ティサロニキ②
ストーリー…進んでくれぇ><
数話飛ばして説明不足になったかもです。若干説明追加!説明はもう良いと言われるかもですけど^^;(12/24)
過日、エリアに直時が語った『情報漏洩』の可能性。思い過ごしと笑えなかったサミュエルは、ヴァロア王国との連絡を受け持つ酒場で網を張った。
懸念はティサロニキに着いた早々当たってしまい、諜報網への他勢力の介入があることが判明した。
「相手は不明でしたが、その存在を確認できたことで吉としましょう」
サミュエルの言葉にオデットが少しだけ悔しそうに顔を伏せる。
昨夜の追跡で、対象の男は酒場を2軒ハシゴして、最終的にはティサロニキで名の通った大きな宿屋へと足を踏み入れた。
高級旅館といって良い宿屋だけに警備も厳しく、尾行の露見は得策でないと判断したサミュエルはオデットへ追跡中止を告げたのだった。
目立った成果が上がらなかったことにオデットは少々不満気であったが、単独にも拘わらず2軒目の酒屋で着替えた(変装した)男を逃さず追跡した手並みには目を瞠るものがある。
「今後の調査は独自に人を雇います。直接調査するよりは無難でしょう。それより二人共タダトキ殿が出掛ける頃合いですよ?」
朝食を摂りながら昨夜の詳細をエリアに説明していたが、時間経過に気付き二人を促す。オデットがエリアの外出準備を調えるため部屋へと急かした。
大急ぎ、且つ丁寧に仕立て上げられたエリアと付き従うオデットだったが、直時達と顔を合わせたのは『落ち月の館』前で随分と待った後だった。
野営続きだった直時がフカフカ布団の魔力に囚われていたからである。
直時とフィアは初めて訪れた街ということで本日は街見物。ブランドゥはその図体のため留守番となった。歩き回るのは苦手ということもある。代わりに午後には空の散歩に付き合うことになっていた。
宿を出た直時とフィアを待ち構えていたエリアとオデット。二人共白いブラウスに革のベストでパンツを穿いていた。違いはエリアが太腿を露出した短パンであったのに対して、オデットは裾の長い乗馬パンツであったことと膝丈の外套を羽織っていたことだ。
護身用として、エリアが先端に魔石を埋め込んだ短杖を腰に挿し、オデットが外套で隠すように刃渡りの長いナイフを両腰に挿していた。
「宜しければ御一緒させて下さい」
微笑みかけるエリアにフィアは冷ややかな目を向けている。直時は苦笑しながらハッキリと言った。
「今日は駆け足で街を回るつもりだから駄目。逢引きのお誘いはまたの機会にね」
片手を振って足早に歩き出す。
「あの娘達付いて来てるわよ?」
「放っておこう。相手にしている暇が惜しい」
長身のオデットはともかく小柄なエリアには少々きつい速度で歩く。しかし、従軍経験のためか平気な顔で後ろを歩いている。
直時とフィアは汚れを落とした旅装のままで出掛けていた。動きやすい服装と、ある程度の武器を携えている。
衛兵の対応が丁寧であったとはいえ、街の治安状態や、イリキア王国が他種族や他国人相手にどう出るか判断がつかなかったためだ。
「先ずは冒険者ギルドね。イリキアの国情とティサロニキ周辺の話を聞かなくちゃ」
「ティサロニキの街の地理もね。凡そは宿で聞いたけど、もっと詳しく知っておきたい」
見上げた視線の先には街の中心に聳える優雅さを排した無骨な城。ティサロニキが東都と呼ばれるため東宮と名付けられた城が威容を誇っていた。
冒険者ギルドではフィアのSランクという肩書きが役に立った。館内にたむろする冒険者達の無遠慮な値踏みの視線に晒され直時は居心地悪そうにしていたが、登録カードを確認した受付は二人をすぐに別室へと案内した。そこでフィアが職員へ要件を伝え対価を払い、求める情報を転写してもらう。
(政情は安定してる。王は王都『テーネ』に健在。第一王子が王都から離れた東都『ティサロニキ』を治めているも、跡目争いは皆無。能力の確かさから任されているようね。リッタイト帝国との戦争は3年前の海戦で勝利を収めてから小競り合いだけ。大規模な戦争はこのところ無し。近く戦争が起こりそうかどうかギルドは感知しないっと。建前はそうだけど兆候は見られないそうよ)
(暫くゆっくりしても大丈夫そうってことかな?)
(誰かさんがとんでもないポカを迂闊にやらかさない限りはね!)
(肝に銘じております…。それとティサロニキ市街の見取り図は?)
(主要施設付きで転写してくれてる。タダトキにも転写してあげるわ)
職員と他愛ない世間話をしながらフィアと直時は念話で確認しあっている。
頃合いをみて部屋を出ると、ギルド館内を見学していたはずのエリアとオデットが待っていた。手に冒険者カードを持っている。
「登録してしまいました。これで私達もタダトキ様と一緒の冒険者ですね」
「国籍の申告してないんだね?」
嬉しそうに言うエリアだが、感想は置いて気付いた点を指摘する直時。二人共、名前と種族(普人族)、年齢しか記入しなかったようだ。
「例の件(白烏竜)が既に広まっているでしょう。行動に差し支えると判断しました」
自国のことなのにしれっとした顔でオデットが言う。貴族であるエリアは流石にバツが悪そうだ。
ヴァロア王国による白烏竜の洗脳調教が冒険者ギルドから暴露されるや周辺国は表向き非難声明を出した。しかし、ヴァロアと同じく後暗い事に手を染めていた国も幾つかあり、事態を恐れた結果、どこぞの独裁国のように「一部の愚か者の暴走」との発表と共に解放と謝罪を宣言する国もあれば、秘密裏に処分しようとした国もあった。
後者に関しては、監視を強めていたギルドや不審な失踪に留意していた種族に露見。当該種族や近親種族からの不興を買って、ヴァロア王国で後に『竜禍』と呼ばれたのと同様の被害を受けることになる。
惜しむらくは、監視の目が全てに行き届かず何例かの犠牲が出たことである。ただし、殺害が判明した国は復讐に晒され、国力を大きく削ぐこととなった。そのまま衰亡したり、他国の侵略を招いたりしたのは自業自得だろう。
ギルド会館を出た直時とフィアは、脳裡の市街地図と実際の建物を照らし合わせながら街中を歩くことにした。
他の街と同じく、都市計画に沿って開発されたのだろう。城を中心に配し、東西南北へ大きな通りが各城塞門に伸びている。目立った違いはその広さだろう。迅速な軍の移動を可能にするため、大通りの石畳は幅30メートル以上ある。片側4車線の道路、計8車線程の幅があると思えばいい。
その大通りが東西と北側の門、そして南の港へと真っ直ぐに続いている。各門の前は広場になっており、隊列を組み直すことも出来る。城壁内縁も大通り同様の道幅で、城壁監視を交代した哨兵や、物資輸送の獣車が闊歩していた。
駆け足で通りの確認を済ませた直時とフィア。それに遅れること無く付いてきたエリアとオデットの根気に負け、遅い昼食に同席を許す。
御薦めと言われた郷土料理は、もっちりした厚いパン生地に焼いた肉と生野菜を挟んだ料理だった。具のはみ出した大きな餃子か、分厚いタコスといった見た目である。掛かった白いソースはホワイトソースかと思った直時だったが、酸味が効いたヨーグルトソースで塩と香辛料の効いた肉と瑞々しい生野菜に良く合った。
また、ノーシュタットの露店で食べた串焼きもメニューにあり、黒地走り鳥の弾力のある歯触りを楽しんだ。
「こっ! これはっ!」
葉で包まれた料理を手にした直時が突然大声を出した。
中からあらわれたのは肉や香味野菜に混ざっている洋風ちまき。白い半透明の穀物の粒はなんと『米』(に限りなく似ている)だ。
何事かと目を向ける3人に構わず、確かめるように料理を噛み締める直時。
「…間違いない。『米』だ」
驚きも束の間、給仕を捕まえて何処で売っているかを聞き出している。直時の形相に給仕の娘が泣きそうだ。
「ちょっと落ち着きなさい。どうしたのよ?」
「コメだよ! コメ! うちの国じゃあこれが主食でね。これで白いご飯が食べられる! いやぁ、イリキア来て良かった! イリキア最高っ」
「そ、そう? 良かったわね?」
あまりの興奮具合にフィアが若干引いていた。
食事の後は主要施設の確認だったが、直時が市場行きを強行に主張した。当然優先度は低いためフィアには却下される。
ガックリと肩を落とす様子を哀れに思ったか、好機と判断したか、オデットに耳打ちされたエリアが市場に行くと申し出る。微笑むエリアが天使に見えた直時だった。
代金を渡し、店から聞き出した穀物市場の情報を伝え「くれぐれも宜しく!」とエリアを拝んだ直時は別行動に移る。先を歩くフィアはなんとなく不機嫌に見えた。
フィアと直時は歩きながら脳裡の市街地図と実際の街並みを比較していた。
冒険者ギルド、ティサロニキ支部は城と港を結ぶ南大通りの丁度真ん中辺りに位置していた。今まで立ち寄った街では中心部にあったのだが、イリキアではギルドと国は微妙な距離なのかもしれないとフィアが言う。冒険者である直時達に丁寧な対応だったが、警戒もしていると思った方が良さそうだった。
港湾施設は充実していて、商都ロッソに勝るとも劣らない。ただ、浮かぶ船は軍船が半数ほどを占めていた。西部諸国の貿易東端であることも影響している。これより東へは冒険航海に出る船しかいない。
城を中心として街の南東は食料品等の市場が並ぶ。豊富な海産物や野菜、肉等人々の腹を満たす食材で溢れている。
南西は工芸品や装飾品、生活雑貨や衣類の販売店、その工房が軒を連ねている。一般国民の生活に必要な品は街の南半分で揃えることが出来る。
北西街は煙突から煙が立ちのぼっていた。鍛冶屋が多いようだ。他にも武器防具を並べた店等、冒険者や商船の護衛兵、王国兵士が装備を調えるのに訪れる地区である。
北東街区。城のすぐ近くに王立図書館がある。一般解放されているのは一部のみで、直時達が閲覧できる書物は小さな別館に並べられているものだけだった。本館は厳重な警備の元、王族や貴族、政に携わる文官や軍高官しか立ち入りを許されていない。
北東街区の城壁近くには落ち着いた佇まいの大きな娼館や個室を備えた酒場が点在し、野卑であるが故に活気のある港近辺のそれらとは趣を別にしていた。上流階級の遊戯場ということだろう。陽が高い今は眠っているような雰囲気である。
因みに港近くの歓楽街は昼夜関係なしで猥雑な賑わいをみせている。船乗りという昼夜関係なしの職にとって、陸に上がれば即休暇。昼夜の別なく酒と女を必要とした。
「空や陸の騎獣厩舎は門近くに少数あるだけだったね」
「臭いがきついからね。城壁外には多いみたいね。慣れた冒険者の騎獣は外で自由にさせていることが多いかな? 弱い騎獣は流石に厩舎入りさせるけどね」
直時の疑問にフィアが答える。何もかもを知識として転写してもらったわけではない。判っていないことは結構多い。
「今日はこんなところね。明日からは店を見て回りましょう。ヒルダに念を押されたことだしタダトキの買い物もね」
「了解。あと俺は図書館にも行ってみるよ。ちょっと調べたいこともあるし」
「じゃあ午前中は別行動で、午後に街見物でいいわね?」
「そうしよう。それよりブランドゥが待ってる。早く宿に戻ろう」
直時とフィアは踵を返し、足早に『落ち月の館』へと帰る。その後を追う人影は、年齢も性別も所属もバラバラだったが、決して少ない数ではなかった。
(もう尾行がついてるよ?)
(西方諸国かイリキアか…。これからどれだけ増えるか、増えたとして接触してくるか…。どちらにしてもここにも長くはいられないわねぇ)
(イリキア王国内ではまだ目立ったことしたわけじゃ……って、空中騎兵の仮設発着場があったか…)
(普人族はいなかったけど、ギルドに管理を委託したからね。イワニナでタダトキが姿を見せなかったとはいえ、何処かから話が漏れることもあるでしょ?)
(ううう。反省します)
気付いていることはおくびにも出さず、念話でのみやり取りする。結論としてはイリキア王国が接触してこない限りは無視ということになった。諜報員といえども他国で派手な活動はしないだろうとの判断だ。イリキア王国についてはお膝元であるため、何らかの動きが見られれば即逃亡するつもりだった。力づくの捕獲に国軍を動員されでもしたら大事だ。
ブランドゥを連れて門外へと出た直時とフィアは、衛兵の好奇の視線の中空へと舞い上がる。フィアは風の精霊術で、直時は既に鞍を捨てたブランドゥの首にしがみついてである。
門外まで出たのは、市街地での空中発着が軍以外禁止であったためだ。直時が精霊術師であることも、まだ隠しておくべきとの判断でブランドゥに乗ったのである。不便なのを差し引いても、白烏竜の羽毛は直時にとって至福の肌触りだった。しかも暖かい。
移動のための飛行とは違い、ただ飛ぶことだけを目的に飛ぶことは心地よかった。街から充分離れた空で、二人と一頭が空中で戯れている。ヴァロア軍で叩き込まれた空中機動も、戦いがなければ鬼ごっこである。笑いながら互いに後ろを取り合おうと競う直時とブランドゥの姿に、フィアは微笑みながらも良い訓練になると気付いていた。
空の散歩を堪能した一行が宿に戻るとエリアとオデットが待っていた。約束の『米』と適当な食材を抱えている。
「おおおおお! 有難う!」
走り寄った直時が麻袋を開けて確認している。まごう事無き米だった。
「こんなに喜ぶとはね。故郷の食べ物なら仕方ないか…。ふたりともお礼に夕飯でもどうかしら?」
直時の喜びように苦笑しながらも、彼の帰ることが出来ない『故郷』に少し心が痛んだフィア。ヴァロア王国の手の者であることに今だけは目を瞑ることにして、直時を喜ばせてくれたエリアとオデットを食事に誘う。
昨夜と同じく野外に設えられた食卓にフィア、エリア、オデットが着いて食前酒で口を湿らせている。ブランドゥは思う存分空を楽しんだため、上機嫌でフィアの後ろで大人しく食事を待っていた。
直時はというと早速米を土鍋で炊いている。宿の離れには簡単な調理が出来る厨房も備えられており、それを利用しているのだ。フィアが様子を見に行ったときは、鼻歌交じりで米を研いでいた。歓喜のオーラが出ているようだった。
テーブルに宿が用意した料理が並ぶ頃、お米が炊き上がり『白ご飯』が完成する。しゃもじ代わりの木ベラで混ぜると良い具合にお焦げも出来ており香ばしい匂いをあげた。
「ほっかほか~♪ ほっかほか~♪」
上機嫌な直時は『石化』改造で作成した人数分のお茶碗へよそっている。ブランドゥには大きめのお皿にお茶碗3杯分ほどを盛った。残ったご飯は別の容器に移し、濡れ布巾を掛けて蓋をした。よそった分を大きなトレイに乗せて皆の許へと運ぶ。
3人の『白ご飯』に対する感想で共通した事。それは…。
「「「味が無い」」」
であった。他にも「べちゃべちゃする」「喉に詰まる」と散々であった。
「なん……だと…?」
あまりの反応に直時がパンと同じようなモノで、味の濃いものと一緒に食べるのだと言うと、「パン生地の方が味がある」「汁がかかるとバラバラになって食べにくい」「乗せて食べるにも手で掴めない」等、苦情の嵐となった。
エリアだけは流石に拙いと思ったのか「これはこれで…」と、途中でフォローを入れるが、中途半端な慰めは余計に直時へ精神的ダメージを負わせた。
おかず―ご飯。汁物―ご飯。箸休め―ご飯。といった日本人なら当たり前の食習慣が無いのだから当然である。直時が西洋風異世界料理に食傷し、日本食を求めたのと同様だ。しかも日本食といっても白ご飯単体で、おかずは並んだ西洋風料理だけなのだから当然の結果だった。
(このままでは日本の食文化の評価が地に落ちてしまう!)
「ぐぬぬ…。明日から本気だすっ! 見てろよっ」
捨て台詞を残しながら離れへと走る直時。涙目だったのは内緒である。
明日は食材市場、主に調味料を見てまわる決意を固めるのだった。その日の深夜、途中退席したための空腹を満たすよう作ったおにぎりは何故か塩味が強く感じられた。
翌朝、フィアが目覚めたのはスープの香りのせいであった。直時が鍋の出汁にとよく作っていた乾燥海藻と魚の干物のスープである。
調理場を覗くと、予想通り直時がいた。土鍋に具にしては少ない量の茸と塩漬け肉の欠片を煮込んでいる。味見して塩を少々足していた。
直時自身はもっと早くに起床して、ヒルダに課せられた訓練を済ませ汗を流したあとである。
「おはよう」
「おう! おはよう」
フィアの挨拶へ返す声に昨夜の拗ねた様子は感じられない。少しほっとする。
「昨日エリアちゃんが米の他にも食材買ってくれててさ。生卵もあったんだよ。『落霜』とか低温保存の術式があるんだから生モノも普通に売ってるんだなぁ」
感想を述べつつ直時が食材保管庫から取り出した卵を割ってかき混ぜる。煮えた鍋に不評につき残った冷やご飯を入れて、かき混ぜ過ぎないよう再び沸騰するのを待つ。
再沸騰したら調理用加熱の術式をキャンセル。火を消す。溶き卵を回し入れ、刻んだ香草をふりかけて蓋をする。
「雑炊って料理を作ったけどどうする? 米を使った料理なんだけどね!」
「…ちょっと根に持ってる?」
「ちょっとね」
「…良い匂いだし、頂こうかな」
多少バツが悪そうなフィアに笑顔で肯いた直時。テーブルで待つよう伝える。
土鍋と二人分の器とスプーンをトレイごとテーブルに載せた直時は、雑炊をよそってフィアの前に置いた。立ち昇る茸の香り。
「美味しいっ!」
「名誉挽回出来たな! おかわりはご自由に」
直時が思い描く日本料理とはいかないが、多少昨夜の溜飲を下げることが出来た。食材市場では『味噌』『醤油』に類した調味料を探す予定だが、本来の目的も忘れてはいない。
(俺が願う快適な生活を求めるのが目的の一番だけど、まずは普人族と他種族の軋轢がここまで悪化した経緯を知るのが先だ。普人族以外の感じ方はフィアやヒルダさん見てたら判る。ミケさんはあんまりだったけど、ダナやラナは敵意剥き出しだったし…。普人族が数で勢力伸ばしてて、自己中心的で欲深いって考えには賛同するけど、そこら辺は地球でも同じだもんな。弱いならそれも仕方ないよなぁ。どちらにしろ普人族側の意識も調べないと。他種族との関係がどうしようもなさそうならどちらとも距離を置かないといけないだろうし…)
アースフィアで生きていくしかないが、自分の感知しないことで煩雑なことに巻き込まれるのは遠慮したい。特に国家間の政治に関わるなどもっての外と思っている。直時としてはゆったりまったりスローライフという野望を捨てている訳ではないのだ。
それに魅惑の獣人族(直時主観)や意思疎通できる他種族の存在は直時にとって大いなる人生の福音と言える。なにより可愛い! 生活習慣は元の世界の快適さを目指し、刺激的な異世界の良いところ取りを目論んでいるのだった。
「じゃあ俺は図書館行ってくる」
一足先に出掛ける支度を終えた直時は、まだ雑炊を口にもぐもぐさせているフィアを残して宿を後にした。
王立図書館別館の入場料は銀貨1枚である。興味がある者しか入館しないことを考えれば高額であった。
直時は歴史や文化にはそれなりの対価を払うべきと考えていたため特に気にならなかったが、いざ入ってみると他に人影がなく司書らしき女性が気怠げにお茶を飲んでいるだけで閑散としていた。
一般に解放されている程度の書籍ということで、余程暇を持て余している者くらいしか訪れることがないのであった。
(国家機密だの、王権の正当性を飾る国史だのはどうでもいい。俺にしてみれば神話も童話も昔話でも構わない。とにかく普人族の今の意識の原点を理解出来れば…)
鼻息も荒く見上げた棚は恐ろしい量の蔵書があった。別館と侮ったのを後悔した。
「でけぇ…」
歴史関連の棚を司書に聞いた直時は、目の前の現実に先程までの決意が萎んでいくのをどうすることもできなかった。
アースフィア一般に普及しているのが獣皮紙だとは理解していたが、棚に収められた一冊がとにかく大きいのだ。分厚い革張りの蔵書は高さ60センチを超え、厚さも15センチから20センチはある。試しに一冊引き出してみると重さは30キログラム前後。年老いた学者では腰をやられてしまうのではないか? と心配になる直時だった。
「あっ! 『浮遊』か!」
魔術を日常的に使用する習慣が無かった直時の盲点である。重さを消した大きな本を両手いっぱい閲覧机に運ぶ。
ただ、本を運ぶためだけに『浮遊』(100kgの重量消去)を使用するのは直時くらいのものだろう。日常的な人魔術であれば『吊架』や『軽減』等、消費魔力が少ない術だ。
腰を落ち着けた直時は頁を繰る。しかしイリキア王家を賛美する歴史書がほとんどで、それを流し読みしながら気になる記述内容は脳裡に刻む。未読の本の山から既読の本の山を作り次々と頁をめくった。
「……始父と始母の願いにより普く在らんと生まれた人族が普人族……」
人気の無い図書館の片隅で神話を綴った物語を読み始める直時。
「…神々より授かりし『神器』。力無くとも正しくあろうとする我等に対する神の恩寵…」
多種族に虐げられたと記されているが数冊を読み解く限り敵対しなければ襲われていない。敵対の理由は様々だが、余計な喧嘩を売ったり略奪目的の侵入だったりでは? と、思ってしまう内容だ。勿論大義名分と判る理由は脳内削除している。
『神器』の授受に関しては、神々に憐れまれているよう感じられた。
直時が実物を目にしたのは魔狼が授かった『水霊の珠』しかないが、書物によると数多くの『神器』が普人族へと贈られたようだ。それらを以てして少ない魔力の普人族は多種族を退け一大勢力を誇るようになっていったと記されている。
つまりは普人族が地に満ちたのは神々の恩寵であり、神々の意思の結果であると正当性を説いている。旺盛な繁殖力に関する記述は少ない。
「普人族が増長する原因の一端は神々にも在るってことか…。それにしても何故普人族が他種族、特に獣人族を目の敵にするのかがわからん!」
妖精族や竜人族に対しては恐怖混じりであるものの一定の敬意は払っている。ところが獣人族に対しては個体能力で普人族に勝るのは同じであるのに、あからさまに侮蔑の念をぶつけている節がある。能力的にも寿命的にも凡そ倍。そして種族ごとに住み分けている。だからこそ繁殖力で勝る普人族の『手頃な敵』という認定らしいが、本当にそうだろうか?
ケモノ耳や尻尾を愛する直時の個人的な理由を抜きにしても少々納得がいかない。
どちらにしても数十冊(獣皮紙が厚くページ数は少なかった)に目を通しただけなので判断は保留する。直時としては普人族そのものより数々の『神器』を与えたとされる神々への疑念を覚えた図書館初日だった。
昼食を待ち合わせた食堂で摂った直時は、正装に類する服を見繕ってきたフィアに被服店へと強制連行された。
「食材市場がっ! 味噌と醤油がっ! 日本食があああっ!」
抵抗する直時を引きずる手はフィアだけではなかった。フィアが同行を渋っていたエリアとオデットが何故か協力している。何らかの密約を疑ってしまう直時だった。
(やっぱり尾行付いてる…。鬱陶しいなぁ)
(実害が無いなら放っておきなさい。ミケちゃん達のためにも暫くは我慢よ!)
何気ない素振りを装ってはいるが一定の間合いを保って移動する者が直時にも複数確認できる。フィアが小さな風をあちこちに飛ばして確認していた。
(この分だと魔術で遠距離監視もされてるんだろうなぁ)
(当然でしょうね。そこんとこ忘れないようにね!)
はしゃぐ女性陣に仕方なしに付き合う様子も報告されていると思うと気分が滅入る直時だが、監視相手を油断させる演技(素である)だと自分に言い聞かせた。
「成人用だとブカブカね。子供服はある?」
「いえいえフィア様。むしろ女性用を!」
「そこっ! スカートを持ってくるんじゃない!」
「タダトキ様には半ズボンが似合うと思うのですが…」
「流石ですエリア様っ! しかしゆったりしたモノよりこちらのタイトな方がお尻の形をっ!」
「却下だっ!」
「威厳が足りないからゆったりとボリュームある上着とかが良いんじゃない?」
「否ですフィア様っ! 欠点を取り繕うよりは小柄な体躯の魅力を存分に引き出すピッチリしたモノが良いかとっ!」
「オデットちゃん…。怒るよ?」
フィアとエリア、そしてそれに倍するオデットの着せ替え人形となった直時は精根尽き果てるまで引き摺り回されたのだった。
結果、直時が購入させられたのは細かい縫製の白シャツ(襟元や袖口に刺繍あり)と珊瑚鹿の黒革ベスト、黒影海産闇烏貝で染色した絹製(イリキアクワイ蛾の繭糸)の薄手ズボンだった。どれも子ども向けサイズであったのは直時の名誉のため秘密である。
その後も「絶対に嫌だ! 似合わない!」との直時の意見を無視して購入された翠銀の耳カフス、装飾用黒鋼の篭手、魔石指輪、白金鎖の首輪等が正装時の装飾装備品となった。
主にフィアとオデットの玩具となった直時を、玩具経験者として慰めたエリアである。
数日間、起床後の自主訓練のあと、午前中を図書館で過ごし午後は市場回りとブランドゥの空中散歩。夜は食材の和食アレンジと魔法陣の改造といった毎日を過ごしていた直時。周囲の監視尾行も目立った変化はなく、アースフィアに来て初めて日常を感じていた。
ひとつ処に留まって同じ行動を繰り返す。それだけのことに思いもよらないほどの安心感を抱いていた。
その日も図書館で真新しい情報が無いまま独り頁をめくっていた直時に、声を掛ける人物があらわれた。
「お若いの。知識をお求めなさるか?」
穏やかな笑みを浮かべ小さいながらよく響く声で話しかけたのは、エリアより低い背をさらに丸め、余計に小さい印象を与える老人だった。
図書館という場所に憚り、声に出さず首を縦に振る直時。眼前の老人は禿頭、白髯白眉、肌は薄い緑色で耳は微かに尖っていた。普人族ではないように見受けられる。
「より深い知を望まれるなら我が主が直にお教えくださるじゃろう。それを求めるなら付いて来られるがよい」
踵を返した老人が本棚の奥の闇へと歩みを進める。直時が後に続くことに疑いをもっていないようだ。
直時はその老人と目を合わせた瞬間何かの回答を得る確信が芽生えた。名も顔も知らない初見の相手にも拘わらずである。
呆けたように立ち上がった直時は先を進む老人を追った。灯火の術を施さなかったためかひどく暗い。左右を過ぎる棚を埋める本の背表紙の文字も読めない。しかしそれを気にした様子もない。
直時の周囲の闇が濃さを増し、老人の後ろ姿以外見えなくなった。
そしてイリキア東都ティサロニキから直時の姿は消えた。
ワードの自動一字下げはテキストだと反映されないんですね。
反映される時とされない時があって腹立ちますw