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交易都市ロッソ④

ロッソ編終り…かな?



 ヴァロア王国との初回交渉を終えた直時とフィアは、招かれた高級旅館の前で別行動に移る。フィアは街中へ、直時はギルド会館へと向かった。フードは役に立たなくなっていたが、しっかりと顔を隠す。ギルドでの用事が済むまでは、大っぴらにしたくなかった。


 ヴァロア王国に先を越された形のカール帝国とシーイス公国の諜報員達が、直時と接触する機を窺いつつも互いに牽制しあっている。この3国の大きな動きは、他国の情報部をも刺激したようで、路地裏では少なくない小競り合いも起きていた。


 多くの尾行を引き連れて、内心げんなりしつつ直時は冒険者ギルドロッソ支部の扉をくぐった。冒険者登録をしている一部の諜報員以外は、ギルド会館外に留まっている。


 ロッソ支部への直時の第一の感想は『広い』であった。リスタル支部はシーイス公国内の交易拠点として重要ではあったが、首都から遠い国境近くの町だったため、活気はあったが雑然とした雰囲気であった。しかし、ロッソ支部は依頼品の交換所など血腥い部署以外は整然とし、受付も目的別に余裕を持った空間で区切られていた。

 どの受付が自分の目的に合致するか判断がつかなかったが、間違っていたら教えてくれるだろうとの考え、『依頼報酬の可否』と書かれた受付へと並ぶ。


「御利用有難うございます。本日はどのような御用件でしょうか?」

 直時の前の(依頼失敗の判断にごねていた)冒険者を、鉄壁の笑顔で謝絶した受付嬢が、同じ笑みで迎えてくれる。


「リスタル支部で受けた依頼の報酬の件なのですが、先の混乱で受け取れていません。どの支部でも受け取れるよう手配すると言われたのですが、こちらで受け取れるかどうか調べてもらえませんか?」

 そう言って懐から出した依頼書を提示して、冒険者カードに魔力を通して見せた。名前の横にランクGと浮かび上がる。


「少々お待ちください」

 最低ランクであったが、何か引っかかった様子の受付嬢がギルド事務室と連絡をとる。


 チラチラと窺いながら話す受付嬢の様子に嫌な予感がする。


(リスタル撤退戦じゃ、味方も巻き添えにしたからな。報酬無しかな? 非を責められたらこちらが不利だけど、義勇兵として登録してなかった件を盾に責任回避するしかないな。どちらにしろ愉快な話しじゃなさそうだ。ギルドも当てにならないと考えた方が良いかもな…)

 フードで表情が見えないのを幸いと、顔をしかめる直時。何通りかの言い訳を考える。


「別室にて対応させて頂きます。係の者が御案内致します」

 若干固くなった笑顔で、少し待つよう告げられた。壁際の長椅子へと向かおうとした直時だったが、腰を下ろす前に慌てた様子で現れた若い男性職員に誘導され、『第3応接室』と掲げられた部屋へと入った。


 扉が閉まったことを確認した直時は、フードを背中へと除け、その素顔を晒す。

 勧められるまま座り心地の良い椅子に腰を落ちつけると、すぐにお茶が用意された。直時は内心の不安を隠し、悠然と茶の香りを楽しむふりをする。

 反対に若い男性職員は、緊張の面持ちで壁際に直立不動だ。


「お待たせしました」

 柔和な微笑みを浮かべた壮年の男性が、奥の扉から姿を見せる。齢相応に腹部へ肉が付いているが、肩幅は広く胸板も厚い。体格だけ見れば威圧されそうであるが、穏やかな表情がそれを感じさせない。


「いえ。大して待っておりません。美味しいお茶も御馳走して頂いてましたし」

 直時は手に持ったカップをソーサーに戻す。男性は一言断わってから、直時の正面の椅子に腰を下ろした。


「私はダリオ・ガンディーニと申します。ロッソ支部では依頼事の責任者をしております」

 軽く一礼して自己紹介する相手に直時も名乗った。


「お問い合わせはリスタルで受けた依頼の報酬でしたね。―君、お持ちして」

 前半は直時へ、後半は若い職員へ向けた言葉だった。ダリオの言葉に部屋から出て行くが、トレイを持ってすぐに戻って来た。既に用意してあったようだ。


「報酬の金貨10枚です。御確認ください」

「確かに。御配慮有難うございました」

(簡単に払ったな。別室に呼ばれたのは諜報員に対する配慮だけだったのかな?)

 拍子抜けする直時だったが、ダリオは言葉を続ける。


「依頼の金額的な報酬についてはこれで終わりなのですが、他に問題が上がってきましてね」

「リスタル撤退戦に於いて、義勇兵を巻き込んでしまった件ですか?」

 とぼけることなく直截ちょくさいに聞く。自覚していることをダリオに理解しておいてもらうためだ。


「いえいえっ! あの攻撃はヴァロア軍へ向けてのもの。故意で巻き添えにしたわけではないでしょう? 彼等の死は残念なことですが、冒険者たるもの不測の事態に対しても、己を守るのは己のみ。それが冒険者の矜持です。ヒビノ様に責任はありません。それに、撤退時に指揮を執っていたのはリスタル支部局長です。もし、責任があるとすれば彼です。尤も、そのような追求はありませんがね」

 直時の懸念は杞憂であったらしい。ダリオは安心させるように笑いかける。


「ギルドで上がってきた問題は、ヒビノ様の冒険者ランクをどうするか? ということです。今回の功績はあまりにも大きい。特にリスタル住民達からギルドを通して感謝を、との声が多いのです」

「避難時の魔術支援のことなら、依頼でもないですし、他の義勇兵の方々と同じ…。ああ、自分は義勇兵登録してなかったので、それこそ勝手にやったことです。ギルドの規定通り評価に入れなくても良いのでは? そうでなければ、義勇兵として参戦された方々もランクアップしないといけなくなるでしょう?」

 冒険者としてのランクは、あくまでもギルドを通した依頼の完遂を積み上げることで上がる。信用は一朝一夕で得られるものではない。まして、ギルドは国家間の争いには不干渉を貫いている。義勇兵としての戦果は、ギルドの評価として不適当なのである。


「そこが頭の痛いところでして…。規定に拘り過ぎると冒険者ギルドが世間から叩かれることになるかもしれんのです。つまり、ヒビノ様を不当に低く扱っているとね。リスタル戦での貴方の活躍、その魔力はそれだけ大きな影響を与えたのです」

 リスタル住民の完全避難、少数戦力でのヴァロア軍撃退は最も新しい英雄譚として瞬く間に流布していた。

『晴嵐の魔女』と『黒剣の竜姫』が手を携えて一個軍を蹴散らした話と並んで、普人族の直時が、精霊術を駆使して空中騎兵団を殲滅した話は多くの人の口にのぼった。


「まあ、苦肉の策で、先の依頼であった水の神霊ヴィルヘルミーネ様の加護祭を、陰ながら守った功績を大きく評価するという建前で、ヒビノ様のランクを上げようではないかという案が出ておるのです」

「自分としては、他の冒険者と無用の軋轢あつれきが生じることのないよう、規定通りが望ましいのですけど、そのような状況になっているなら仕方ありませんね。ギルドへの批判を躱せるのでしたら、自分へのやっかみぐらいは引き受けましょう」

 冒険者ギルドへ貸しを作り、依頼引き受け時に選択肢が広がるランクアップ。既に注目を集めていることだし、多少やっかみが増えたところで、損より得られるものが大きいと判断した直時は、ダリオ(冒険者ギルド)の提案に乗ることにした。


「有難うございます。そう言って頂けると助かります。では、冒険者カードをお預かりいたします。ランクアップの手続きをとらせていただきますね」

 安堵の息を吐くところを見ると、ギルドへの批判は既に増えていたのかもしれない。


「カードの受け取りは通常の受付の方が良いでしょうね。報酬もそのときで。フードを取ったまま受付近くの椅子にでも座っていましょうか?」

「御心遣い感謝します。是非お願い致します」

 ダリオの意図をくんで先に提案する。報酬の金貨をそのままに、直時は一礼して応接室を後にした。




 素顔を晒して長椅子に座る直時。周囲から多くの視線が向けられ、そこかしこで囁きが交わされる。噂の冒険者の出現にざわめきは収まらない。

 入れ替わり立ち替わり直時の顔を確認しに来る者や、遠話で連絡を取っている者までいるが、話しかけてくる者はいなかった。誰の眼にも、興味と畏怖、そして恐怖があった。


「ヒビノ様。タダトキ・ヒビノ様。特別依頼の報酬と冒険者カードが御用意できました」

 リスタル支部の3倍はある受付の広い部屋中に、直時を呼ぶ声が響き渡る。


(ダリオさん…。やり過ぎ…)

 ギルドの対応を周知させるためとはいえ、一斉に注目された直時は怯んでしまう。それでも動揺を隠して受付へと向かった。


「ヴィルヘルミーネ様の加護祭支援依頼の達成報酬です。御確認下さい。そして、冒険者カードの更新もさせていただきました。御確認のため魔力を通してください」

 報酬の金貨10枚を確認し、言われた通り冒険者カードに魔力をほんの少し込める。

浮かび上がる新しいランク。


「冒険者ランクDへのランクアップです。おめでとうございます!」

 指示されたからだろうが、受付嬢の大きな声が響く。


(ちょっ! 3階級も上がってるし! 戦死でも殉職でも2階級特進なのに!)

 叫ぶのは何とか抑えたが、思わず眼が点になる直時だった。


 何とか気を落ちつけて、報酬と冒険者カードを懐に仕舞って受付嬢に見送られる直時に声が掛けられる。


「やあ。久し振りだねぇ」

 少しにやけた明るい優男やさおとこ。リシュナンテが片手を挙げていた。




「リシュナンテさんか。情報が早いね。顔を見せたのはついさっきだったんだが…」

「君がここにいるって、友達の冒険者が教えてくれてね。ロッソにいたのはたまたまさ」

「自分はこれからようやく手に入った報酬で、必要な品を買いに歩かないといけないんでこれで失礼しますよ」

「まあまあ、そう嫌わずに。御馳走するからお昼付き合ってよ?」

 リッテは肩に手を置こうとするが避けられてよろめく。


 直時は、すれ違いざま小声で告げた。


「ヴァロアは敵対したけど、カールも気に入らない。けしかけたんだろ?じゃあな」

 リスタルとロッソを犠牲にしての、カールのヴァロア侵攻計画を示唆し、後も見ずに出口に向かう直時の背中。リッテは気にする風も無く、後を追う。


「あんたなぁ…」

「奴等、いくら出した?」

 怒りを浮かべる直時に平然と、しかし微かな声で問いかける。要点だけを極短く、万一聞かれても大丈夫なように…。


 直時は怒気を即座に引っ込めた。先程のはポーズだよと言っているのに等しい。


「詫びだけ。5本」

 自分には金の延べ棒が4本だったが、さり気なくフィアに支払われた分も勘定に入れる。


「詫びだけで?」

 流石に聞き返すリッテ。


「詫びだけだ。後の話は今宵、美女と会食で」

 ヴァロアは金と女を用意したぞ? と、言外に伝える。勿論カールへの催促だ。


「それまでにこちらも詫びを用意する」

「自分は買い物だ。その気があるなら探せ」

 直時は、今度こそ別れてギルド会館を後にした。


「……奴等、本気だな。急ぐ必要があるね」

 小柄な黒髪の後ろ姿を見ながら、リッテは呟いた。




 金塊でこまごまとした品の支払いをするわけにはいかなかったので、報酬の金貨10枚が無事に支払われた事は、直時にとって喜ばしいことであった。

 素顔のままギルド会館を出た直時は、東西南北へと走る大通りの内、港へと続く南通りを選んで歩き出した。

 ギルド会館等、主要な建物が街の中心に位置するのはロッソでも同じである。


 各国の尾行者が多数ついてくるのは当然だったが、巷で噂の精霊術師の出現に、道行く人々の少なからぬ者が足を止め、驚きを持って振り返る。好奇心からか、少数だが後をつけてくる者もいた。


(視線が痛いっ!)

 表面上は平静を装っているが、本音は穴があれば飛び込んで、視線を遮る地中を掘り進んで移動したい直時だった。


(まぁ、これだけ注目されていれば、いらんちょっかいは減るだろう。接触には気を遣ってくるはずだ)

 一般人の眼を各国への牽制に利用して、行動の自由を確保する。


 直時はまず魔術屋へと足を向けた。改造するにしても、参考に出来る基本魔術があるのと無いのでは大違いだからだ。以前自己流で作った電撃系の人魔術はいまいちであったし、先の戦いで本陣急襲のときに風の防御をすり抜けた、雷撃系攻撃魔術は是非とも入手したかった。


「いらっしゃいませ!」

 愛想良く声を掛けた店主は、直時の姿を確認するやいなやそのまま固まった。反応の早さから、魔術屋業界にもかなり詳しい情報が流れているようだった。


「魔術カタログ見せて頂けますか?攻撃系、防御系は初歩の魔術で、支援系は全リストをお願いします」

 攻撃と防御は、基本さえ押さえておけばいくらでも改造でパワーアップできる。支援系はそもそもどんなものがあるのか把握しておかねばならない。


 直時は困った顔で、固まったまま反応が無い店主から、事情を把握していない売り子の女性へと同じ要望を告げる。

 勝手に座った椅子で、ごわごわとした羊皮紙の束に眼を通していく。


(攻撃も防御も基本形は4大精霊の能力の再現か…。光と闇は特殊なのかな? えーっと、雷系は風と水の合成…。合成なのか?)

 直時のうろ覚えの知識では、精々自転車のライトの発電部分ダイナモを分解して得た知識程度である。磁石と導線を巻いたコイルを移動させて…。考え込みそうになるところに、自然界にある現象へと考えが行き着く。


(あ! 雷か! 雷って確か雲の中の氷が気流でぶつかって、静電気が蓄積されて、正負の電位差が大きくなったら…)

 記憶の底をひっくり返し納得する。


(風と水の精霊術で落雷は作り出せそうだな。でも制御出来ないと意味はないし、買っておくか)

 普及させるつもりなら、人を選ぶ精霊術は意味を為さない。


(支援系はっと…。こんなにあるのかよ。買う以前の問題だな。買えなくても情報収集せねば!)

 購入済みと、盗み見済みの移動系、重量軽減系の他にも様々な魔術が用途ごとに列挙されている。効率を重視した単能魔術の弊害だろう。汎用性に欠ける。自分が望む魔術を探すのに苦労しそうだ。

 職業別の支援魔術が揃えられている時点ですさまじい量になっている。直時にとって元の世界では、更に職業分化が進んでいて必要となる専門知識は人魔術の比では無かったが、調べて学ぶという点に関してはアースフィアよりも便利であったように思う。

 少なくとも簡略化された説明にも拘わらず、山積みされた大量のごわごわした羊皮紙を一枚一枚確認する苦行は無かったはずだ。身につけると言う点では、転写の術式があるこの世界に軍配があがりそうであるが…。


(データベースの構築と検索の人魔術開発は必須だな…。ハードをどうするかが問題だが…)

 兎に角自分の脳内データベースの糧として、情報を読み取ることに集中する。実際の術式は後回しであった。


「あの…。これ全部、眼を通されたのですか?」

 売り子の女の子(15歳前後と見えた)が、オーバーヒート気味の直時へと問いかけた。


「ん? 一応ね。でも、ちゃんと覚えてるかは自信無い…」

 苦笑気味に答える。


「お求めの魔術は見つかりましたか?」

「長居して申し訳ない。今回は『放電』と『風刃』、それと『風哮ふうこう』の3つを購入させてもらうよ」

 第一目的の雷系攻撃魔術と、精霊に頼り切っていた風系攻撃魔術を選ぶ。どれも初歩攻撃魔術である。


「有難うございます! 『放電』は金貨2枚、『風刃』と『風哮』は金貨1枚です。合計金貨4枚の御会計になります!」

 攻撃魔術は初歩でもなかなかの値段である。後に改造発展させていけば元は取れるだろうと、手に入れた金貨を支払う直時。未だに落ち着きを取り戻せない店主を他所に、売り子の女の子は魔法陣の転写をしてくれた。軽い頭痛はいつものことだが、慣れそうにない。


 魔術屋を出た直時は、雑貨屋、被服屋を廻り香辛料と調味料を購入して宿屋に戻った。そこそこ散財したと思っていたが、元から持っていた小銭と合わせて、まだ金貨5枚分が懐に残っていた。


「さてと。じゃあ仕上げと行きますか!」

 全ての荷物を纏め上げ、宿屋を後にする。宿泊期限はまだきていない。宿屋にはジルベルトからの伝言とリシュナンテからの伝言があった。

 それを聞いた直時は苦笑とも自嘲ともつかない笑みを浮かべ、宿を後にした。


「ここまでハマるもんかねぇ。まあ最後にして最重要の物資調達をしなければ!」

 直時の目的地は無論酒屋であった。フィア、ミケ、ヒルダに飲み干された蒸留酒のリベンジである。リナレス姉妹が御相伴に預かったことは直時には内緒であった。知ったなら、猫(正確には豹)耳と尻尾をさらに弄ばれることが判明したからである。


「たのもう!」

 酒樽の看板を掲げた店舗に勢い良く突入する。


「店主! 『紅玉の朝露』はあるか? ガロン樽で頼む!」

 品揃えを確かめる気もないのか、即座に注文する直時は鬼神のオーラを纏っていた。所望する品は、ノーシュタットの酒場で飲んだ蒸留酒である。


「ただちにっ! ただちに御用意させて頂きますっ!」

 勢いに呑まれた店主が手近の店員達に指示を飛ばす。弾かれたように動き出す店員を満足気に眺めた直時は、この店なら大丈夫だと確信を持った。


「『紅玉の朝露』ですが、樽が色々あります。味の御確認をお願い致します」

 店主自らが小振りの水晶グラスに試し酒を持ってくる。


 香りを確かめた直時は、ほんの少し口に含んで味を確かめる。頷いた後、残りの酒を一気に飲み干した。


「間違いない。香りも素晴らしい! 是非とも購入させてもらう!」

 満面の笑顔で満足を表す直時に安堵する店主。代金は金貨3枚であった。この銘柄は直時が好んだということで、後にプレミアがつくことになる




 購入したガロン樽に『浮遊』を掛け、大荷物に加えて店を後にする。


 予定の品々を購入した直時は、ロッソの大通りが交差する中央広場へと向かった。時間はまだ昼前である。リシュナンテの伝言にあった会食先も中央広場に面した一流料亭である。


 それはさておいて、直時は中央広場の真ん中で荷を解きはじめた。皮布に覆われた折り畳み自転車である。

 フレームとスポーク、他各部の銀色の輝きに周囲の眼が集中した。これまで痛いほどの視線に晒されていた直時には何程の事も無く、無言で組み立てを始める。


 直時に対する好奇の視線と、見たことも無い物体に対する興味の視線が集中する。一定の間隔を保っていた周囲の輪から、一人の人物が動き出した。


「珍しいモノだね? それは何だい?」

 昼の会食を申し込んだリシュナンテだった。無用の注目を浴びている直時の本意を確かめに来たようだ。


「これはジテンシャという乗り物だ。人力で動くが、人が走るより早く移動できる乗り物だな。よーし。組み上がった」

 軽く答える直時に真意を掴めないリッテ。


 直時はフレームに槍や荷物を固定し、ペダルを漕ぐのに邪魔にならないか確認している。リッテが傍らにいようがおかまいなしであった。


「準備完了っ!」

 満足気な直時は、仕上げとばかりに人魔術、『浮遊』を掛ける。


「この道具についても話してくれるのかな?」

「ああ! 昼の会食はキャンセルな!」

「…ヴァロアにつくのかい?」

「いやいや。それも遺恨が残るだろ?」

「ならどうする?」

 いつもにやけているリシュナンテの表情が険しくなる。それを見た直時は嬉しそうに言った。


「やっと一矢報いることができたかな? 自分は……逃げるっ!」

 犬歯を剥きだした攻撃的な笑いに反して、消極的な宣言を放った。


 直時の周囲に風が集まり空気を凝縮する。3、980円の折り畳み自転車に跨る直時に、緊急を察知した各国の諜報員が駆け寄るが、風に阻まれて近寄ることは出来ない。


「じゃあな!」

 そう言った直時は、重量を消した自転車の前輪を持ち上げペダルを踏む。自重を無くしたためグリップは得られないが、風の精霊がその軽やかな身を持ち上げた。

 折り畳み自転車に跨った姿は、颯爽と言えないまでも周囲の度肝を抜いて空へと舞い上がる。


(みんな! 有難う! さようなら!)

 念話でフィア、ミケ、ヒルダ、そしてリナレス姉妹に別れを告げた直時は、ギルド会館の屋根をタイヤで蹴って、更に高空へと上昇した。





交渉で各国から金をせびるより逃走を選んだ直時でした。

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