追う者達④
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次の日になってしまった…。
『イリキア王国』。勃興の激しい普人族国家の中では、古い歴史を持つ国である。国の形は大雑把に言うと三日月のようだ。南と東に半島が突出している。央海側に面した南半島と東側に突きだした半島の間、三日月の欠けた部分にあたるのは翠玉海と呼ばれる比較的浅い海で、数千とも言われる群島が浮かぶ。大きな島には街が築かれていたが、その殆どに普人族は暮らしていない。
イリキア王国の大陸に接する西部から北部は中央山脈とは独立した山岳系で、高さは勝るとも劣らない急峻なものである。その山岳地帯が陸からの侵略を難しくし、長い独立を保った一因となっていた。陸路が移動困難なため、海運が発達。翠玉海用の喫水の浅い船、央海用の大型船等、大小多くの船を有している。
翠玉海を挟んだ更に東に『リッタイト帝国』があり長い間戦に明け暮れていたが、お互いの領土を奪う程の戦力を運ぶことが出来ないままであった。海戦が主になるが、一方が勝利を収めても次に占領するための兵を運ぶ船がその海戦によって消耗してしまうため決定的な勝利を手にすることが出来ずにいたのだった。
直時達一行が目指したイリキア西部の街『イワニナ』は、数少ない陸路が交わる山岳の合間に築かれ、街道を行き交う人々や、山岳部で活動する冒険者の拠点となっていた。
イワニナの街からは死角になる山の中腹、少し開けた岩棚に直時達一行の姿があった。
「何にも無い所だな…。ここで待たなくちゃいかんの?」
白烏竜達が体を横たえると、狭い空間しか残らない。
「尾根筋に近づくと発見されるかもしれないし、これだけ高地だと高木の森も少ないし、街からだとこの辺りが最適だと思うわ」
「ギルド次第だが、なるべく早く話をまとめてくるつもりだ。遅くなるかもしれんが、その時は念話で連絡する」
フィアとヒルダにそう言われれば仕方ない。直時は不満を引っ込めた。
「ここからは白烏竜達には乗れないから、私の風で運ぶわ。タッチィ、3人に『浮遊』掛けて」
重さを無くせばフィアの風で容易に運ぶ事ができる。長時間複数のモノを制御するのは辛いが、街はすぐそこだ。頷いた直時は、サミュエル、エリア、オデットに向かって魔法陣を展開する。
「何を言っても今更ですが、一日飛翔したすぐ後で『浮遊』の3連掛けですか…。全く非常識な魔力量ですね」
身が軽くなるのを感じながらサミュエルが苦笑交じりに言う。
「ところで私はともかくエリア様とドゥブレ軍曹は残しても構わないのでは? 出来るだけ少ない方が動きやすいでしょう?」
思いついたようにヒルダに提案する。サミュエルとしてはエリアに少しでも直時と関係が持てれば良いし、対話による情報収集もお願いしたい。その旨は既にヴァロア組だけの念話で伝えてあった。
「私達は残っても結構ですよ。二人とも軍で野宿には慣れております」
「嫌だ。狭い。女性陣はできれば街で宿取ったら? 強行軍の連続だっただろ。ゆっくりしてきな」
エリアの言葉に即座に反対する直時。本音はついつい気を使ってしまう女性陣と油断ならないサミュエルがいない方が気楽だからである。
「それに俺を誘惑するつもりなら、ゆっくり休養をとって肌を調えた方が良いんじゃないかなぁ?」
猫耳大好きと大声でのたまったくせにからかっている。
エリアの女心に火を点けてしまった発言だったが、オデットが念話で窘めた結果、引き下がったようだ。
「タダトキ様。エリア様のご帰還をお楽しみになさいませ。ペルティエ特務大尉殿。軍資金の御用意をお願いします」
どうやらオデットの侍女魂にも火が点いたようで、直時に挑戦的な瞳を向けていた。
「サミュエル君、女性陣のエスコート宜しく。頑張れ!」
エリアとオデットに怯んだ直時は、サミュエルへと面倒をおっかぶせ、いってらっしゃいと手を振る。
ヒルダを先頭に3人を風で運ぶフィア。岩棚からみるみる遠ざかり山陰の向こうへと消えていった。
「さーて。俺達はここでゆっくりとしよう」
騎兵のアラン、ジョエル、ポールに白烏竜達から鞍等を外すよう促し、直時は『岩盾・方舟』を発動。『出水』で飲料用の水槽を作る。旅の渇きを癒す白烏竜。
夕食は直時が今朝作った魚の干物である(風の精霊術で真空の球を作り、魚を放り込んで水分を蒸発させた)。塩をふって生乾きに加工されたそれらは新巻鮭のようであった。持ち運びにはもちろん『浮遊』で軽くして、尚且つ『落霜』で低温保存してある。
「やっぱり焼いた方が良いよな? しかし塩分が……。ブランドゥ!」
人族用には焼けばいいが、白烏竜の好みが判らず近くにいたブランドゥを呼んで意見を聞く。生で良いが塩抜きはして欲しいとのことで、白烏竜達の分は水を入れ替えた岩風呂にしばらく浸しておくことにした。
山々の峰に陽が落ち、周囲を染めていた最後の茜色が消える頃、直時達居残り組は夕食を終え、思い思いの格好でくつろいでいた。その時、一行を照らし始めていた月明かりが翳る。
「風が湿っぽいな」
直時の呟きと共にポツポツと降りだした雨は瞬く間に強くなった。
「あー。ちょっと待って。すぐに屋根作るから!」
慌てて荷から防水用の皮布をとりだそうとする騎兵達に告げ、山肌に歩み寄る直時。
「土は石に 石は岩に 『岩盾』―」
いくつもの魔法陣が描かれ、岩棚を覆い隠すように5角形の岩壁が連なって生えていく。リスタル撤退時、住民を空中騎兵の攻撃から守った岩のドームである。密閉はせず、雨が吹き込まないように大きくはり出した岩のドームに遮られ、雨音は遠いものとなった。軒から滴る水が雨の激しさを物語っているだけだ。
「ちょっと乾かすぞ」
人魔術の『送風』では全員をカバーできないため、風の精霊術で皆を濡らした雫を吹き飛ばす。身を振って水滴を弾こうとしていた白烏竜達はすっかり乾いた体表にキョトンとしていた。
「雨避けのためだけにこんな大きな魔術を使うなんて…」
2番騎ブランドゥの騎手であるジョエルが絶句する。アランとポールも同じ感想のようだ。
「ん? 便利に使えるなら使ったほうが良いだろ? これで雨風はしのげるけど、ちょっと寒いな。奥に竈作って火を焚いておこう」
ジョエル達が気にしたのは普人族なら干からびる程の魔力を惜しげもなく使ったことである。それをさして気にもせず、直時は改造した石化魔術で石の竈を作り煮炊き用で持続する火系人魔術『加熱』の魔法陣を編んだ。暖まってくるドーム内。
あらためて畏怖の念を抱く騎兵達の空気をほぐすため、直時はお伽話や伝説、架空の英雄譚を語りだす。白烏竜達も興味を抱いたようで、お話は竜を主軸に据えたものとなった。
人智を超えた存在として、時には神、時には敵、時には友としてふるまう竜の話。
(あれ? なんか反応が偏ってるな…)
語り部である直時がそれぞれの反応に気付く。
騎兵達が興味を示したのは竜を勇者が討伐する西洋のお伽話である。人が主人公であるのは同じなのだが、人に叡智を与え、神として崇められるような東洋の竜の話には難しい顔をしていた。
逆に白烏竜達は荒れ狂う大河を鎮めるために竜神に身を捧げた娘の話や、竜と人との間に生まれ、悲嘆に暮れる村人を哀れんで身を削ったようなお伽話に聞き入っていたようだ。
話が一段落したところでドームの外を稲光が走り、数瞬後轟音が山々に反響する。雨足が強まったようだ。
「荒れてきたな…。そういや今夜あたり満月じゃなかった?」
「そうですね。晴れていれば明るい月夜だったでしょうね」
直時の問いにポールが答えた。
「雲の上はまんまるお月様かぁ。怖いねーさん達も黒いサミュエル君もいないことだし、月見酒と洒落込みたかったねぇ」
先程からちびちびと飲んでいる盃を掲げてみせる。
「タダトキ殿。雲の上は晴れなのですか?」
「雨は雲から降ってくるんだから当然だろ? え? 空中騎兵なのに雲の上まで行ったことないの?」
高層雲とかはともかく、低高度の雨雲など珍しくはないはずなのにと思う直時。
「下を見ながら飛びますし、そもそも雨が強いと飛びません。軍でも雲に入ることは危険だと禁止されています」
直時の疑問にアランが答える。
(確かに地形を見ながら飛ぶなら低高度か…。騎獣も雨には弱いのかな? 雲の中の乱気流も問題か…。でも、折角空を飛べるのに勿体無い!)
少し考えた直時は3人と3頭に提案する。
「じゃあ、これから行ってみない?」
騎兵達に対してというよりむしろ白烏竜達に雲上の世界を見て欲しいと思った。
上官であるサミュエルの許可を得られないことを気にする騎兵達に、『君達捕虜だから。拒否権ねーから』とジュネーヴ条約なんのそのと無理矢理連れ出した直時は、豪雨の中を精霊の風の傘で保護しつつ、一行を雲の上へと導いた。
雲を突き抜けた一行が見た景色は、雲海を皓々(こうこう)と照らす月とは思えないほどの眩い光。ところどころ見える島は山脈の頂。そして、月光にも負けずに輝く星々の煌きだった。
(……キレイ)
皆はブランドゥが溜息と共に漏らした念話に同意する。
(どうだ? この空を自由に飛んでみないか?)
白烏竜達を含めた念話を新たに設定した直時がブラナン、ブランドゥ、ブラントロワに伝える。
(自由?)
(好きなように飛んでみろってことだよ。こんな風に!)
両手を翼のように広げた直時は、加速して急上昇、宙に円を描いて飛ぶ。一転して急降下。雲海スレスレで雲を波立たせて弧を描く。再度急上昇して反転。インメルマンターン。戸惑いながら旋回する3騎へと近寄る。
(どうだ?)
笑顔での問いかけにも白烏竜達からは尚も迷いの念が帰ってくる。背中の騎兵達に気付いた直時は、ニンマリと笑って風の精霊に働きかけた。
(じゃあ、これならどうだ!)
アラン、ジョエル、ポールは安全帯を引き千切られ、虚空へと投げ出された。悲鳴を上げる3人を風で受け止め自らの近くへと滞空させる直時。
(もう騎手はいないぞ? 君達は自分の翼で飛べるはず。この大空でその翼は何を描く?)
初めての単独飛行におろおろしていた白烏竜達だったが、ブランドゥが最初に動いた。飛び方は先程の直時を真似ただけであったが、ブラナン、ブラントロワも後に続く。
やがて喜びの波動が念話として伝わり、白烏竜の兄弟達が大空で戯れ始めた。満足気な直時は青い顔の騎兵達に話しかける。
「君等も飛ばせるんじゃなく、飛ぶ感覚を体験させてやるよ」
そう言って、優雅に宙を舞う白い翼達の元へと3人と共に風を巻いて疾駆しはじめた。
やがて、野営地である岩棚に帰還した一行。3頭の白烏竜達は興奮を隠せず、兄弟で念話をしているようである。それを微笑ましげに見る直時は、頬を掻きながら岩棚の縁に蹲る3人の騎兵達へと近寄った。
「「「ぅオェーーーッ!」」」
……吐いていた。
「ゴメン。調子に乗りすぎた…」
心底謝る直時。
飛ばすことと飛ぶことは全く違ったが、飛ばされることはもっと違ったようであった。
時は少し遡る。
『イワニナ』の街の手前に着地したフィアとヒルダ、連行された形のサミュエル、エリア、オデットは徒歩で街へと入った。
街の周囲には幅が10メートルを超える堀が巡らせてあり、山脈から流れる雪解け水が満々と湛えられている。堀幅と同じ高さの石壁と、そこここに建つ楼閣の上には大型の弩がいくつも据えられ、守備兵が警戒にあたっていた。
他国の軍事侵攻は山脈越えのため経験したことはないが、稀少な鉱物や魔獣が産出、捕獲されるため、野盗の襲撃は多い。また、飛翔魔獣による被害も多いことから、対空用の弩や投擲機が多数備えられ空中騎兵まで常駐していた。
フィア達の姿は、空を見張ることが多い監視所に早くから発見され、正門前の守衛詰所へ連絡されていた。竜人族であるヒルダと妖精族のエルフであるフィアがいたことから普人族ばかりの野盗と間違われることもなく、税を払って無事正門をくぐることが出来た。
イワニナの冒険者ギルドは思った以上に活気に満ちていた。稀少品を求める高額な報酬は腕に覚えのある冒険者達と、一攫千金を狙う有象無象を呼び寄せ、品の運搬にも多くの依頼が出されている。フィアやヒルダ等、飛翔可能な冒険者は運搬の依頼を持ち掛けられることも多く、訪れた事はなかったが、イワニナの街の名は耳にしていたのだ。
受付に要件を伝えると別室へ通される一行。不意に現れたSランク2名に緊張したイワニナ支部局長が現れた。
ヴァロア王国に生まれた時から囚われ使われていた白烏竜3頭を保護したこと。故郷も同族のことも知らないその3頭の更正教育が出来る人材への依頼の仲介。高位魔獣や神獣の仔拐取への注意喚起。それに今回判明したヴァロア王国の関与の発表が、フィア達の要求だった。
「ヴァロア王国の絡むお話とは…。ずいぶんと遠国の方がイリキアまで何用ですかな? 不干渉に抵触する気はありません。個人的に聞きたいものですな」
薄くなった頭髪を撫でながら、サミュエル達へ向ける視線は鋭かった。
「当然のことながら国の任務です。よって内容までは御容赦願います」
微笑を浮かべた柔らかい口調で拒否を伝える。しかし、内心はかなり焦っていた。
(ギルドから発表があればカール帝国をはじめタダトキ殿追跡隊の注意は間違いなく引くだろう。同行している優位があるとしても、滞在が長くなれば追い付かれる。誘致合戦が激しくなると、下手をすればロッソでの二の舞になりかねない。有効な先手を打つためにも彼の心理分析を急がないと…)
最低でもエリアとオデットのどちらかは残しておくべきだったと後悔するサミュエル。
「お二人からの御依頼はすぐに手配致します。他の街のギルドにも通達しますか? 勿論ギルドがその能力ありと認める冒険者に直接依頼します」
「イリキアと近隣国のギルドにも同様の依頼を出してくれ。引受人が現れればすぐに白烏竜を連れて出向く。それと、私の名で同じ範囲のギルドに竜人族への連絡を要請してくれ。ギルドの発表を待たずに竜人族内だけでも今回のことは知らせておきたい。それに、白烏竜達の引受人が見つかるかもしれない」
「わかりました。白烏竜の更正教育依頼はフィリスティア様とヒルデガルド様の連名で。竜人族への連絡要請はヒルデガルド様の名で。早速手配いたします。本日はイワニナにご宿泊ですか?」
少し考えた二人だが、直時の言葉に甘えて久し振りに宿屋に泊まることにして、その旨を伝える。
「では、明日の…そうですね。午後にお立ち寄りください。進展があればお伝えできると思います」
支部局長に頷いたフィアとヒルダは他3名を引き連れて冒険者ギルドを後にした。
取り敢えず宿泊先を決めた一行は、女性陣の買い物へと街に繰り出した。サミュエルは当然の如く付き合わされる。わだかまりを欠片も見せず、嬌声を上げながら婦人服だ、装飾品だと騒いでいるエリアとオデットに念話で苦言を呈していた。
(ヒルデガルド様とフィリスティア様相手にどうこう言っても仕方ないのでは? それよりもタダトキ殿を誘惑するならそれなりの装備が必要です)
(その通りですエリア様! 私がそれとなくお二人からタダトキ様のお好みを聞き出しますわ! 特務大尉殿はこの戦闘に投入する資金を供出! くれぐれも出し惜しみしないようにお願い致しますよ?)
両手に大量の荷物を持ったサミュエルはいつ終わるとも知れない消耗戦に付き合わされることとなった。
宿へと戻った女性陣は戦利品を抱えてそれぞれの部屋に入る。気合の入ったエリアとオデットに引き摺られ、消耗品だけ購入し、掘り出し物があれば武器防具、装身用魔具と考えていたフィアとヒルダも何着か新調することになった。
部屋割りはフィアとヒルダ。エリアとオデット。サミュエルは一人部屋の3室。夕食は宿の食堂でとる予定なのだが、女性陣は戦利品の確認のためなかなか現れない。先に食べ始めるわけにもいかないサミュエルは、カウンターで軽めの果実酒をちびちびと舐めながら時間を潰していた。
ややすると隣に座る独りの男性客。チラリと見た姿は中年の交易商人のようだった。埃で汚れた外套の下はそれなりに値が張りそうで、大きな荷を足元に下ろしている。注文を受けたカウンター向こうの店員が厨房へと顔を向けた瞬間、二つ折りされた掌大の羊皮紙がサミュエルに滑ってきた。
ヴァロア王国諜報部が使用する何処かの家紋に似せた符丁で封蝋がされている。即座に確認したサミュエルは、周囲に注意して男と念話の魔法陣を結んだ。
(トマスと言う。雇われ者だ。封書の中身は知らん。返事を受け取れとのことだ。深夜、早朝どちらが良い?)
(深夜、3刻半後。2階西側、北から2番目の窓から投げる。合図は念話で)
(判った。小さい方の荷はお前さん宛てだ。受取確認を返事に入れておいてくれ)
トマスと名乗った男は、大きな革箱に隠れていた革袋をサミュエルの方へ足で押し出す。盃に残った酒を飲み干したサミュエルは、密書と荷物を手に部屋へと戻った。
静かに扉を閉めたあと、急いで封書を確認する。
(マケディウスは交易商人と諜報員の二手、シーイスは冒険者に一任、カールの動きは不明か…。裏が取れた確定情報がこれでは、未確認を含めるとえらいことになるな)
続いて未確認だが、信頼度の高い情報が列挙してある。
(エスペルランス王国とブリック連合王国が軍商船を東に…。海軍国家が今更動いても遅いが、西の列強に情報が漏れたことが問題だな。エスペルランスにはうちの第二王女が嫁いだはずなのだが…。いや、むしろそこから辿られたかな?)
軍商船とは国営海賊と揶揄される武装商船団である。軍事力を背景に不平等な通商条約を結び各地に植民市を増やしている。そのような国家が東に軍商船を派遣したとなれば、黙っていられない国も増えるだろう。
(マケディウスは流石だな。商人共の繋がりは思いも寄らないところにあるから油断できない。晴嵐と黒剣が現れたことで足跡は悟られたか…。冒険者を雇ったシーイスにもだな。カールの動きはわからんがこの2国に遅れを取るとは思えん。標的に接近できたはずが効果的な手が無い。もどかしいな…。しかも白烏竜が発覚してしまった。この件は急ぎ本国に知らせねばならん)
思考に時間を割きたいが、エリア達はともかくフィアとヒルダに不審を抱かせる真似は出来ない。次いで確認した手荷物には、返信用に複雑な模様を描いた羊皮紙と封蝋印が、追加の軍資金と共に入っていた。
荷物に確認用の封印(毛髪一本を触媒に、封が破られたかどうか判る)の人魔術をかけ、物理的な封印魔術を施さずに食堂へと戻るサミュエル。他の面々との食事前に報告書の内容を纏めようと彼の頭は回転を始めていた。
「タッチィはあんまり華美な装いには興味ないみたいよ? でも女性の胸には拘ってる気がするわね。良く視線が向いてるもの」
「タダトキ様は胸がお好き、と。ふむふむ」
「他種族の耳と同様、尻尾にも思い入れがあるようだぞ? 連動して尻から太腿も大事なのではないか?」
「そうですよね! お尻は重要です!」
オデットの情報収集は続く。あまりの熱の入れ用にエリアは軽く引いていた。
「それに食に対する努力も並々ならぬものが見受けられますね。エリア様は料理の腕はさっぱりですが、私が御一緒すれば問題ないですわね。拘ってらっしゃる食材とかはありますか?」
「海藻の干物には眼の色を変えてたわ。それとお酒かしらね?」
「味付けはどちらかといえば薄いな。風味は良い物が多いが…」
何故か意気投合したフィアとヒルダにオデットである。味方から情報が駄々漏れになっているのを多少気の毒に思うエリアとサミュエルだった。
女性陣の会話と食事が漸く終わり、部屋へと引き上げた面々。翌日の午前中は街の散策と、念話で連絡を取った直時からの購入依頼(安い短パンと美味しいお酒)。昼食後、ギルドで経過を聞いて、街の外で待つ直時達の元へ戻るということになった。
夕食時の会話は、エリアとオデットにとっては有意義な情報収集だったが、それだけで直時を落とせるとは到底思えないサミュエル。頭を悩ませながらも返信用紙に経過報告を記していく。
ヴァロアが提示した、金、色、権力が武器にならないこと。直時のそれぞれの対価に対する評価。垣間見た魔力量と精霊術、それに知らない異国で別の発展を遂げたであろう人魔術。晴嵐の魔女と黒剣の竜姫との親交。そして重要な案件である白烏竜の露見。冒険者ギルドでの会談内容とフィアとヒルダの要請内容。
できるかぎり簡略に限られた紙面を小さな文字で埋める。各個人の名前は勿論架空の人物名である。最後に触媒が無ければ浮かび上がらない特殊なインクを左手薬指に塗り、報告書の右下の端に押し付けた。それを丸めて平らに折ったあと、封蝋をする。
(トマス。いるか?)
(待機している)
(では宜しく頼む)
夜風に当たるふりをしながら窓を開け、袖口からそっと封書を落とすサミュエル。欠伸と伸びをしたあと窓を閉めると、下で待機していた人物がそれを拾い上げた。
(ブツは受け取った。渡そうか?)
トマスと名乗った男が念話を送ったのはサミュエルではなかった。
(頼む。偽造屋には話しをつけてある)
トマスと連絡を取っていた男が指示を出す。トマスの雇い主はもう一人いて、こちらの報酬はヴァロアの倍であり、本命と言えた。
密書の偽造技術の難易度は高い。各国の各機関が何処にどのような確認処置を施しているかを見破る目と、それを正確に再現する精緻な技術が必要とされる。トマスから密書を受け取った偽造屋は、稀少品の加工職人が多いイワニナで育てた力を別の方向に向けてしまった闇職人だった。
「開封確認の魔術が掛かっているが封蝋ごと魔力を込めた毛髪を羊皮紙の表面から削ぎ落したから問題ない。さすがは西の大国。蝋の材料は完全に解明はできんから複製は無理だ。書面上にも色々と複雑な仕掛けが施してある。時間をくれるならなんとかしてみせるが無理なのだろう? 内容だけ書き写せば元通り復元してやる。悪いことは言わないからオリジナルを持っていけ」
偽造屋の判断を雇い主に念話で伝えるトマス。
(彼の助言通りにしよう。発覚するには早すぎる。本物を持ってヴァロア側に接触してくれ。それと内容だが――――――うむ。了解した。符丁はある程度判っているから解読はこちらでする。上手く取り入ってくれ。引き続き仕事を貰えたら報酬は5割増しにさせてもらう。うむ。頼む)
トマスと念話を終えた男は、今日イワニナで仕入れた商品の目録に目を落とした。
「さて、この商品はどれくらい値が付くのかな?」
不敵に笑う向かいには、マケディウス王国の商人が座り、鋭い眼光を愛想笑いに紛らせて懐中へと手を伸ばした。
サミュエル君ぴーんち!