ティサロニキ帰還②
今回ちょっとエロが…。
R15枠内ですよ!
『落ち月の館』庭園で開催された酒宴は、夜が更けても続いていた。
饗された料理に満足したのか、ブランドゥは寝床へと戻り、酔い過ぎたエリアは直時達が宿泊している離れに休まされた。オデットは介抱のためエリアと一緒だ。
当初は顔合わせという意味合いの酒宴だったが、リシュナンテの一言により直時の獲得合戦となった。各国の使者達は盛んに自国を売り込んだが、「シーイス公国に国王として迎える」という破格の条件に匹敵する対価は出なかった。
「お集まりの皆様。宴もたけなわでは御座いますが、タダトキ君もお疲れの御様子です。今宵はひとまず散会とさせて頂こうと思います」
リシュナンテが閉会を宣言する。使者達の相手をすることにうんざりし始めた直時と、これまで口を挟まなかったフィアが睨みつけていたからだ。
直時とフィア、そしてお互いに挨拶を交わして三々五々散っていく使者達。そんな中、マケディウスの使者(ベリス・グラツィアーノと名乗った)が直時に耳を寄せた。
「この後、少し如何ですか? ヴァロアの空中騎兵の方々には悪いことを致しました。このままではご不満も御座いましょう。河岸を変えて席を設けたいのですが、御一緒されませんか?」
サミュエルとは既に話を通してあるようで、後ろで直時へ頷いている。カールとシーイスから少しでも巻き返したいのだろう。
(フィア、聞こえた?)
(良いんじゃない? エリアがあんたの寝床を占領してるし、一休みさせたら帰すけどそれまで遊んでらっしゃい。話は明日にでもゆっくりしましょう)
「はいよー。アラン君、ジョエル君、ポール君ともこれでお別れだろうしー、行きますよぉ」
直時の快諾に一安心のマケディウスの使者ベリス。
(4国は交渉権を得て無茶はしないだろうけど油断しないでね。ブランドゥも休んでるし、宿の守りは任せておきなさい)
(了解。そんじゃ俺は楽しんでくるか…。勿論油断はしませんのでご安心を)
相手が強硬手段に出る可能性はあまり考えていない。そもそも力尽くでどうにかなる相手なら、ここまで執拗な勧誘も無い。フィアも直時も、無茶なことはしないだろうと判断していた。
ベリスと他2名にサミュエルと直時が続き、ヴァロア騎兵の3人が連れ立って外出する。それを目敏く見つけたリシュナンテが当然のように同行を申し出た。内心、穏やかではないだろうが、表面上は愛想よく了承するベリス。サミュエルは無言である。
案内された酒場は少し高い酒肴を出す店で、喧騒は控え目であった。懐に余裕がありそうな客層だが、高級店とまではいかず貴族と覚しき客はいなかった。大衆酒場や高級店を避けたのは、イリキア王国内で目立つことを嫌がったためである。
「ところでお酒も良いですが、夜の遊びの方は如何です?」
直時の機嫌を考慮して、他愛無い話でゆっくりと酒を味わっていたが、ベリスが不意に訊ねた。直時も男である。それが女性が歓待してくれる場所だとすぐに判った。
「…カワイイ娘、いる?」
「勿論です」
「…獣人族?」
「専門の店が御座います」
人の良さそうな顔に少しだけ悪さを表したベリスが揉み手した。直時の息が荒くなる。酔いだけではない赤さが頬に差す。
それでもなんだかんだと理由をつけて渋る直時。本気で嫌がっているわけではないのは一目瞭然で、まぁまぁなぁなぁと引き摺られていく。
着いた娼館は堅固な石造りで、窓枠には鉄柵が嵌めこまれた仰々しい建物だった。妖しくも心躍る煌びやかさを期待していた直時の顔が引き攣る。
「この監獄みたいな建物…なの? なんか怖いよ?」
時折聞こえる悲鳴が酔いを強制的に醒ましていく。趣味が合わないからと、一緒にいるのは直時とベリス、サミュエルとリシュナンテの4人である。
この娼館を手配したのはベリスであるが、情報提供したのはサミュエルであった。ヴァロアの諜報組織に他国の間諜が喰い込んだ疑いはあるものの、遠い異国のことである。直時の嗜好を報告後、接待にと指示されたが、その他全ての情報確認を出来たわけではない。エリアの色仕掛けを推進していたこともあり、店の確認が後回しになってしまったのだ。
その辺りのことも、マケディウスの使者であるベリスは重々承知で、情に流されやすいとの報告から、今夜はマケディウスと縁のある獣人の女性の出勤を手配していた。当然、マケディウスが動くことで現状が改善される者にである。
そんな腹黒い話が裏で流れていることなど知らない直時だったが、流石に館の禍々しさに腰が引けていた。
「まぁまぁ。これも社会勉強ということで、覗いてみようじゃないの?」
リシュナンテが笑いかける。彼の守備範囲には獣人族も入っているらしい。
結局入った妖しげな娼館。頭を下げる主に心付けの金貨を握らせ、直時だけを送り出す3人。接待と割り切っている彼等は、別室で待つことになる。そのような接待形式は珍しくないらしい。
おどおどしている直時が案内されたのは、相手を選ぶ部屋であった。
「お好みの者をお選び下さい。お客様のお部屋は3階特別室でございます。お連れする者が御案内いたします。では、ごゆるりと―」
主は深々と頭を下げて出ていった。
部屋に入るまで戦々恐々としながらも、脳内麻薬を分泌しまくっていた直時。しかし、部屋に一歩足を踏み入れた時点で酔いも興奮も一気に醒めてしまった。
昔の女郎屋の如く、格子の向こうから首に鎖を巻いた女性達が手を伸ばしたのだ。そういう趣向なのかとも疑ったが、露出の多い彼女らの素肌には新旧の傷が残っている。その瞳は媚を浮かべ、憐れみを請いながらも、諦観に似た絶望に染まっていた。
犬人族、猫人族、羊人族―。部屋の隅で下半身を水に浸けて力無く壁に凭れているのは人魚族か?
彼女達の中で、直時の目を引いた存在がひとりいた。金色の髪から大きな耳が力強く立って、琥珀色の瞳にも強い光がある。大きくフサフサな尾は狐人族だ。彼女だけ檻の奥で悠然と足を組んでいる。
「お相手願えますか?」
挑発するかのような視線に吸い寄せられ、直時は彼女に手を伸ばした。
「欲しいなら鎖をお引きなさい」
彼女達の首輪から伸びた鎖の端は、鉄格子のこちら側まで伸びている。それを引くことで相手を選んだことになる。
「それがルールなら仕方ないかなぁーとは思うけど、出来ればこの手を取ってもらえると嬉しいなぁーって思うんだけど、どうだろう?」
強い眼光に直時は目を反らしてしまう。右手を差し伸べたまま、左手の人差し指で頬をポリポリと掻いた。その様子に固かった声が砕けた調子になる。
「変わってるのはナリだけじゃないみたいだね。あたしを気に入ったのなら部屋の外に声を掛ければ鍵を開けてくれるわさ」
「えらく厳重なんだね…。おーい!」
直時の呼び声を聞いた係の者が、鉄格子の鍵を開け狐人族の娘を外へ出す。再び鍵を閉め、退室するが終始無言であった。
「なんつー不愛想…。彼にも心付けとか必要だったのかな?」
「ふふっ。遊び慣れてないみたいだねぇ。道具はどれにする? アンタ、おとなしそうだから優しくしてくれそうだし、軽めの奴でお願いしたいね」
指し示されたのは壁に飾られた様々な責め具。大小の鞭は言うに及ばず、どう見ても拷問器具の類もある。演出ではなく、実用品であるようだ。
「ここってそういう店? もっとこうモフモフとかして癒される店じゃないの?」
「何言ってるのかわかんないね。普人族にとってはそういう店なんじゃないの?」
「いやいやいや! 嗜虐趣味と被虐趣味は咬み合わないとただの残虐行為になっちゃうでしょ? 君達被虐趣味?」
「冗談じゃないよっ! 傷めつけられて嬉しがるモンはここにはひとりもいやしないさ!」
「真のSとはMの快楽を知り、それを最大限惹き出す者だとエロい知人が言ってたんだが…」
「えすとかえむとかって何さ?」
「あははははっ! まあ、それは後でゆっくりと話すとして皆の怪我はそういう理由なんだね。傷の治癒しても問題ない?」
「……アンタがどういうつもりで言ってるのかわかんないけど、これがあたしらの生活なんだ。つまんないことで首を突っ込まないで欲しいね」
「それは重々承知した上で! だよ。うちの国じゃ『やらない善よりやる偽善』って言葉もあるし、この場だけでも怪我を治した方が良い娘とか本当にいない?」
「そんな娘は休んでるよ。でも、あの娘は…」
そう言って心配そうに見たのは壁際の人魚族である。よく見れば、浸かっている水に血が混じっている。
「オーライ。じゃあ治癒発動! (精霊さんお願い)」
直時の精霊術による治癒が部屋中を包む。目に見える痣や傷だけでなく、服の下の疼痛や身体の奥の病巣も一掃された。
「これ…精霊術? 本当に?」
「ナイショだよ?」
散々自重をとしていたはずなのに、相変わらず女性に弱い直時である。狐人族の娘に片目を瞑ってみせるが、内心では頭を抱えていた。「またやっちまったーっ!」と、いうところだ。
戸惑いを隠せないまま、とりあえず指定されていた部屋に入る二人。大きなベッドに座り、向かい合った互いに自己紹介をする。狐人族の娘はマーシャ・マクドゥエルと名乗った。
「俺はタダトキ・ヒビノ。宜しくね」
「あー、その、あの娘達に代わって礼を言っておくよ。こんなところだ。身体を壊すのは破滅への一歩だからね。有難うね」
「意外に素直だ…。強気な狐っ娘のギャップがこれまた…」
何やらツボに入ったようで感動に両拳を握る直時。それを余所にマーシャが唯でさえ肌を覆う面積が少ない布をその身から落とす。露わになる白い肌と、豊かで柔らかそうな身体。
「ちょっ! いきなりそれっ?」
「これ以外に何があるってのさ? そもそもこれを目当てに来たんだろ?」
「待て待て待ていっ! それは間違いでも誤解でもないが、やはりここは情緒とか風情とかも大事なんじゃないか? もっとこう小粋な話で盛り上がってからとかねっ?」
「んな面倒なことはやってからでもいいだろ? 久し振りに気に入った男が来たんだ。本気で相手させてもらうよ」
裸でのしかかったマーシャは、直時の服を脱がせはじめる。慌てながらもしっかりと柔肌の感触に本能を刺激されていた直時が、女性の甘い香りの中から別の香りを嗅ぎわけた。
マーシャは、身悶えながらも欲情していることをはっきりと悟る事ができる直時に一時であるが好意を感じた。脱がせることも楽しい。どうしようもない仕事ではあるが、嫌な事の方が圧倒的に多いのだ。
そんな中、直時が突然身を強張らせマーシャの両肩を掴み手を止めた。小柄な体躯に似合わない強い力だった。
「赤ちゃんいるよね?」
「……どうして?」
「甘い母乳の匂いがした」
直時の言葉にマーシャが大きな乳房を両手で隠す。
「仕事前に授乳したから滲んでないと思ったんだけどねぇ」
「まさかここにいるのかよ?」
「普人族との子でね。良い男だったんだけど、あたしをカタに借金して他所の国へ一旗あげるとか言って帰ってきやしない。生まれた子は普人族の国でしか生きられない。どれだけ過酷でもね。ならあたしは守るためにも一緒にいてやらなきゃ。そりゃあ、どんなことでもするさ」
自嘲気味に話すマーシャ。借金の結果、女衒に売られ今に至る。子も人買いの獲物となり得るが、それを防ぐためにも娼館で一緒に暮らしているのだ。
俯く彼女に直時はシーツを肩に掛ける。
「そろそろ赤ちゃんお腹減らしてんじゃないか?」
赤ちゃんの授乳は大人の食事と違い短時間で与える必要がある。聞いた知識ではあるが、直時がマーシャに訊ねた。
「そうかもしれないけど、今は仕事中だし…」
「赤ちゃん見たいなぁー。お客様の要望には可能な限り応えてくれるんじゃないのかなぁ?」
ベッドの上で逡巡するマーシャを余所に入り口脇に置かれた鈴をカランカランと鳴らす直時。程なくして従業員のひとりが現れる。
「この娘、赤ちゃんいるんだってねぇ? おっぱいあげてるところ見たいんだけど構わないかな? 料金は追加を後で。とりあえずこれは君に―」
金貨を一枚握らせる。チップとしては大盤振る舞いだ。恐縮した従業員は急いで店主のもとへ向かう。直時をかなり特殊な趣味の持ち主だと誤解したようだ。
「遅いな…」
直時の呟きに不安げに頷くマーシャ。結構経つが、マーシャの子はまだ連れてこられない。
「ちょっと探るか…」
入り口を少し開けた直時は、探査の風を放つ。風の精霊から届けられた声は碌でもないものばかりで、悲鳴や許しを請う女性の声と、肉を打つ音、下卑た男と笑いだった。
その中でもとびきり碌でもない音が届く。若い女性の怒声と悲鳴、それに赤子の火の着いたような泣き声だった。
「早く餓鬼を寄越せってんだっ!」
「嫌だっ! 誰が渡すもんかっ!」
赤子をしっかりと抱いた狐人族の若い娘に普人族の男の拳が振り下ろされる。
こめかみを襲う衝撃に気が遠くなりつつも、胸に抱いた赤子を放す様子はない。噛み切ってしまった唇から血が流れるが、その痛みと赤子の泣き声が意識を現実に繋ぎ止める。
マーシャにくれぐれもと頼まれた赤ちゃんだ。血が繋がってなくても妹と思って大事に大事にしているのだ。娼館の客に渡すなんてとんでもない。
「大事な初物だからって、いつまでも甘い顔ばかりだと思うなよ! 俺ぁ、ケモノ臭い獣人族なんぞ殺しちまった方がすっきりするってもんだ!」
頭に血が上った男は、娼館の経営など吹っ飛んでしまったようだ。手近にあった火掻き棒を振りかぶる。
キツく目を閉じ、赤子を守るように背を向ける娘。その周囲を風が駆け抜けた。覚悟した衝撃は訪れず、背後で男の呻き声が聞こえる。
「子どもいじめて楽しいかぁ? そんな君には地獄めぐりをプレゼントぉ! ―転写っ」
振り返った彼女の目に写った光景。どうやったのか大きな体躯の男が小さな男に腕を捻られて身動きが出来ないでいる。その頭上に浮かぶ魔法陣。
「ああっ! ああああああああああああああっ!」
恐怖の声を上げ蹲る男。いつもいつも偉そうにしていたのが嘘のようだった。
「ふんっ! 地獄草紙と地獄絵図と六道輪廻のミックスバージョンだ。精々自分の行いがどの地獄に当て嵌まるのか怯えるこった」
咄嗟に地獄に落ちろと思ったことから、日本の地獄に関する知識をこれでもかと映像付きで転写した直時だった。
「赤ちゃん守ってたんだな。頑張ったな」
頭を撫でて優しい笑みを浮かべる直時を見て、「真っ黒だ―」と思った娘。緊張の糸が切れたのか赤子を抱いたまま意識を失った。
直時は床で震える男をそのままに、小さな狐人族の娘と赤子を抱いてマーシャのもとへ戻った。有効かどうか判らなかったが、異世界製地獄巡りは多大な精神的ダメージを与えたようで、男はその場を去る直時達に注意を向けることはなかった。
「流石は母だな。あれだけ泣いてたのに…」
マーシャと背中合わせになっていた直時が感心する。赤子は乳房を含ませた途端泣き止み、今は一心不乱に乳を吸っていた。後ろを向いて座っている直時にそれを確認することは出来ないが。
代わりといっては何だが、気絶しているのを良いことに膝で寝かしている若い狐人族の娘の頭と耳を撫でていた。勿論、耳を主にである。
「その子はエマ。どこかで拐かされたみたいでね。若過ぎるから店に出されるのはもうちょっと後だろうけど、同族ってこともあって可愛がってるのさ」
「確かに可愛いな! ポワポワした毛並みだ!」
マーシャはサラサラしてるが、直時としてはポワポワした手触りに軍配を上げたい。
見た目は十四、五歳で、頭と耳以外に手を触れようものなら法令違反になりそうである。そのこともあり、魅惑の尻尾には手を触れていない。
「―んむぅ。ふぅ…」
「おっ。お目覚めのようだね。怪我は治癒しといたからもう大丈夫。痛い処はないだろ?」
起き上がったエマが、虚ろな視線を直時へ向けた。そのまま顔を近づけ舐めるように観察する。
瞳が焦点を結ぶと同時に飛び退り、警戒感を露わにした。
「ふぅっ! ふぅっ! ふしゅーっ」
四つん這いになって威嚇の声を上げる。そのまま直時を遠巻きにしてマーシャにすがりつく。
苦笑しながらマーシャが経緯を説明すると、何かが切れる音がして直時へと跳びかかった。
「お前が原因かぁーーーっ」
叫んで直時に噛み付いた。
ケモノ成分が不足してたから…。
でも微妙なキャラかもです^^;