野宿の夜②
「飲みながらでいいから続きを話してもらえる?」
「…どっからだったっけ?」
「始めの神様が二柱の神を生んで、この世界を開拓しはじめたところ」
「そうそう。それでその二柱の神を手助けするかのように、多くの神々が生まれていったの……」
世界を切り拓く手元を照らす光の神ラーナ。疲れた身を包みこむ闇の神アスタ。こねられた大地には地母神デーティル。大河や海からは水神リューシン。火照った身を癒す風神シェルフィード。暖をとるのに起こした炎からは火神アグニスタ。その他数多の神々が生まれていった。
生まれた神々は手をとり合い、時には争い、また愛し合しあっては結び、さらに多くの神々、それだけでなく神霊、精霊、木や草や花、竜、獣、蟲、人を生み、世界は賑やかになっていった。
「ふむ。じゃあ力を持った存在を順に言うと、始まりの神―二柱の神―光、闇、大地、風、水、火の神って感じで、古い神になるほど力が強いってことかな?」
「そうね。その理解で合ってる」
「んでちょっと質問。神々ってどこにいるの? たとえば神殿とか祠とか? 風の女神様、メイヴァーユ様は神霊だって言ってたけど、消えちゃったよね? 何処か訪ねて行ったら会えたりするのかな?」
「神々も神霊も力が大きな存在は、常時地上に顕われているわけではないのよ。基本的にはこの世界に属するんだけど違う領域、『神域』で見守っていてくださるの。それでまあ御心のままに顕われては、加護を与えたり神器を授けたりしてくださるのよ」
「……それって気まぐれで餌あげてるってことなんじゃぁ」
「バチあたりなこと言わないの! でも間違いとは言えないわね。信仰心とか供物とかで神々や神霊が何かをしてくれるわけじゃないからね。地上に住まうものの祈りとは全く無関係に、自らの御心のままに動かれるのよ。もっとも、地上の争いに介入することは殆どないんだけどね」
「地上に普段いないのは何故?」
「力が大き過ぎるから。地上に広がった命は皆、神々の子供達だもの。少し力を使っただけでもたくさんの命を刈り取ってしまうから、地上に影響のない『神域』におられるの」
大きな力は大きな影響も持つ、との神霊の忠告を思い出す直時。
(調子乗んなよ! って釘刺されたのかな?)
「この世界の生き物って、何らかの神々の末裔ってか眷属ってことなのかな?」
「そう。ちなみに私達ウッドエルフは、妖精神エルテイルと風の精霊の子なの」
実在する神様が祖先とは、はっきり言って驚きである。話通りなら、この世界の生き物全てがそうなるらしい。
「そうか…。どんな命もこの世界の命は神様に繋がってるってことか」
考え込む直時。
(異世界人である自分はどんな神とも繋がりを持たない。しがらみが無いとも考えられるけど、神々でさえ極力影響を抑えているところへ、大きな力を持っていると認識されている自分が暴れるのは非常に拙い。下手したらこの世界そのものが敵になる可能性もある)
「この世界のこと、だいたいは理解してもらえたみたいだね」
先程までの酔っ払いの雰囲気が嘘のように真剣な眼差しのフィア。
「で、どんな術と、どんな世界情勢が聞きたい?」
(ああ。やっぱり警戒されてたってことか。そりゃそうだよな)
メイヴァーユから大きな力を持った異世界人だと示唆され、その場に残されたフィアは、この世界に悪影響を及ぼすなら自分の力全てをもって止める。最悪、直時を殺す覚悟であった。
「攻撃魔術は諦めるよ。ただ、使ってみたいってだけだったしね。でも、この世界で使われてる一般的な魔術は教えてね。生活必需品的なやつ。世界情勢ってか、主要国の情報は大雑把なところだけお願い。できれば、他国に攻め込まれそうにないような平和な地方都市を教えてもらえたら嬉しい。まあ一般常識とか一般教養レベルくらいで」
未知の世界故の情報収集であったが、情報とは財産であり生命線であるとの元の世界の認識を思い出した直時。知り過ぎたときの相手の反応に、『抹殺』の二文字が脳裏にチラつき出し、改めて危うい自分の立場を感じるのだった。
「本当にそれだけで良いんだね?」
フィアが念を押す。
「それで充分以上に有難い」
笑う直時。
幾分かほっとしたフィアはにこやかにワインを要求し、直時も杯を干す。気儘な酒宴の話題は、直時の日本での生活の話になっていく。
食べ物とワインが尽きたあと、フィアが落ち葉のマットの上に毛布を敷いて横になる。食器の後片づけをしようとする直時に、明日魔術でやるからそのままでいいと指示する。
「今日は色々あり過ぎた。俺ももう寝るよ。後のことは明日にしよう」
着の身着のままの直時は、パーカーのフードだけを被ってもう一つの落ち葉の山にそのまま寝転ぶ。
頭も体も疲れているはずの直時は夜が更けても眠れずにいた。竈の火が小さくなったことで身体を起こし、茫洋としながらも注意して消えないように薪をくべる。
男の傍で普通に寝入っているエルフ美女を視界の端に収め、それはどうなんよ? と、無言の突っ込みを入れつつも考え込んでいた。
(気分転換でもするか)
鞄からキセルと煙草の葉を取り出し、水汲みをした泉に向かう。真っ暗な森の中、木の根や下生えに足をとられつつ、微かな月明かりだけを頼りに歩く。
(電灯も何もないってこういう感覚なんだな)
ともすれば、平衡感覚さえ危うくなりながら、眼の前に梢の闇から開けた泉へと辿り着く。日本なら街の明かりに埋もれてしまいそうな星空が、眩いほど煌めいている。
水辺の木に背を預け、腰を下ろす。ポケットから取り出したキセル。火皿と吸い口は銀製。羅宇は葦に黒漆、桜の花を散らせた柄。刻み煙草を一摘み取り出して丸め、火皿へと詰め込む。マッチと百円ライターがあった。少し考えてマッチで火を点ける。
スパッスパッ。フゥー……。吸い口からは煙の輪が、口からは紫煙が吐き出される。
「所詮は余所者だしな」
溜息とともに盛大に煙を吐き出す。
「うん。すっきりした!」
直時としても、英雄だの支配者だのになる気は毛頭ない。まったりと平穏に過ごせれば充分幸せだ。魔術への憧れで相殺されていたが、いきなりの異世界という混乱と不安まみれだった思考に、本来の楽天的な部分がようやく戻ってくる。
(できるだけ回避したって、しがらみだらけの日常だったんだ。そこから解放されたと思えば何でも好きなことが出来るんだ。この世界の調和を壊さなけりゃ問題なかろう! 現代日本では難しかった、誰にも干渉されない自給自足生活ってのも面白い! 異世界へ島流し? 上等じゃないか。ロビンソン・クルーソー気取ってやんよ!)
自営業という環境から、幼い頃から労働力としてこき使われ、いつの間にかクラスの何とか委員とかを押しつけられたり、挙句、勝手に生徒会長として推薦されたり、適当にやってたはずの部活の部長をやらされたりと、今までの人生、不本意にもしがらみに縛られて走り回っていた過去が浮かんでくる。
「ふふふふふふ……。そうだ! 今、この時、この場所! 俺は真の自由を得たんだ! フリーーーーーーーダムゥウウウーーーーーーーーーーーー!」
全てから解放された男がヤケクソ気味な雄叫びをあげた……。
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