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交易都市ロッソ③

間が開いてしまいました;;



 マケディウス王国、交易都市『ロッソ』。ユーレリア大陸西部で最大の交易都市である。南方に位置しながらも良港を備え、多国の商船が出入りし、遥か北の産物も流通している。

 日の暮れた後も活気に満ちた街は、魔術の灯りに照らされて未だ生き生きとしていた。


 通りを歩く半分が酒精に身を任せ、残り半数が商いを続けている。その中を縫うように歩く小柄な人影があった。

 野暮ったいフード付きローブで顔を隠し、大きな荷を背負い、杖代わりなのか槍の石突きで地面を押しながら歩いている。港町故、体格の良い男達に紛れるとその細い体は子供のようにも、女性のようにも見受けられた。


「邪魔だぞぉ。ちびぃ」

 からかってやろうと思ったのか、すれ違いざまに肩をぶつけようとした酔っ払いがいた。


「おっとととっ!」

 姿勢を崩した男は、酔いも手伝って地面にひっくり返る。俯き加減な小さな影は、触れる寸前に身を躱し、倒れた男を無視したまま人波へ消えていった。


 人影は大通りから外れ、迷うことなく暗い路地を進む。人目が途絶えた時点で闇の精霊により気配を消し、路地裏にで手ぐすねを引く犯罪者達を素通りして目的地へと到着した。


『磯の波頭亭』。年季の入った分厚い扉を肩で押すと、中には麦酒の杯を片手にやる気が無さそうな女性が、独りでカードをめくっては並べていた。占い遊びだろうか?


 人影が受付前に立っても、時折ちびりと麦酒を飲むだけでカードを並べている。気付かれないのは、闇の精霊のせいだとようやく気付き、気配を露わにして声を掛ける。


「宿泊を頼みたい。1人で3日間だ」

 小柄な人影は、間違いなく男性の声だった。受付の女性は少し驚いたものの、判銀貨1枚と銀貨1枚を前料金で要求する。怪しげな客には慣れているようだ。


「コソ泥が来たら教えてくれ」

 宿賃以外に銀貨1枚をカウンターへと置く。


「上がって右側3つ目の部屋だよ」

 正規の宿代は抽斗ひきだしに、銀貨1枚は懐へ納めた受付女性は鍵を差し出す。頷いた人影は大きな荷物に姿を隠しながら狭い階段へと向かった。


 部屋に入り鍵を掛け、闇の精霊に扉の封印を頼んだ人影は、大きく息を吐いて被ったフードを脱いだ。その顔の上半分には包帯が巻かれていたが、それも取ってしまう。


(こちらタダトキ。今、宿に着いた)

 念話でフィアとミケに連絡を取る。宿を移動した直時だった。




 宿を移したのは事前の計画通りであったが、本来なら直接会話で済ます用事があった。しかし、リナレス姉妹を散々弄んだ後、なおもヒルダが居座ったため、フィア、ミケとの話し合いが出来なかった。宿移動の後の、念話による話し合いとなったのである。


(フィアよ。魔法陣の話ね?)

(そう。話し合える機会はこれが最後になるだろうから、どうしても済ませておきたかったんだ)

(慌ただしかったから、まだ冒険者ギルドへ報告も提案もしてないのニャ)

(ミケさん。『岩盾がんじゅん』は他の冒険者には?)

(町中での戦闘だったから教えてないニャ)

 人魔術の魔法陣は、制御すれば術を発動させずに維持できる。魔術の発展に大いに寄与するだろうが、世を混乱させ得る情報であるということ。それが未だ他に漏れていないことを確認した直時。少し考えた後、二人へと念話を続けた。


(二人にはもう教えた後だから、魔法陣の情報についてはどう扱ってもらっても構わない。必要に迫られる場合もあるかと思うしな)

(で、ヒビノはどうしたいの?)

(俺の都合で言えば、この情報が洩れようが漏れまいが既にお尋ね者扱いになったし、急いで広めようって気は無くなった。ある程度改造魔術を揃えてから考えたいと思っている)

(魔法陣の維持っていう秘密は重視してないの?)

(まだ誰も気付いてない今なら価値がある情報かもしれないが、二人とも簡単なことだと判っただろ? そのうち誰かが思い付くさ。人魔術が普人族発祥なら、発見するのは当然普人族だろうな。それと万一リナレス姉妹が口を滑らせても、俺は逃亡済みだ)

(それはちょっと困るニャ。これ以上普人族に力を持ってもらいたくは無いニャー)

 フィアもミケもこの情報の扱いに消極的であるが、放置して良いとも思っていない。念話の調子にも苦悩が滲んでいる。


(この技術が判明して、ある国が戦役に使用したとする。人魔術の種類が増えて戦術に幅ができるだろうけど、火力としてはそれほど脅威にならないんじゃないかな? ばれれば普人族以外に、高度な人魔術開発を引き起こすというデメリットが生じる。そして、情報収集に関しては世界規模の連絡網を持っているギルドに敵う国は無い)

 直時は、普人族の魔力の少なさ故に、限定された威力の人魔術しか開発できないだろうこと。戦争に使用することにより、その技術は既知となり広まること。普人族以外の魔力なら、普人族が扱えない高度な人魔術の開発、使用が可能なこと。そして何より、ギルドがその情報を見逃さないであろうことを示唆した。

 フィアとミケが考え込む気配が、念話を通じて直時に感じられた。


(ここまでは俺が勝手に判断してることだ。あまり深く考えないで。俺としては、魔法陣のことはギルドとの取引としては考えてない。何かあったときに対抗する人魔術を開発して、それの提供を取引材料にしようと思っている。勿論、フィアもミケさんも、術の開発は独自にしてもらって構わない。まあ、そういうこと)

 長命種であり、高名な冒険者であるフィア。ギルド付き冒険者として活動するミケ。その二人が慎重になる情報であるならば、直時が迂闊うかつに扱わない方が良いだろうと判断は任せることにした。

 ただ、いざという時のために、威力の大きな攻撃魔術と、堅固な防御魔術の開発はしておくつもりだった。


(私はこの発見、まだ広めるつもりはない。但し、普人族に使えない魔術開発には賛成ね。ヒビノと同じく独自開発はしておく)

(うちは各国の情勢によってはギルドへ報告するニャ。他種族迫害が酷い普人族国家の版図内に住む者には、魔法陣の件は伏せて新しい人魔術を提供することもあるかもしれないニャ)

 フィアとミケ、それぞれの答えに何の文句も無い直時は了承した。


(じゃあ、明日は宜しく! おやすみ!)

 返事を待って念話を終了する。


「いよいよ明日か…。寂しくなるなぁ」

 呟いた直時は、下着姿になり固い寝床へと潜り込む。その夜もやはり、戦場の悪夢を見た。






 翌朝、直時は荷物を宿に置いたまま外出した。フードで顔を隠してはいるが、包帯は巻いていない。

 路地裏の宿屋から大通りへと歩き、冒険者ギルドロッソ支部の近くで再度路地裏へと入る。流行っていなさそうな食堂の扉をくぐって、一番奥の席へと腰を下ろした。

 店主ひとりで切り盛りしているのだろう。カウンターから注文を聞かれた直時は、パンと香茶、適当な卵料理と果物を頼む。『探知強化』で鋭敏化した感覚に3方向から視線が感じられるが、泰然としたまま注文を待つ。

 オーダーした品を盆ごと置いた店主へ、数枚の硬貨を渡して勘定を済ませる。朝食を眼の前にした直時は、頭を覆っていたフードを除けた。


「黒髪! 確かに報告通りの容姿です!」

 直時の入った食堂の向かいの喫茶店。そこには興奮を隠せないヴァロア情報部の女性と、澄ました様子で香茶を口にするフィアの姿があった。


「で? どうする?」

「上司が待っております。フィリスティア様には交渉時是非とも同席して、御口添えを頂きたいと…」

「私は構わないけど、ヴァロアに対するヒビノの心証悪いわよ?」

「無論、ヒビノ殿には充分なお詫びを御用意しているとのことです。フィリスティア様には御手数をお掛けします。そのお礼も誠心誠意御用意しております」

「ふーん。じゃあ、出てきたら声掛けるからそっちの用意は頼んだわよ」

「はいっ。有難うございます!」

(上役を引っ張りだせそうよ。シーイスとカールの方は宜しく)

 つまらなさそうな表情を崩さず、他のメンバーへと念話を送るフィア。その視線は半熟卵を頬張る直時へと向けられた。




「顔が見えませんけど?」

 フードを被った人物を顎で示したヒルダにリシュナンテが告げる。二人がいるのはフィアいる喫茶店から死角に位置する路地の角だ。


「竜人族の感覚に間違いはない。あれはヒビノだ。何日か前もこの辺で見た。お前達がギルド会館を見張っているせいでこの辺りをうろうろしていたぞ」

 ヒルダの皮肉気な笑いがリッテに向けられる。苦笑する優男の顔が鋭くなった。注目していた人物がフードを外したのだ。


「間違いないようですね。彼です」

「ならとっとと報酬を寄越せ。私は買いたいものがある」

「彼に興味があったのでは?」

「リスタルでは活躍もしたが、醜態も晒していたしな。所詮は戦の素人だった。もう興味は失せた」

「それは重畳。彼を誘うに障害は少ない方が良いですからね」

 リシュナンテが金貨の入った革袋を手渡す。小さく鼻で笑ったヒルダは、中身を確かめもせずその場から離れた。カールを代表するリシュナンテに『黒剣の竜姫』をたばかるつもりは微塵もなく、当然の反応であった。


(ヒルダだ。報酬はせしめた。リシュナンテは放置して離脱する)




 直時が入った食堂に、先行待機していたのはミケとリナレス姉妹であった。ミケはフードと闇の精霊で顔を隠しているが、4人テーブルの向かいに座るリナレス姉妹は素顔である。

 ミケと背中合わせで隣のテーブルに座るのは、シーイス情報部の者であった。


「そちらのお嬢さん方は?」

「私の護衛だ。それと件の精霊術師のファンでもある」

 どちらも微かに聞き取れる程度の囁きだ。リナレス姉妹には、不用意に喋るなと伝えてある。

 ミケとしては、リスタル撤退戦で公式に参戦したこの姉妹が、直時が素顔を見せた際の反応を男に見せることで信用度が増すとして同行させたのだった。


「彼だ」

 少し離れたところに座った人物を男に報せる。


 朝食を食べるのに邪魔になったのだろう。フードを外した顔を確認したシーイス情報部の男は後ろ手にミケへ報酬を渡す。


「あまり注目してくれるなよ」

リナレス姉妹の眼が釘付けになっているのに苦笑しながら男は席を立つ。尾行の増員をし、接触の機会を計るためだ。


「私達はお茶を楽しんでいく。成功を祈る」

 振り向くこともせず出て行く男へ囁くミケ。


(ミケより。報酬は手に入れた。シーイスは人員増強する模様)

 男と直時へ視線を彷徨わせる姉妹を抑えたミケは、残りの茶を悠然と口にした。




 食事を終え、食堂を後にした直時の背後から声が掛けられた。


「フィアか。ちょっと振りだね」

「まあね。元気?」

 フィアの斜め後ろには、初対面である女性が従っている。服装こそ街娘と変わらないが、その眼に宿る色が違う。愛想笑いに隠れて相手を値踏みするような冷静な眼。日本での生活に置いて、激戦の営業に身を置く女性に似た眼だった。条件反射的に作り笑顔を表した直時が、フィアに紹介を請い、彼女が名乗る。


「初めまして。フィリスティア様の御紹介に与りましたヴァロア王国の―」

 ヴァロアの名が出た時点で表情を険しくした直時の周囲に風が集まる。突然放たれた風の刃はフィアの風に弾かれ、背後の壁に深い切れ目を穿うがった。


(やりすぎよ!)

(ちょっとした牽制だよ。これぐらいは当然だろ?)

 打ち合わせ通りであるが、演技では済まない攻撃の鋭さに文句を言うフィア。背後の女性は青褪めている。


「敵対してた国の者が何の用だ?」

「まぁまぁ。私の顔を立てて、ちょっとは話を聞いてよ」

「……少しだけならね」

 直時は、とりあえず見せかけの殺気を押さえた。


 必死の面持ちでヴァロアの女性に案内されたのは、すぐ近くの大きな宿屋であった。店構えから、高級旅館と呼ぶべきだろう。

 大通りを歩く間、フードを被るように言われていたがもう遅い。直時への尾行は何重にもなされ、先駆けて接触したヴァロアに対して各国は殺気立っていた。

 それでも他国の街の中心地。騒ぎを起こすことは控えたようで、襲撃はなかった。


 5階建ての最上階、その半分を占める貴賓室の重厚な扉の前で、一行は立ち止まった。遠話で連絡を取っていたのだろう。待たされることなく開いた扉から部屋へと入る。


(室内には6人。それと子供2人。今度は油断しちゃ駄目よ)

 気付かれない様に探査の風を飛ばしたフィアが、直時に注意を促す。腹部に幻の痛みを感じ、微かに眉をひそめた直時は、了解と念話で返す。


「ようこそいらっしゃいました! 『晴嵐の魔女』フィリスティア様。タダトキ・ヒビノ様」

 二人を出迎えたのは妙齢の女性であった。


 両掌を軽く向けて歓迎の意を表した女性。歳の頃は20代後半に見えるが、その落ちつき様からもっと上かもしれない。緩く波打った緋色の髪は、纏め上げて白金の髪飾りで留められている。瞳の色は深い藍。直時を見る興味深そうな眼に、冷静さが感じられた。


わたくしは『ジルベルト・クレマン』と申します。ヴァロア王室第2侍女室に身を置いております。ロッソでは、商いをしながら我が国の者の取りまとめのようなことをしております」

 自己紹介をして軽く頭を下げるジルベルト。ゆったりとした臙脂えんじ色の夜会服は、背中と胸元を大胆に露出させ、少し屈んだだけで中身が見えてしまいそうだ。


 直時との交渉に美しい女性を選んだのも、敵愾心を和らげ、まずは心証を良くするためだろう。自然と胸元に吸い込まれる直時の視線を感じ、俯いた顔に微かな笑いが浮かぶ。


(鼻の下が伸びてるわよ?)

(判ってて見てる。油断を誘っているんだよ。でもまあ、精々買い叩かれないようにしないとな)

 フィアと無言でのやりとりを交わしつつ、室内を確認する。


 ジルベルトと名乗った女性の他に男が5人。1人は扉を開けた執事風の壮年の男。外見から武器は見えない。扉の左右には儀礼用の軍服に胸甲を付け、室内のためか短槍を右手に突いている青年兵。同様の格好の護衛が大きな窓の両脇に控えている。

 子供は従兵と同じく12、3歳ぐらい。但し女の子で、茶器を乗せたカートの傍にいる。黒い侍女服の上にエプロンスカート、頭にはレースの付いたカチューシャをしている。

 姿を隠している者はいないようだ。強化した知覚にも感じられない。


「こちらの自己紹介は不要のようだな。用件を聞こう」

 護衛達を一瞥した直時は、努めて固い声を出す。


「御気分を害してしまったようで申し訳ございません。元より貴方様方に敵う者共ではありません。しかしながら物騒な御時世ですし、か弱い女の浅慮と見逃してはいただけないでしょうか?」

 薄い笑みを浮かべたままジルベルトがソファーを勧める。一呼吸して、示された席に腰を下ろす。

 二人が腰を落ちつけた後、ジルベルトは直時の正面に座った。侍女達が茶の用意をはじめる。目の前に注がれた香茶には手をつけず、相手の言葉を待つ直時。


「ロッソには珍しい品が入ってきます。この葉もそうです。どうぞ御賞味下さい」

「ロッソに攻め込もうとしていた者の台詞とは思えないな。物騒な御時世だ。何が入っているか判らんのでな。遠慮させてもらおう」

「それは残念。フィリスティア様はいかがですか?」

「私も結構よ。お酒ならもらったけどね」

 二人の拒絶にも表情を変えず、ジルベルトは執事に眼で合図する。


「リスタルでの、フィリスティア様、ヒビノ様へのヴァロア軍の攻撃。誠に申し訳ございませんでした。御無礼の段、深くお詫び申し上げます」

 両手を祈るように組んで、深く頭を下げる。組んだ手が胸元を押さえることになり、直時の淡い期待は達せられなかった。自然な仕種の中にも計算された動きに、したたかさを感じる。


(上手く隠すもんだな)

 念話ではなく心の中の声であったが、察したフィアが横目で睨んでいた、


 ジルベルトのお詫びにも沈黙している二人の前に、執事が別室から運んできた包みを静かに置いた。光沢のある臙脂色の布は、ジルベルトの夜会服と同じ布地のようだ。


「我等が出来る精一杯のお詫びでございます。これで先の戦での無礼を御寛恕ごかんじょいただけないでしょうか?」

 上目遣いの表情は哀れみを請うように、涙が滲んでいるように見える。


「とりあえず確認してみれば?」

 フィアがそう言って、自分の前の包みに手をかける。頷いた直時も包みを開く。


 現れた品を眼にした直時は、知らず知らずに感嘆の声を上げてしまう。ジルベルトの顔に余裕が生まれた。


 金の塊、金のインゴット、所謂いわゆる金の延べ棒が燦然とした輝きを放っていた。


「お気に召していただけましたでしょうか?」

 直時の様子から『落ちた』と判断したのだろう。薄い笑みが浮かんでいる。


(フィア。これで金貨何枚分?)

(マケディウスの刻印があるわね。一番信用がある刻印よ。本物なら金貨100枚。ちょっとそっちの貸してくれる? 無言で渡してね)

 直時は念話を悟られないように、一度金塊を手にとって重さを確かめるようにして間を置く。右手にズシリとした感触。それをフィアへと差し出す。


 受け取った直時の金塊と自分の金塊を打ち合わせるフィア。金属とは思えないくぐもった音が響き、眼を閉じて耳を澄ませる。音の余韻が去った後、ゆっくりと眼を開く。


「本物ね。普人族の国が個人に支払うなら破格よ? どうする?」

「ふんっ。俺の命は片手の重みか…。安いもんだな」

 ここでゴネるのはシナリオ通りである。相手が下手に出ているなら高圧的であるべきだ。


「それではっ! ヒビノ様の御怒りを収めていただくにはどうすれば良いのでしょう?」

「それを考えるのはそっちだ。ヴァロアが俺のことをどう考えているか、そこのところを見える形で教えて欲しいものだな」

「……承知致しました」

 俯いたジルベルトはすぐさま顔を上げ、執事に指示する。


「全部よ」

「しかし、お嬢様!」

 初めて声を上げる執事に強い視線を返すジルベルト。一礼した執事は再度隣室へと消える。


 執事が運んできたのは、同様の金塊が3本だった。


「わがクレマン商会がロッソで培ってきた全てです。私は国に帰ることになるでしょうが、これでヴァロア王国に対してヒビノ様のお許しが得られるならば本望です」

 悲しげな微笑。その瞳から一筋の涙が溢れる。


(大したものだ。俺たちに身分を明かしたことで、本国に帰るのは既定事項だろうにな)

 直時の念話に苦笑のニュアンスだけを返すフィア。演技を見抜けず情に流されると思っていたようだ。


(落とし所かな?)

(そうね。妥当じゃない?)

 フィアとの念話による密談で仕上げに入直時。


「そこまで買ってくれるのなら、水に流すのもやぶさかではないな。いや、正直お国に興味が湧いたよ。貴女にもね。これでお別れとは名残惜しいが、この後自分にお国の御自慢を聞かせてくれるのは誰だろうか?」

 召し抱えるのなら今後も交渉次第だぞ、との意味を匂わせた。出来るだけ欲深そうな表情を心掛ける。


「ヒビノ様の歓心が得られたのならそれに勝る喜びはありません! すぐ国と連絡を取らせて頂きます。ヴァロア自慢の品を持って今夜にでも伺いたいですわ! 勿論私が」

 ジルベルトが潤んだ瞳で見上げ、声を震わせる。


「それは願ってもない幸運だな。貴女のような美しい女性が聞かせてくれるヴァロアなら、さぞかし魅力的な国と思えるだろう。昼間は街をぶらつく予定だが、夕食前には宿に戻る予定だ。是非とも晩餐を御一緒したいね」

 ニヤけた顔の直時は、伝言があるならと『磯の波濤亭』の宿名を告げた。


「必ず!」

 潤んだ瞳のまま、両手を胸元で組み、縋るようなジルベルト。


(演技派だなぁ)

(あんたもね。意外だったわ)

 フィアの言葉に苦笑したいのを我慢しながら、ヴァロアとの会談場所を後にする二人であった。






はじめての交渉。

直時はちゃんと演技出来てましたでしょうか?

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