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ティサロニキ帰還

前話のサブタイトル間違えるとかすんげー恥ずかしい><

今回もゆるゆるです。




 光の無い真の闇。全ての形は闇に吸い取られ、自分のまぶたが開いているのか閉じているのかも判らない。足音さえ闇に消え、何も聞こえないのに耳が痛くなるほどの静寂。己の存在さえ掴み得ない。


 そんな中を危なげ無い足取りで進む人物がいた。日比野 直時、日本人。

 闇の精霊と同化した彼は、目を閉じだまま『影の道』を歩いていた。


 夜の王『クニクラド』の城を直時が辞去したのは3日後だった。彼が欲した調味料の情報を、全ての住人へ伝ええて返答を得るのにそれだけかかったのである。

 味噌、醤油そのものは無かったが、直時にとって貴重な戦利品があった。見た目や味から『もろみ』のようなものだと判断出来た。キュウリなどに乗せて食べるアレである。

 手に提げた革袋には、密閉された陶器一杯に『もろみ』が詰められていた。お土産として贈られたのだ。

 直時はリッタイト帝国よりさらに東方の国々では、穀物を発酵させた数々の調味料があるとも聞いた。とりあえず滞在しているイリキア王国であるが、ミソラ誘拐犯を捕まえた後は、フィアと相談して東へ旅しようとも考えていた。


 本来の彼ならば、スキップしながら歩いても不思議ではなかった。それが何か考えながら黙々と歩みを進めていた。別れ際に聞いたクニクラドの言葉が気になって仕方がなかったのだ。


 暫くして、直時の閉じた瞼に微かな光が感じられる。出口に辿り着いたのだろう。

 往路と同様、徒歩に寄る時間がある程度かかるのは『影の道』といっても万能ではないからだ。魔力で影と影を結ぶ闇の精霊術の一種だが、神の力をもってしても数十分の移動が必要だった。


 ゆっくりと瞼を開いた直時の眼にぼんやりと大きな書棚が映る。


「帰ってきたか…。フィアに連絡しないとな」

 呟いた直時の鼻腔に、紙とは異なる独特な匂いの獣皮紙と埃っぽさが入ってくる。間違いなく通っていたティサロニキの王立図書館の匂いだ。


(もしもし。フィア? タダトキだけど、今、図書館まで帰ってきた。預けた荷物を受け取って宿まで戻るよ)

(やっと帰ってきたのね。おかえりなさい。直ぐにでも聞きたいこと、話したい事があるの。こちらに向かいながらで良いから念話で事前相談を済ませるわよ? こっちも相当面倒なことになってるから覚悟しておいて)

(うげっ! マジっすか? 了解ぃ……)

 帰る早々問題が持ち上がっているようで、うんざりする直時。驚く司書へどう事情を説明しようかと近付いた。




 正直な説明を最初から放棄した直時は、書籍を放置したことへの謝罪と「お茶菓子代に―」と、銀貨1枚で司書の追求を逃れた。玄関受付でも預けていた鞄と護身用武器の返却をスムーズにするため銀貨一枚を必要とした。

 直時は、容易に事が運んだことを喜ぶこととは別に、国立施設の職員が袖の下であっさりと通してくれることにイリキア王国への心配が浮かんだ。大きなお世話かもしれないが。


 直時が『落月の館』までの道程でフィアと念話で交わした内容は、留守中何があったのか? と、驚くことばかりだった。


 まず、カール帝国からの追跡者がロッソで撒いたリシュナンテ・バイトリであったこと。爽やかな顔で軽口を叩く優男を思い出した直時は思わず舌打ちをしてしまった。

 次に、いつの間にか結ばれた4国協定で直時との交渉時間が配分されているということ。サミュエルに「金、権力、女は無駄!」と、言ってあるのだから今更何を交渉するというのか正気を疑ってしまった。

 最後に、ヴァロアの騎兵3人に帰国命令が来たとのこと。乗騎である白烏竜が全ていなくなってしまったのだから仕方ない事と言える。サミュエル達への支援増員はある意味実直であった騎兵とは別の人員が来るのだろう。直時は油断できないと気を引き締めるしかなかった。


(ここまでは普人族国家のゴタゴタよ。あとひとつ…)

(まだあるの? 国が関係ないってことは、もしかしてミソラ関係?)

 言葉を濁したフィアに、クニクラドからの依頼もあってギルド関係の問題を想起した直時。


(まあ急ぐ話でもないから後回しでいいわ。それより先に彼等の話をなんとかしましょう)

(了解。こっちもゆっくりと相談したいことがあるし、当面の問題は奴等をどうやって袖にするかってのと、アラン、ジョエル、ポールの送別会だね)

(送別会?)

(まあ、知らない仲じゃないんだし、ブランドゥとも関係あったんだし、ぱぁーっと送り出してやろうじゃない? 本国に帰ったら色々とあるんだろうし!)

 ヴァロア王国での任務失敗が軍人にどう返ってくるかは判らない直時だが、碌な事態にはならないだろうと思ったのだ。それなら最後(縁起でもないが)に、気持よく送り出してやろうという意図である。

 直時自身、色々と聞いたことでモヤモヤしている。騒いで吹っ飛ばせれば、面倒な事になった4国との交渉にも新たな気持で臨めるだろうと思ってのことだ。


(とりあえず酒宴ってこと! あれだ! 面倒なら4国の交渉団とかも誘っちゃえ! リシュナンテは来なくてもいいけど!)

(要するに呑みたいのね……。それも良いか! 私もぱぁーっとやりたいかも!)

 酒好きのフィアも乗ってきた。直時の計算通りである。


(交渉団との顔合わせとヴァロア騎兵達の送別会を兼ねて今夜は宴会にしようぜっ!)

(わかった! 4国持ちで手配させておくわ!)

 抜かり無いフィアの念話が直時の頭蓋に響いた。




「では、タダトキくんおかえりなさい待ってたぜコンチクショウと、ヴァロアの3人様さよーならーと、いうことでぇー、乾杯!」

 リシュナンテが杯を掲げ、集まった皆が続いて唱和する。


 『落月の館』の広大な庭園で大規模な野外酒宴が開催され、月の光の下、首肯を凝らした料理や、美酒がところ狭しと並べられていた。


「なぁ? なんであいつが音頭とってるの?」

「国力で言えば仕様がないんじゃない?」

 直時がフィアの長い耳へコソッと囁くが、我関せずとばかりの様子である。フィアもリシュナンテのことは油断ならないと思っているようで少し不機嫌だ。


 フィアも直時も正装である。

 フィアは古代ローマのように絹製の白布はくふ華奢きゃしゃにみえる細身の身体をゆったりと包み、翡翠の髪留めと幾つかの装身具として腕輪やアンクレットで着飾っていた。

 直時はティサロニキで強制的に購入させられた絹の刺繍入り白シャツに黒革のベスト、黒ズボンにエリアから贈られた、これも黒絹のケープ姿である。アクセサリーの類が嫌いな直時は最後まで嫌がっていたが、耳カフスやネックレス、装飾篭手等も装備させられていた。


(ふっ。何があろうともまぁまぁなぁなぁでスルーしてやんよ!)

 乾杯後、早速近寄ってくる各国の代表に眼を据えた直時は、この酒宴を邪魔する奴は容赦しないとの決意を込めて不敵な笑みを浮かべた。


「くらぁ! まーだまだ料理は残ってるのにぃー。次々注文すんなぁー! ちゃんと食べてからにしやがりなさい!」

 幾分…、いや、相当酔いが回っている直時が叫んだ。スルーどころか絡んでいる。テーブル上に料理を絶やさないようにオーダーしていたのはマケディウスの使者である。


「申し訳ありません。しかし、常に暖かい料理を御用意するのはホストの役目でございますので―」

 酒盃を重ねているのに理性的な言葉。酔っていないようだ。


「チミは商人だろー? 金になるからって、んな非効率なことでどーするよぅ。そりゃぁ大量消費で金と物がまわりゃー儲けも出るだろうけどさー。必要な時にぃー、必要な者にぃー、必要なだけを適正料金で売ってこその商人じゃろがーっ! そーゆー目利きが出来ないから浪費が増えて需要を求めるところにモノがまわらんのだー! 商売っつったって、地道な信用なくなったらデカイところとしか取引できなくなるんだぞー! デカイとこばっかりに益が集まるような国は元気が無くなって寂しくなるんだーよぉ?」

 直時の愚痴には元の世界への不満だったのだが、それでも酔っぱらいの戯言だけではない、何かの意味を感じたマケディウスの者がビクンと身を震わせる。


「そらーな、それでも儲けられたら良いってのは多いわさー。楽だもん。んでも、気持ち良くは無いよなぁ? 皆で幸せになろうぜぇー」

 マケディウスの男の首に腕を回した直時は、頭をカクンと落とす。どうしたものかと周囲の顔を見渡す男。しかし、助け舟を出す者は誰もいない。件の精霊術師がくだを巻いているなら、さわらぬ黒髪に祟りなし! と、距離を置いていた。交渉のためとはいえ、命懸けで酔っぱらいの相手をする気はないようだ。


(ちょっと。大丈夫?)

(ハメは外してるけどたがを外してはいないので大丈夫。これだけ危ない奴を演じてたら引くだろ?)

(むしろ、御し易いと思われるんじゃない?)

(チッ! 簡単にはいかないか…)

 なんだかんだとフィアと念話を交わしながらも楽しんでいる直時。酔いを楽しみつつも周囲が敵だと認識している。


「…なぁ。マケディウスは商人が頑張ってるんだよな? 国政は王家かもしれないけど、実質どうなの?」

 絡んだ男へ卑しげに囁く直時。


「…国王は偉大な方です。貴族でもない我等商人にも色々と便宜を図ってくださいます。勿論、利益を上げる才覚が必要ですが」

 自分にはその才があったからこそ重要な役を任ぜられたと、言外に誇る男。その後はマケディウス王国と、彼等商人と役人の付き合い方、どのようにして巨商が成り上がったか等の話を聞き出した。

 しきりに直時の能力を持ち上げる様子に辟易へきえきとする。


(マケディウスは、商業国家にありがちだけど金が国政を左右するのかね? 金勘定はあくまでも手段であって目的じゃないんだけどな。即物的な利益を求めているのか、長期的な信用で利益を上げてるのか…。この調子だと前者かなぁ)

 直時が頭に浮かべたのは堅実な積み重ねの商売ではなく、その場限りの商談で利益を上げればサッと引く、所謂いわゆる焼畑商業である。それが成り立つ土壌(社会)にも問題はあると思うが、消費者の多数がそれに益を感じているならばどうしようもない。


(まったりしたいのに日本以上に弱肉強食で、既得権が横行してるなら関係者との付き合いだけで神経が持たないよなぁ)

 直時は、自国と自分の自慢話の区別を付けないまま話し続けるマケディウスの交渉団のひとりに判ったような顔で頷きながら、別の評価を与えていた。

 彼も日本人の例に漏れず、相手の出方を観察してから評価し、判断して対応する典型である。初回はリサーチを兼ねて購入することもあるが、値切ることが前提の商品価格であれば二度と買わないタイプだ。

 商売絡みでも、体裁ヨイショと金の両方を投資して利益が少ないとなれば、付き合いを改めて切ることもあった。その際、恨みを買わないためには莫迦を装うことが有効だと元の世界で経験している。

 今回の場合は強者弱者の立場としては逆になってしまうが、利用する益が少ないと思わせることが対応の方針だ。


「自分が王国のまつりごとに携わったなら、信賞必罰は絶対だなぁ。出来るコにはそれ相応の対価が必要だけど、粉飾やら不正で利益を上げたと見せかけた奴は極刑だな。国を裏切ってるんだもん当然だよな―」

 マケディウスの男が顔を青くするが、気付かない振りをして大笑いする直時。酔っぱらいの戯言か、酔った故の本音か判断するのは当人次第であるが、強力な精霊術師と認識されているため脅し以上の効果があったようだ。


「じゃあさ、いっそのこと国王やってみない?」

 顔色を悪くして逃げ出したマケディウスの男と入れ違いで直時に近寄ったのはリシュナンテである。


「カール帝国うちのくには大きいから厄介ごとが多いけど、シーイス公国の国王ってことでどうかなぁ?」

 彼だけではない。シーイス公国所属の者も一緒だ。


「同盟国とはいえ、ちょっと発言がやばくないか?」

「あはは! 現シーイス王がリスタルを見捨てた件が結構尾を引いちゃってねー。国民の不満が高まってるようなんだよ。同盟国としてはシーイスの政情不安は歓迎できなくてねぇ」

 しれっとした様子のリシュナンテ。事後の話で要請という恫喝を行ったのがカール帝国であると直時が承知しているのかどうか不明な態度だ。


「リスタル防衛戦での活躍もさることながら、君に支援魔術をもらった国民の評判が高いみたいでね。現王の不人気と君の人気を天秤に掛けると君に傾くんだよなぁ」

「シーイスの皆さんはこんなこと言わせて於いて良いの?」

 同盟という名目の属国とはいえ、ここまで自国を酷評されて黙っている者に直時の怒りが向かう。

 非難の目を向けられながらもカール帝国代表のリシュナンテを気にして何も言えないシーイス公国の面々。彼我の国の力関係が如実に露わになっている。


「はぁ……。言っておくけど俺は獣人族が好きで好きで仕方ない変態だよ? 国政握ったら周囲は獣人族だらけにするよ?」

 直時はクニクラドから聞いた普人族の業とも言うべき事を逆手に取る。


「そこら辺も含めての交渉だよ? このままで良いと思っていないのは君だけじゃない」

 意外なリシュナンテの言葉に直時は彼の耳に口を寄せる。


「……ご両親が?」

「ご想像にお任せするよ」

 周囲には判らなかったが、彼の片親は普人族ではないようだ。冒険者として割りきっているだけかと思ったが、多種族と協力することに嫌悪も無いからフィアとも隊を組むことが出来たのかもしれない。


「タダトキ殿がシーイス公国を継ぐならば、わたくしは側室入りしたいですね」

 それまで押されていたヴァロア組であるが、突然エリアが直時の腕に自身の腕を絡めてきた。


「隣国なのですから両国のためにも良縁だと想いますよ?」

 対外用の愛想笑いをするエリアであるが、今まで話しをした限りで直時がリシュナンテの申し出を受ける可能性は低いと判断している。しかし、ヴァロア王国の民として一矢報いておかねば自国の顔が立たない。

 自分達がリスタル防衛戦で敵対したため、交渉相手として他国に蔑ろにされていることもあるが、一番腹立たしいのは直時がそれに配慮してくれなかったことだ。

 我儘な想いかもしれないが、旅を共にした仲であるとの想いがエリアにあった。


輿入こしいれの時はブランドゥも一緒に来てくれるのでしょう?」

「(勿論です!)」

 直時不在の間にいつのまにか仲良くなったエリアと白烏竜のブランドゥ。この飛竜は直時が以前に聞かせた日本昔話の「ある娘のために~」という竜の活躍を特に気に入っていたのだ。姫を守る騎士ナイトのつもりでもあるのだろうか?


「エリアちゃん…侮れんな…」

「勿論私も御一緒させて頂きます」

 直時が呟く背後でオデットが言う。酒宴ということで緩みきっていた直時が、今更ながらに驚いた。


「君が一番油断できないよ…」

「有難うございます」

 冷や汗を垂らす直時に微笑するオデットだった。




酔ってるけど酔ってない。

本当に酔えるのは心を許した人とだけですね。

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