊術で消していたが、怒りのあまり相手の悲鳴まで気が回らなかったのだ。直時はホッと胸をなでおろした。
実はその時、用心棒達はベリスから店への要請で、リシュナンテとサミュエルを警戒するために応接室の周囲に配置されていたのである。確かに幸運だった。
それからの直時の行動は早かった。呼び出した店員に身請けの話を店主に伝えるよう言って、別室で待っていたサミュエル、ベリス、リシュナンテも集めさせた。そして、全員の前でマーシャとエマを大変気に入ったから連れて帰ると宣言したのだ。
「子持ちに少女…。タダトキ君は趣味が広い」
呟いたリシュナンテが直時に睨まれるが、意地の悪そうな笑いを返しただけだった。
表面上、御満悦を装っていた直時だが、女性達の待遇に腹の中は煮え繰り返っていた。彼の肩に力が入っていることに気が付いたマーシャは、柔らかな身体を押し付けしなだれかかる。微かな目配せに、エマが直時の膝に頭を載せてマーシャ仕込みの甘えた鼻声を出した。流石は辛苦を共にした狐人族同士、阿吽の呼吸である。
二人の甘い体臭と大きな狐耳に、演技でなく頬を緩ませる直時。肩の力が抜けたことに、心中で二人の気遣いに感謝した。
身請けの対価は、店主が提示した額の5割増し、金貨50枚で即決した。全財産ではないが、これで直時が持ち歩いていた財布は空になった。条件の良い商談がまとまったことでホクホクしている店主に直時が声を掛ける。
「これからも贔屓にさせてもらうつもりだよ。ただ、自分の好みは『綺麗な身体』なんだ。くれぐれもキズモノにしないでくれよ?」
店の者から報告されて訝しく思っていたが、売り物の娘達に治癒を施したのがこの男だと理解した。
やり過ぎる客の尻拭いを無料でやってくれたお人好し、と、相好を崩しかけた店主の顔が不意に強張る。貴族や豪商など他の客とは全く異なり、横柄さの無い愛想の良い笑顔の直時。しかし、それは表面上のことに過ぎないと唐突に悟る。
媚び諂う毎日を過ごしてきた店主だからこそ判る。彼の眼の奥は笑ってなどいない。自分を見定めている。心底までを値踏みされている感覚に背筋が凍てついた。
『今夜の客は特別だ。絶対に機嫌を損ねることはしないように―』
マケディウス王国の巨商に連なるベリスの言葉が甦る。
開店資金の半分以上がこの商会『グラツィアーノ』商会の出資であった。情報収集のため、マケディウスの商人は各国の娼館に多く関与している。外国との交易にはその国の権力者の情報が必須である。
彼等の手管は、表向きはその国の有力者の口利き、出資ということにして、実は出資額が一番多い裏の経営主となることだ。筆頭株主といったところである。
当事国にとって外国人である事実は意外と面倒だ。単独出資による経営は接収だの取り潰しだのの良い口実になる。その点、現地の有力者を表看板にしておけば簡単には手出し出来なくなる。危険を最小にすることが出来るのだった。
斯様に冷徹な損得勘定をするマケディウス商人に、そこまで言わせる接待客である。娼館の店主は湧いた恐怖心を隠して、改めて丁重に扱わねばと自らを戒めた。
殊勝な心懸けであるが、直時にとって、既に『許されざる者』と認定されていたことを知る由もなかった。
打ち合わせ通り、マーシャは同僚達と別れの挨拶ということで口止めを済ませた。少ない荷物を手早く持ちだし、忌まわしい館からの脱出に成功した。
直時の足取りは重かった。あれほど自重をと戒めていたフィアの叱責が待っていることもある。一番の理由は、娼館に残してしまった娘達のことだ。止むに止まれぬ事情で身を売った者は少なかった。殆どがエマのように拉致されたり、騙されたりした境遇だったのだ。単に春を売るだけなら自分の勝手な憤懣と飲み込めたかもしれない。しかし、過剰な嗜虐趣味を満たす存在としての扱いは腹に据えかねたのだ。
力不足の己への怒りは、宿へ向かう間に娼館経営者とその関係者に転嫁された。直時の八つ当たりをまともに受ける彼等は災難だったと言えるかもしれない。どれだけ悪行に手を染めようと、それが彼等の生きる術であったからだ。
後に直時が言い訳がましく言った台詞であるが、『他人を蔑ろにする輩は、他人から蔑ろに扱われる覚悟もするべきだ』とある。それを聞いた者達で賛否が別れたのは当然だった。
「……ホントにあんたは考え無しね。行き当たりばったりの出たとこ任せで碌なことにならないわ」
宿に連れ帰った3人を見るなり柳眉を逆立てたフィアだったが、直時が脂汗にまみれて説明する事情に深い溜息を吐いた。納得はしてくれたようだ。多少諦観が混じってはいる様子である…。
宿からエリア達は帰っており、直時の接待役をしていた3人とは宿の前で別れていた。
「で、ここまでやったら覚悟は出来ているんでしょうね? 後のことはちゃんと考えてる?」
「も、勿論! 他の娘達には口止めしてもらったけど万全は期せない。明日にでも街を出ようと思う。その前に朝一で冒険者ギルドで雇ってもらうよう交渉する。その時は手数をかけて申し訳ないけど口添えしてくれると嬉しい」
睨みつけるフィアに手を合わせる直時。
「彼女らの安全は、俺との交渉継続を餌にあいつらにさせようと思う。リッテ(そう呼ぶようリシュナンテに言われた)やサミュエル君は今ひとつ信用しにくいけど、嫌とは言わないだろう。当面の目的は残った娘達の救出と、娼館の壊滅。街の外に活動拠点を確保して、ティサロニキのギルドで依頼を受けながら娼館の情報収集をしようと思う。計画が可能となったら即実行。救出した娘達を保護して、望む逃亡先を支援して完了ってところでどうかな?」
必死で考えた概略を話す直時。何故か正座である。あれだけの精霊術師に緊張を強いるエルフということで、マーシャとエマがフィアへ恐怖の眼を向けていた。
「まあ、そんなところかしらね。貴女達も色々あって疲れたでしょう? 此処には来客用の寝室もあるからそっちで休むと良いわ。残り物で良ければ夜食もあるから遠慮無く食べてね」
怖がるマーシャ達の様子に、拙いと思ったのか微笑みかけるフィア。直時への態度とは正反対である。彼女達を部屋へ案内し、自己紹介を交えた談笑を軽くした。その間、何故かそわそわと視線を赤子へと向けていた。
フィアと直時は再び向き合っていた。
「それじゃあ、詳しく説明してよ?」
マーシャ達が居ない部屋で、促されるままに直時は詳細を話した。
全てを聴き終えたフィアが口を開く。
「アンタが獣人族好きってのはヴァロアから出た情報でしょうね。多分4国が協定組んだ時点で共有されてるわ。マケディウスが『楽しい所』を手配し損なったのは、アンタの『獣人族好き』ってのを普人族の感覚で誤解したからでしょう。でもまあ、今回ばかりはタダトキの暴走を非難する気にはなれないわ。いいわ。やっちゃいましょ!」
「意外だ。絶対怒鳴られると思ってたのに…」
「聞くほどに腹が立ってくるわよ。それにしても良く我慢したわねー」
「店に出られない程、怪我している娘もいるらしいからね。どうせなら全員助けた上で、完膚なきまでに叩き潰したいんだよ」
直時に力強く肯いたフィア。この件に関して最大にして最強の味方を得てほっとする直時だった。
その後はさらに話を煮詰めることになった。
まず、護衛としてカールとヴァロア。魔術師リシュナンテや軍人のサミュエル達は充分な力を持っている。シーイスとマケディウスは荒事に向かなさそうな使者だったので資金を含む支援をさせることにした。
アジトとなる活動拠点には、翠玉海の無人島が候補にあがった。ロッソからの逃亡先として考えていたこともあったので直時に否やはない。
それとは別に、イリキア王国と関係が拗れた場合を考慮して、北方のトラキア国境の山岳地帯にも拠点を築くことになった。他国へ逃亡するにしても、翠玉海から一番近いのがリッタイト帝国である。小康状態だが、イリキアとは交戦中であり入国は警戒されている。トラキアとは同盟ではないが、それなりに交易があり警戒は薄い。
ティサロニキで活動するなら拠点としてはその2箇所が妥当となった。今後の逃亡先として、黒影海を挟んでイリキアと対角線の沿岸、ルーシ帝国内にも拠点を築くことも予定に入れた。
「それにしても勝手に秘密基地みたいなの作って大丈夫なのか? 軍隊とか攻めてこない?」
「別に国境と言ったって、普人族同士のことだからね。他の種族にとっては、勝手に線引きしてるって感覚なの。それに街や街道から外れた魔獣の棲む土地なんて、普人族は誰も彷徨かないわ」
普人族の街で生活する者もいるが、他の人族にはそれぞれのテリトリー、集落がある。争いが皆無とはいかないが、種にとっての生活習慣がかち合わないかぎり、縄張りが重複してもあまり問題視しない。領地という意識が薄いのだ。
普人族にとって恐ろしい魔獣も、個体能力が高い種族なら対応が可能でそれなりに共存しているのだった。
次に問題となったのがマーシャ達への護衛である。リシュナンテ達に頼む予定だが、交渉権を継続するとはいえ保証を求めてくるだろう。ティサロニキからは去るのであれば、それ相応の担保が必要となる。直時にはロッソから交渉中に逃亡した前科があるだけに、何らかの条件を出してくるだろう。
「マーシャさん達の無事を確認するのに、俺が会いに行くってのが担保にはならないか? 護衛してたら嫌でも顔を合わすだろうし、ティサロニキには通いになるけど、様子見はこまめにしたいし、俺は彼女等の身元引受人みたいなもんだぜ?」
「だからそれを相手に納得させないといけないのよ。娼館から身請けしたと言っても、向こうの借用書破棄や拘束を解いただけで、タダトキ自身は彼女から借用書も何も取ってないんでしょ?」
実際、口約束を交わしたに過ぎない。直時はフィアの言に従って、公的な文書でマーシャ達との関係を形としてはっきり見せることで、各国の使者を納得させることになった。
公的な文書は彼女達の身を守ることにもなるとのこと。
奴隷制は無いものの、それに近い扱いをされる雇用形態はある。貴族と使用人、庄屋と水呑み百姓、鉱山主と炭鉱夫のようなものだ。特に獣人族が酷使されようが、許可する法は無いが、禁止する法も無いのが実情だ。
それを牽制するためにも、直時に彼女達と契約書を作らせることになった。借金の債権者として直時を記し、冒険者ギルドに就職させる際にも紹介者としてではなく、直時がギルドと雇用契約を結び、彼女達を自身の使用人としてギルドの仕事に派遣して従事させるという形にする。
さらに4国の使者達を納得させる補強として、彼女達と親密な様子を見せれば良いという話も出た。
冒険者ギルドへ出向く前に呼び出して、マーシャとエマは直時と睦まじくして見せ、マリーをフィアが抱いてあやすということになった。提案したのはフィアの方で、頬を赤らめている様子や言葉の端々から、実は赤ちゃんを抱きたくて仕方ないことを知った直時。ガサツに見えるエルフにも可愛らしい所があったったのだなぁ、と、自然に笑みが溢れた。
「だいたいの話は決まったわ。でも、タダトキはこれで良いのね?」
「どうしたんだよ。やけに改まって聞くじゃないか」
「此処までなら成り行きかもしれないけれど、此処から先はそうじゃない。貴方が決めて行動するのよ? 最後までやり遂げるつもりは、覚悟はある?」
「そんな聞き方されたら腰が引けるじゃないか。でもやるからには最後までやるよ? 自分ができ得る最善を尽くす」
フィアが改めて問うたのは、この『アースフィア』で生きる覚悟だった。
直時がそこまで深く考えてはいないことは判ったが、物見遊山やもののついでのつもりではない。この世界の出来事に積極的に関わると決めた。それが理解できた。
「判った! なら私も協力してあげる!」
フィアは再び力強く肯いた。
「明日は忙しくなりそうだから、今のうちに話しておくよ。クニクラド様の話―」
『暗護の城』の成り立ち。逃げ集った者達のこと。普人族の始父『エルメイア』と始母との噂。そして、夜の王からの依頼。普人族が持つ神器の回収と、虚空大蛇ミソラの誘拐が闇の神器『影櫃』の使い手によること。
「あと帰り際に、気になる事を言われたんだ。ヲンさんって魔人族の爺さんもちらっと言ってたんだけど、俺のことを『神人』だってさ。神人族とはまた違う存在。異なる世界から迷い込んだ人族をそう呼ぶって」
「初めて聞くる呼び名ね。でも過去に何度も異世界人が迷い込んだことがあるなら呼び名も付くわけよね」
「それでね。その神人の特徴である『存在の力』ってやつ? それを上手く扱うことが出来たら、『暗護の城』みたいな地下都市やら『神域』みたいな特殊な空間やらが作れるらしいんだよ。俺は魔力に変換出来てることから、力を制御できるかもしれないんだってさ」
「……作りたいの?」
「今のところその気は無い。制御し損なったらとんでもないことになるらしいから。ただ、可能性は覚えておけって言われたんだ。良い方にも、そして悪い方にもね」
直時が『影の道』で考えながら歩いていた理由だった。
「そうね。神言葉だもの。忘れちゃ駄目よ? でも、目の前の事を蔑ろにすれば足元が見えなくなる。今は自分が決めた事をやり遂げる。それに集中しなさい。タダトキが大事な事を忘れていそうな時は、私が思い出させてあげるから」
直時はその言葉に深く感謝する。無言で深く頭を下げる様子に、赤い顔でそっぽを向くフィア。
「勿論身体にね!」
照れ隠しに放った台詞は、直時を直撃した。
「ご無体な…」
ガックリと頭を落とし、両手を床に突いた情けない男の姿がそこにはあった。
神様の依頼より、こういった理由で世界と向き合う方が彼らしいかな?