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追う者達⑤

悩んでたら筆が止まってしまってました。

兎に角書こう!



「ヴァロアの連中が接触し、判断したのがこれだ。金、女、権力に興味は薄い。正攻法では無理だということだ。貴族どころか王族の椅子まで蹴るとはな…。何が彼の欲を満たすのか。注目すべきは他種族の女にはなびきそうだということくらいか。さて、どう攻めるか…」

 商人の念話網を伝って届けられた情報を吟味する男。彼は傍らで酒壺を手に待機している女性に問いかけとも、独り事ともつかない言葉を漏らす。


「益を餌に出来ないのであれば、損を避けるためではどうでしょう?」

 減った杯に注ぎ足しながら無表情で答える女性。


「人質か? 悪手だな。相手の弱みに付け込むということは、こちらが隙を見せた時容赦なく攻められる。永遠に隙を見せないことなぞ不可能事だ。まして反撃を許した場合、彼の能力は尋常ではないぞ? 更に晴嵐の魔女と黒剣の竜姫が傍にいる」

 話にならんと杯をあおる男。損益を考えれば危険が大き過ぎる。


「人質と思わせなければ良いのでは? 情に流されやすい人物と見受けられます」

「ふむ。イリキアに獣人族の娼館はいくつあったかな?」

「王都『テーネ』に2館、東都とうと『ティサロニキ』に1館です」

「そこで網を張るか」

「手配致します」

 新たに盃を満たした女は酒壺をテーブルに置いて去る。


「味方にはならずとも敵にだけは回したくはないな…。だが王家の注文がある。はてさて、これは儲け話か破産への道か…」

 男の苦々しい顔は『黒髪の精霊術師』に係わることで、転び様によっては利益も損害も大きいであろうことを予感していた。




 イワニナで久し振りに屋根の下で眠ったフィア、ヒルダ、エリア、オデットの女性陣。街での買い物と饗された食事に満足し、心地よい眠りに浸っていた。一方精神的な疲労を被ったサミュエルは、接触してきた連絡員との情報に頭を悩ませていた。本国にこれから起こること、任務達成の可能性、解任の恐れ等のため眠れぬ夜を過ごしていた。


 その頃の直時はというと…。


「ブランドゥ…、あったかい…」

 直時との飛行に付き合わされた騎兵達、アラン、ジョエル、ポールの3人が青い顔でうなされている中、高地の寒さもなんのその。白烏竜の翼に抱かれ、あまつさえブランドゥの長い首を抱きながらご満悦で微睡まどろんでいた。




 翌朝、雨上がりの街が賑わいだした頃、街見物へと繰り出した5人。水捌けの良い土地なのか、僅かに石畳が濡れているだけである。


 サミュエルは平均的な旅人の服装で厚手のくすんだ白い布シャツの上になめし革の上衣、茶色のズボンに編み上げブーツ。防水防寒用マントをまとっていて面白くもなんともない。

 フィアは藍色の膝下まであるワンピースで合わせ目、袖、裾には浅葱の縁取り。着物のように前合わせで、臙脂に淡いピンクの花模様を散らした幅広の布を腰に巻いて留め、背後でリボンのように蝶々結びにしている。いつものブーツではなく編み上げのサンダルだ。

 ヒルダは普段の革鎧(いくさ用の黒竜鱗鎧はめったに装備しない)という色気のないスタイルから一転し、銀糸で装飾が施されたビスチェ風の黒革鎧にローライズの厚手の布ズボンで脚甲付きブーツを履いている。鎧ということで無骨ではあるが上半身の露出度に注目度は高い。

 エリアはオデットに押し着せられた結果、襟元や袖口に刺繍を施した真っ白のブラウス。胸元から大きく開いた襟は深い谷間から鎖骨までを余すところ無く魅せつけている。しかもウエストから胸下までをコルセットの様な明るい茶革の胴当てが締め付け、小柄な体型に似つかわしくない大きな胸を強調していた。彼女の髪と同じ薄い茶色の巻きスカートは足首までの丈があったが、巻きが浅く合わせ目から白い脚が時には腿まで見え隠れしている。着付けをしたオデットは合わせ目が正面か左側面に来るかで悩んだようだったが、大胆にも正面に持ってきたようだ。歩みを進める度に膝頭から腿の半ばまでの素肌が見え隠れする。貴族の夜会服で胸元や肩口、背が露出することには慣れていたエリアも素足を晒すのには羞恥を覚えるようだ。俯きがちで、時折恨みがましい目をオデットに向けていた。

 一行で一番注目を浴びていたのは実はオデットであった。露出など欠片もない服装にも拘わらずである。詰襟のブラウスに細い臙脂えんじのタイ。上着は短い丈の黒と見紛う濃紺のスリーピースで、下は同色のズボン。足元は黒革のロングブーツである。一度着てみたかったという若執事服らしいが、体に密着する型であるため豊かな胸元や腰回りが男装の麗人という倒錯的な魅力をまき散らしていた。胸ポケットに純白のハンカチと白手袋も装備している完璧ぶりだ。


 斯様な一行に従うサミュエルは、付き人以下、下男にしか見られていなかったようである。


 自分達の買い物は済ませたため、直時の依頼品と食料の購入をメインにイワニナの街を歩く一行。

 酒には一家言あるフィアとヒルダが試飲を繰り返した挙句にそれぞれ違う銘柄の蒸留酒を購入した。

 直時の訓練用短パンには、安物をまとめ買いしようとしていたフィアであったが、何故かそれを阻止して熱心に見繕った挙句、ヴァロア持ちで精算したのはオデットだった。


 昼食を終えた一行は約束していた冒険者ギルドへとその後の報告を聞きに立ち寄る。即座に別室に通され、ギルド支局長自らが対応にあたった。


「白烏竜の保護に関しては周辺国まで手を伸ばしましたが適任者が見つかりませんでした。申し訳ございません。あと、ヒルデガルド様には伝言を言付かっております。文面は通信係と私しか知りません。ご確認をお願いします」

 薄くなった髪を撫でながら、申し訳なさそうに言うギルド支局長。


「それで冒険者ギルドとしては恥の上塗りになってしまいますが、白烏竜の保護依頼の件、ギルドが依頼者としてヒルデガルド様に保護要請を出すことになりました」

 依頼の仲介を受けた側が、そのまま依頼主に同じ内容を頼むのである。本末転倒も良いところだ。


「本気か?」

 ヒルダの機嫌が悪くなる。平謝りする支局長は、ギルド本部からの依頼であると強調する。冒険者ギルド創立に関わった神からの要請でもあるらしい。


 冒険者ギルド。それは組織という群れから逸脱した存在を、能力に見合った報酬を渡すという救済的な理念で設立されたものである。それに指導力を振るったのは神々の列に連なる『エルメイア』という男神だ。

 彼は普人族の始父であるが、娶った相手は未だに語られていない。ギルド設立について一説には個の力で劣る我が子の普人族が、数で多種族を虐げだしたがための贖罪であると言われている。そのため、神のひとりであるにも拘わらず、『あの神』という呼ばれ方をすることが多い。


「納得は出来んがついでの用事ができた。止むを得ない。引き受けよう」

 苦々しげに言うヒルダの視線は、手元の伝言へと落ちていた。


「白烏竜はうちの実家に連れ帰る。他の竜族とも親交があるし、普人族から離れて生活することは良い糧になるだろう。竜族に手馴れた者もいるしな」

「え? 実家まで帰るの?」

「面倒事があってな…。ったく、婿入りしたいなら私をねじ伏せろとか父上が面倒なことを言い出すから…」

 後半は呟きに過ぎなかったが、フィアは察したようだ。どうやら次期族長となるからには伴侶を決めねばならず、その資格がヒルダより強いことらしい。挑戦者があれば受けねばならないようだ。


 白烏竜の更正教育依頼は取り消すことになり、ヒルダが実家へと連れ帰ることとなったが、ここで問題となったのはヴァロア組の身の振り方である。

 冒険者ギルドから何らかの拘束や支援(亡命などについて)があるかと思っていたが、相手が冒険者でないこともあり、国家問題に不干渉との立場から放置されることになった。サミュエル達は胸を撫で下ろす。


 一行は直時達が待つ岩棚に戻るべく、宿屋で荷をまとめる。新調した衣装を魅せつけたいところだが、ひらひらした格好は空を飛ぶのに適さない。


「私は問題ないぞ?」

 そう言ったヒルダと必要のないサミュエル以外の面々は旅装へと着替えることになった。女性陣の準備が済むまで自室でひとり待機するサミュエルに念話が入る。


(ギルドへ行ったみたいだな。連絡があれば伝えよう。密書の余裕がなければ念報でとのことだ)

(助かる。白翼が黒剣を携えその郷へ アイリスの花弁は摘まれず 黒は風と共にあり 以上だ)

 トマスと名乗る連絡員が復唱。サミュエルの首肯を得て念話を終えた。


 白烏竜はヒルダの故郷へ保護、アイリスは国花で花弁はヴァロア国民、ギルドからも直時一行からも処罰無し、直時にはフィアが同行。そのような意味であった。


 旅装を調えた一行は街の正門外へ。街道脇で飛翔の準備に入る。来るときは直時任せであったが、宿で休息を取ったヴァロア組は自らへ『浮遊』を施術する。幸いにサミュエルとエリアは補術兵あがりで、オデットは現役であり問題なく自重を消すことが出来た。

 行きと同じく、ヴァロア組はフィアの風で宙を運ばれる。近くの山岳を迂回して、直時達が待つ岩棚を目指したが、そこは出た時とは違う様相を呈していた。


「あんの馬鹿っ! 目立つなって言ってるでしょうがっ!」

 フィアが怒るのも無理は無い。平凡だった山麓に大きな岩のドームと岩柱で支えられた平らな土台の積層物が張り出しているのだ。


(タッチィッ! おとなしく待ってろって言ったでしょう! なんで野営地を拡張改造してんのよっ!)

(えー。それにつきましては、昨晩の天候悪化が原因であり、雨を凌ぐための工夫が思わぬ副次効果を産みまして―)

 怒気を放つフィアの念話に直時がしどろもどろで言い訳を始める。


(詳しい話は着いてからにして。着陸には左下の階層を使用してね。右側は発進用だから)

 直時の念話に眼下を確認するフィアとヒルダ。山麓から斜めに左右へと平らな岩盤が突き出しており、どちらも出発前には無かったものだ。

 反射性の高い鉱物が埋め込んであるのか、右側に『飛ぶ』左側に『降りる』の文字が確認できた。

 折りしも右側の岩板からは1騎の空中騎兵(赤羽根鳶:翼長5メートル翼の先端1メートル程が赤い)が舞い上がり、とってかえした脚に岩板端で鎮座した荷を掴み取って飛び去っていった。


 直時から指示された着陸用の左側岩板に舞い降りたフィア達は、様変わりしてしまった野営地を呆れ顔で眺める。


「おーい! 着陸したら次のために場所空けて! こっちこっち! 奥に来てー」

 岩棚を覆うドームはリスタルで直時が作った空襲を防いだものと同じだろう。『岩盾がんじゅん』の5角形の岩が重なりあっている。着地した岩板も同様の魔術を行使したのだろう。水平に作られているが、ところどころの小さな段差は5角形を為している。

 上を見上げると5メートルの段差で斜めに交差した影が陽を遮っていた。直時が『発進用』と言った別の岩板である。補強のためところどころに『岩盾・かい』の八角柱が下の階層や山肌とを繋いでいた。


 フィア達一行が直時の声に歩みを進めると、本人とヴァロア騎兵、白烏竜の他に数人の冒険者が話していた。岩壁で仕切られた厩舎や上層に向かう階段等を指差し、意見を交わしている。


「おかえりー」

 羊皮紙に何やら書きつけていたが、近付く一行に振り返った直時。話途中だった冒険者にヴァロア騎兵のアランが耳打ちすると、少し下がって様子を窺う。『晴嵐の魔女』とか『黒剣の竜姫』とか聞こえたので遠慮したのだろう。


「この有様はなんなの?」

 怒りは収まったのか、呆れと好奇心が混じった表情のフィアが問いかける。


「昨晩大雨だっただろ? それで屋根と居住空間を拡張したんだよ。雨を凌いで寝てたら雨宿りさせてくれって冒険者が何人か来てさ。手狭になったんでさらに拡張して、ついでに使い易いように改造したんだよ」

「夜でもあり、飛翔獣の害が多いイワニナでは、誤認されかねないとのことから、一時避難所としての宿を借り、可能であるとのことで拡張のお願いをしました。皆、非常に感謝しております」

 飛行帽に風除け眼鏡を頭上にずらした獣人族(耳の形から犬人族)の男が口を挟んだ。


「しかし、街に近いのにこんな大規模な空中騎兵の発着場は意味がないのではないか?」

 ヒルダが疑問を口にする。


「いえ! 大助かりです! イワニナは輸送の依頼が多いのはご存知だと思いますが、飛翔生物による害も多く、暗くなってからの接近には誤認攻撃等危険も多いのです。厩舎も数が足りず、街の外で野営せざるを得ないこともあります。幸いここからなら念話も届きますし、一時避難所としては理想的です」

「まあ、後はイワニナの領主か冒険者ギルドに分室でも作って管理してもらえば使い勝手も良くなると思うんだよ。取り敢えずだけど、発着用の岩板と臨時厩舎と簡易宿泊部屋を『岩盾』で小分けして、貯水用に『岩盾・方舟』を何個か作ってある。今は俺が水を貯めておいたけど、後々雨水と浄化槽作れるように階段状に配置してある。奥は暗いけど『灯火』の術式は基本だろうから明かりは個人で対応してもらう。そんなところかな?」

 冒険者の答えと直時の補足説明を聞き、確かに有用だと頷く一行。


「しかしこれだけの工事を一晩で…。ドワーフでも数週間はかかるでしょうに…」

 改めて感嘆を漏らすサミュエルは、政治利用などとつまらないものでなく、実益において直時の利用に思いを馳せる。軍ならば補術兵大隊に勝る働きになるだろうが、施設部隊においても大活躍しそうだ。参謀として直接戦闘に投入するより、作戦の幅を広げ軍を最も効率的に動かせ得る可能性に、王家の思惑以上に今回の任務の重要性を再認識する。


「取り敢えず言い訳の正当性は認めましょう。た・だ! 目立つなってあれほど言ったでしょうが!」

 他の目があるからか、精霊術でなくゲンコツを貰った直時である。涙目になりながら、一行を宿泊区画の比較的大きな部屋に案内するのだった。


 扉のない玄室のような部屋に入った一行。直時は闇の精霊に入り口を封印してもらい、部屋の外に会話が漏れないよう万遍無く封を施した。


「ほう。闇の精霊術も堂に入ってきたな」

「今朝の自主練は影にこもって闇の精霊と対話してましたからね。闇の精霊術は教えてもらえる人がいないんで自己流でなんとかするしかないですし」

 風の精霊術で音の撹乱もできそうだが、常に制御しなければならないので疲れそうだったということもあり、闇の精霊に一任できる封呪で済ませた直時だった。


「遅くなりましたが、皆おかえりなさい。イワニナの街はどうだったかな? 何よりヒルダさん。その革鎧似あってますよ。ちょっと露出が多くてドキドキしちゃいますね」

 胸元と胴の上側だけしか覆っていない。ノースリーブでおヘソも丸出しである。ローライズの革ズボンはお尻ギリギリで竜尾がうねっている。直時は目のやり場に困ってしまった。


「フフン」

 満足気な鼻息を漏らしたヒルダに、フィアとエリア、オデットは不満気である。


「で、どうなりましたか? あ、ちょっと待って下さい。ブランドゥ達、白烏竜も話に加わりたいそうです。今、念話来ました」

 直時は白烏竜達とのグループ念話も独自に設定していたようである。会議内容を同時通訳するのも面倒臭いので、一行の全体念話に白烏竜達を追加して各人に発言と共に念話をするよう要請した。会話と同じ内容なら同時念話もさして苦にならない。


「一番の懸念だった白烏竜達は私の故郷で保護することになった―」

 ヒルダが経緯を説明する。白烏竜の今後と自分の都合。ギルドの対応等である。


「―で、残る問題はヴァロアの面々だ。私としてはこのまま放免というのも腹が立つのだが、国の過ちはこれから償わされるだろうし、どうすべきだろう?」

 ヒルダの鋭い視線に身を縮ませるヴァロア一行。


「ヒルダさんは帰省されるんですね。寂しくなるなあ。ヴァロアに対しては確かに業腹ですが、彼等は放って置くしかないですね。それより次の目的地を決めようよ」

 最後はフィアに向けてである。ヒルダが帰郷し、旅の連れとしてはフィアだけになる。ヴァロア組は埒外であった。


「イリキアのことはあまり詳しくないのよね。王都『テーネ』はここから南東で、東都と呼ばれる第二の都市がここから東北東あたりだったかな? って、私の知識は転写してあげたんだから判ってるはずじゃない!」

「いや、まあフィアの行きたい方へ行けば良いかなーって思ってたから」

 判断を丸投げする気満々の直時だ。


「冗談はさて置き、王都は権力中枢だから面倒臭い。東都『ティサロニキ』は各国の国境とも近くて逃げるのに楽だからそっちかな?」

「逃げるの前提って…。ちょっとは自重しなさいよ?」

「善処します」

 自分達を放置したまま進む話に焦ったのか、サミュエルが口を挟む。


「我々もティサロニキまで連れて行って欲しいのですが、お願いできますか?」

「はぁ? 行きたければ勝手にすれば良いじゃない。身ぐるみ剥ごうなんて思ってないからギルドで輸送依頼でもすれば?」

「ギルドに白烏竜の件を報告されたあとでは、私達軍人はともかくエリア嬢の身が心配です。身から出た錆とはいえ、軍人として民間人を危険に晒したくありません。ティサロニキまでいけば西への商船は多いでしょうから、帰国の安全性も高まります。なんとかお願いできませんでしょうか?」

 サミュエルが深く頭を下げた。オデットも同様である。エリアは自分がダシに使われているのを自覚しているのだろう、罪悪感からか視線を彷徨わせていた。


「白烏竜達の保護も決まったし、足が無いんじゃ仕方ないだろ? ティサロニキまで送るってことで良いんじゃない? それで何もかもチャラにすればこっちも後腐れなくて気持ち良いじゃない」

 直時の人が良すぎる発言に苦笑しながらもフィアが頷き、ヴァロア組は安堵の吐息を漏らす。丸く収まりそうな場に突然念話が響く。


(私はタダトキ様と御一緒したいです)

 念話の主はブランドゥだった。


 内心の嬉しさを隠して直時は説得を試みる。追われる身で危険が多いこと。普人族の街で騎獣は基本的に厩舎に預けられ不自由すること。白烏竜は希少種であり、狙われる恐れがあること等である。

 折角自由になれる好機である。同種とは竜人族のヒルダが問い合わせてくれるだろうし、家族も見つかるかもしれない。何よりブランドゥ達には自分達の翼で自分の空を飛んで欲しい。その思いが直時に同行を拒ませていた。


「普人族と多種族の関わりを理解するには良いかもしれん」

 考え込んでいたヒルダが口を開く。


「ブラナンとブラントロワは私と一緒で良いのか?」

(私達はヒルダ様に従います)

 ブラナンが答える。兄弟間で話し合ったのだろう、落ち着いた様子だ。


「ティサロニキまでは遠い。ヴァロアの者達を運ぶにしても、フィアとタッチィだけでは大変だろう。連れて行ってやればお前たちも助かるのではないか?」

「確かに助かるけど、この子のその後が心配だわ」

 フィアもブランドゥの同行を渋る。


「時間は掛かるだろうが、私も用事が済み次第戻ってくる」

「えっ?」

「当然だろう。タッチィへの訓練は始まったばかりだ」

 お別れだとばかり思っていた直時にニヤリと笑うヒルダ。


「いや、でも先の予定は何も無いし、どこへ向かうか判らないし…」

「移動の予定は立ち寄った街の冒険者ギルドに伝言を頼めば良い。私宛てにな。ギルドの念話網なら何処へでも届く」

 逃げ道は閉ざされたようであった。


 出発は翌朝にすることにして、直時が築いた空中騎兵(厳密には冒険者は兵ではない)休憩所で夜を明かす事にした一行。個室を基本に間取りを取ったため、会議をした部屋以外は狭い。

 二人ずつに別れてそれぞれ散っていく。フィアとヒルダ、エリアとオデット、サミュエルとジョエル、アランとポールである。直時は創設者としての特権で、一部屋を専有していた。


 そこへ女性陣が騒ぎながら入ってきた。煙管で久し振りの一服と、お土産の蒸留酒をゆっくりと楽しんでいた直時は何事かと入り口に目をやる。

 フィアを先頭に、続くエリアはオデットに押し出され、一番後ろでヒルダが苦笑いしている。イワニナの街で買い求めた品で着飾った女性達であった。

 突然の華やかさ、艶やかさに目をみはる直時。視線の先では、フィアが優雅に一回転し、エリアがスカートを軽く上げて挨拶しようとしてパックリ開いた奥の素足を慌てて隠し、執事の仮装をしたオデットがうんうんと頷いていた。


「フィアは何処のお嬢様かと思ったよ。良く似合ってる。そのリボン? 帯? 可愛いね。しっかし相変わらず腰細いなぁ」

 普段からのギャップ故、直時はその清楚さに驚く。ぽぉっとなりかけるが、悔しいので表には出さない。


「エリアちゃん…。小柄で凛々しくて可愛らしいエリアちゃんにこんなケシカラン格好をさせたのは誰だっ!」

 色仕掛けの生贄として捧げられたように感じた直時が怒鳴った。小柄でありながら、発達した肢体を羞恥に染めて晒している。いくら何でも可哀想になったのだ。


「サミュエルかっ? あの参謀かっ! 今すぐ捕縛してやるぅ!」

「私の見立てです」

 怒りに我を忘れそうになる直時を制したのは執事服のオデットだった。


「なんですと?」

「エリア様の魅力、存分にご覧なさいませっ!」

 両手をエリアへと広げ、勝利の笑みを浮かべ見おろしてくる。直時より背が高いので当然だが、傲然としたその姿は執事というより悪の組織の女幹部である。黒マントとステッキを装備させればさぞ似合っただろう。


「ぐぬぬ…。確かにちっちゃくて凛々しくあろうと背伸びしているかのような可愛いエリアちゃんがこんなにもケシカラ…ゲフンゲフン―なスタイルの持ち主でそれを遺憾なく発揮する衣装の攻撃力は甚大な被害を俺の精神に―」

 女性3人から注がれる冷たい視線に漸く気が付く直時。オデットだけは勝ち誇ってそっくり返っていた。


「折角オデットちゃんも褒めようと思ってたけど止めだ。止ぁーめーたー!」

「お褒めに預かり光栄です」

「褒めてない!」

「有難うございます」

「……。」

 右腕で胸元を押さえ、左手を背中に当てて完璧な礼をとるオデット。彼女の余裕の笑みに直時の脳裡には『天敵』の二文字が浮かんでいた。






エリアとオデットはちゃん付け…若いからね!

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