語る神霊
中途半端な長さになったので分けました。
短いです。
二手に別れていたヴァロア一行は、フィアが待つ高級旅館『落ち月の館』へと向かう大通りで合流を果たした。情報収集を打ち切り、小競り合いを避けるため人目の多い場所を移動した結果、ともに以後の襲撃は無かった。
サミュエルが連れて来た新たな人物にオデットが鋭い視線を送る。
「やぁ、美しいお嬢さん達。よろしくぅ」
フードから口元だけしか覗かせておらず怪しいことこの上ないが、軽薄な口調が警戒心を鈍らせる。
(特務大尉殿、何者ですか?)
指揮官が同伴を許可した儀礼上、軽く会釈したエリアであるが、好みじゃないなと思いながら念話でサミュエルに問い質した。
(諜報部との連絡場所にあらわれた現地協力員です。手練そうなので護衛を許可しました)
(大丈夫なのですか?)
エリアが男の身元を気にした。
(符丁は確認しました。しかし心配ではあります。ただ、下手に拒んで攻撃されるとこちらが無事とは思えず同行させました。向かう先にはフィリスティアさんがいますからね。私達がそうであったように、彼女の前ならこの男も無茶は出来ないでしょうし、助力が得られるなら尋問も出来ると判断しました)
戦力不足の不安に、サミュエルはフィアを利用することで補おうと考えていた。男は馴れ馴れしくエリアに近寄ろうとしてオデットに阻まれている。
念話で了解を伝えたエリア達の目前に、『落月の館』の大きな門が見えてきた。
フィアが宿に伝えていたお陰ですんなりと通してもらい、直時達の宿泊している離れへと案内される一行。
全員が入ると流石に窮屈なので、騎兵の3人は外に待機。アランとポールが玄関脇に立ち、ジョエルはブランドゥの様子を見に行った。愛騎だった未練が断ちがたいのだ。
フィアの待つ応接間にサミュエルを先頭に、エリア、オデットが挨拶して入室した。続いた男の回りで僅かに空気が動く。微風が男のローブを揺らした。
「久し振り。随分と遠くまで出張ってきたものね」
幾分呆れた様子で、フィアが男へ声を掛ける。風が彼の正体を教えてくれていた。
「お久し振りです。相変わらずお美しいですねぇ、『晴嵐の魔女』」
「有難うと言っておくわ。ところで貴方達も諦めてなかったのかしら? リシュナンテ・バイトリ」
フードを除けて肩まで垂れた真っ直ぐな金髪をさらりと払い、碧眼を細めて微笑を口元に刻んだ優男が、フィアへと優雅に腰を折った。
「何方ですの?」
振り返って驚愕に目を開くサミュエルへ問うエリア。フィアの顔見知りだったという理由だけではない驚き様だった。
「カール帝国が誇る、百の人魔術を操る冒険者。そして、彼の正体はカール帝国宮廷魔術師だとか…」
サミュエルが直時獲得の任にあたり、諜報部からの資料に載っていた要注意人物。そんな敵と言っても良い人物が堂々と接触、その上同行させてしまっていた事実に驚きを隠せない。
『カール帝国』と聞いてオデットが腰に手を伸ばし、エリアの前に出る。
「はいはい! こんなところで暴れないでよ? やるんなら外でやんなさい!」
フィアの声に構えかけていたヴァロアの3人が入っていた力を抜く。リシュナンテは笑みを絶やさず敵意は無いとばかりに錫杖を壁に立てかけて両手を軽く挙げた。
「貴女の前でそんな無粋なことは致しません。ロッソでタダトキ君と充分話せなかったことが心残りでしてねぇ。でまぁ、追いかけてきたと言う訳です」
「しつこい男は嫌われるわよ? だけど丁度良いわ。ヴァロアとカール両方の現場指揮官がここにいるなら、ティサロニキでの流血沙汰は禁止させなさい。イリキアにまで目を付けられるのは貴方達も嫌でしょ?」
リシュナンテ、サミュエルの両者を睨みつけるフィア。
「承知しました」
サミュエルは即座に頷く。他国に一歩先んじたとは言え、交渉は不首尾。機密であった白烏竜の件も暴露し、遠国故に思うよう動けない。支援を制限されてしまうが、カールを抑えるためにも同じ条件を飲ませる方が得策と考えたのだ。
大国カールが自重するとなれば、上手く牽制すればシーイスやマケディウスも強引な手段は控えるだろう。素早く損得勘定をしたサミュエルはリシュナンテの反応を見た。
「あははっ。それはとても良い提案ですねぇ! 僕も荒事は好きじゃないし、話し合いで解決できるならそれに越したことはありません。シーイスにはこちらから釘を差しておきましょう。マケディウスにはヴァロアとカールはタダトキ君本人との直接交渉であたる…。荒事を起こすなら両国が敵に回ると通告しましょう。当面は4国がタダトキ君との交渉を優先。他国の干渉は共同で排除する。それで宜しいですか?」
リシュナンテは同意しつつもさり気なくヴァロアにも責任を押し付ける。シーイスを抑えることで恩を売り、マケディウスを取り込むためにヴァロアを巻き込む。その上で4国が直時との交渉権を握る。接触が遅れたカールの巻き返しも交渉次第で挽回が可能と考えての提案だ。
「くれぐれも私達が迷惑しないようにね。それが守れるならタダトキにも時間をとってくれるよう頼んでみるわ。但し、何かあったら先ずはあんた達を敵認定するからね?」
監視同士の小競り合いに気付いていたフィアは、少しでも鎮静化するならばと譲歩する。
「肝に命じます」
「有難うございまぁす。ところで肝心のタダトキ君はどちらに? 普人族諸国はどこも彼を手中にしたわけでは無いようです。尤も、彼を力ずくで捕獲しようとするなら一軍を正面からぶつけても逃げられちゃうでしょうがね。フィリスティアさんは心当たりがあるのでしょう?」
神妙に軽く頭を下げるサミュエルとは対照的に終始ニヤついたままのリシュナンテが聞いた。
リシュナンテの言葉に込められた皮肉にヴァロアの面々はそれぞれ嫌そうな顔をする。彼がリスタル戦を揶揄しているのが明らかだったからだ。
「彼は何処です? いやいや、言い直しましょう。彼は『召喚』されたのですか?」
上位の存在による招待をそう呼ぶ。
エリアがはっとフィアに顔を向ける。少し迷った後、簡潔な答えが返った。
「神々の一柱、夜の王クニクラド様に呼ばれたそうよ」
流石に驚愕する一同の顔を見ながら、フィアは敬愛する神霊、メイヴァーユとのやり取りを思い出していた。
「(貴女はどこまで憶えているかしらね? 彼が別の世界。それもこの世界より高次の異世界から来たということは記憶しているかしら?)」
フィアが直時と初めて会った風廊の森。その場所で神霊メイヴァーユが語った言葉を忘れてはいない。それを踏まえた上で彼女が呈した疑問。直時の世界にない直時の知る存在がアースフィアに在る謎。そして直時自身が戸惑う力、『存在の力』とは何か?神霊がそれに答え始めた。
「(簡単に言うと、存在するための力がアースフィアより大きく必要とされる世界が高次世界、同等ならば平行世界、小さくなるのが低次世界と呼ばれています。例えるならタダトキは常に暴風が吹き荒れる世界から、常に穏やかな風の世界に来たようなものですね。嵐に耐えることに使っていた力が必要とされなくなり、他に使うことができるようになった。そういうことです)」
「私がアースフィアより低次の異世界に行けば、タダトキと同様に『存在の力』を得ることが出来るのですか?」
「(あくまでも新しい力を得るわけではなく、世界の負荷が軽くなり元来持っていた力に余裕が生まれるだけです。まあ、貴女もタダトキと同じ状況になるでしょうね)」
「タダトキの力のことはなんとなく判りました。ですが何故ですか? 彼の住む世界には神もエルフも竜も魔獣も存在しない。それなのに彼はそれを大した疑問もなく受け入れた。彼の知識で知りました。居ないはずの存在が広く認識されていると」
知を求める道を選んだフィアには判らなかった。知とは限りない試行錯誤の果てに積み重ねられ蓄積されていくものだ。そう思っていたのに直時の知識には彼等の手が届かない遙か果てへの知識(想像、妄想の類であるが…)があったことを…。
直時がフィアに転写した知識の中には現代技術の概要だけで詳細はなかった。あまりに細分化している社会構造のため、自分の専門分野以外まで手が回らないのだ。
そのかわり、現代日本人が漫画やファンタジー小説を読むための所謂『お約束』な基礎知識がてんこもりにされていたのである。
これはフィアが直時所蔵の冊子を読み解くのを望んだためであったが、実在しないファンタジーな知識や、タイムスリップだのスペースオペラだののSF要素、超能力、霊能力、妖怪、魔物等の偏った情報を「日本人の小学生ならこれくらい知ってるだろ」ということで転写された故の悲劇でもあった。
「(タダトキが堕ちてきた時、貴女も感じたでしょう? 『穴』から溢れる力の奔流を)」
かつて風廊の森で感じた『力』を思い出して頷くフィア。
「(彼の世界からだけではありませんが、開いた穴からは『高位世界の存在の力』と共に『想い』も流れこんで来ます。せめぎ合った力で押し込められている夢や希望、妄想や幻想もね。それが少なからぬ影響をこの世界に与えているのです。ある意味アースフィアは、高次世界が夢見る世界とも言えます)」
「アースフィアを形作ったのは高次世界の夢?」
「(それを否定はしません。しかし、どのような形であれこの世界で生きているのは私達なのです。例え夢見られた存在でも夢の中で精一杯生きるだけなのですよ?)」
「……タダトキの世界から見れば私達は夢の中の存在なのですね…」
「(何を悲観することがありましょう? 例え夢の中といえども私達は自由なのです。それに彼の地で叶えられない想いが具現したのがこのアースフィアなのであれば、理想郷とも言えるのでは? 卑下するべき事は一切ありません。タダトキ自身が言っていたでしょう? この世界のほうが高次だと思うと。そういうことなのです)」
別に直時が高次の存在だから高貴だとか偉大だとかいう訳では無いということだ。本人と短くない時を過ごしたフィアもそれには深く頷くことが出来た。
「(貴女の疑問は解けましたか?)」
「有難うございました。不躾な問いにお応え下さり光栄の至りです」
「(むうっ…。またそんな他人行儀な! フィアちゃんはもっと甘えてくれると嬉しいんですよ?)」
「んなっ! フィアちゃん?」
メイヴァーユからいきなりの『ちゃん』付けに思わず赤面してしまうフィア。
「(あらあらあら! ふふっ。可愛らしい反応ですね。タダトキに倣って呼んでみたけど大成功ですね!)」
神霊の明るい笑い声がフィアの頭に木霊する。エリアやオデットを『ちゃん』付けで呼ぶ直時を不満気に眺めていたのを視られていたようだ。男女の機微は難しい。
「(あっ! 忘れるところでしたがタダトキに伝言をお願い出来ますか?)」
「はい。なんなりと」
「(ゆっくりと過ごしたいのであれば『神域』に来ないか? と、伝えて下さい)」
「そんなっ! 神々がおわします処にっ?」
「(彼の持つ力が大きいのは貴女も判っているでしょう? その力を地上界で暴走させないためにも彼には神域入りして欲しいのですよ)」
「はいっ! いえ…しかしっ!」
「(何も強制しているわけではないのですよ? ただ、そういう道もあると伝えて欲しいだけなのです)」
「あ…。はい。必ず伝えるようにします……」
神霊からの突然の提案に狼狽するも、何とか返答するフィア。
(メイヴァーユ様からの言葉は絶対…。でも! まだタダトキとの旅は始まったばかり…。もっと知りたいことが一杯なのにっ!)
フィアが求めるのは異世界の知識なのか、異邦人である直時との刺激ある日々なのか…。当人にすらまだ自覚できていないが、彼女が敬愛する神霊からの突然で、思いも寄らない託宣に言葉に出来ない感情が胸を巡った。
「あのバカ…。今頃何してるのかしら?」
リシュナンテやサミュエルに気付かれないよう小さな溜息を吐いたフィアだった。
リシュナンテ再登場。