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交易都市ロッソ

事後報告会です。


 意識を取り戻した直時は、フィアの遠話連絡をもらったミケとヒルダが来る前にと、遅い昼食を摂っていた。お粥か雑炊を切望したが、宿のメニューに米のような穀物料理はなかった。

 今、直時が嫌そうに口に運んでいるのは、僅かに褐色がかった粘液状の病人食であった。荒く挽いた小麦粉を、水に溶かし、煮ただけの代物である。味は皆無、むしろ麦の薫りだけで咽そうになる。

 それでも体力を戻すには食べるしかない。味に眼をつむって、少しずつ咀嚼そしゃくしながら嚥下えんげする。見かねたフィアが注いでくれた果実酒で、無理矢理飲み下していたが、空きっ腹になんとやら…。食べ終えた頃には、かなり酩酊してしまっていた。


 食器が片付けられる頃、フィアと似たような変装をしたヒルダが到着し、続いてミケが冒険者ギルドから戻ってきた。直時の回復を祝う言葉がそれぞれから発せられ、照れながらお礼の言葉を返す。

 場が落ち付いたのを見計らって、ミケが皆に声を掛ける。


「それではここに第一回リスタル防衛戦報告会の開会を宣言するニャ」


 隣室から持ち出し、合計4脚の椅子にリナレス姉妹、フィア、ヒルダが腰を下ろし、直時は寝床の上に胡坐をかく。ミケは立ったままで皆の注意を集めている。


「眼を覚ましたばかりのタッチィーのためにも、その後の経過を報告するニャ。まず、ヴァロア王国リスタル侵攻軍は壊滅。少数が国に帰還を果たしただけニャ――」

 ミケの説明に直時の酔いが醒めていく。


 他の面子にとっては確認事項であったが、新たに判明した点もあった。ヴァロアのリスタル侵攻作戦が、かなり早期にカールからシーイスへと知らされていたこと。ヴァロア軍の真の目的がマケディウスであったこと。そして、隙をついたカール帝国がヴァロアに侵攻するため、情報隠蔽を強制していたこと等である。

 リシュナンテがそのため暗躍していたことも、冒険者ギルドの情報網から浮かび上がった。ヒルダは察していたようで、特に意外そうな顔もなかった。


 ミケの報告がひと段落し、直時が質問の声をあげる。


「シーイス公国は小国だよね? 大交易都市ロッソとの、最短に位置するリスタルの喪失は、無償借款が餌だったとしても損害が大き過ぎないか? 借款なんて一時しのぎでしかないだろう。ヴァロア軍のロッソ侵攻を阻むために、むしろマケディウス王国と情報を共有して、同盟を組んだほうが良かったと思うが…。まあ、各国の絡みとか知らないから実際の事情はもっと複雑なんだろうけどね」

「長期的に見るなら、シーイス公国としてはロッソとの交易が途絶えない方が望ましい。カール帝国だって、シーイスを通して交易の利益を得てる。ロッソとの交易より、ヴァロアに攻め込む何らかの理由があったのかしら? 国益を考えればヴァロア軍が越境した時点で迎撃して、戦争そのものの短期収束を狙うのが筋だわ」

 直時の疑念にフィアも同意する。


「シーイスはカールと同盟とはいえ、ほとんど属国扱いニャ。強引に押し切られたと思ってたけど、他に理由があるのかもしれないニャ。ギルドにも情報の再検討と洗い出しを上申しておくニャ」

 ミケもギルドの出した結論に疑問を持ったようだ。


「まあ、その辺りのことは国同士の問題だ。私達に関係は薄いだろう。それよりもヒビノは聞きたいことがあるのではないか?」

 考え込む3人にヒルダが話題の転換を促す。


「それはそうなんだけど…」

 直時の視線はリナレス姉妹と、他でもないヒルダへと向けられる。自分の事情を把握しているのは、今のところフィアとミケだけだ。不必要にぼかした表現では、リナレス姉妹はともかくヒルダには色々と感づかれる恐れがある。


「タッチィーが精霊術師だってのは、ここにいる皆が知っていることニャ。リスタルでの空中戦も有名ニャ (詳しいことはフィアちゃんを加えて改めて話すニャ)」

 ミケが会話をこなしながら、念話で直時のみに意思を伝える。器用なものである。異世界人であること、魔法陣改造技術のことは伏せるようだ。


「じゃあ自分が意識を失った前後の…リスタルのことを…。それと自分が無事でいる経緯を聞かせて欲しい」

 意識を失う寸前、直時は痛みと恐怖から、今まで覚えたことのない、強い殺意を爆発させた。自分が何をしたのか怖かったが、その直前までだってヴァロア兵を殺していたのだ。誰かを守るという美辞麗句を盾にして…。今更自分がやったことを、なかったことには出来なかった。


 ミケは少し躊躇った後、直時を真っ直ぐ見て話し出した。砕けた調子は微塵もない。


「タダトキさんが負傷されたとき、無意識に念話を放ちました。私とリナレス姉妹が受念。その場へ急行しました。救出直前に、タダトキさんは闇の精霊術を行使。結果、リスタルの町に侵入していたヴァロア兵は一掃されました」

「あの時、俺は標的を定めていなかった。周り全部が敵だと、殺意のまま攻撃を放った。ダナさん、ラナさん、ミケさんが無事だったのは嬉しいけど、…どうなった?」

 直時の問いには、他の冒険者への被害はなかったかとの意味が込められていた。直接口に出来なかっただけだ。


「あの時点で、連絡の取れていた未撤退の冒険者義勇兵は、私達3名を含めて8名。生還出来たのは私達だけです。」

「そう…か。俺は守るどころか、味方を殺したのか」

「ヒビノ殿。それは身を守るためだったではありませんか!」

 自責に項垂れる直時に、ダナが強い声を出す。


「いや。思い出したよ。あの時の俺は助かろうと、生き残ろうとして攻撃したんじゃない。自分を殺そうとする存在が憎かった。紛れもなく憎悪のため、殺すためだけに力を放った」

「あれは闇の精霊術のひとつ、還魂かんこんの法です。生あるものを安らかな死に就かせ、魂を冥界へと送ります。死者に痛苦は一切与えません。憎悪だけが理由ならば、そのような攻撃方法を採ることはないでしょう。例え無意識であってもです。闇の精霊術師の先輩として、私が保証します」

 直時の言葉に黙りこんだダナに代わって、ミケが言葉を繋いだ。


「精霊術が収まるのを待って、タダトキさんを確保。出血が激しく治癒術が必要なところへフィアさんが来ました。タダトキさんを救ったのはフィアさんです。その後、フィアさんとヒルダさんが混乱するヴァロア軍を攻撃。撃退しました。意識の無いタダトキさんの安静を優先した結果、ノーシュタットより近距離の『ロッソ』へ運んだのです」

 ここにいる皆のおかげで命を長らえた。直時は寝具の上で正座になり、深々と頭を下げ礼を言った。


「次はヒビノの番ね。ミケちゃんから大体は聞いてるけど、リスタルからの避難民と会った時に別れたんでしょ? そこら辺から何を見聞きして、どう行動したのか聞かせてくれる?」

 フィアが促す。


 直時は思い出しながら話はじめた。


 混乱する避難民への魔術補助。町に残っていた住民。ギルドで聞いたヴァロア軍の規模。引き続いての魔術支援。『高原の癒し水亭』での最期の宴。早朝の空襲。避難を無事に終えるため、迎撃の決意。住民の最終避難直前に始まった戦闘。空中戦。撤退支援のため本陣急襲。油断からの負傷。そして、死の解放。

 ダナとラナの救助に関しては、あくまで偶然だったことを強調し、助けた結果だけを話した。心の傷は大きいだろうし、変に律儀な彼女等が、恩に拘ってもらっても困る。


「まあなんというか、やっぱり馬鹿ね。思い付きと思い込みで突っ走った挙句、子供に殺されかけるなんて自業自得。それに目立ち過ぎたわ。周辺国がヒビノの獲得に血眼ちまなこよ」

 これ見よがしに大きな溜息を吐くフィア。


「タダトキさんは今、シーイス公国、カール帝国、ヴァロア王国から重要人物として手配されています。シーイスとカールは共に自国へ迎えたい。ヴァロアは脅威と見做しているようですが、自国へ引き入れることが可能ならどんな取引でもするでしょう」

「リスタルで魔術支援して問われたときは、普人族じゃなくてハーフエルフだと言っておいたけど無駄だったか?」

「髪と瞳の色は珍しいですが、見た目は完全に普人族ですからね。加護や神器を与えられていると疑う者もいる始末です。とにかく、3国以外にも情報を得た国々が動いています」

「戦闘能力ならフィアやヒルダさんの方が上だし、そんな人は他にもいるだろうに…。俺一人探すより、他種族国家目指せば国力なんてすぐ上がるだろ。何故そこまで拘るんだ?」

 有名人を召し抱えることで、国のステイタス向上に繋がるのだろうか?首を捻る直時。


「普人族である、という事が大事なのだ。基本的に普人族以外は国民になれない。何故なら、他の種族は町に住みつくことはあっても、一つ所に留まり続けることは少ない。国家というものに対する帰属意識が、我々と普人族ではかけ離れているのだよ。だからこそ、力を持った普人族というヒビノの獲得に躍起になっている」

 ヒルダの説明にも、今ひとつピンと来ない直時。


「つまりだ、普人族国家にとって、他種族は鎖に繋げない飼い馴らせない獣で、同じ普人族は餌さえ絶やさなければ、飼い馴らすことが出来る家畜ということだ」

「言葉は悪いですが、最も簡単な説明だと思います。補足しますと、普人族が国家という大きな集団を形成するのは、他種族に対抗するためだと言われています。よって、他種族を国民として迎え入れることはあり得ません」

 ヒルダのきつい表現に引き気味の直時であったが、驚いたことにミケも同意のようだ。他の面子も同じらしい。


「利用目的は多いわね。なんといっても魔力量。戦時でも平時でも使い放題。直接戦闘でも戦果をあげているし、支援魔術が掛け放題となると補術兵としての価値の方が高いわね。英雄として祭り上げ、それを従わせることで支配階級の権力強化にもなる。周辺国への牽制としても有効。ヒビノの力が子にも受け継がれるなら、王族の存続安定にも繋がる……。他に何かあるかしら?」

 フィアが思い付くまま利用方法を連ねていく。直時にとっては頭の痛くなる内容だ。もういいと手を振って遮り、盛大な溜息を吐いて顔を上げた。


「ほとぼりを冷ますのに身を隠すしかないか……」

 呟いた直時へ遠慮勝ちに声が掛かる。ダナである。


「確認したいのですが、良いでしょうか?」

 肯定の頷きを返す。


「ヒビノ殿は普人族なのですか?」

 直時が、あっと思い出した。リナレス姉妹には、情報を口止めしたときに耳の短いハーフエルフだと偽ったのだった。どう答えたものかと思案していたが、ミケがあっさりと答えてしまう。


「普人族です」

 眼を見開くダナ。ラナが身を強張らせる。無理もない。ついつい恨みがましい眼で、ミケを見てしまう直時。


(別の世界の人族だとでも言うつもりですか? そもそも信用されませんし、ヒルダさんもいるんですよ。リナレス姉妹ならともかくヒルダさんにハーフエルフだと押し切るのは無理です)

 ミケの念話が頭に響く。致し方ない判断だろう。


「身を隠すなら早い方が良いでしょう。ロッソは人も物も出入りが激しく、目立ち難い半面、出入りが容易いため、各国の間者も多数潜入している模様です。この町のギルド会館も監視対象となっています。複数の視線を感じました」

 直時が思っていたより状況は逼迫ひっぱくしているようだ。


「カール、シーイス、ヴァロアと近隣国は駄目ね。最低でもこの3国と交易が無い国まで移動するか、普人族の立ち入らない種族のさとに隠れるか…」

 フィアが逃走先を検討している。


 直時も、フィアからもらった知識の中から、ユーレリア大陸の地図を脳裡に広げてみた。


 アースフィアの天井と呼ばれる中央山脈。その北西に位置するのが、直時がこの世界に迷い込んだ地である、風廊の森。カール帝国の領内であり、西に接するのが今回戦ったヴァロア王国。シース公国はカールとヴァロアの国境線の南、中央山脈の端にかかっている。更に南には海に面したマケディウス王国。東西に広がり、良港を数多く押さえている。

 風廊の森から、ほぼ真南へと旅してきたわけである。基礎知識内で判断すると更に西の各国は、いがみ合いながらも交易自体は活発であるらしい。潜伏先としては危険だ。


 海沿いに東へ行くと、幾つかの小国を挟んで『イリキア』という海洋国家がある。直時の記憶が甦る。加護祭で賑わっていた、ノーシュタットの屋台で食べた美味な串焼き。その食材がイリキア産のはずだった。

 地図から判断するに、多数の群島を版図に入れている。無人島なら身を隠すにも良いだろう。海の幸も美味そうだ。判断基準としてはどうかとも思うが、どうせ詳しい知識など無い。遠い国でもあるし、直時は訊ねてみることにした。


「イリキアって国はどう? 結構遠いよ。それに海洋国家みたいだから、ロッソみたいに商業が盛んそうじゃない? 無人島とかなら隠れるのにもってこいだ」

「イリキアか……。海が綺麗な国だって聞いたかな」

 フィアも詳しくないようだ。ミケはノーシュタットの露店を憶えていたのか、猫耳をピクンと動かし答えた。


「イリキア王国は、西の隣国リッタイト帝国と小競り合いを続けてますね。まあ、争いを抱えていない普人族国家はありませんが」

 流石はギルド付き冒険者である。各国の情報もある程度網羅しているようだ。


「イリキアはマケディウスとも交易が盛んですから、潜伏先としてはリッタイトの方が良いかもしれません。文化的にもこの国を境にすごく変わりますから、交流自体殆ど無いのです」

 ミケの助言にリッタイトの情報を脳内検索する。フィアの知識に詳しい情報は無いようだ。


「他種族の郷に匿ってもらうという案はどうなんだ?」

 ヒルダが突然口を挟む。先程フィアが口にしていた案だ。


「普人族を受け入れるような種族の郷なんてある?私の故郷だって多分無理よ?」

 検討したものの、現実性が低いと判断したフィア。自分の故郷も候補として考えてみたようだった。


「私も他の種族との交流はあるし、頼れそうな相手もいるけれど、あくまでも個人的な付き合いで、同族の理解が得られるとは思えない」

 有名人であるフィアのコネが通じないとなると、普人族というのは余程嫌われているのだなあと実感する直時である。ところが、ヒルダが自信満々で答えた。


「私の郷なら誰にも文句は言わせないぞ」

 孤高の種族と言われる竜人族の郷に普人族を招き入れる。それがどれだけ不可能事であるかを知る直時以外の面々が驚く。


「ヒルダさんって、もしかして竜人族の偉い人なんですか?」

 感じた疑問をそのまま訊ねるミケ。


「竜人族といっても、あちこちに氏族ごと散らばって住んでいてな。私の実家は銀竜山地一帯の長なのだ」

「じゃあ! 黒剣の竜姫の『姫』って! 女性を意味してたんじゃなかったの?」

「未熟ではあるが、次の長となる予定だ」

 フィアの驚愕に恥ずかしそうに答えるヒルダ。直時としては、跡継ぎご愁傷様ですという感想であったが、他の皆は固まっている。

 竜人族は、有力氏族ごとに少数で広大な領地を構えている。かつて、普人族が軍勢を率いて攻め込んだこともあったが、ある国が数十人の竜人族に滅ぼされたこともあり、今では竜人族の領域を侵すものはいない。

 その氏族のひとつの長だとヒルダは言う。所謂お姫様であった。


「ヒビノ。強くなりたくはないか? お前には磨けば光る原石の強さがある。普人族が持つ私欲も少ないように見受けられる。お前が望むなら、お前が守りたいと思った全てを守れる力を引き出す手助けをしよう」

 思いもよらない申し出である。冗談ではない証拠に、ヒルダは真剣そのものだ。


「強くはなりたいです。でも今回の件でわかりました。俺は誰も守れない。自分の身すら守れない。まずは自分の身を守る力をつけたい。でもそれは、俺のために俺がすべきことであって…。なかなかうまく言えないですね」

 直時は少し考えたあと、答えを待つヒルダへと続けた。


「俺は誰に迷惑を掛けるでもなく、静かな穏やかな生活をしたいと思ってます。多少は刺激を求める事もあるかもしれませんが、基本的に望んでいるのは平穏です。誰かを守るために戦うなんて柄じゃない。勿論自分の手が届く範囲で、手を伸ばすことに躊躇いはありません。そんなこと、考えてやることでもないですしね。でも、救いを求める人を探してまで助けようだなんて思ってません。やりたくもないです。それは本人と、その周りの人がなんとかすべき問題で、そのための努力はその人達の義務だと思うんです」

 言葉を切った直時は言ったことを反芻はんすうしてから、次へと続ける。


「自分を守るため強くなるのに、無償で他人の力は借りれません。自分で努力すべきだと思います。それでも他人に助けを請うなら、対価を支払ってしかるべきです。今の俺に対価を払うことはできません。だから、ヒルデガルドさんの好意に甘える事はできません」

 拙い言葉は、自分の想いを正直に伝えられるように。ヒルダは判ってくれただろうか?


 思えばフィアには頼り切っていた気がする。お目付け役だと思えばこそだったが、それも終わった。だからこそ直時は、これからの逃避行には独り発とうと思った。

 普人族と見做されている自分が、他種族の者とそこそこ仲の良い知人となれたのだ。それはこれからの人生への励みとなった。


「くっくっくっくっく…。あはははははははっ!」

 突然笑い出したヒルダに驚く直時。何か変なことを言っただろうか?


「聞いたか? 普人族だぞ? 普人族がこんなこと言うか?」

 笑い過ぎて涙目になったヒルダが、他の面々を見回して言う。実に楽しそうだ。


「それがタッチイーの良いところニャ」

「あれ? ミケちゃん、いつもの調子?」

「なんか気負ってたのが馬鹿らしくなったのニャ。フィアちゃんもやっぱりそれが理由かニャ?」

「まあね。馬鹿だけどね。それだけに面白いじゃない?」

 ヒルダは未だに笑っているし、ミケとフィアは二人で納得し合っている。直時の頭上には見えない疑問符が大量に浮かんでいた。


 このような考え方は、普人族以外の種族にこそ顕著であった。個人主義と言っても良いだろう。個体の能力が突出したが故であった。直時も、この世界において特殊な力を持つということ、依存できる共同体に属していないことで似た思考となっていったのだろう。

 彼が大量の魔力や精霊術といった能力を獲得していなかったなら、また別の生き方を選ばざるを得なかったかもしれないが。


「ヒビノ殿は今後どうなさるおつもりですか?」

 和やかなフィア、ミケ、ヒルダとは対照的に真剣な眼差しのダナ。3人の陽気さに水を差すのもはばかられた直時は、手招きして耳元に囁く。


「できれば明日の夜。最低でも3日以内にここを発つ。君達を慰めることも癒すことも出来ないが、生き残れたことを僥倖ぎょうこうとして明日の幸せを願っている。姉として大変だろうが、妹さんを大切にな。ここまで運んでくれたことで、全てはチャラだ。むしろ礼を言わねばならんかもな。有難う」

 実質別れの言葉である。リナレス姉妹には正直迷惑しかこうむっていないが、全ては過ぎたことだ。ミケに自分の情報を話してしまったことにも、既にわだかまりはない。

 

 仮に彼女等がうっかり逃亡先を喋ってしまっても、交流の無い遠い他国なら動きはかなり制限されるだろう。むしろ、追跡を諦める材料になるかもしれない。それでも追手があるなら危険度を計る指標になるだろう。


(甘いかもしれないけど、マイナス要素を抑制するより利用する方が楽だな)

 直時は餞別代りとして、自分の情報をミケやリナレス姉妹に売らせることも考えていた。対価としていくらか分け前をもらえれば、当座の旅費もそこから捻出できそうだ。


(その辺の裏交渉はミケさんに任すか…。各国諜報部から巻き上げた情報料は皆で頭割りして……)


「ミケさん。俺の情報に値段付くかな?潜伏場所とか、行き先とかの」

「不確定な情報なら買い叩かれます。実物を見せれば別ですが。例えばタダトキさんがある店に出入りしている。そこへ案内して、確認を取らせる。これなら相応の値段が付くでしょう。」

「ヒビノ、何を企んでるの?」

「俺は今、文無しだからね。逃亡資金を稼ぎたい。こっそり逃げるのも癪だし、手伝ってもらえるかな? 俺から皆への依頼だ」


 直時はニヤリと笑いかけた。






折角の交易都市ですが、宿屋に缶詰の直時。

次話で悪巧みを実行予定です。

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