侵略⑥
合間に書いてたのを繋ぎ合わせて更新です。
見苦しく感じられませんように><
ヴァロア軍攻性魔術師隊500は、各中隊約120の兵ごとに、指定された空域へと攻撃魔術の一斉射を放った。直時の進路上に少しずつ間隔のずれた攻撃が4つの範囲に撃ち上げられる。
「速い!雷系かっ?」
魔法陣が編まれるやいなや、攻撃を予測してその身に纏う乱気流を強くし範囲を広げた直時だったが、風の防壁をすり抜けるように雷の矢は進路を変えない。
防御が無効と判断した直時は、急いで進路を垂直にとった。攻撃を恐れたための反射的な行動であったが、それが直時を助けることとなった。
垂直方向に逃げたことで、進路を埋め尽くすかのような弾幕に突っ込むことなく、被攻撃面積を最小限に抑えられた。そして、魔術の射出速度が直時の移動速度を上回っていたが、同方向に進路を取ることで相対速度が減少し、回避の余裕を得られたのであった。
避けた雷の矢が、直時を追い越した少し先で減衰して消えた。有効射程はどうやらこのあたりのようだ。胸を撫で下ろすが、敵兵の姿は遥か下方である。未だ使いこなせていない精霊術を行使するには遠過ぎた。
「本陣を囲むように円陣か…。上空からだと全部隊から狙われるな。かといって、地上での正面突破は層が厚くなるから囲まれるのがオチか」
射程外の高空に滞空しながら少し考え込んだ直時は、一度外縁へと進路を取り再度の突入を計る。先程より高度は低い。
「風と水の精霊よ。加護を願う」
呟いた直時は風の精霊に加え水の精霊に頼むことで大気中の水を集め、真空の断層と水の紗幕を張り巡らせた。
(雷系なら水が遮ってくれるはず!頼んだよ!精霊さんっ)
風の精霊に遠慮していたかのような、ふよふよとした水の精霊が集まり、ひらひらと舞う風の精霊と一緒に直時の周囲を舞う。
「強行突破する気か?(進路前方第3中隊、左方第1、右方第4中隊は敵前にずらせて射撃!第2中隊は扇状に射撃!)」
ヴァロア軍攻性魔術師隊の指揮官が各中隊長に遠話で命令を下す。
突入方向を改めた直時が高度を下げて侵攻する。射撃角度を制限できたが有効射程内である。精霊の防御を信じないわけではなかったが、飛翔速度は先程より速く進路も細かく変更している。
いくら攪乱をしても直時の最終目標は歴然としている。本陣だ。戦慣れしているヴァロア軍の読みは正確だった。速度や進路変更に惑わされながらも、殆どの攻撃が直時の進路上に撃ち上げられた。
攻性魔術師隊が放った攻撃魔術は先程と同じく『雷矢』であった。単発が直撃しただけでは即死には至らないが、一人の術者が連続して3発を放てることが迎撃戦で採用された理由であった。
500の魔術師が放つ1500の弾幕だが、直時が纏った水膜に触れるやいなや飛沫とともに後方へと流れていく。
「いける!」
確信した直時は回避軌道を改め、本陣へと直行する。
(止めろ!雷系中級以上で迎撃!)
(間に合いません!)
(撃てる者だけでいい!撃て!)
(雷系中級以上!射撃!)
指揮官の無茶な命令を下命した各中隊長の遠話に反応できたのは少数であったが、『雷剣』『雷槍』といった攻撃力の大きな魔術が直時を襲う。
この迎撃は数が少なかったが、幸運にも直時の水の防御膜を蒸発させ貫通したものがあった。
「ぐがっ」
本陣の天幕を目前にした直時の左わき腹を掠めた『雷槍』があった。外傷はパーカーが少し切り裂かれ、皮膚が焼け焦げただけだったが、魔術に込められた高電圧が身体の自由を奪った。
全身の筋肉が意思とは無関係に硬直する。痛い!激痛に意識が遠のく。精霊への意思の伝達が疎かになる。
制御不能となった身体はその速度のままに落下をはじめる。直時の身を受け止めたのは本陣の天幕だったのは幸か不幸か…。
「なんだっ?この風の渦、不規則な気流は!」
天幕に激突する寸前、補術兵によって施された防御魔術の風に巻き込まれ、天幕表面を弾き飛ばされ、引きずりこまれ空気の渦に翻弄される直時。
本陣を背にしたことで、全周を囲む兵も魔術攻撃が出来なくなったようだ。直時は精霊へと治癒を願うことで感電した身体の治癒をはかる。
しかし、近接戦を選んだ重装歩兵が『地走り』等の移動系魔術で肉薄する。
「空中戦で風の精霊使いと判断されたってことか。ここは水の精霊の力を借りる!」
天幕の風の魔術に護られた結界の直ぐ横に着地した直時は右手を地面に当てる。重装歩兵の突入にはまだ間がある。
土に沁み込み蓄えられた水、近くを流れる地下水脈の水、それらを水の精霊に集めてもらう。
「地に溶け、地に溜まりし水よ。我が願いに応えよ」
イメージするのは水の渦。天幕内部を迸る奔流。本陣内部は瞬く間に水の渦で満たされた。
悲鳴の泡を口から盛大に上げながら息絶えたのは、司令を始め複数の高官達と連絡兵達だった。パニックになったことで水を吸い込んでしまったらしい。
参謀や情報部員、他数名だけが本陣の生存者であった。
「戦果確認とかやってられん!逃げる!」
直時は幾つかの生者の気配を感じつつも、本陣を混乱させられたことで目的は果たした。
本陣全滅を疑った兵が攻撃してくる前にと、空へと避難する。
高速で飛翔する直時に、追撃の魔術が放たれるが、そのどれもが掠りもしなかった。
(ミケさん!ミケさん!こちらタダトキ!本陣急襲は成功!敵司令の生死は不明だけど、指揮系統は混乱してるはず!義勇兵に撤退を指示してくださいっ!)
猫耳を頭にイメージして強く念じる。
(タダトキさんっ!無事ですかっ?怪我は無いですかっ?)
ミケのクールビューティーモードが慌てた様子であったことに直時の頬が綻ぶ。
(怪我は精霊に癒してもらったよ。何の問題も無い。これから『高原の癒し水亭』に残した荷物を回収してリスタルを離脱する。ミケさんも早く退避してね)
知人の無事を確かめられたことで安堵の吐息をつく。
(リスタル内部に、かなりの侵入を許しています。くれぐれも気をつけて!)
(了解!)
ミケとの遠話を終えた直時は真っ直ぐに『高原の癒し水亭』へと空を翔ける。
ヴァロア軍は西門から中央の行政と経済の中心へと進撃していた。それとは別に、特に町の北側の高級住宅街が狙い目である。対して獣人族が多かった南地区への侵入は少なかった。しかし、皆無ではなかった。
直時は南大通りに着地し、今は無人である『高原の癒し水亭』へと向かう。その途中、『探知強化』で鋭敏化した感覚にひっかかったものがあった。押し殺した悲鳴と苦鳴。しかも女性のそれであった。
気配を殺して侵入した邸宅ではヴァロア兵が凌虐の最中だった。直時が眼にした光景で真っ先に映ったのは真紅の血と切り落とされた獣人族の耳であった。
床に落ちていたのは獣人族の耳が3つと尾が二つ。息を呑んだ直時の眼前には両手がありえない方向に曲がった獣人族の女性と、彼女に声をかけ続ける片耳が切り取られた身内と思える女性であった。
二人の後背には、息を荒げたまま下半身を打ち付けるヴァロア兵がいた。
「…風よ、切り刻め」
直時の声は小さかった。しかし、その激情を酌んだ風の精霊は忠実に役目を実行する。獣欲に身を任せていたヴァロア兵は悲鳴をあげる暇も無く、瞬く間に肉片へと変わった。
それまでの饐えた男達の汗と体液の臭いに代わって、血と臓物の生臭さが満ちる。
「ラナっ!ラナっ!」
両腕を折られ、両耳を削ぎ落されたまま凌辱されていた女性に、もう片方の女性が這いずりながら近寄る。彼女の片耳も削がれ、全身の傷口と下半身からは血が流れている。
豹人族であり、直時とも少なからぬ縁があったリナレス姉妹だった。
妹であるラナを人質に取られ、ヴァロア兵の凌辱に身を任せるしかなかったダナ。姉の心配を他所に妹の意識はないようだ。身体の切創から出血が続いているが、命の火は消えていない。
急いで治癒を施そうとする直時に精霊達の声が聞こえた。床に放置された血まみれの耳と尾を手にラナへ近付く。
「…精霊達よ。此の者に癒しの御手を差し伸べ給え…」
両手を折られ、体中傷だらけのラナに切り落とされた耳を添えた直時が精霊達に請い願う。
両耳が癒着するのを待って、尾も傷口へと押し付けた。直時の魔力は精霊達によってラナを癒す力へと変換される。両腕も、治りが早くなるとの精霊の声により、引っ張って真っ直ぐに伸ばす。
意識は失ったままだったが、ラナの傷は全て完治した。負傷の痕跡は、付着した血の痕だけだ。ラナの胸が安定した呼吸で上下するのを見て、安堵の吐息を漏らすダナ。
彼女にも同様に治癒術を施す。
「痛む所は無いか?」
「大丈夫。疲労感はあるが、傷は塞がったようだ」
直時の問いにダナが答える。傷そのものは癒えても、体力までは戻らないようだ。
「貴方に助けられたのはこれで2度目だな。心より礼を言う」
意識の戻らない妹の傍らに跪き、両手を床に深々と頭を下げる。
「どういたしまして。それより何か着てくれ。眼のやり場に困る」
ダナもラナも下半身は剥き出し。胸元も引き裂かれ、体には衣服の残骸が少し残っているだけであった。真っ赤になるダナから視線を外し、手近の死体からマントを2枚引き剥がす。
1枚をダナの肩に掛け、もう1枚をラナに被せた。
「義勇兵も撤退だ。避難は終わったそうだ。妹を起こして早く逃げろ」
「貴方は?」
「忘れ物だ。『高原の癒し水亭』に荷物を取りに行ってから逃げる」
「わかった。ラナ!ラナ!」
頷いたダナは妹の身を揺さぶる。
「姉…さん?」
「ラナ!」
「あ、ああああああああああああああ!」
意識を取り戻すが、先程のことを思い出したのだろう。ラナは元に戻った両腕で自身を抱き、震えるままに悲鳴をあげた。
「まずい!落ち着かせろっ!」
ダナに言い聞かせた直時は、玄関先へ飛び出し周囲への警戒をはじめる。
上体を起こした妹に抱きつくダナ。背中を軽く叩いて子供をあやすようにしている。何度も大丈夫だと囁き、ラナが正気を取り戻した。直時の耳に嗚咽が届く。
「動けるか?移動するぞ」
同情を押し殺し、意識して冷たい声を背後にかける。退避が最優先だった。
「少し待って欲しい。衣類を整える」
「急げよ」
ダナの返事を聞き、焦りながらも警戒しながら二人を待つ。
「しかし、意外だったよ。二人とも普人族には良い感情持ってなかったのに義勇兵に志願してたんだな」
「宿屋の皆には親身になってもらった。ブラニー氏も良い人だ。ここのギルドにも世話になった。ミケラさんにも。だから恩を返したかった」
「恩返しも自分達が生きていてこそだぞ?」
「わかっている。しかし、相手がまず生きていてくれないと返せない」
「そうか。そうだな。うん。君等は良くやった。皆、無事に脱出できた。次は俺達が逃げる番だ。もちろん無事にな」
敵中に取り残されたことを少し非難めいた台詞に混ぜた直時だったが、真っ直ぐな言葉に苦笑しながらもダナ達を褒めることにした。
「待たせてしまって済まない」
「よし。行くかっ……て!君等のその格好はっ?」
振り向いた直時が絶句する。敵のマントを裂いて作ったのだろうが、布が覆っているのは胸元と腰回りだけだ。
胸元は巻きつけた布がずれない様、交差させた布を一度結んで、両端を胸の谷間を通し首の後ろで縛っている。問題は腰回りで、巻きつけた布の片側ずつを腰の左で結んでいるだけで、丈も短く落としてしまっていた。スリットが腰まであるミニスカートのようだ。
「動くのに邪魔な部分は切り落とした。これぐらいでないと身軽な動きが出来ない」
「あの、有難うございました」
堂々としているダナとは違い、姉の背中に隠れるようにしていたラナが直時に礼を述べる。俯き加減で視線を合わそうとはしない。
(あんな経験をしたんだ。無理もない)
「どういたしまして。ここからなら荷物を取りに寄った後、南門から逃げた方が良いな。中央広場に戻るのは危険だ」
走り出す直時の後ろにリナレス姉妹が従う。
すっかり人の気配が絶えた『高原の癒し水亭』。直時の荷はその受付カウンター前に置いてあった。『浮遊』の魔術をかけたそれを掴んで玄関先に出る。
「私達も部屋から荷を取ってきても良いだろうか?衣服が多少だけなのだが…」
直時が出てくるまで、周囲を警戒していた二人。時間が惜しかったが、直時も寄り道したことである。それに彼女等の格好のこともあった。
「わかった。君等が戻るまで周辺警戒は任せろ。急げよ」
「有難う!」
ダナとラナは自室へと駆けあがっていった。
二人が離れるのと同時に、直時の感覚は複数の接近する気配を察していた。槍を受けの形で構え、風の精霊にも準備を伝える。
路地のひとつから現れたのは12、3歳ぐらいの少年達だった。一塊になり、怯えながら移動している。略奪に夢中の上官とはぐれた者や、冒険者の攻撃に上官だけが斃れた者が行動を共にしていたのだ。
「ヴァロア兵か!」
直時の誰何の声に全員の身が硬直する。8人の集団の中から3人が前に出て、震える手に短めの剣を構える。中央の一人が一歩前に出て、仲間を背に庇ったまま気丈にも直時に叫び返す。
「ヴァロア侵攻軍408重装歩兵付き従兵エミール・カンテ准3等兵である!貴様は何者かっ?」
怯えながらも気丈な少年兵の姿に直時の警戒が途切れる。
「タダトキ・ヒビノ、冒険者だ。君達の勇戦により撤退することになった。我々は逃げる。見逃してもらいたい」
「敵に背を向けるのかっ?」
少年の眼に侮蔑の色が混じる。志が高いのは良い。しかしそれが他者を貶めることで得られるのはいただけない。内心眉を顰める直時であったが、彼等が受けてきた教育に干渉する理由も義理もない。
「君達の友軍は中央広場を目指している。合流するならここから北を目指すと良い。追撃するなら反撃するまでだが、君達の軍規でははぐれた場合速やかに友軍との合流を命じていないか?」
少年兵達の間に動揺が走る。当てずっぽうで適当なことを言ったが、直時の指摘は当たっていたようだ。
仲間内で囁きが交わされ、リーダー格の少年も振り返り振り返り会話に加わる。そのうち、後ろのひとりが直時を指さした。
「空中騎兵と戦ってたっ!」
少年達全員の顔から血の気が引く。
「風の刃よ 切り裂け」
苦笑したくなるのをなんとか我慢した直時は、出来るだけ冷酷な表情を装って従兵と自分の間の石畳に向けて精霊術を放つ。突風が去ったあと、地面と余波を食らった建物に深い切れ目が生じていた。
数人が腰を抜かしへたり込み、残りは後ろも見ず走り出す。溜息をひとつ残して、宿屋前での警戒にもどる直時に、先程名乗った少年が問いかけた。
「あんたはシーイスの人?」
「違う。でもこの町で生活していた」
借り宿に過ぎないが、フィア以外の知人がはじめて出来たのもこの町だ。直時に嘘を言っているつもりは微塵もなかった。
「何故皆殺しにしたんですか?あんた程の力があれば追い払うだけでも出来たんじゃないんですか?」
「攻めてきたのはお前達だ。殺しに来る者が殺されるのが納得いかないのか?ヴァロア人はそんなに偉いのか?」
涙声で訴える少年兵だったが、そのことに苛立ちを隠せない直時。つい、語調が厳しくなってしまう。リナレス姉妹に対するヴァロア兵の所業が頭から離れない。
「兄がいたんだ。空中騎兵に」
立ち上がったものの、俯いて肩を震わせる少年兵。見えない顔からはとめどない滴が落ちる。
掛ける言葉を探しながら直時はその少年に歩み寄る。嗚咽を堪え、それでも涙を流し続ける彼の肩に手を置く。
「君の兄は正々堂々自分と戦った。地上軍とは違う勇猛な相手だった。君は兄を誇って良……い?」
直時は最後まで言葉を続ける事が出来なかった。腹腔に熱い感覚。見上げた少年兵の顔に紛れもない敵意と殺意が漲っていた。その右手は直時の腹へと続き、ナイフが刀身を沈めていた。
自己満足の優しさは自分にも相手にも有害であることが多いかもしれません。
直時君には身を持って味わってもらいましょう。