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逃避行

明日以降所用が目白押しで、駆け足更新です。

見直しできてない!

鉄は熱いうちに打てと言いますし、更新優先!

今回の注意事項として、爬虫類嫌いなら飛ばしてくださいませ。



 ロッソの中央広場から空へ舞い上がる見慣れない乗り物。そして、それに跨る黒髪の男。噂の精霊術師。見送る人々の顔を眼下に更に高度を稼ぐ。


 上昇する直時の周囲へ、追跡するよう舞い上がる影が多数あった。マケディウス王国ロッソ駐屯の空中騎兵である。不審騎と認識されたようだ。碧鳶と呼ばれる海辺の断崖に生息する猛禽を乗騎として接近する騎兵達。

 ハンドルから手を離した直時は、彼等へ向かって大きく手を振る。害意がないことを確認したが、下へ降りろと手振りで伝える兵に構わず、ハンドルを握りしめた直時は風の精霊へと増速を願った。


 集めた視線を振り切るかのように、その姿は風と共に東へと翔け去った。




(こちらタダトキ。予定通りロッソから離脱。今まで有難う!)

(ミケだニャ。道中の無事を祈っているのニャ)

(ダナです! 御恩はまだ返し切れておりません! どうか! どうか…再会を期待させて下さい…)

 ミケの明るい返答とはうって変わったリナレス姉からの念話が入る。


(縁が有ったらまた会おう!)

 先の事など判らない。無難な答えを返すに留める直時。


(…待ってます。待ってますから)

 ラナのか細い念話が返ってくる。


(拾った命、大事にしろよ? 耳と尻尾もな! 次会った時にも存分に愛でさせてもらうからなっ)

 耳の裏とかであれば犬も猫も気持ちよさそうにしてくれるが、耳そのものや尻尾を触られるのを嫌がることの方が多い。欲望の赴くままに触れられた事は、直時にとってこの世界で得た貴重な体験だった。

 勿論、羞恥に震えながらも耐え忍ぶ姉妹の姿に心が震えたのは言うまでも無い。


(派手な出立となったな。リッテのあんな顔を見られたのは痛快だったぞ)

(ヒルダさん。お疲れ様でした! カールには嫌がらせ程度だと思うんで、その後の影響は少ないと思います。自分の行き先への情報漏洩リークで追加のお小遣い貰っちゃってくださいね。皆もだよ?)

 カール帝国からもふんだくってやろうと思ったが、残る皆にはなるだけ各国の遺恨が向かわないよう配慮したつもりの直時だった。ヴァロア王国も袖にしたことになるが、直時の心証を回復させただけでもフィアに当たることはないだろう。


(ヒビノーっ。御免ねぇ。換金に手間取っちゃった)

 フィアが済まなさそうに言う。


 ヴァロアからせしめた金塊は換金して頭割り、他の皆が手に入れた情報料と合わせて等分に分ける必要があり、直時の分け前は宿屋に届けておく予定であった。逃走直前で預かり荷が無かったため諦めていた。金貨500枚ともなれば、換金に時間が掛かるのも無理は無い。


(間に合わなかったのは仕方無い。貸しにしとくよ。皆で分けてくれ。その代わりダナとラナとミケさんの耳と尻尾、フィアの長耳とヒルダさんの竜鱗と尻尾は触らせてもらうからな!)

 ダナとラナは確定だろうが、フィアとヒルダへのそれは命懸けだろう。冗談で言ってみた直時だったが、言った後に嫌な汗が背中を伝う。そんな中でも本命は猫耳猫尻尾のミケさんである。ここで色良い返事があるならば、ほとぼりが冷め次第戻ってくる気満々であった。


(タッチィーのえっちぃー)

 ミケの含み笑い念話が直時の脳裡を直撃する。脈がありそうだ。


(馬鹿っ! 借りなんて絶対作らないからね! 今から届けるから待ってなさい!)

(ヒビノは普人族にしては趣味が良い。そうか、触りたいのか…。それなら触らせてやろう)

 ミケの反応に崩れていた顔が硬直する。


(嘘です! 依頼報酬として存分に使って下さって結構です! 貸しだなんておこがましいことは申しません! でも、ミケさんの耳と尻尾は譲れません!)

 直時は急きたてられる恐怖感から、精霊にさらなるスピードアップを請う。しかし、猫耳尻尾は譲れない。譲らない!


(逃走のため離脱速度は緩められません! フィアもヒルダさんもお元気でっ!)

 直時の前方で風の精霊達が大気を切り裂き邪魔を許さない。保護されているため直接風圧に晒される事は無いが、自転車の背後からは雲が尾を引いていた。


(逃げ…なっ!逃がさ……から…)

 フィアだろう念話が途切れ途切れに届く。効果範囲を越えたようだ。


 昼食前ということもあって、空腹の中の逃走であったが、竜巻を背負ったエルフと炎を纏い大剣を振り回す竜人の幻影に急きたてられ、海岸線を東へと飛翔するのであった。




「ん?」

 自転車に跨り空を疾駆する直時の眼下に船が見えた。かなり大きな帆船である。しかし、その帆が風を捕えつつも、一向に動く気配が無い。傾いて固定されていることから座礁しているようだった。


 直時は高度を落とし、速度を下げて様子を窺ってみる。甲板の上では魔法陣が多数閃いては消えている。船員が人魔術で座礁した船をなんとか動かそうとしているようだが、船首近くにめり込んだ岩礁が船を離してくれないようだ。


 少し考えた直時は、自転車の向きを変えた。緩やかに船の周囲を飛びながら降下する。座礁原因はやはり船首の下にある岩礁のようだ。今は固定されているが、下手に離礁しても危なそうだ。穴が穿たれている。


 螺旋を描きながら降りてくる姿に気付いた幾人かが大きく手を振っている。助けを求めているのか、助けを呼んで欲しいのだろう。片手を振って応えた直時は、傾いた甲板の後部に自転車を着地させた。


「風の精霊術師さんか! 済まないがロッソへ救難を届けてもらえないか?」

 船長と思しき白髪の男性が早速声を掛けてきた。空を飛ぶ姿から精霊術師すぐ判ったようだ。しかし、普人族であることも同時に判ったため、魔力の必要な作業の支援よりは救援要請を頼むことにしたようだ。


「お手伝いしようと降りてきましたけど、先を急ぐのでロッソへは戻れないんですよ。不躾で申し訳ありませんが、破損部分の補修材料はありますか?」

「航海に必要なものは揃っているが、どうしようってんだ?補修しようにも、まずは岩礁から逃れないと何もできんぞ?」

「素人判断ですが、離れられてもすぐに浸水してしまいそうです。補修作業さえ迅速に出来るのなら、離礁のお手伝いと浸水は食い止めさせてもらいますが、如何しますか?」

「そんなもん出来る訳ないだろうがっ!」

 天の助けと思った船長だったが、無謀を通り越して無茶なことを言う直時に機嫌が悪くなる。

 直時としては、東に向かう途上で目立つことは残してきた皆が漏らす情報への裏付けになり、決して善意だけのことではない。


「噂、知りませんか? リスタル防衛戦の?」

 訝しげな船長の背後で声が上がる。


「黒髪の精霊術師!」

 船員の一人の叫びに、次々に驚愕が伝播する。


「リスタル撤退の英雄かっ! まさかこんなところでお目見えするとはな…」

 彼も噂を耳にしていたようで、直時を見る眼が変わる。


「もし信じてもらえるのでしたら、船内に入らせて頂けませんか?」

 足跡を残すための話題作りという打算があるものの、あくまでも下手に出る直時。


 船長もなんとかなれば儲け物とでも思ったのか、噂の精霊術師に興味を引かれたのか、自ら座礁している船首部分へと案内する。


「結構浸水してますね」

 腰まで浸かった直時が船長へと言う。船首左側を突き破ったフジツボだらけの黒い岩が船内へと顔を見せていた。


 水密区画等、密閉されているわけではない船内から外の風を感じ取る。フィアのよく使う探査の風、精霊の言葉を聞く。

 言語では無くイメージとして伝えられる情報は、船全体の現況を余すところなく直時へと知らせてくれた。


(風の精霊ひーちゃんズに出来るなら、水の精霊ぷるちゃんズも出来るはずだよな? 船底の様子を教えて―)

 直時の要請に応えた水の精霊達が、水面下の様子を教えてくれる。


(船首部分以外に浸水は無し。ここだけ注意してればいいなら、俺だけでも何とかなるか?)

 水の精霊に潮流で船を動かしてもらい、構造上、帆に前方から風を当てるのは不味いと思い、風の精霊に船体へ風を当ててもらう。船体が軋む音がしてゆっくりと動き出す。


「破孔塞げ! 浸水激しくなるぞ!」

「まだです! 良いと言うまで待機しててください!」

 船長の檄に動きかけた船員を止める直時。


 船体を削りつつ離れる岩礁が塞いでいた穴から、海水が大量に入って来た。


(水の精霊達、入って来た海水を穴から出して―)

 要請に応えた精霊が、直時の魔力を糧に動き出す。腰まで来ていた海水が破孔から逆転映像のように吸い出されていった。


 岩礁の呪縛から逃れた船は、再び波の手によって揺れ始める。完全に引いた船内の海水を確認した直時は船長に向かって補修の指示を出す。言葉も無い船長を他所に、待機していた船員が動き出した。


 不気味な破孔の外に広がる海底の景色に眼を捕られながら、板を打ち付け、布で隙間を塞ぎ、丸太で抑えて補強する船員達。


「水圧、戻ります。修復箇所注意してください」

 直時の警告に支えの丸太を押さえる船員達。多少の漏水はあるものの、致命的な漏れはないようだ。皆が安堵の息を吐く。


「助かったよ。礼をしたいんだが?」

「たまたま通りすがっただけです。先を急ぐのでこれで失礼します」

「依頼か?」

「いえいえ。面倒事から逃げてきたんですよ」

 直時は詮索する船長へ笑いかける。


「あんたも大変だわな。じゃあ、ろくむつもりはないわけか?」

「魅力的な話もあったんですけどね。でも、他の種族の方々の自由さに憧れちゃいまして、縛られるのは嫌だなぁーってね」

「ふぁっはっはっはっ! あんた、良い船乗りになれるよ!」

 なんだか知らないが船長には気に入られてしまった直時だった。


「何処まで行くんだ?」

「とりあえず、イリキアまで」

 本当の目的地はリッタイト帝国であるが、誤認情報を流しておくのも良いだろう。海が美しいとの話もあるし、できれば少しは滞在したいとも思っていた。


 直時は礼を受け取れとの船長のしつこい誘いを断り、再び自転車で空へと舞い上がった。甲板で手を振る皆に別れを告げ、再び進路を東にとる。


「ご飯くらい御馳走になっておけば良かったかなぁ…。お腹空いた…」

 荷物ある食材は保存食が少しだけである。調味料は各種買い揃えたが、肝心の食材を捕る余裕が無い。


 逃亡初日とあって、少しでも距離を稼ぎたい直時は日が傾くまで飛び続けた。




 ロッソから海岸線に沿って東を目指していた直時は、水面が茜色に染まりはじめる頃野営の準備に入った。食材は磯で海藻集めをしていたら襲ってきた大きな蛸と、槍で突いて捕獲した魚、それと巻貝である。探知強化で鋭敏化した五感で毒が無いことを確認、念のため海産物ということで水の精霊にも毒性の有無を聞いて安心した直時は砂浜で浜鍋を作っていた。炭水化物として、小麦粉を練った平べったい団子を鍋に放り込んである。


 野営地として選んだ砂浜は、丁度海岸沿いに通る街道が大きく迂回する場所で、人目を気にする必要が無くゆっくりと過ごすことができた。


「やっぱり海産物は独特の臭みがあるなぁ。味噌があれば言うこと無いんだがなぁ」

 香辛料や香草だけでは好みの味に仕上がらなかったようである。愚痴を言いつつも海の幸に舌鼓を打つ。


 鍋を熱する熾き火に照らされた直時の背後に、砂をかき分けながら近付く影があった。覚えて以来、殆ど絶やすことなく使っている『探知強化』は、食事中にも拘わらずその存在を教えてくれる。


(気配からして人族じゃないな。魔獣の類かな?)

 器を置き、背後を窺う。


 接近してきた影は、直時に悟られたと知ると動きを止め、身を固めた。炎を背に闇に眼を凝らす直時。


 視界に浮かび上がったのは2メートル程の蛇であった。


 砂浜の砂にまみれながらとぐろを巻き、直時を窺っている。なんとなく弱々しいのは、ところどころ裂けている傷口のためだろう。

 注視する直時より、どうやら鍋の方に気が行っている。空腹のようだ。


「蛇ならナマモノが主食じゃないのか? これは餌じゃないぞ。火が通ってるんだぞ?」

 無駄とは思いながら話しかける直時。しかし、ここアースフィアでは人族以外にも神が広めた言葉が通じる種族は多い。なんとはなしであるが、その蛇がうらめしそうな、バツが悪そうな表情になったように思う。


「食うか?」

 問いかけてみた直時は、予備の食器に鍋の具を盛り蛇の前に置く。かなり手前であったのは、噛みつかれるのを恐れてだ。


 器の中身と直時の顔を交互に見た蛇は、とぐろを解いて器へとにじり寄る。その動きは緩慢で弱々しい。力尽きたのか、器の前で動きを止めてしまった。息も絶え絶えといった様子である。


「…精霊よ 彼の者を癒し給え―」

 仕方ないなと直時は治癒術を施す。抉られたような傷口が見る見るうちに再生する。


 驚いたように自分の身体を見回す蛇。しかし、それを見ていた直時はもっと驚いた。治癒したその蛇には2対3組みの羽根があったのだ。それも鳥類の羽根ではなく、翼竜の骨のようなものに半透明の被膜が張られている。しかもその皮膜は大きくなったり小さくなったり、消失したりしている。魔力でコントロールしているのか?


 一頻ひとしきり自分の身体を確認したその蛇は、被膜を完全に消し、翼の骨組を折り畳んで寄ってきた。大きさの割に全体に丸っこい感じがする。直時は正直可愛いと思ってしまった。


 先程まで気にしていた食糧より、直時への興味が勝ったのだろうか?鎌首をもたげた丸みを帯びた頭がまっすぐに見ている。


「元気になったんならご飯食べろよ?」

 直時の笑顔を見た途端、蛇が飛びかかる。慌てて腰のナイフに手を掛けるが、図体の割に締め付ける様子は無く、巻きついたまま頬をチロチロと舐めてくる。治癒する前にはなかった翼の骨が直時をしっかりと捕まえていた。どうやら、羽根の元になる骨が奪われていたようだ。


 感謝の意を存分に表したのだろう、漸く器の中身を食べだす翼蛇つばさへび。尻尾の先は直時の左手に巻き付けられていて、食べながらも時々様子を窺うように顔を向けてくる。懐かれてしまったようだ。


 独り佇む晩餐だったが、思わぬ闖入者が入った直時だった。皆との別れの日であったこともあり、暗く静かな波打ち際での出会いに少し感謝した。


 気分が良くなった直時は、ロッソで買い求めた酒樽を開け偶然の出会いに星空へ乾杯する。かなり強い酒精であるのに、翼蛇は誘われるように杯へと顔を伸ばす。


「おっ? お前もいける口か? ちょっと飲んでみー」

 直時の了承を得たことを理解したのか、杯へと二股の細い舌を伸ばす。2、3度舐めたあと顔を突っ込んで飲む。細い喉から胴へと強い蒸留酒が消えていく。


「あはははははっ! お前、なかなかイケるクチだなっ」

 直時は御機嫌である。独り酒も良いが、相方がいるのならそれもまた良い。


 蟒蛇うわばみとはよく言ったものである。購入したガロン樽の半分が、今宵の二人(?)の腹に消えた。


 ご機嫌で酔ったせいで野宿の設営をするでもなく、直時は夜風海風に晒されてしまったが、翼蛇は直時に巻きついて暖をとっていたようである。




 明け方の陽の光に起こされた直時が呻きながら身を起こす。久し振りの深酒に、未だ酔いが醒めきっていない。巻きついて眠っていた翼蛇も起きたようで、挨拶代りに頬を舐めてくる。


 便利魔術である『出水いでみず』で顔を洗い口をゆすいだ直時は荷物を自転車へと括り付け旅装を整える。翼蛇は傍らでその様子を見守っている。


「お前さんも元気になったことだし、好きなようにしな。昨夜は楽しかったよ」

 理解してくれているかどうかは判らないが、別れを告げる。


「じゃあな!」

 自転車に跨り、『浮遊』を掛ける。重さから解き放たれたのを感じて、風の精霊を集める。周囲の砂を吹き飛ばして空に舞い上がる直時。その傍には、6本の骨に半透明の被膜を張り巡らせた翼蛇がいた。


「おお! カッコいいな! それがお前本来の姿か」

 直時の脳裡に『ワイアーム』という名前が浮かぶ。元の世界の架空の魔物の名前である。


 ちょっと感動に浸っている直時の脳裡に、距離による制限を無くした遠話が届いた。


(みーつーけーたー)

 念話にもかかわらず、地の底から届く呪いの様な感触は、白金の髪、すらりとした肢体のエルフ、フィリスティア・メイ・ファーンのものであった。




爬虫類も可愛くないですか?


次話はちょこっと間が開きます。

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