ティサロニキ
間があきましたorz
カポーン…。
という音が聞こえてきそうな空間が、エフハリスト山麓に出来た仮説発着場に新設された。一辺が5メートル四方の岩風呂である。それが男女別に壁を隔てて一つづつ。換気を考えて天上は繋がっており、高い位置の天窓から夜空を眺めることも出来た。今のところ不届きな覗きは出ていない。
「充分に掛かり湯を浴びて身を清めた上で湯船に入ること…ふむふむ」
一般に普及していない入浴のための注意書きが岩板に刻まれている。今も一人の山羊人族の若者が説明を読みながら掛かり湯を浴びていた。
精霊術の初歩授業を終えた直時は、フィアとヒルダの要望を叶えるため『岩盾・方舟』を改造し、大きめの浴場を設置した。ヒルダが怖い事を言ったので、魔法陣の改造と浴場の設置中は闇の精霊に他人を遮断してもらった。本人も大浴場といって良い湯船に満足した様子で、フィアのお土産である麦酒の小樽とともに風呂上りの一杯! と、発進用岩板へと涼みに出ている。
「こちらにいらっしゃいましたか。お風呂、気持良かったです」
「エリアちゃんか。どういたしまして。麦酒だけど飲む?」
風呂上りで上気した顔で頷く。夜着にローブを羽織っているのは湯冷めせぬようオデットが着せたのだろう。
直時は広い岩板の端まで歩くと、岩肌を材料にコップを生成する。石化を応用した食器作り用魔術である。以前作った土鍋やたこ焼き用石板は直時オリジナルであるが、こちらは既存の人魔術だ。
新たな石杯と空けた自分の杯に魔術を行使する。『落霜』でキンキンに冷やした容器に小樽から麦酒を注ぎ、新しい方をエリアに渡す。ざらつきが残る石杯がきめ細かい泡を作って滑らかな喉越しだった。
「―ふぅ。美味しい」
「風呂上りの一杯は格別だよねー」
口の端に泡を付けたエリアの笑顔。お世辞ではなく心からの感想だと感じた直時の顔も綻ぶ。視線を空へと移し、星空を横切る雲を観ながら杯をあおり、喉を鳴らした。
「椅子作ろうか?」
岩板に直接胡座をかく直時は、子爵息女であるとのエリアに問う。首を振ったエリアは隣に腰を下ろす。
「特務大尉殿が何処かへ報告しているようです」
「やっぱりバレてた?」
「私達は補術兵ですから」
サミュエルとエリア、オデットは、如何に効率よく支援魔術を行使するかを叩きこまれる部隊なので魔力の変化には敏感だ。ブランドゥの魔力増大も判っていたようである。
「俺に言っちゃって良かったのか?」
「想定の範囲内でしょう? それにタダトキ様には隠さず当たった方が心を開いてくれると思いましたから」
まあねと頷いた直時。本国から実情に不案内な人員。なら、それを支援する現地工作員がいるのも不思議ではない。そこに気付いたのは、たまたま荷物の中のスパイ物小説が目に止まったことが理由であったが…。
(心を開くかぁ。サミュエル君じゃなくオデットちゃんの入れ知恵だな)
そこまで単純じゃないんだがと苦笑してしまう。
「情報は広げるだけ、関わる者が増えるほど漏れる。その確率が高くなる。少なくとも情報の分析までするつもりなら留め置くてた方が良かったんじゃないか? 自分の裁量の範囲内であれば特にそうだろう。なら、俺の『刻印』の件はサミュエル君の判断を超えたってことかな?」
顔色を窺う直時へ、エリアは真っ直ぐな視線ともに肯定する。
「独自行動を許されているからもっと権限あるかと思ってたけど、サミュエル君も意外と使えないな。情報漏洩の可能性はヴァロアにも損だと思うが、そこまでの権限は無い…と。刻印による魔力増大が判明したら、各国ともイリキアまででも追ってくるかな?」
「私見で申せば、当然有り得ます。魔石の備蓄をせずとも戦力の増大が出来るとなれば各国とも更に必死になります。その恐れを鑑みても本国に報せるべき重要案件だと判断されたのでしょう。手厚い支援体制も期待できますしね」
「鬱陶しいな。それで俺の心証が悪くなるとは思わないのか?」
「その分対価を釣り上げてくるでしょうね。タダトキ様の求めるものとは関係無くですけど」
「おっ? エリアちゃんは判ってるようだね。サミュエル君に言っておいてよ。金も権力も無駄よってさ」
「特務大尉殿もそれは理解されていると思いますよ? 私達をティサロニキで置いてけぼりにされるつもりでしょうが、追跡中止命令が出ない限り追わせて頂きますのでその支援が必要なのでしょう」
うんざりとした様子の直時に微笑で返すエリア。
「オデットちゃんが陰から様子見してるってことは、これも作戦?」
「任務ですから。でも、それだけでは有りませんよ? 大きな力を持っている貴方の眼には、どのように世界が見えているのか個人的に興味があります」
オデットから「指を絡めて!」「脚にそっと手を置いて!」とか念話が来ていたが、エリアは無視したまま直時という人物を知ろうと話し続けた。
直時は寝入りばな、再びフィアとヒルダの訪問を受けた。別行動を控えて話しておくことが多いとのこと。
「私がいない間の訓練のことだ」
ヒルダの言葉で直時の脳裡に短くはあったが過酷な訓練が浮かぶ。しばらく解放されると考えると自然とにやけてしまう。
これまでの訓練で基礎体力の向上と、危険を肌で知る感覚の会得。イワニナ防衛で風の精霊との同化を経験したことも相まって、余程の油断が無い限り命の危険に晒されることはないだろうとのお墨付きをもらった。
フィアとヒルダが懸念した力の暴走をさせないための第一段階である。
次の課題は精霊術を使う根本的な感覚改善であった。曰く、手足を使うように、精霊へ意思を伝えろとのこと。
イメージの具現化は精霊に任せ、精霊術の起こす現象を当然のこととして受け入れるのだという。直時には未だ魔力を特別視する感覚が抜けきっていない。それが人魔術を行使するような、間と読み易さをもった精霊術の使い方になっている。
実際に精霊術を使った模擬戦をしたフィアとミケも同じ評価を下していた。
「戦闘の素人との自覚はあるけど、そんなに戦闘にばっかり特化させなくても…」
思わずこぼした愚痴に、「死にたくなかったら死に物狂いで身につけろ!」と二人がかりで説教されてしまった直時。
(要するに、奏者が楽器を、レーサーが車を手足のように操るのと同じく、精霊術を使えるようになれということか…。一般人の俺に…)
のんびりまったりスローライフ等と言っていた頃が懐かしい。
「ああ、そうだ。ブランドゥの魔力増加、ヴァロア組にはバレてました」
「ヒルダには『アスタの闇衣』掛けたんだけど無駄だったかしら?」
「前後の事情を考えれば何故隠したのか、想像するのは難しくないからな」
直時が思っていたより二人に動揺は見られない。むしろ諦め口調である。
「ティサロニキで過ごしてみて、各国の反応を待ちましょう。後のことはそれからで良いんじゃない?」
「まあ、今更じたばたしても始まらないか」
直時の呑気な発言に二人が冷ややかな視線を向けた後、同時に口を開いた。
「「お前が言うな!」」
朝日が山肌を染め、明るさを増すイワニナ周辺。夜露がキラキラと太陽を反射し、静謐だった空気に生き物たちの息吹が漂いはじめていた。
一足早く旅装を調えたヒルダとブラナンとブラントロワ。発進用の上部岩板に出た一行は直時達の見送りを受けていた。
「では暫しの別れだ。タダトキは鍛錬を怠るなよ? 内容はフィアにも伝えてあるが、昨夜『転写』した通りだ。次に会う時の成長を楽しみにしているからな」
訓練メニューは伝達済み。厳しい内容だったのか、直時は幾分引き攣った顔で頷いている。
「フィアにはギルドに預けた金を幾分渡してある。装備を新調したり、必要な物を揃える時には言うように」
イワニナギルドに立ち寄った折、ヒルダは少なからぬ金額をフィアの口座へと移していた。別行動中に直時が必要としたならフィアの了承の許で使えるようにしただけだったが、昨夜の『刻印』の効果があまりにも劇的だったため、貸しではなく直時への正当な対価として扱うようフィアには伝えてある。
「武器の槍も買い換え時だと思うから良いモノを見繕ってやってくれ。それと、場合によっては交渉とか…。ロッソでの件もあるし、見栄えの良い服も何着か用意しておかねばならんぞ?」
フィアにも細々としたことを伝えている。普段からは似つかわしくない様子に苦笑を抑え切れないフィアと直時だ。
「それと訓練時もそうだが、お前は受身過ぎるからな。害意を向けられたら遠慮なく攻撃するようにしろ。それが出来ないなら即座に逃げろ。良いか? まず、生き延びることを考えろ。間違っても攻撃を受けてから対応を考える等と悠長なことはするなよ」
これには直時も思い当たる節が多々あるので、素直に頷いている。
「あと防具も買っておけ。頼り過ぎるのは良くないが、いざという時その有無が生死を分けることがある。丸薬や毒消し等も治癒術に頼るばかりでなく常備しておけ。その辺り、フィアは無頓着だからな。用心に越したことはない」
「ヒルダに無頓着とか言われるとは思わなかったわ。そんなに心配しなくても大丈夫だから早く出立しなさいよ」
まだ何か伝え忘れがないかと首を傾げている様子にフィアが呆れたように言う。同行するブラナンとブラントロワも、ブランドゥとの別れは済ませヒルダを待っている。
「いや、フィアが一緒だから心配などはしておらんぞ? ただ、タダトキはうっかり者だから戒めているだけだ。それと何かあればギルドから連絡しろ。判っているな?」
「色々と助言有難うございます。再会まで精進に努めます」
直時が素直に頭を下げる。そろそろ纏めないと終わりそうにないと思ったのだ。
(しかしこんなにも小煩い人だったっけ? おふくろかよ…)
苦笑はしっかり抑えていたのに、ヒルダの眼が細められる。思考を悟られたかと思った直時は咄嗟に作り笑顔で告げる。
「いってらっしゃい! ヒルダ姉さん」
「えっ? お、おう! 行ってくる!」
意図したニュアンスとしては「姉御」だったが、ヒルダは言葉そのままに取っていた。そして、それが嫌ではなかった。
背を向け広げた竜翼に隠れて、朱く染まった耳に気がついたのはフィアだけだった。クスリと小さく笑うフィアに一瞬だけ睨み空へと舞い上がるヒルダ。
ブラナン、ブラントロワ、2頭の白烏竜達も続いて翼を羽ばたかせた。
「姉さんか…。フッ―」
地上に残した者達の頭上を一度だけ旋回し進路を西へと取る。
方向を定めた竜達は、人魔術『地走り』(ヒルダはフィアより転写)で加速して放たれた矢のように瞬く間に小さくなり、直時達の視界から消えていった。
「じゃあ、私達も出発しましょうか」
フィアの言葉にそれぞれが動き出す。
まず、ブランドゥの背にはジョエルが騎手としてつき、後席にサミュエル。ブランドゥは複雑な心境のようだが、これが最後の騎乗となるジョエルの願いを聞き届けることにした。
ブラナンとブラントロワから外した二組の鞍と荷篭は一つに縛りカッチリ固定した。荷篭付きの鞍が二組出来た。エンジンとタイヤの無い二人乗りバイクのように見える。
アランとポール。オデットとエリアがそれぞれの鞍に乗り、直時の自転車に縄で繋いで牽引。姿勢制御は風の精霊術で行う。魔力量に不自由しない直時であるからこその芸当だ。
風の精霊術で夜空を振り回されたことを思い出したか、アランとポールの騎兵達は青い顔をしていたが、オデットとエリアは騎獣の背には無い開けた視界にはしゃいでいたようだ。
フィアを先頭に、右側に直時達、左側にブランドゥ達が位置して一路ティサロニキへと向かった。
『ティサロニキ』。イリキア王国にある大きな半島のひとつ、東に伸びたアルカトラ半島の翠玉海側に築かれた王国第二の大都市である。アルカトラ半島の先にはボアズ海峡を挟んでリッタイト帝国が近いが、イリキア王国の陸軍戦力の大部分がティサロニキに配備されているため侵攻を許していない。
また、半島の北側は大きな内海『黒影海』に面しており、リッタイト帝国はもとより他の沿岸各国への警戒と牽制も兼ねた戦力配備となっている。黒影海に面した国は黒影海を中心としたなら南西にイリキア王国。西に小国ながら精強な軍隊を持つトラキア国。北から東へと大きく面した北の大国ルーシ帝国。そして南東側にリッタイト帝国が位置し、ほぼ真南にボアズ海峡があり翠玉海へ続いている。
直時達一行は3日かけて、ティサロニキ郊外へと辿り着いた。
着地した後、牽引していた鞍を自転車から解いた。無用の刺激を避けるため、ここからティサロニキまでは地上移動することになる。
ブランドゥだけは走らせるわけにいかないが、騎獣のいない鞍は『浮遊』と『地走り』を掛け移動することにし、オデットとエリアはそのままに、補術兵上がりのサミュエルがアランと交代し、ブランドゥの後席にはポールが座った。
直時の自転車はこれが本来の使い方とばかりに軽快に街道を走る。置いていかれないよう、人魔術による補助は勿論している。
「ところでフィアは何故俺の背中に座ってるの?」
正確には直時が背負った荷を椅子にして横座りで乗っていた。
「浮遊で重さは感じないでしょ? それよりその『ジテンシャ』って乗り物も凝った作りよね。落ち着いたらよく見せてね」
興味深げにペダルを漕ぐ(移動魔術を施術しているから意味はないが直時の気分の問題)様子を観察していた。
午後、日没前にティサロニキへと到着した一行は、街の威容に目を見張っていた。
ティサロニキは東西と北側に厚く高い城壁を持ち侵入に備え、翠玉海に面した南側に大きな港が築かれている。港の中央は商船が出入りしているが、外側を囲むように大小の軍船が繋留されていた。
城門の外側で一行はそれぞれ税を支払い、軍人と思われる衛兵に名前や所属を尋ねられる。高い能力とプライドを持つエルフが加わるほどの冒険者一行と見做されたためか、蔑ろに出来無いと自然と丁寧な応対になる。それには普通なら騎獣とならない白烏竜であるブランドゥを連れていたことも影響していた。
能力の高い冒険者が滞在することで、街が攻撃を受けた時にギルドを通し義勇兵としての参戦を期待出来る。ティサロニキには充分な兵力があるとはいえ、報酬なしに自国の兵の損害が減るならば国益に適う。それ故の対応であった。
「ロッソより大きな街だね」
「交易都市としちゃロッソの方が上みたいだけど、軍の駐留が多いんでしょうね。城壁の外にも兵舎が多いもの」
直時にフィアが答える。ブランドゥが快適に過ごせる厩舎を問い合わせてもらったところ、上位飛竜種である白烏竜を受け入れられるところを知らない衛兵が上官に確認をとりに行ってくれた。待つ間、城門から覗く街並みや周辺を観察しているのだ。
「街の中心部は城じゃない? 政庁なんて建物じゃないぞ」
「もしかしたら王族が統治しているのかもね」
「これは意識して大人しくしておかねば―」
自重を心に刻む直時である。
先程の衛兵が上官と思われる人物を伴って戻ってきた。兜には羽の様な角が付いている。
彼が言うには、白烏竜が街を訪れたことがなく、ブランドゥに見合う厩舎はないとのことだった。
どうしたものかと悩むフィアと直時に、知人が広い庭園のある旅館を経営しているが、そこにブランドゥの仮宿を作らせるよう頼んでみると言う。勿論、値は張るがヒルダからの対価をそれに充てることで支払いは充分可能だ。フィアも折半するということで、衛兵上官へと宿の紹介をしてもらうことになった。
「そこの6人は偶然出会っただけの無関係な人達だから、わたしとタダトキ、ブランドゥの宿泊をお願いするわ」
ヴァロア組はティサロニキ到着早々放り出されることになった。このまま引き下がる彼等ではないだろうが…。
「では旅館の者を呼んでご案内させましょう。少々お時間を頂きたい」
念話で連絡を取ってくれる上官に、「お礼」と金貨を握らせるフィア。賄賂と言われれば後ろめたいかも知れないが、便宜を図ってくれたことでもあるし、「心付け」と考えれば安いものである。
紹介された旅館、『落ち月の館』の番頭がやってきたのはそれから間もなくだった。大急ぎでブランドゥの寝床をしつらえていて、夕食後には完成するとのこと。直時達は安心して後に続いた。
大通りを歩く一行は人々の目を引いた。白烏竜が普人族の街を訪れるのも初めてだし、そもそも希少種であるからその姿を見る事自体珍しいのだった。好奇の目に晒されたブランドゥは居心地悪そうにしていたが、フィアの堂々とした姿と、自転車を押しながら逆に好奇心を露わに周囲を見ている直時の様子に安心したのか、長い首高く上げて普人族の街を観察しはじめた。
「大通り沿いは石造りの建物ばっかりだな。路地奥の方は木造もあるけど少ない。石造り煉瓦造りが多いな」
「木造は燃えるからね。城塞都市みたいだし、戦争を考えたらそうなるのよね」
「そうかぁ。しかし彩りの少ない街並みだな」
直時の感覚である大都市につきものの、電飾やけばけばしい看板が無いだけでなく、ノーシュタットで見たような色彩豊かな露天の布張りや幟、塗装された商店も無い。人通りは多いものの人々は足早に移動するだけで、他の街で見られた商い等の活気が感じられない。
「大通りは軍隊の通り道でございますからね。路地を隔てた商業区ではまた違った趣が見られますよ」
振り向いた番頭さんが二人に説明する。大通りは行軍に邪魔になるようなものは規制されているとのこと。商業区や、港、飲食街等、楽しめるところは多いらしい。
「…でかい」
「貴族のお屋敷みたいね」
案内された旅館、『落ち月の館』は由緒を感じさせる白亜の建物で、まさに貴族から先代が購入した屋敷を宿屋に改装したとのことだった。
「どうぞ、こちらへ」
導かれたのは馬車ごと乗り付けられるようになっている本館ではなく、広大な庭園に散在する離れのひとつである。貴族の来客用として使用されていたようで、二人で宿泊するには広すぎるほどであった。
「ブランドゥ様の寝所は取り急ぎ作らせております。しばしお待ち頂ければ幸いです」
直時達の泊まる離れに隣接するようにして急ピッチで煉瓦が積まれている。浮遊を掛けているため、作業速度は異様な早さである。
(『岩盾』で作ったら早いんだけどどうする?)
(止しましょ。折角ここまで作ってくれてるんだし、これも料金のうちよ)
直時とフィアの念話を余所に、番頭がブランドゥにリクエストを聞いている。
「寝床は麦藁、干し草、青草青葉等、ご用意できますがお好みは如何でしょうか?」
(干し草の上に淡紅菊の大葉を薄く敷いて欲しい)
「かしこまりました。お食事は主に鮮魚をご用意させていただきたく思いますが?」
長い首を縦に振るブランドゥ。天気が良いこともあり、夕食は野外でとなった。建物に入れないブランドゥのことを気遣ってくれたようだ。直時とフィアもそれに同意する。
直時にとっては久し振りに口にする本格的な料理。アウトドア料理も楽しくはあるが、作ってもらったものはまた違う趣がある。玄人の技に舌鼓を打ちながら、揃えてもらった各種さまざまなお酒を試す。
フィアもあーだこーだと論評しつつ楽しそうだ。ブランドゥはお酒が苦手らしく魚と果物というバランスの良い食事を摂っていた。直時は彼が肉食とばかり思っていたので少々意外そうである。
辺りに闇が落ちても灯火の術の弱い光の下、夕食会は続き、直時が良い塩梅に酔った時点でお開きとなった。
ブランドゥは完成した仮宿で丸くなり、フィアも直時も元貴族邸ということで備えられていた浴槽で旅の垢を落とした後眠りに落ちた。出入り口を闇の精霊で封じようかと思った直時だったが、ブランドゥが外にいるため範囲を決めた人魔術『報笛』(設定した空間を遮る存在があれば術者の耳元で警報を鳴らす術)を施した。
「これからの方針はどうされますか?」
エリアが難しい顔のサミュエルに問いかける。
ヴァロア一行は『落ち月の館』から通り一本逸れた宿屋に居を構えていた。騎兵であるアラン、ジョエル、ポールは別室で休んでいるが、サミュエル、エリア、オデットは集まって今後の方針を話していた。
「そうですね。必要経費として資金は潤沢ですから、本国からの支援体制が増強されるまでは目標の観察、及び親交といったところですかね」
「元参謀殿としては随分と消極的なのですね」
皮肉気なオデットに苦虫を噛み潰したような顔になる。
「正直ここまで素気無くされるとは思いませんでした。ここは腰を据えて想い人のことを知ることから始めましょう」
「同感です。タダトキ様の事を知ると共に、私達の事も知ってもらいましょう。彼の方はかなり変わった風習の国から参られたよう見受けられます。この周辺国のことには疎そうですよ?」
サミュエルへ微笑するエリア。袖にされたというのに打たれ強い。大人しく帰国してくれる気はないようだった。
「私は本国との連絡に勤めます。エリア様とオデットはなるだけ標的と接触を図ってください。彼の行動と発言は漏らさず報告をお願いします」
サミュエルの言葉を最後に肯いたエリアとオデットは部屋へと戻って行った。本人は灯火の術の下、眠ること無く情報を書き出し項目ごとにまとめる作業に入った。
夜も更けた頃、サミュエルが宿を出る。地理を確かめつつある裏通りの酒場へと足を運んだ。
「アイリスの花香酒。氷は3個。肴は羽のあるものを3つ適当に頼む」
カウンターの隅に座り注文を告げ銀貨を放る。受け止めた無愛想な店主兼バーテンが少し動きを止めた。
「肴は今作ってる。ちょいと待ちな。先に酒でも飲んでいてくれ」
露の浮いた杯をコースターに置いて去る。杯を手に取ったサミュエルの視線は杯の底に隠れていたコースターに落ちる。苦手な酒を口に含みつつ空いた左手の指でそれを擦る。
何気ない仕草で内懐で左手の指先を拭う。懐中のハンカチには水溶性のインクが染みを作っていた。
サミュエルが座ったカウンターの隅。一番離れたところで潰れていた酔客が大きな欠伸を一つして起き上がった。覚束無い足取りで店を出ていく。
(ドゥブレ軍曹。今出ていった奴を追え)
(処理しますか?)
(行き先と接触相手の確認だけで良い。無理なら接近はするな。その時は会った可能性のある顔は全て記憶して欲しい)
(了解)
酒場から出て角を曲った瞬間足取りが確かになった監視対象を『視力強化』で捕捉したオデットは充分な距離を保ったまま後を追った。
ヒルダさんとフィアは理不尽な姉キャラ! と、いう作者独自の脳内設定で進めております。描写不足、キャラ変わってね?という御意見は、ひとえに作者の力量不足で申し訳ないです><