追う者達③
あれ?マッタリな雰囲気に…。
「返答はどうした?」
笑顔で犬歯を剥き出し、一歩一歩近付くヒルダ。サミュエルはあまりの迫力に声も出せず脂汗を流している。
(まさかこの場のヴァロア人、皆殺しとかしないですよね?)
皆の集まる場所へと五体満足で帰ってきた直時が念を押す。
(今それをしても解放にはならん。白烏竜だけを残してもヴァロア王国に逃げ帰ってしまうのがオチだろう)
(むしろ彼等を逃さないようにして、知識の転写のあと白烏竜達に少しずつでも世界を見せてあげるのが良いわね)
(じゃあ、この場は?)
(脅しだ)
竜種の拐取を盾にこちらに従わせる。力の差を見せつけ抵抗の意思を潰す。それも徹底的に。ヒルダの怒りはそう告げていた。
「サミュエルくーん? この場合沈黙は身を守る術にはならないと思うよ。正直に答えたほうが身のためだと経験者は思うんだがなぁ」
ヴァロア王国への攻めを一身に受けることに気の毒になった直時が助言した。彼の場合、沈黙ではなく余計な一言が墓穴を掘っていただけであるが、この一言が硬直したサミュエルを漸く動かすことになった。
絶対的な強者であると認識したためか、サミュエルはヒルダの前に跪き、今までの経緯を語った。ヴァロア王国が白烏竜を拐取していた件を謝罪しつつも、今回の着任で初めて知ったということ。直時を自国に引き込むにあたり、2代前から王家主流となった現国王が強烈な横槍を入れてきたこと。そのための支援にあたり、極秘であった王家直属の白烏竜特空隊投入があったこと等である。
「貴方が知る全ての情報を『転写』しなさい。少しでも私が不審に思う嘘が混じったら判っているわね?」
ヒルダが黒剣を突きつけた上で、フィアが氷の微笑でもって要求した。攻撃魔術等、少しでも怪しい素振りを見せれば命が無い状況下、しかも『晴嵐の魔女』相手に小細工は不可能と判断したサミュエルは諦めと共に頷いた。
背後の5人への牽制は直時が受け持ち、主にサミュエルへの口封じを警戒する。
「ふーん。貴方あのときの参謀だったのね。ヒビノの本陣急襲で生き残ったんだ」
転写情報を吟味しながらフィアが口にした内容に、直時の表情が険しくなる。自軍侵攻隠蔽のための目撃者皆殺し、リスタルの街への略奪、リナレス姉妹への陵辱等、現代の日本人として許容できない軍人としての行為が頭をよぎったのだ。
「作戦自体は出征前に決まってたみたいだし、略奪奨励してたのは司令直々だったみたいだし、彼の責任じゃないみたいだけどね」
直時が纏う風の雰囲気を察したフィアがフォローを入れた。感情のまま暴走されても困る。
その後自分なりの分析を加えた情報を直時とヒルダに転写、情報の共有を図った。
「白烏竜の件は竜に連なる者達に報せるからな。覚悟しておけ」
頭に血が登っていたヒルダも、流石にこの問題を個人に背負わせる気はなかったようである。怒りこそすれ、サミュエルを害することはなかった。ただ、これからヴァロア王国に『竜禍』と呼ばれる災害が度々起こることになる。
厳しい容貌に誤解されがちだが、竜種は本来穏やかな気性である。特に上位種の者ほど、己の力を知り控えめな行動を取る。
ただ、この件が露見したことにより、竜族がヴァロア王国においてのみ一切の自重を放棄した。大型竜族が食餌を求めヴァロア領内を訪れ、逃げる魔獣の暴走を引き起こしたり、頻繁に領空を飛び回り巻き起こす風で被害を与えたり、下位の竜種討伐の邪魔に介入したりと、甚大な被害を与えることになる。
「冒険者ギルドにも通達しておくわ。上位魔獣や神獣の仔の行方不明なんてこともあるからね」
フィアの言葉にミソラのことが頭を過ぎる直時。何かあればまずヴァロア王国が疑われる。サミュエルをはじめ、ヴァロア一行はこれから祖国が払う代償の大きさに顔を青くしていた。
「先ずは目の前の白烏竜のこと。彼等には転写でヴァロアがやったことを教えます」
「勿論異論はないだろうな?」
フィアの言葉に合わせてヒルダが威圧感たっぷりで睨めつける。サミュエルが頷くしかなかったのは言うまでもない。
一行の指揮官であるサミュエルが折れたことにより、ヒルダとフィアが事実上の上官扱いとなった。力ある他種族であったからこそ、逆にスムーズに移行したのかもしれない。直時が同じことを言っても『普人族』であるという対等感から従わなかったであろう。
彼女らの命令に従い騎兵が指示を出し、3頭の白烏竜がフィアに歩み寄る。フィアの頭上と3頭の頭上に魔法陣が展開され、知識の転写が行われた。
転写の副作用に苦しむ3頭。いや、彼等が本当に苦しんだのは自分達の今までの常識と、知らされた事実の落差故であった。それでも容易に受け入れがたかったのだろう。彼等はそれぞれの騎手である騎兵へと痛む頭を寄せた。
それを羨ましげに見る人物が一人。頭痛の原因は知識の流入であるため、治癒術が効かない。そのことにやきもきしていた直時だった。
(お腹に頭を擦りつけてるぅ。可哀想だけどかわういではないか! 嗚呼! 羨ましいぞっ、コンチクショウ!)
騎兵達は懸命に愛騎を宥めている。直時はそれを見て、個人としては悪い奴等ではないのだろうなと思った。
「お前たちは我々に従ってもらう。逃げるなよ? 勿論ヒビノもだ」
黒剣を右手に傲然と宣言したヒルダ。ヴァロア一行はもとより、直時にとっては既定事項である。
「了解です。だいたいヒルダさんとフィアから逃げ切れるとは思えませんからね」
一応、芝居を続ける。
祖国の被るであろう災いは別として、サミュエルにとって悪い話ではなかった。直時相手には強がったものの、交渉としての対価がほぼ無意味。任務続行にあたってはまず彼が欲するものを見極めなければならない。本人には断られていた同行を強制されたことは僥倖と言えた。
色仕掛けと看破され失敗したが、エリアをけしかけるのを憚るつもりもない。所詮男と女。どのような情を持つか判らない。可能性がある限り試みるつもりである。
(白烏竜達のことを優先したのは判るんだけど…)
(なんだ? 何か異存があるのか?)
直時に不満を感じたヒルダが問い質す。
(行動の自由度が下がらないですか?)
(内輪の話は念話じゃないと駄目ね。タッチィの訓練もお預けかしら?)
(訓練は続行だ)
(いやいや! 一応今日合流したってことなんで、それはあまりにも不自然では? 自主訓練は欠かさずやりますから、少し様子見しましょうよ)
(却下だ。折角おもし……身につきはじめたところだ。ここで止めては意味が無い)
(ヒルダ…。タッチィを追い掛け回すの楽しんでない?)
フィアのジト目にあさっての方向を向くヒルダ。手加減しているとはいえ、竜人族以外でここまで耐えた上に、上達速度が早い直時は初めてだった。
(本音はさて置いて、建前としては精霊術の戦闘法を身につける基礎訓練だ。疎かには出来ん)
(建前なんですかっ!)
(基礎訓練と精霊術は良いとして、魔法陣の改造は厳禁ね)
(スルーかよ…)
直時は自分が関与できないまま予定が組まれていくのを諦めとともに受け入れざるを得なかった。
「こちらの内緒話は終わった。そちらはどうだ?」
イリキアまでの行動の大枠が決まったことで、ヴァロア一向に声をかけるヒルダ。サミュエル達も念話で打ち合わせをしていたようだが、今のところヒルダに従うしかないと結論を出したのだった。
「問題ありません。これからどうされますか?」
サミュエルが代表して答えた。
「イリキアに向かう。各方面に白烏竜のことを知らせるのは着いてからだな。覚悟しておけよ。逃げた場合は敵対行動と見做す。それはヒビノも同じだ。即座に攻撃するからな」
ヒルダの言葉にサミュエルと直時が首肯する。
「ヒビノは念話の取りまとめもお願いね。こっちとヴァロア側の繋ぎを宜しく」
フィアに頷く直時。フィア、ヒルダ、直時のグループ念話。ヴァロア一行を加えた全体のグループ念話。指揮官であるサミュエルとの個人念話である。無論、ヴァロア側は独自に念話を設定しているはずだ。
「ヒビノの予定飛行空路は央海北側航路沿いよね? 皆も判ってるわね?」
ヴァロア組に対し、あくまでも直時を追尾していたという姿勢をとる。
「じゃあ、ヴァロア組は先行して巡航速度で飛行。そっちの速度に合わせて追いつく。その後は自分が先頭につくよ。フィアとヒルダさんは…」
「私達は後ろから行く」
万一のヴァロア組逃走に備えてである。
その日、央海の商船航路上空に3人の人族と3騎の空中騎兵の編隊が目撃された。自転車に跨った直時。精霊術で飛ぶフィア。龍翼を広げたヒルダ。それと白烏竜の騎獣3騎。それぞれが各国の船乗り達の目を大いに惹いたのだった。
央海に点在する無人島の一つを野営地として着地した一行は、早速夕飯の支度へと入る。初見でも完成品ならば問題も少ないだろうと、改造人魔術で竈と土鍋を生成した直時は、ヴァロア組に火の用意を頼んで漁に出る。
サミュエルは直時の人魔術に、冒険者ならではの魔術だと感心しつつ、行軍中の輜重隊でも重宝するからと魔法陣の転写を交渉してきた。ヴァロア軍を利する気はない直時は無論断ったが、結構食い下がっていた。
ヒルダは白烏竜と竜族の話を試み、フィアはヴァロア組の監視をしつつも気軽に話しかける。敵同士ではあったが、それなりの団欒を見せる一行であった。
「私達に痛い目に合ったのに、よく同行する気になったわね」
夕餉を囲みながらフィアがサミュエルに言う。リスタル戦の当事者同士だ。無理もない。
「断ったら殺す気満々だったでしょう? まあ、私自身あの作戦には思うところもありましたし、タダトキ殿の力を目の当たりにしたからこそと言いましょうか…。リスタルを守るという目的を貫いた行動に、旗は違えども感服しましたからね」
住民避難の最優先。追撃を不可能にした空中騎兵殲滅。命令系統への奇襲。リスタルの街を荒らさせることなく発動させた闇の精霊術。
戦いの効率を求めて補術兵として活躍、昇進し、魔力の効率使用から戦力の効率使用へと至り、参謀へ昇進したサミュエル。敵であったが、それ故に精霊術師としてだけでなく直時のことを評価していた。最後の攻撃についてはサミュエルの誤解であったが…。
「仇とは思わなかったのか?」
盃を片手に問うたのはヒルダである。
「…そうですね。負けたことは純粋に悔しかったです。対応策を蹴散らされたこともね。でも、戦ですからね。勝つこともあれば負けることもある。遺恨を言えばヴァロアの軍行動の方が…ね。勝敗より兵にとっては生き残れるかどうかですよ。生き残って、任務ですが会ってみて思ったのは面白い人物であると…。一兵卒みたいな考え無しのようで、一方ではしたたかさも持っている。なかなかに興味深い人ですよ」
フィアとヒルダに無理矢理付き合わされた酒宴に、酒に弱い性質なのかふらふらと上体を揺らしながら答えたサミュエル。
ヒルダの問いにはフィアと自分のことも入っているのだが、普人族にとって生ける伝説、災害のように思われているようだ。主に直時について語っている。酔いのせいか、そこには直時との交渉時に見せた鋭さが欠けて見えた。
一方、話題の人物である直時は皆が腹を満たしたのを確認したあと創作料理に試行錯誤していた。限られた調味料と材料を駆使し、なんとか地球での料理を再現しようとしている。
竈の土鍋には焼いた魚の骨と昆布(だと直時が決めつけた海藻の干物)にお酒、少量の塩を加え、煮出した出汁となっている。
直時がかき混ぜているのは、ボール代わりの土鍋に小麦粉と出汁、赤鰐海亀の卵、香辛料である。まな板がわりの石板の上にはぶつ切りにされた大蛸の足が用意され、竈の一つにピンポン玉を半分に割ったくらいの半球の穴がいくつも空いた石板が熱せられていた。
「脂身取れた?」
「このくらいで宜しいですか?」
「おー。充分だ。これを熱した石板に塗って…」
エリアとオデットを助手に何やら作っている。ヴァロア王国に不快感はあるも、独裁国の権力外(貴族の末端であるエリアは権力外とは言えないかもしれないが)の者を責めても仕方ない。個人として接し、様子を見ることにした直時だった。
フィア達に近寄り難い騎兵達も、直時の呑気な雰囲気に興味深げに調理の様子を近付いて見ている。
かき混ぜていた液体を型に流し込み、大蛸のぶつ切りをひとつずつ落としていく直時。次いで石板から溢れんばかりに残った液を足す。穴以外の場所が熱で固まりかけると串で縦横に断ち、四辺を素早く穴に織り込むように畳んでいく。両手に持った串はまるで別の生き物のように次々と穴をほじくり返し、球体の焼き物が出来上がっていった。
たこ焼きの再現である。
初めて見る料理と調理法に目を見張るオデット。
「出汁の方はこんなもんだろ。醤油が無いけど仕方ない。あ、エリアちゃん、器とって。オデットちゃんは岩海苔をひとつまみずつ器に入れてね」
鉢に出汁を注ぎ、たこ焼きもどきを入れる。
「うし。完成! 本当は焼いたのにソース懸けた方が好みなんだけどね。出汁たこ焼きも美味しいよ。あ、ちょっと置いてふやかした方が美味しい! これホント!」
食べ方は人それぞれであるが、自分の好みを押し付ける直時。皆初めての料理なので何を言っても大丈夫である。
出汁を吸って柔らかく膨らんだたこ焼き。岩海苔からは磯の香り。熱々ふわふわのそれを出汁と一緒に口に入れる。中身はコリッとした蛸の身。ハフハフ言いながら異国の食文化を楽しむ一行だった。
「薄味ながら深い味わい…。焼き上げた際の油がスープと混ざって…。侮れません。あっさりしたスープは他の料理にも応用できそうです」
侍女として料理もこなすオデットが舌鼓を打ちながらも調理の手順を反芻する。
他の面々にも概ね好評であった。コーカソイド系な普人族が蛸をデビルフィッシュ扱いせず、普通に食していたのが直時には意外であったが、地球とは生態系そのものが違うため当然のことだった。蛸などよりグロテスクで凶悪な相貌の生物は山程いる。
その様子を言葉を解する白烏竜達が物欲しそうに見ていた。直時が彼等の分も作り増ししたのは言うまでもない(出汁は冷ました)。
「お前の戦い方はなっとらん! よって私が鍛えてやるーっ!」
多少棒読み感のある台詞でヴァロア組にアピールしつつ、恒例の訓練に入るヒルダ。
「『黒剣の竜姫』様! 何卒ご容赦を!」
悪乗りした直時が平伏するが逆にヒルダの怒りを買ってしまい、拳骨を落とされた。
頭を撫でながら上着を脱ぎ上半身のみ裸になる。下は一番安い替えのズボンで、破れても惜しくは無い。
(流石に若い女性がいるからなぁ)
エリアとオデットに配慮したようだ。
直時は距離をとってヒルダに対峙する。槍を両手に左脚を前にやや半身立ち。右手は穂先側を顔へ引き付け、左手は石突き側を少し突き出すように腰の前、斜めに構えた受けの型である。
ヒルダは愛用の黒剣を右手にだらりと下げている。
「では始めよう」
「お手柔らかにお願いします」
直時は既に構えに入っているため、軽く頭を下げるにとどめた。
(じゃあいつものように島の外周走りながらいきますか?)
(いや、フィアだけに監視を任せるのも悪い。この見える範囲でやろう)
念話で確認する直時とヒルダ。今夜はこの砂浜だけが訓練場となる。
「ゆくぞ!」
間合いを一足飛びに縮めたヒルダが右下から斬り上げる。直時は上体だけで右へフェイント。半歩後退。きれいに躱す。
(剣が止まれば突きが来る。掌を返せば斬りおろし…)
攻撃を読もうとするが、空振りしたヒルダは流れる上体を加速、1回転させた。踏み込んでの横薙ぎ。直時は更に後退しながら石突き側を跳ね上げる。黒剣の軌道を逸らせ、回避に成功。踏み込んだ姿勢のヒルダから間合いを取って走る。
(基礎体力作りが目的だしな)
背中の皮膚がヒルダの剣先を感じるまで走るのをやめない直時。肌がチリっとした瞬間半回転、攻撃を避ける。流す。そして逃げる。
青白い月の光が照らす砂浜で舞う剣と槍。白い髪と黒い髪。フィアにはもう見慣れた光景だったが、ヴァロア一行は魅入られたように凝視していた。
「今日のところはこれくらいにしておこう」
ヒルダは、黒剣を受け切れずに飛ばされた直時にゆっくりと歩み寄り終了を宣言した。仰向けに転がったまま、息も絶え絶えで礼を言う男に駆け寄る影が二つある。エリアとオデットである。
補術兵として修めた人魔術の中には『治癒術』もあり、サミュエルから指示がなされたのだった。
(命令でなくともやりましたけどね)
(エリア様、好感度を上げる好機です!)
呟いた念話にオデットが発破をかける。
「酷い傷…」
「うわぁ」
エリアが絶句し、オデットが声を上げるのも無理は無い。全身が切り傷擦り傷打撲傷だらけで、おまけに傷口が汗と砂に塗れていた。最後の攻撃以外をを躱し切っていたわけではなく、何度もその身に刃を受けていたのだ。
「今、治癒術を…」
「あーっと。お構い無く。自前で出来るから。精霊さん達お願い―」
見る見る内に傷が塞がり、瘡蓋と砂が落ちて痣一つない肌が現れる。人魔術による治癒ではここまで劇的な効果は無く、時間と代償が求められる。もっと大きな傷や、特に四肢の欠損であれば触媒として同じ種族の血肉が必要な場合もあるのだ。
精霊術による治癒では、術者の魔力を大量に消費するも、魔力と精霊の働きだけで短時間による治癒を可能にする。それを目の当たりにした二人は驚きに目を瞠るしかなかった。
「先程の戦闘に精霊術を使わなかったのは何故ですか?」
「基礎訓練だからね」
「そんなこと仰ってましたっけ?」
「秘密の念話はエリアちゃん達もしてるでしょ?」
軽く肩を竦めたエリアとそっぽを向いたオデット。
「ヒビノー、もうタッチィで良いか。治癒が終わったなら『露天風呂』を用意してくれ。汗を流したい」
「ヒルダさんはタダトキって発音出来るくせに…」
黒剣を納めたヒルダの要請にブツブツ言いながら直時が腰を上げた。貴族であるエリアは『風呂』に入ることもあったが、こんな場所で? と、首を傾げている。
(『露天風呂』出しても大丈夫かな?)
(完成した魔法陣なら問題ないわ。知り合いだってのは前からだし、この魔術を知ってても不自然に思われないわよ。新しく編み出したと思われた方が危険ね。タッチィの祖国で開発された人魔術とでもしておきなさい)
野営地付近に場所を定め、直時が魔法陣を編んだ。
「土は石に 石は岩に 『岩盾・方舟』ならびに『岩盾』―」
2メートル四方の岩風呂が合計4つ、砂の中から生えるように出現し、2つづつを隔てるように岩の壁が並んで聳え立った。
あんぐりと大きく口を開けるヴァロア組に構わず、次の魔法陣を編む直時。
「温かな水の恩恵 『出湯』」
それぞれの浴槽へと4つの魔法陣から注がれるお湯。夜の浜辺に湯気が立ち昇る。
「じゃあそっちが女性陣でこっちが男連中ということで」
「ありがとう。堪能させてもらうわ」
「覗いたら命が無いと思えよ?」
呆然としたままのエリアとオデットを壁の向こうへと引っ張っていくフィアとヒルダ。
直時が湯に浸かった頃、漸く我に返ったヴァロアの男衆が騒ぎながら服を脱ぎだした。思いも寄らず、上流階級の習慣を経験出来るとあって楽しそうである。
「御一緒させて下さい」
「向こうに入れよ」
「人数的に不公平です」
渋々承諾した直時の入る浴槽に、見よう見真似でかかり湯をしたサミュエルが入ってきた。隣の岩風呂には騎兵3人が仲良く浸かっている。
「珍しい人魔術ですが、なんという魔力の無駄遣い―」
「うちの国じゃあ一日一回入浴するのが普通だからね。風呂は心の洗濯だぞ? 戦争なんかよりこっちの方が余程魔力の有効活用になる」
「確かに心地良いですが…はぁ…」
ほっこりしながらも納得いかなそうである。
(一体何者なんだ? 彼の祖国とはどんな国なんだ?)
消費されたであろう魔力量に、飲まされた酒のせいでなく頭が痛くなるサミュエルだった。
翌朝。直時の自主訓練後、皆で朝食を摂り、本日の予定を話し合う。
「今日でやっとイリキア到着よ。日没前には西部の街『イワニナ』に着けるはず」
飛行経路には他にも小さな町はあるが、冒険者ギルドの支部があるかないか判らない。確実を期すために、フィアでも耳にしたことのある街まで飛ぶことになった。
「私たちの扱いはどうなります?」
サミュエルがフィアとヒルダに訊ねる。エリアとオデットは平気な顔をしているが、騎兵の3人は不安が隠せない。
「ブラナン、ブランドゥ、ブラントロワの3頭は保護する。お前たちヴァロア人は監視下に置く。まぁ捕虜のようなものだと思え」
白烏竜の3頭はいずれ解放するにしても本人達を納得させなくてはならない。ギルドの手を借りる事も必要だろう。ヒルダに彼等を逃す気は無かった。
「とりあえずはギルドに報告してからね。方針が決まるまで身分は隠すこと。私服で行動、軍服は駄目。入国は『幻景』で躱します」
「夜間に侵入したほうが良くないか?」
ある程度目眩ましをかけるとはいえ、密入国である。直時が懸念する。
「これ見よがしの越境や、あからさまに他国の者ですって顔しなければ問題ないわ。国境線なんて普人族が勝手に決めているだけで、他の種族には関係ないもの」
そう言えば直時も関所を通った覚えがない。街に入る時に徴税されるが、旅券だの身分証だのの提示は求められなかった。
「でもさすがに街中に入ったら新顔の普人族は注目されるわ。白烏竜達と騎兵のアラン、ジョエル、ポールは街の外で待機。タッチィは彼等の監視。サミュエル、エリア、オデットは私とヒルダと一緒に冒険者ギルドまで来てもらう」
ギルドでは色々と証言させるつもりのフィアである。
「街はまたお預けかぁ」
直時がつまらなさそうに呟いた。
補助魔術を掛け終えた一行は一路東へと飛翔する。白烏竜達は、様々な疑問を覚えながらもヴァロア人達を乗せて後に続いた。
一行は、幻景によって目立たなくなった姿をさらに高空へと押し上げ、その日誰のめに留まることもないまま、『イリキア王国』へと到着した。
騎兵達の名前が最後に登場。
テキトウ感が強過ぎる…。