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夜の神の城

直時が観光中。



 直時は『降塔』の表層付近、地下に築かれた『暗護の城』最上階の西日が差し込む中で夕餉ゆうげを御馳走になっていた。

 共に料理を囲んでいるのは普人族だった。闇に属する者の避難所と聞いていたため、最初は驚いた直時だったが、事情を聞いて納得した。


「これも美味しいですよ。たくさん召し上がって下さいな」

 浅黒い肌の娘が直時の前に肉と野菜を刺した串焼きの皿を置いた。礼を言って焼きあがったばかりのそれを手に取る。独特の香辛料と香味野菜の香り。火傷に注意しながら齧り付くと肉が存外に柔らかい。爽やかな酸味はヨーグルトに漬け込んだのだろうか?


 美味しそうに頬張る直時に、周りの者達の顔が綻んだ。彼等の肌はこれまで出会った普人族にはない色をしている。闇の種族と普人族の間に生まれた者達だった。


 普人族と他種族との子には、普人族の特徴が9割以上引き継がれる。寿命も魔力も肉体的特徴もである。外見上の違いは少し毛深いとか、少し犬歯が長いとか、気付かないようなものが殆どだ。しかしそれが一見して判る形で表れる者もいる。肌の色はその最たる例で、特に闇の種族との混血に顕著であった。

 彼等は種族としては普人族になるのにも拘わらず迫害の対象となった。奴隷扱いされることも多く、酷い場合は高等治癒術の触媒として生贄にされた(人魔術では重傷者の治癒に同族の血肉が必要な場合がある)。

 そんな彼等が『暗護の城』を頼るのは当然だった。


 直時の周りには浅黒い肌、漆黒の肌、ヲン爺のように薄緑のや青白い寒色系の肌をした者もいる。肩を叩いて酒を勧めてきた大男は真っ赤な肌だ。鬼人族との混血だろう。

 そんな彼等の中でも直時の髪と瞳は目を惹いた。闇の眷属が暮らすこの地でも漆黒の髪と瞳の人族はいない。敢えて説明は避けたが、彼等が直時を珍しい種族と普人族の混血と見たことは間違いなく、親しげに声を掛けてくるのだった。


 饗された料理はどれも美味しく、直時の食は進んだ。どうみてもピーマンの肉詰めとしか思えない料理や、夏野菜数種と挽き肉を重ねて焼いた料理、ひき割り豆のスープ等、興味を引いたものが多々在った。

 中でも気に入ったのが半熟卵にヨーグルトと辛いソースを掛けた料理だった。ヨーグルトとは違う酸味について訊ねると、酢とお湯で卵をゆっくりと煮るとのこと。他にソースに混ぜる香辛料のレシピも訊ねていた。


「では次に儂の仕事場を御案内しますかのう」

 直時が食後の香茶を飲み干したところで、ヲン爺が腰を上げた。


 次に案内された場所は『降塔』の中層あたり、絶壁のすぐ側であった。壁面からは裂け目の反対側へ大きな橋が架けられ、闇の中強風が鳴き声をあげている。


「うわぁ―。さっき底近くまで案内されてなかったら、どこまで続いてるかも判らないような亀裂ですね。風も強いしおっかねー」

「ホッホッホ。タダトキ殿ならば風に舞うのはお手の物。落ちる恐怖とは無縁でしょうに。 さて、行きますぞ」

「その前にちょっと良いでしょうか?」

「はい。如何されました?」

「ヲンさんの年齢はおいくつでしょう?」

「何しろ長い間生きておりますからなぁ。800とせを超えたところで数えることに飽いてしまいましたわ」

「8世紀以上っすか…。(日本でなら鎌倉時代、下手すれば平安時代の人ってことかよ)自分の感覚だと神様ですよ? 頼みますから名前は呼び捨てでお願いします」

 長幼の序など遙かに超えた存在である。直時が居心地悪く思うのも無理は無い。


「ホッホッホ。そう言えば先程もそうおっしゃられていましたな。歳を取ると忘れっぽくていけませぬ」

「思い出して頂いて有難うございます。どうか「タダトキ」と呼んでください」

「承知いたしました。タダトキ殿」

「ヲイ―」

「ヲン爺ですぞ?」

(確信犯っ! この妖怪爺め)

 直時は高笑いを残して先を進むヲン爺の背中をにらみつけた。


 亀裂の反対側へと渡った二人は直ぐに行き止まりにぶつかった。他に何本か通路が作られてはいる。直時が探査の風を送るも、先はどれも中途半端な空間があるだけで誰もいない。


「こちら側は増築中なのです。どれ―」

 ヲン爺が懐から何かを取り出す。それは淡く発光する粘土の塊だった。軽く握り魔力を送るヲン爺。

 次の瞬間直時は息を呑んだ。ヲン爺の魔力に触発され、粘土から大量の魔力が溢れ出し地面に吸い込まれていくのだ。


仮初かりそめの命を地より与えん―」

 呟きが聞こえ、前方の地面から生えるように巨大な影が姿を現した。人をデフォルメ化したような体長は10メートルはあろうか? 天井すれすれである。


「土の形代かたしろ、頼んだよ」

 ヲン爺が命令を念じると、地面から生まれた巨人はゆっくりと動き出し両手を前に付き出した。

 大きな掌が壁面に当たり肘まで埋まる。直時は襲うであろう衝撃と崩落の危険に首をすくめたが何も起こらなかった。

 巨人の前には腕が突いた分だけ穴が出来ている。何事もなかったかのように腕を引いて少し横の壁に突き手。何の抵抗もなく、その分穴が広がった。

 驚く直時を余所に、巨人は黙々と作業を続け徐々に空間を広げていく。暗闇の中で行われる振動を伴わない巨人の掘削くっさく工事は、あまりにも非現実的で夢の中の出来事のようだった。


 初見の驚きが過ぎ、直時は興味深く観察しはじめる。押した壁面の岩や土はどうなったのか? 崩れる心配はないのか? 自分が使う改造人魔術『岩盾』のように密度を高めて体積を減らしているのか? 巨人の足元へ近付く。音や振動が無いため危険を感じていない。ヲン爺も注意しない様子から問題はないようだった。


「ん?」

 闇の精霊を通した直時の視界に、薄っすらと浮かび上がるものがある。土の巨人の表面や、掘削した穴の周辺で小さな影がもぞもぞと動いている。


「何かいますね? もこもこした小さいずんぐりむっくりの奴が動いてますよ?」

「ほほう! あれが見えなさるか?」

 手のひらサイズの人形、短い手足の土だるま達がせわしなくちょこちょこと走り回っている。


「彼等は土の精霊ですじゃ」

「じゃあ、これは土の精霊術なんですか?」

「そうです。土の精霊の働きにより、ひび割れも崩れも心配いらぬのです」

「それは凄いですね。衝撃も振動も全く無いし、歪みも撓みもしないなんて…。『暗護の城』ってもう城の規模超えてますね。これはもう『地下都市』ですよ。ヲンさんがこうやって拡張してこられたのですか?」

「いやいや。流石に儂ひとりでこれだけのことは出来ません。他にも土の精霊術を使える者はおりまする。ただ、精霊術は魔力の消耗が激しいですからな。築城作業ばかりに使うわけにもいきませぬ。それに、この神器『命の土塊つちくれ』を使えるのが儂ともうひとりだけでしてな。まあ、交代でぼちぼち広げておる次第ですじゃ」

 話し込んでいる間にも、疲れを知らない土の巨人は地下空間を広げており、彼だけでいっぱいだった空間に幾分余裕が出来てきた。


「よし。もうひとつ頼むよ―」

 ヲン爺の掌で粘土が輝度を増し、また一体の巨人が生まれた。


 今度はひとまわり大きく窮屈そうに屈んでいる。彼は邪魔な天井を押し退けるように上へと腕を伸ばした。充分に立ち上がる空間を作った新たな巨人は、さらに天井を高く広げはじめる。直時はそれをあんぐりと口を開けながら見ていた。


「崩れる心配が無いことは判りましたが地肌剥き出しなのですね。石造りとかの加工はしないのですか?」

「好みが御座いますからな。移り住んだ者達が追々住み良いようにするでしょう。儂の役目はまずその場所を作ることですじゃ。それより土の精霊の姿が見えるなら、土の精霊術を試してみてはどうですかな?」

 ヲン爺が面白そうに提案する。


「やっぱり見えると使える可能性が高いんですか?」

「まずは精霊に語りかけてみられるが宜しいでしょう。気に入られれば直ぐにでも応えてくれまする」

 顎に手を当てて少し考えた直時は足元にしゃがみ込んだ。地面から湧くように出てはちょこちょこと走り回っている精霊に声に出さず語りかける。


(こんにちは。もこもこしてるからモコちゃんで良いかな?)

 一体が足を止め直時の方へ近寄ってきた。掌を差し出すとピョコンと飛び乗り、身体の割に大きな丸い頭を横に傾ける。まるで「何?」と聞いているかのようだ。


「ちょっと力を貸してくれるかな?」

 愛嬌ある仕種しぐさに微笑む直時。彼の耳に精霊の嬌声が木霊する。


(うーむ。土、土っと…。『岩盾』みたく何か作ってみよっか?)

 精霊が直時のイメージを形にする。足元から土の塊が盛り上がり、動きながら何かの形を作っていく。


「(タダトキ、ヲン。そろそろ良かろう。こちらに戻って参れ。話の続きだ)」

 突然クニクラドの声が聞こえた。


 ヲン爺が土の巨人達に作業の終了を知らせる。その巨体を地に還すと同時に闇の精霊が集まって来た。

 直時達の眼前に『通路』が現れる。ティサロニキの図書館から連れだされた時に通った通路だ。


「『影の道』です。クニクラド様がお呼びです。行きましょう」

「これってヲンさんの術じゃなかったんですねー。神様からのお呼びなら急がないといけませんね。っと、その前にこれを―」

 直時が人魔術『浮遊』の魔法陣を編む。完成した目の前の物体の重量を消し、工事中の地下空間入り口へと運ぶ。


「とりあえず記念ということで―」

 入り口の脇へと置いたのは1メートル程の石像だ。急いでヲン爺と『影の道』へと入る。


 二人を見送ったのは、丸い穴の両目と口。顔の横に挙げられた左手と腹の前に下げられた右手。石製の埴輪はにわ、『踊る人々』(作・日比野 直時)だった。





土の精霊さんはモコちゃんです。

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