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交易都市ロッソ②

悪巧み実行前です。




 フィアは久し振りに街の見物を満喫していた。今までの野暮ったいフードは脱ぎ捨て、街用の身軽な服装である。

 襟と袖に刺繍が施された、白い七分袖のブラウス。細い胴を際立たせる、体に密着した鶯色のベスト。下は旅用ではあるものの、膝下までの皮のスカートで、履物はいつもの膝まであるブーツだ。軽やかに通りを歩く姿は、まさに風の妖精と言えた。


 魔石を加工した装身具や、珍しい果実を調理した冷菓子、港町特有の海の幸の屋台を物珍しそうに覗いて歩く。柔らかい微笑は、それを眼にした者を男女問わず釘付けにし、彼女が去ったあとで囁かれるのは、『晴嵐の魔女』の美しさであった。


 休憩にと入った喫茶店で、注文した香茶を一口飲んだところで、フィアに歩み寄る人物があった。


「フィリスティア様ですね。はじめまして――」

 話しかけてきたのは、柔らかな表情の中、眼だけが笑っていない女性だった。



 白髪紅瞳の竜人族、ヒルデガルド・ノインツ・ミューリッツは、戦装束である黒竜の鱗鎧を身に付け、黒剣の鞘紐を肩に引っ掛けながら大通りを歩いていた。目指すは冒険者ギルドロッソ支部である。

 直時からの目立つ格好で! との要請から選んだ装備であったが、彼女の威圧感と相まって道行く人々は慌てて彼女の進路から身を避ける。周囲から漏れる畏怖の声は『黒剣の竜姫』。ヒルダは気にする風もなく、威風堂々と歩みを進める。


 ギルド会館へと足を踏み入れたヒルダは、受付へと向かった。


「リスタル支部で受けた依頼があるのだが、達成後リスタルは戦闘に巻き込まれた。報酬がどうなったのかを知りたい。もしくは、PTリーダーであったガラム・ガーリヤと連絡が取れるならお願いしたい」

 ヒルダが冒険者カードを取り出し、魔力を込めて確認を求める。


「ヒルデガルド・ノインツ・ミューリッツ様。確認しました。少々お待ち下さい」

 受付嬢が、少し奥で遠話をはじめる。それを待つヒルダの背後から声が掛かった。


「やあ!ちょっと振りだねぇ」

 金髪碧眼の優男が笑っている。カール帝国宮廷魔術師、リシュナンテ・バイトリだった。


「貴様には聞きたいことがある。小腹が減っていたところだ。夕飯でも御馳走してもらおうか」

 ヒルダは近くの食堂へと誘った。




 フィアやヒルダが、名声を餌に標的を釣り上げている頃、ミケは人脈による意図的な情報漏洩により、シーイス公国軍情報部との接触に成功していた。

 冒険者ギルド、リスタル支部局長のエドモンド・オルグレンは、直時の情報漏洩に難色を示したものの、ミケと親交のあるカタリナ・ベルティの説得により、シーイス公国軍部に影響のある貴族へ、直時のロッソでの目撃談を噂話として聞かせた。


 その際、現地での目撃者ミケのことのことをそれとなく伝えたようである。


 酔うには少し早い時間。場末のうらびれた酒場に、フードで顔を隠し闇の精霊で気配を極限まで消したミケが、壮年の男と背中合わせになりそれぞれ杯を手にぼそぼそと会話を交わしていた。




「フィアとヒルダさんに続いて、ミケさんも目標との接触成功」

 直時は次々と入る遠話を、傍らのリナレス姉妹に判るように報告する。


 直時は目覚めた宿屋から一歩も出ず、遠話報告の中継に徹していた。リナレス姉妹は、デリケートな作戦に不向きであるとの判断から、直時の護衛を仰せつかっていた。体の良い留守番である。

 直時自身は、早々に呼吸法による『気』の還流で魔力を補充。油断さえなければ、いつでも戦闘をこなせるようになっていた。ただし、流失した血液と共に体力が、長期間の寝たきりにより筋力が、共に低下していたのは事実であるためリナレス姉妹の護衛は、そこそこ必要な措置であった。


「ヒルダさんにはカールが接触。ミケさんも狙い通りシーイスが釣れたみたいだ。フィアの相手はまだ判らないけど、動きの早さから当事国の3カ国どれかだろうな。もしかしたらマケディウスかもしれないけど…」

 直時の報告と予想に真剣に耳を傾けるリナレス姉妹。普人族と言われてからも、傍から離れない胆力は大したものである。


 直時としては、意識して不憫な経験に触れないようにしているため、正直いたたまれない。何かあれば大声で報せると言っても、護衛すると言って聞かない。せめて、ラナは部屋で休ませてはどうか?との提案は、ラナが強固に拒否したため受け入れてもらえなかった。


「俺達もそろそろ夕食にしないか?」

 各国の諜報員と渡り合う3人の順調な報告に、待つ方が疲れては意味が無い。あくまでも身を隠す直時を置いて、リナレス姉妹は注文しておいた料理を取りに厨房へ出向く。


 テーブルを飾るのは海産物のごった煮と、飾り気のない具の無い麺の炒め物。南国系と思われる甘い芳香の果実だった。直時にはこれに加えて例の麦粥病人食が添えられていた。


「体調良いから、晩酌を…」

「駄目です!」

「駄目」

 お酒を所望した直時だったが、リナレス姉妹には素気無く却下されてしまった。




「いやー。ここまでこっちの思う通りに引っかかってくれるなんて、各国の情報部もたいしたことないねぇー。俺がとんずらする時には皆にも対価を払えそうで安心したよー」

 和気藹々というには遠く、それでも場を和ますように気を使う直時。


「ヒビノ殿は何故そんなに周囲を気になさるのですか? ご自分のことを第一に考えられてはいかがですか?」

 ダナは直時の軽口を無視するように問う。真剣そのものだ。


「そんなに難しく考えることじゃないと思うがなぁ。皆で辛い思いをするより、皆で幸せを分け合う方が良いと思わないか?」

 苦笑しながらダナに答える。


「うちの故郷の言葉に、和を持って尊ぶとすべしとか、仲良きことは美しきかなとか、皆で幸せになろうよとかあるんだよ。群れ集う普人族としちゃ、当然の感覚じゃないか?」

「ヒビノ殿の『皆』に我等が入っていることが不思議なのです。何故ですか?」

 軽く済まそうとする直時に、なおも食い下がるダナ。


「いい加減『殿』扱いは止めて欲しいんだけどな…。まあ、知っての通り俺は国持ちじゃない流れ者だ。なら、親しくなった相手が身内扱いというのはおかしくないだろ?」

「…私達も身内なのですか?」

 ラナが不思議そうに問いかける。


「俺は知り合いが少ないからな。ラナも大事な仲間だと思っているよ?」

 直時が知人と認識できる人達は少ない。友人と言うには相手の同意も必要だし、知人と言うべきだろうが、同じ戦場を駆けたのだ。仲間と言っても差支えなかろう。


 耳をピョコンと動かしたラナは、俯いて食事を続ける。ミケよりも小振りなその耳をあらためて見た直時は嬉しそうに言う。


「しかし…。ちゃんと繋がって良かったよ。耳と尻尾。ヴァロアの奴等はそれだけでも万死に値する! あいつらに赤い血が通っているのが不思議だ!」

 個人的な見解で憤慨する直時。ビクリと身を強張らせるラナ。嫌なことを思い出したのだろうか。


「ああああああああああああ! ごめん! ごめんよ! 俺が馬鹿だった…」

 ラナの様子に自分の失言に気付いた直時が頭を下げる。


「いえそのっ! ヒビノ…。タダトキさんに悪意がないのは判ってます。頭を上げて下さい」

 ラナが慌てて言う。ダナはその様子に何か考え込んでいるようだ。


 夕食を終えた頃、諜報員との接触を終えた3人が装いを改めて集まって来た。もちろん尾行は置き去りにしてある。


「リッテには私達をたばかったことを含めて吹っ掛けた。ヒビノを確認できれば、金貨30枚だと豪語していたぞ」

「シーイスも必死だニャ。先の戦での支援と戦闘で、タッチィーへのリスタル住民の人気は絶大ニャ。噂も尾ひれ背びれが付いてえらいことになってるニャ。所在確定なら金貨50とのことニャ」

「私の相手はヴァロアだったわ。指示通り、ヒビノが怒ってると伝えておいた。青い顔して譲歩案を早急に出すって言ってたわ」

 三者とも成果は上々のようである。


「ここはあれだ。前祝いとして祝杯をあげるべきではないだろうか?」

 晩酌を止められてしまった直時が、酒乱の魔女を味方につけようと画策する。


 リナレス姉妹が睨んでいるが、フィアがいれば100万の援軍を得たも同じである。だいたい病み上がりに酒を飲ませるくらいだ。案の定喰いついてくる。


「良いわね! ヒビノが眼を覚ましたことだし、パーっと飲みましょう!」

「なら、俺の荷物の中に良いモノが…」

「それならもう飲んだわよ?」

「うむ。美味であった」

 荷物の中から、ノーシュタットで購入した蒸留酒の酒樽を探そうとした直時の動きが止まる。


「今、何と?」

「「美味しく頂きました」」

 まだ少ししか楽しんでいなかった美酒は、二人の魔女に飲み干されてしまっていた。


「一応止めたニャ」

「ミケちゃんも飲んだじゃないの!」

「そもそも酒樽の存在を教えたのはミケだったな」

 したり顔のミケに、フィアとヒルダが突っ込む。


 直時が恨みがましく、涙目でミケに顔を向けた。


「タッチィーは病み上がりだから、強いお酒は体に毒ニャ! 今日はおとなしく麦酒と果実酒で我慢するニャ! うちの奢り! ダナちゃん、ラナちゃん、厨房へ行くニャーッ!」

 ミケはリナレス姉妹を引き連れて扉の向こうへと逃げた。


 その後は酒が入りつつも、話の中心は今後の予定であった。


「まあ、ヴァロアの動き次第かなぁ。明日中になんとかなれば良いけど、駄目なら逃亡を優先するべきだろうな」

 欲をかくべきでないと判断する直時。本来なら一矢報いてから去りたいところだ。


「明日、午前中に再度の接触を約束してるから、それで判断するしかないわね」

「相手に考える時間を与えたくないし、交渉が成立するなら直ぐにでも会うって言っておいて。その際、詫びを形で表せとの念押しも頼む。シーイスとカールは明日でも大丈夫?」

 直時の確認にミケとヒルダが頷く。


「それじゃ、明日決行ということで! ダナちゃんとラナちゃんはミケさんに同行してね。ヒルダさんはリシュナンテの押さえを宜しく! フィアは、ヴァロアが手間取るようなら切って良いよ。あと、俺の取り分は予め決めた所で受け渡しお願い。ちゃんと等分に頭割りしてね」

「ヒビノは明日発つ。と、いうことだな」

 ヒルダが再確認する。肯定を返す直時。


「最期まで皆には世話になったね。明日の作戦が成功したら、少しでも恩を返せると思う。今まで有難う」

 寂しげではあるが、満足感も共にある。直時は満ち足りた様子で皆に頭を下げた。


「ヒビノ殿! 出立される前にお礼をさせていただきたいのです!」

 突然のダナの声に皆が注目する。


「我等姉妹の命を2度も助けていただいた御恩、少しでも返させていただきたい!」

「いやいやいや。意識不明の俺を運んでもらったし、眼が覚めるまで面倒みてもらったし、それでチャラだよ」

「それはここにおられる方々があってこそです。私達は何も御恩を返せていません」

 なんとか穏便に出立したかった直時に、真剣な眼差しで詰め寄るダナ。


「かといって私達に財産はありません。僭越せんえつではありますが、この体をご自由にしていただきたい」

「ちょっ!」

 突然の申し出に直時の頭が真っ白になる。ホワイトアウトした意識をすぐさま取り戻し、慌てふためいてダナを落ち着かせようとする。


「うら若い女性が簡単にそんなこと言うものじゃない。世話してもらってたのは事実だし、俺はそれを充分有難く思っている。無防備な自分を守ってくれてたってことは、命を救ったのと釣り合うことだと思うよ?」

「いいえ。それも方々(かたがた)の支援あってこそ。我等姉妹の為したことなど…。ヒビノ殿も先立っておっしゃられました。これは正当な対価です。それとも私達の命はそれほど価値がないと言われますか?」

 直時の言葉は、直情傾向にあるダナへ火に油を注いだようである。ここはダナの泣き所、ラナを盾にするしかない。


「あんなことがあったばかりだ。俺は普人族だよ? そんなことより、ラナちゃんのことを大事にしてくれ。俺としてはその方が嬉しい」

「…実は妹のこともあるのです。私は冒険者として独り立ちした後、今回の様な嫌な経験も積みました。しかし、妹はこれが初めてだったのです」

(感情が麻痺してた俺が言うことでもないだろうが、事後のダナの冷静さはそういうことか…)

 敵とはいえ人を殺戮した直時は、彼女等が受けた仕打ちに対し、自分の殺意を叩きつけることしかできなかった。その後、意識して行動指示のみを伝えた。傷付いた彼女等に対して、どうおもんぱかればいいか判らなかったのもある。


「その…、ヒビノ殿であれば、妹の心の傷を癒す相手としてふさわしいのではないのかとの思惑もあり…。無論妹に強要はしません! 相手は私がさせていただきますが、その、妹を同席させていただければ…」

「あんた、何言ってんの?」

 それまで呆気にとられていた一同を代表してフィアが言う。


「ラナちゃんの様子見てみなさい! それでもお姉ちゃんなの!」

 確かにラナは身を強張らせて震えている。


「冒険者として戦いに身を置いたなら、これは乗り越えるべきことです。そしてその機会が今ある。恩を返すというだけではありません。私としても妹としてもこれは好機なのです」

 ダナの思い込みと突っ走り様は直時以上のようである。何かを言おうとしたフィアであるが、それを遮ったダナは直時の右手を取った。


「これが根拠です」

 後ろを向いて直時の手を尻の方へ引っ張る。こんなところで! と、慌てる直時の掌に温かいものが押し付けられる。


 ダナの尻尾だった。


 一瞬の驚きの後、直時の顔は笑み崩れた。さわさわと巻きついては撫でるように纏わりつく豹人族の尾。艶やかな毛並みと、意外と力強いその感触に陶然としてしまう。


(なんという肌触り! 撫でたい! 撫でまくりたい! しかし、ここでそんなことすればセクハラもいいところ…。くぅ! なんという攻撃だ!)

 直時の隠しきれない喜び様に、フィアは不機嫌に、ミケは興味深そうに、ヒルダは笑いを堪えるようにしている。


(ぬあああ! 触りたい! 頬ずりしたい! なんだっ? 拷問かっ? 拷問なのかっ?)

 声も無く身悶えする直時の様子を確認したダナが言葉を続ける。


「ヒビノ殿は、普人族が忌み嫌う獣人族の特徴を好いておられます」

 少し頬を赤らめながらそう言った。


「あっはっはっはははははっ!」

 ヒルダが吹き出す。フィアは相変わらず不機嫌そうだ。


「喫茶室でタッチィーがうちのお尻見てたと思ってたけど、実は尻尾だったのかニャ?」

 面白そうに直時の前にお尻を突き出したミケが、短めの尾をフリフリとしてみせる。


 それが直時への最終攻撃となった。鼻を押さえ出血を押さえたものの、噴き出せなかったリビドーがどこかで逆流したらしい。真っ赤になって寝具の上にひっくり返ったのであった。




 直時が再び眼を覚ましたのは、夜が更け皆が寝静まる頃だった。出迎えたのは誰ひとり欠ける事のない面々で、意識が無い間にどういった話し合いが行われたのか、部屋には直時とリナレス姉妹を残して、意味ありげな視線を流しつつ退室するフィア、ヒルダ、ミケだった。




「……最後に聞くけど本気? 俺って結構エロいよ?」

「うっ! か、覚悟は出来ています!」

「わた、私も!」

 最期通牒をダナに突きつけるが、観客設定のラナまでもがにじり寄ってくる。


「じゃあ、二人とも並んでベッドに腰掛けて…。そう。じゃあいくよ?」

 ベッドから離れていた直時は、固い表情のリナレス姉妹に近寄って、左右の掌をそれぞれの頬へと伸ばし、顔を近付けた。




 何故か部屋のすぐ外で待っていたフィア、ミケ、ヒルダは予想を上回る早さで扉を開けた直時の姿に驚いた。10分と経っていない。


「…ヒビノよ。オスとしてこんなに早いのはどうかと思うぞ?」

「どうせ逃げたんじゃないの?」

 ヒルダの酷評や、フィアの嘲笑にも拘わらず直時は満面の笑みである。それは何かをやり遂げた満足感に満ち溢れていた。


 ミケが確認した部屋の中には、荒い息を吐きながら顔を赤らめているリナレス姉妹がいた。ただし着衣に乱れは全くない。


「何があったニャ?」

 流石のミケも状況が飲み込めず、二人へ問い質す。


「…弄ばれました」

 息も絶え絶えでダナが答える。


「耳と尻尾を…。撫でまくられ、頬ずりされ、あまつさえ軽く噛み噛みされてしまいました」

 なんとか報告するダナの横で、ラナが小指を口に含んでいる。


「我が生涯に一片の悔い無しっ!」

 小さくも力強い呟きが、直時の口から聞こえた。






肉欲より魂的な欲を採った直時でした。

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