野宿の夜②
微修正(H24 1/17)
「飲みながらでいいから続きを話してもらえる?」
「どっからだったっけ?」
「始めの神様が二柱の神を生んで、この世界を開拓しはじめたところ」
「そうそう! それでその二柱の神を手助けするかのように、多くの神々が生まれていったの……」
世界を切り拓く手元を照らす光の神ラーナ。疲れた身を包みこむ闇の神アスタ。こねられた大地には地母神デーティル。大河や海からは水神リューシン。火照った身を癒す風神シェルフィード。暖をとるのに起こした炎からは火神アグニスタ。その他数多の神々が生まれていった。
生まれた神々は手をとり合い、時には争い、また愛し合しあっては結び、さらに多くの神々、それだけでなく神霊、精霊、木や草や花、竜、獣、蟲、人を生み、世界は賑やかになっていった。
「ふむ。じゃあ力を持った存在を順に言うと、始まりの神、次いで二柱の神、その下に光、闇、大地、風、水、火の神って感じで、古い神になるほど力が強いってことかな?」
「そうね。その理解で合ってる」
「んでちょっと質問。神々ってどこにいるの? たとえば神殿とか祠とか? 風の女神様、メイヴァーユ様は神霊だって言ってたけど、消えちゃったよね? 何処か訪ねて行ったら会えたりするのかな?」
「神々も神霊も力が大きな存在は、常に地上に顕われているわけではないのよ。基本的にはこの世界に属するのだけど違う領域、『神域』で見守っていてくださるの。それでまあ御心のままに顕われては、加護を与えたり神器を授けたりしてくださるのよ」
「――それって気まぐれで餌あげてるってことなんじゃぁ?」
「バチあたりなこと言わないの! でも、あながち間違いとは言えないわね。信仰心とか供物とかで神々や神霊が何かをしてくれるわけじゃないからね。地上に住まうものの祈りとは全く無関係に、自らの御心のままに動かれるのよ。もっとも、地上の争いに介入することは殆どないんだけどね」
「地上に普段いないのは何故?」
「力が大き過ぎるから。地上に広がった命は皆、神々の子供達だもの。少し力を使っただけでもたくさんの命を刈り取ってしまうから、地上に影響のない『神域』におられるの」
大きな力は大きな影響も持つ、との神霊の忠告を思い出す直時。
(調子乗んなよ! って釘刺されたのかな?)
「この世界の生き物って、皆、何らかの神々の末裔ってか眷属ってことなのかな?」
「そう。ちなみに私達森エルフは、妖精神エルテイルと風の精霊の子なの」
実在する神様が祖先とは、はっきり言って驚きである。話通りなら、この世界の生き物全てがそうなるらしい。
「そうかぁ。どんな命もこの世界の命は神様に繋がってるってことか……」
考え込む直時。
(異世界人である自分はどんな神とも繋がりを持たない。柵が無いとも言えるけど、神々でさえ極力影響を抑えているところへ、大きな力を持っていると認識されている自分が暴れるのは非常に拙い。下手をすればこの世界そのものが敵になる可能性もある)
「この世界のこと、だいたいは理解してもらえたみたいだね?」
先程までの酔っ払いの雰囲気が嘘のように真剣な眼差しのフィア。直時を値踏みするかのように見ていた。
「で、どんな術と、どんな世界情勢が聞きたい?」
(ああ。やっぱり警戒されてたってことか。そりゃそうだよな)
メイヴァーユから大きな力を持った異世界人だと示唆されその場に残されたフィアは、直時の監視を求められたのだろう。事実、この世界に悪影響を及ぼすなら自分の力全てをもって止める。最悪、直時を殺す覚悟をも持っていた。
「攻撃魔術は諦めるよ。ただ、使ってみたいってだけだったしね。でも、この世界で使われてる一般的な魔術は教えてね。生活必需品的なやつ? 世界情勢ってか、主要国の情報は大雑把なところだけはお願い。出来れば、他国に攻め込まれそうにないような平和な地方都市を教えてもらえれば嬉しい。まあ一般常識とか一般教養レベルくらいで」
未知の世界故の情報収集であったが、情報とは財産であり生命線であるとの元の世界の認識を思い出した直時。知り過ぎたときの相手の反応に、『抹殺』の二文字が脳裏にチラつき出し、改めて危うい自分の立場を感じるのだった。
「本当にそれだけで良いんだね?」
フィアが念を押す。
「それで充分以上に有難い」
笑う直時。そもそも野望も何もないのだ。無難に生きる事が出来れば御の字である。
幾分かほっとしたフィアはにこやかにワインを要求し、直時も杯を干す。気儘な酒宴の話題は、直時の日本での生活の話になっていく。
食べ物とワインが尽きた後、フィアが落ち葉のマットの上に毛布を敷いて横になる。食器の後片付けをしようとする直時に、明日魔術でやるからそのままでいいと指示する。
「今日は色々あり過ぎた。俺ももう寝るよ。後のことは明日にしよう」
着の身着のままで、パーカーのフードだけを被ってもう一つの落ち葉の山にそのまま寝転んだ。
頭も体も疲れているはずが、直時は夜が更けても眠れずにいた。竈の火が小さくなったことで身体を起こし、ぼーっとしながらも注意して消えないように薪をくべる。
男の傍で普通に寝入っているエルフ美女を視界の端に収め、それはどうなんよ? と、無言の突っ込みを入れつつも考え込んでいた。自身を囲む微かな風には気付いてはいない。
(気分転換でもするか)
鞄からキセルと煙草の葉を取り出し、水汲みをした泉に向かう。真っ暗な森の中、木の根や下生えに足をとられながら、微かな月明かりだけを頼りに歩く。
(電灯も何も無いってこういう感覚なんだな)
ともすれば、余りの暗さに平衡感覚さえ危うくなる。眼の前に梢の闇から開けた泉へと辿り着く。日本なら街の明かりに埋もれてしまいそうな星空が、眩いほど煌めいていた。
水辺の木に背を預け、腰を下ろす。ポケットから取り出したキセル。火皿と吸い口は銀製。羅宇は葦に黒漆、桜の花を散らせた柄。刻み煙草を一摘み取り出して丸め、火皿へと詰め込む。マッチと百円ライターがあった。少し考えてマッチで火を点ける。
――スパッスパッ。フゥー……。吸い口からは煙の輪が、口からは紫煙が吐き出される。
「所詮は余所者だしなぁ」
もう一息の後、溜息とともに盛大に煙を吐き出す。
「うん。すっきりした!」
直時としても、英雄だの支配者だのになる気は毛頭ない。まったりと平穏に過ごせれば充分幸せだ。魔術への憧れで相殺されていたが、いきなりの異世界という混乱と不安まみれだった思考に、本来の楽天的な部分が戻ってくる。
(厄介事はどれだけ回避したってやって来る。それは何処でも同じだろう。柵だらけの日常から解放されたと思えば、この世界の方が何でも好きなことが出来るんだ。世界の調和を壊さなけりゃ問題なかろう! 現代日本では難しかった、誰にも干渉されない自給自足生活ってのも面白い! 異世界へ島流し? 上等じゃないか。ロビンソン・クルーソー気取ってやんよ!)
自営業という環境から、幼い頃から労働力としてこき使われ自由時間は無かった。学生時代は、いつも何とか委員とかを押しつけられ、挙句に立候補者のいなかった生徒会長を他薦でやらされた。卒業してからは町内会だの消防団だので「自営だから時間の都合つけられるだろ?」と、厄介事を押し付けられてきた。不本意にも柵にだらけで走り回っていた過去が浮かんでくる。
「ふふふふふふ……。そうだ! 今、この時、この場所! 俺は真の自由を得たんだ! フリーーーーーーーダムゥウウウーーーーーーーーーーーー!」
全てから解放された男が夜空に雄叫びをあげた。やけっぱち気味だったのは致し方ないところだろう。
ようやくスタートラインに立ったような気がします。