夜の神の城②
端折った設定語りでしたが、やっぱり入れます><
面倒な方は飛ばしてください。
「―そういうわけで、お主は今のところこの世界の者との関わりが薄い」
直時は再びクニクラドの玉座前にいた。フィアがメイヴァーユから聞いた話と同じような説明。世界に関する話を聞いた後だった。
彼としては「はぁ、はぁ」と、不得要領に頷くばかり。世界の仕組みを聞いたとしても、それを自分でどうこう出来ないのでは知識が広がったという意味しか無い。帰る可能性が皆無とあれば、「宇宙は膨張し続けている―」と、いう話題と違いはない。興味はそそられるがそれだけだった。
「神々の相克とは無縁であるがため、お主に頼みたいことは先も言った『神器』の回収だ。神々や神霊等からの恩寵であるが、所詮は道具だからな。使われなければ意味が無い。しかし、死蔵されてしまっては何のために贈ったのか? と、儂は思うのだ―」
クニクラドは、象徴として飾られたままの神器が数多くあると語った。授けられた者が死んだ後、継ぐ者が見つからなかったのだ。それぞれの神器に認められる者は精霊術を使える者よりも稀少である。
「使ってこその道具という御見識には同意いたします。しかし、それを所持していることが脅威対象への牽制、抑止力となることもありましょう。別に普人族の国がどうこうという訳ではありませんが、事情は他の種族でも同様なのでは? それを奪うことが争乱の火種になるようにも思えます。自分としては、これ以上追い回される理由を増やしたくはないです」
丁寧ながらも、理由を述べてやんわりと拒む。
執拗な勧誘でいくつかの普人族の国家に拒否感を持つものの、その国でただ生きている人々もいる。直時は、彼等が戦禍を被る原因にはなりたくない、進んで恨まれる理由を作りたく無いと考えていた。
「それについてはちと複雑でなぁ。多くは、神器の後継者がおらぬ場合、授けた神や神霊に返してくるのだよ。ただ、普人族は神器使いを英雄として国の柱に据えるからのう。返納は周囲が認めぬのだろう」
死蔵しているのは普人族だけだと語るクニクラド。
「そして、神器の使い手が居らぬ国はそれを欲する国に攻められることが多いのだ。死蔵されているが故に争いの種になっておる」
神器の使い手が軍の先頭にいれば、周辺国は侵略を躊躇する。しかし、使い手不在の神器は欲望の的になる。
「もし、自分の国に使い手がいるのなら?」という欲望と、「もし、新たな使い手が現れたなら!」という恐怖が神器を巡る新たな争いを生んだ。
「神の側から返却を求めれば良いのではないですか?」
尊崇を集める神々や神霊の言葉には逆らえないだろうと思った直時が訊ねる。
「それは出来ぬ。我等は子らに与えることは出来るが、奪うことは出来ぬ」
クニクラドだけではない。他の神々や神霊も、普人族の直接の始父ではないが、連なる眷属の中には交わったことで普人族を産んだ者も多い。長命な種族以外ではもはや純血種など殆ど存在しない。
「気持ちは判らないでもないですけど、それって自分達の手を汚したくないから余所者の自分にやらせるってことになりませんか?」
流石に気分を害した直時の声には怒りが滲んでいた。
「こればかりは頭を下げることしか出来ん。儂らはしがらみ故に、調和を壊すことが出来ずにおるのだ。それが徐々に壊れていることは承知していても、己がその最初になれずにおるのだよ。それに手を出すならどうしても己が血の濃い眷属を優遇するじゃろう。我も含めて情けないことだがな」
悪魔(形容しちゃったよ!)のような風貌のクニクラドが、さも済まなさそうに言う。
神様(姿は悪魔)の落ち込んだ様子に、直時も同情を禁じ得ない。だからといって自分が貧乏くじを引く気もない。
「しかし、少し解せませんね。クニクラド様は神々の一柱です。暗護の城を広げるにしても、神器に頼らずとも御身の力だけで切り盛りできるのでは?」
大きな力を持つとは言え、神器とはただの道具、神々の力の一部を貸し与える道具に過ぎない。神そのものであるクニクラドの力に及ぶべくもない。直時の疑問も当然と言えた。
「儂が地上界で力を使うのはこの『暗護の城』を守ること。それに協力を願える者を探すこと。それくらいだのう。地上界に残ったからには我儘を通すにもそれなりの筋を通さねばならん」
苦しげな表情のクニクラド。
「それに普人族が身を守るためにと贈った神器だが、積極的に武器として扱われている事には神々も心を痛めておる。それでも授けた手前、取り上げることもできぬ、。神々の相克とは互いの子等の対立だけではない。儂達の心の相克でもあるのだ」
クニクラドが本心を吐露するのは、直時が異世界人でアースフィアのしがらみの外にいるからかもしれない。ヴィルヘルミーネが「好きに生きれば良い」と言ったこととは反するが、神々が実在する世界では、当の神も個々の苦しみや悩みを避けては通れないのだろう。
「やはりその御依頼には応じかねます。申し訳ございません。それより神器を集めるのは何故でしょう? お話の通りなら神器の収集は狙われる原因になるのではないですか?」
拒否と疑問。無関係を通すなら聞くまでもないが、訊ねてしまった直時。泥沼に足を踏み入れることになる予感もするが、『暗護の城』が彼にとっての避難所になる可能性もある。
直時の頭には、神の支配地ならば普人族国家の追跡も届かないだろうとの計算があった。
「ヲンの仕事を見たのだろう? 神域と違いこの城を維持するのは骨が折れるのだ。身を寄せる者達を養う術も必要でな。我も神の端くれであるからして、回収した神器と引き換えに有用な神器を求めることも出来るのだ。ここに座っているだけではないのだぞ?」
回収した神器を『暗護の城』の民に必要なものと交換する。神々や神霊と交渉することが出来る存在は、同等の存在であるクニクラドしかいない。
「闇の眷属といえども、陽の恵みに頼らねば生きていけませぬ。タダトキ殿が口にされた料理の多くは闇の中では育たないものです」
ヲン爺の捕捉が入る。確かに青々とした野菜には日光が必要だ。
「儂は苦手なので足を踏み入れてはおりませぬが、地下農場があるのですじゃ。神器『日向の石』の光が植物を育てておりまする」
ヲン爺の説明では、表層で暮らす混血普人族に使い手がおり、農場を担当しているそうだ。魔力が少なくとも神器がそれを補っている。
他にも有用な神器が活用され、逃れた者達を養うために使い手が力を振るっていた。
「この『暗護の城』に受け入れる者を増やすため、より多くの神器が必要だと?」
頑なだった直時の考えが揺らぐ。否、苦悩する魂に触れた時から、出来得ることなら力になりたいとも思っていた。
(どうせ行くあてのない身の上だし、此処もそんなに悪くないし、神様の領域に攻め込む国も無いだろうし…。やっちゃうか?)
気を許せない普人族の国より、此処は余程のほほんと出来る。甘い誘惑に傾きそうになる直時だったが、ふとクニクラドの言葉を思い出した。
(この世界と関わりが薄い……か。やっぱり余所者扱いだよなぁ)
溜息をひとつ。頭を冷やす直時。感情だけで動いても碌な事はない。これまでの経験で学んではいる。しかし、結局のところ自分にとって損か得かしかないのだとも思う。精神的なことを含めてだ。
「普人族が死蔵している神器の回収を承ったとして、その報酬は自分が求める知識なんですよね? 正直、そこまでして知りたいという知識は無いです。正体がばれないよう各国を襲ったとしても完全に隠匿できるわけはないでしょうし、自分のリスクが高すぎませんか? 益が少ないですねぇ」
直時は、敢えて意地の悪い問いを放つ。
(取引するなら卑しい奴と思ってもらった方が無難だな。出来る事もわからんのに要求される案件が高レベル過ぎる。ここは低い評価の方が良い)
直時は苦労して、ひひっひ、とか言ってみる。相手に利用されないためには、道化を演じることも必要と思っている。
「ぷぷっ。うむ。今更悪役を演じずとも良いのだぞ。ウハハッ! お主の人となりは色々と聞いておるのでな! あっはっは!」
耐え切れないといった様子で、クニクラドが吹き出した。
「ちょっと! それ何ですかっ? 誰が言ってたんですかっ! 嘘ですからっ! それ絶対嘘です!」
慌てる様子が残念な男そのものの直時であった。
「タダトキ殿を御案内出来ておらぬのですが、地底湖がありましてな。ヴィルヘルミーネ様が顕現されたことがあるのですじゃ。彼の神霊は神域におわしますが、地上界へは頻繁に顕れ関わっておられます」
クニクラドが笑う傍らでヲン爺が直時へと説明する。フィアへ言伝てを届けたのもヴィルヘルミーネである。
「あのエロい神霊さんが元凶か…。情報提供はフィアを通してのメイヴァーユ様だな! 報復にエロフィギュア量産してやろうかっ…」
小さな声で握った拳を震わせる直時。土の精霊術でイメージ通り造形が上手くいったことに自信をもった。魔力にモノを言わせて量産することも可能である。
「ふむ。まあ良い。あくまで乱を厭ならば、我としては不本意なれど普人の民の言う盗賊相手ならばどうか? 個人間の争いであれば、そう大事には至るまい。本当ならば使い方はどうであれ、彼等自身は神器を活用しておるから取り上げるのは心が痛むのだが、冒険者ギルドは討伐依頼を発布しておるのだろう? 同じ扱いで我からの依頼として受けてもらえるなら、ミズガルズの子に害を為した者からの神器回収を頼みたい」
直時にとって思いも寄らない話が出た。虚空大蛇の子、一時的とはいえ保護し、名付け親となった記憶は新しい。そのミソラに虐待を働いた犯人に関する情報が得られると言う。
「ちょっ! マジですかっ? ギルドも犯人探ししてますし、個人的にもその依頼は引き受けます! 絶対にっ!」
先刻までの消極的な反応から一転する直時。しかし、クニクラドはバツが悪そうにあさっての方向に視線を向ける。
「……少し言い難いのだがな。その神器を贈ったのは我なのだ。『影櫃』と言う神器で、闇の精霊術のひとつ、影に潜って姿も気配も消す術の広域効果があるのだ。普人族との間に生まれた子等が迫害や追手から逃れるために与えたのだが……。今代の使い手がその隠密性を盗賊働きに活用しておるのだ」
クニクラドの告白に、直時は無意識で手の甲ではたく仕種をしてしまう。「あんたのせいかよっ!」と、ツッコみたいのを我慢した結果であった。
「しかし、神々の相克とやらも厄介なようですね。自分には相関関係が判りませんが、暗護の城の増築もやっちゃいけないんですか? 他に害が無ければ問題ないと思うのですけど…」
直時の新たな疑問にクニクラドが苦い顔をする。
「痛いところを突いてくるのう。しかしな、我が地上界に於いて地下世界を思うまま拡張してみよ。他の神々も、己が眷属の領域を救いと称して増やすであろう。神々が均衡を破れば収拾がつかぬ。我が眷属の領域は他種族の域を侵さないからといって、そうそう勝手は出来ぬのだ」
悪影響を与えないから、自分の子達だけに恩寵を与えては他に示しがつかない。それをしたくても出来ない神々やその眷属から、いらぬ妬み嫉みを買ってしまうかもしれない。
ここアースフィアでも他人の芝生は青く見えてしまうようであった。
「まあ、あまり立ち入った事を聞かされても対処できませんし、確認させて頂きます。その盗賊の情報は神器奪還依頼への付帯情報ですよね? 報酬は別と思って宜しいですか?」
直時としてはミソラに害を与えた犯人の情報である。本音は喉から手が出る程欲しいが、それを表には出さないように気をつける。報酬をそこまで必要としているわけではないが、安く働くと思われるのも癪に障るのだ。
「ホッホッホ。先程の喰いつき様が嘘のようですのう」
「ヲンさん!」
「良い良い! 我も久々に愉快なことよ。普人族でもここまで無遠慮な者もおらぬ。しかし、無礼ではないのも気に入った。報酬ならそうだな……。増築作業の副産物で悪いが、金だの輝石だのが産出しておる。好きなだけ持ってゆくが良い」
ヴィルヘルミーネ経由で、直時のキャラクターが固まっている様子のクニクラドが楽しげに笑う。
「…有難うございます。それは成功報酬として頂ければ結構です。あと、細かいことを言って申し訳ありませんが、一件についての額を決めておいて頂ければ幸いです。自分としては継続して依頼を受けるかどうかは判りませんので」
神獣の怒りのとばっちりを喰えば国がひとつふたつ吹っ飛ぶ…。そう、フィアとヒルダから聞かされていたこともあり、ミソラの件は引き受ける決意の直時である。
しかし、寿命が長い彼等の依頼にばかり付き合っていてはきりがないと判断したため、一件ごとに区切りを設けることを提案したのだ。
「承知した。対価については適正な値をつけておこう。では、招いたこちらから礼を尽くそう。お主には知りたいことがあるのじゃろう? 何なりと聞くが良い。全てに答えよう」
クニクラドは依頼の報酬とは別に、強制的に『召喚』したことと引き換えに直時の疑問に答えるつもりであった。
成功報酬に含まれるとばかり思っていた直時は、少し驚いた顔でヲン爺の顔を見た。無言で肯定の頷きを返すヲン爺。
「自分がお聞きしたいことは2つあります。ひとつは普人族が他種族に見せる敵意。それも獣人族に対して激しいこと。この理由が知りたいです」
「普人族は力が弱かった。始父と始母からの愛が少ないと思い込んだようで、他の種族を羨んだのじゃ。本当は『違う』がの。魔人族や竜人族、妖精族等は彼等とあまりに違いすぎる。その中で獣人族が最も彼等に近い力であった。個体能力の差はあるものの群れ同士なら勝てなくもなかったからのう。そして、今や普人族は地に満ち獣人族を圧倒しておる。その優越感と未だ個では勝てぬ劣等感が複雑に絡み合って仲が悪いのじゃろう」
「ティサロニキの図書館で読みました。確かにそんな感じを受けました。しかし、本当にそれだけですか?」
神々が実在し宗教による争いが無い。それでも世界に絶えない種族の争い。直時は再度訊ねる。
「理由はある。だが、儂が口にして良いものかどうか…。普人族の始父母のことは知っておるか?」
「始父が光と大地の神の子『エルメイア』様ですね。農耕を広めた神と伺いました。普人族を産んだ後は冒険者ギルドを創設。その運営に勤しんでおられると―。しかし、始母の御名は誰も知らない。子の普人族さえも…」
「儂ら神々も名は知らぬ。だがその娘は、普人の民が特異性の由来となったのだ」
クニクラドは躊躇った後、そう言った。
(片親が神様なのに魔力が少ないのはそういう事なのか? いや、それよりも「違う」とは?)
直時に新たな疑問が浮かんだ。
「当の普人の民からも疎まれる一因となってしもうたが、それは逆なのだ。子等への慈愛深き故のことよ。その娘は存在の力を全て子たる普人の民へと注ぎ、消えたのだ。始母を恨む声も多いと聞くが、嘆かわしいことよ」
「魔力の弱さを上回る生存し続ける強さ。種としての生命力とでも言いましょうか。それは始母となった方の生存戦略だったのですね。しかし、それと獣人族への敵意がどう繋がるのでしょうか?」
「うーむ。これはあくまでも噂と心得てくれ。エルメイアに確かめた者がおらん。彼奴が農耕の知識や技術を与えたのが、各種族の娘ばかりでな。中にはエルメイアの子を産んだ者もおる。それが偶々(たまたま)獣人族ばかりで、普人族の始母となった娘は大層気にしておったそうな。妬心を抱いたまま普人族の祖となったためではないか? と、噂されておる」
「それはまた―。でも、親の意がどうあれ子には関係ないでしょう? まして、普人族が生まれた時にその始母となった方は消えていたのでしょう? 教えられなければ知ることも無い筈。嫉妬を感じていたかどうかすら判らないのでは?」
「かの娘は己の存在全てを子等へ与え消えた。溶け込んだといって良い。普く在る人とはよく言ったものよ。かの娘は全ての普人の民の裡に在る。当人が意識せずとも片隅に存在しておる。まあ、混血がその存在を薄めはしておるようだがな。民や新興国が他種族への拘りが少ないのはそういう事だ。だが、支配者層は未だ混血をよしとせず、結果血が濃い。ために始母の影響を濃く受けておるようだのう」
「はぁ。母の恨みを無意識に引き継いでいるということですか…。何かやるせない気持ちになります……」
「かの娘の想いも世代を経るにつれ柔らかにはなってきておる。時が慰めとなったのだろう。普人の民の無自覚な敵意もそのうち消え去るであろう」
悠久の時を生きる神々ならではの気長な言葉である。直時としては、今を生きるのに何世代も待ってはおられない。
(かといって何が出来るって訳でもないし、由緒ある普人族国家ほど避けることにしよう。それより重要な問いが残っている!)
「それではあとひとつだけ。闇の眷属の方々が多く集うこの地なれば、是非とも教えて頂きたいことがあります」
「次が本命か? 申してみよ」
「調味料、特に醸造した物を詳しく教えて欲しいのです! 例えば豆とか麦とか米とか穀物を醗酵させる調味料をっ!」
直時は両手を握りしめ必死に訴えた。醸造が地下蔵など暗くて一定の気温湿度を保つ場所で多く行われることから、普人族にはない調味料があるかもしれないと考えたようだ。例示した材料から、醤油や味噌に類する調味料を探していることは明白だ。
「調味料? フッフッフ…。ハーッ、はっはっは! つくづく面白い奴じゃのう。ヲンよ、判るか?」
「フォッフォッフォ。流石に儂もそのような知識は持ちあわせておりませぬ。が、誰ぞ知っておるかもしれませぬ。皆へ通達を出しましょう」
「おおっ! 有難うございます!」
クニクラドもヲンも、他の闇に控えている者達も笑っているが、直時にとっては切実な問題だ。
(1日3回。夜食や間食入れれば、1ヶ月でほぼ100回も摂る食事のことなんだからな! 笑い事じゃないっつーの! 安定した日々を過ごすためには最重要且つ、必要不可欠!)
ティサロニキの市場では見つからなかったが、折角『米』を発見したのだ。諦めるわけにはいかない直時だった。
世界に馴染んでいないから余所者なのか、余所者だから馴染み難いのか…。