侵略⑤
短めです。
投稿期間をあけたくなかった><
リスタルでの市街戦は、ヴァロア軍にとって悪夢の連続であった。
「リスタル侵攻に際して、魔石以外の戦利品は侵攻軍の裁量に一任する」
このような裁可が下りていたことが、出征時には既に兵達の間に知れ渡っていた。戦意高揚を目的に、司令からの指示で敢えて情報を漏洩させていた侵攻軍首脳部の仕業だった。
これまでの戦闘であれば、リスタル規模の町は灰燼に帰すことも珍しくなかったが、囮という任務、リスタルの戦力等を勘案した結果、兵の私掠を限りなく認めた形となった。
司令すら戦略目的よりもそれを重視したために、町そのものへの破壊が、最小限に留まってしまったのは皮肉と言う外なかった。
戦利品の確保のため、町への焼き打ち等は行われなかった。敵義勇兵への注意喚起はあったものの、さしたる抵抗もなく侵入を果たしたことで、ヴァロア軍は我勝ちに商店や裕福そうな邸宅へと殺到した。
気の早い掠奪者は侵入した西門近くの商店や邸宅へ侵入していたが、より目端の利く兵達は、中央広場周辺の大店や総督府、リスタル北側の高級住宅街へと急いだ。
リスタルの町に乗り込んだ兵達に統率は無かった。
そして指揮から外れた兵達は、冒険者義勇兵の格好の標的となった。
「おいっ。ここだ!床下に隠してやがったぜ!」
「棚には碌なもんが無かったから持って逃げやがったと思ったが、そんな所に隠してあったとはな」
装飾具店へ押し入ったヴァロア兵達が、そこかしこをひっくり返している。
「こっちにも隠し戸があるぜっ?」
「早く開けろよ!」
破壊音と兵の歓声が響き渡り、品物の奪い合いが始まる。
従兵として戦闘に参加していた少年兵は、邪魔だ!との一喝で店の外へ追い出されていた。従うべき正規兵は略奪に夢中で、新しい命令は下されない。途方に暮れた様子の彼等は従兵同士で固まって、正規兵を待っている。
店の暗がりに音も無く忍び寄る人影があった。ミケだった。
彼女は手近な影に、鋭く伸ばした爪を勢い良く突き立てた。その肘までがなんの抵抗も見せず影に吸い込まれる。
床下の商品を物色していた兵の一人が、突然体を硬直させた。暗い床下から伸びたミケの貫手が、喉を貫いていたのである。隣にいた同僚が悲鳴を上げようとしたが、出来なかった。ミケのもう片方の爪が、兵のすぐ横、壁に落ちた影から出現し喉笛を斬り裂く。興奮状態の他の兵達は二人が斃れたことに気がつかない。
ミケは闇の精霊の力で影と影を繋ぎ、姿を見せることなく攻撃した。『転影』と云われる闇の精霊術のひとつである。接続先の影をはっきりと視認しないと繋げないため、あまり遠距離に攻撃はできないが、広いとはいえ同じ店内ならミケの間合いである。
5人を血祭りに上げたところで、他の兵が騒ぎ出し店の外へ声を掛ける。武器を構えた兵がなだれ込んでくる前に、ミケは気配を消したまま店の裏口から脱出。その姿を誰にも見られることはなかった。
(鐘楼より報告。ヴァロア兵の先頭は西大通りを中央広場に向けて移動中。今、ライラ雑貨店の手前あたりだ。手が空いてる奴は魔術でもぶちかましてくれ)
時計台の鐘楼に陣取り、偵察を担当している冒険者から遠話が響く。登録設定していた者だけにしか届かないが、情報を聞いた者が他の者へ情報を伝える。
(近くの安下宿の裏にいる。曲射で適当にぶちこんでやる。他に攻撃出来そうな奴はタイミングを合わせろ。撃つぞ?3、2、1、今だ!)
攻撃要請に応えた冒険者が、周囲に散っている者へ同時攻撃を指示した。数か所から攻撃魔術が放たれ、大きな弧を描き西大通りへと着弾する。
『炎弾』の高位魔術である『爆炎』が着弾と共に周囲へ炎の子弾を撒き散らした。身体を焼かれ、のたうちまわるヴァロア兵。周囲からは水魔術の魔法陣が編まれ、火はすぐさま消し止められる。軽傷の者はすぐに動きだし、重傷、致命傷を受けた兵はその場に捨て置かれた。
『氷槍』の多段攻撃が降り注ぐ。重装歩兵の鎧を貫通することは出来なかったが、防御力の殆ど無い装備の従兵が幼い悲鳴と共に斃れる。軽装歩兵や、騎獣から下りて(大型の騎獣は邪魔になったため)町に侵入した陸騎兵の身体にも風穴を開ける。
堅牢を誇る重装歩兵であったが、その鎧が高位魔術師の放った頭程の石弾の直撃にひしゃげる。鎧の中身も無事では済まない。
治癒魔術を施してくれる補術兵は後方だ。そこまで戻れない者は死ぬしかなかった。
しかし、死者を続出させ、姿の見えない攻撃者に慄きながらも、ヴァロア兵の勢いは止まらなかった。
ミケをはじめとする隠密行動を得意とする者達は、略奪に夢中となっている背後からの急襲と離脱を繰り返し、着実に減殺と混乱を与えていった。意図的に殲滅せず、気付かれないよう一部の者だけを狙うことで同志討ちを誘う義勇兵もいた。それに容易く引っかかった者が多かったのは、略奪の高揚に酔っていた兵が多かったからだった。
また、荒っぽい冒険者達は掠奪者を内包したまま、建物ごと破壊した。ある大店の奥の金庫前に殺到したヴァロア兵等は、屋敷を支える大石柱を的確に破壊して小隊ごと圧殺された。他にも商店街ごと火を掛けられ壊滅した小隊もいた。
住民の避難が完全に終わったことで、彼等が暴れまわることに遠慮は必要なかった。
それでも数的優位は揺るがない。倒しても倒しても湧き出るように増えるヴァロア兵。ゲリラ戦と雖も、敵中で孤立し連絡が途絶える義勇兵が続出してきた。
兵は恐れない。いや、恐れないではない。恐怖を狂気で塗り潰し、殺意と欲望を滾らせ、死ぬのは自分ではない誰かだと言い聞かせ、ひたすら進み、侵す。立ち止まることこそ死であると信じて進む。
死んだ味方の恨みをぶつけるかのように、捕捉した冒険者義勇兵への攻撃は苛烈を極めた。四肢を切断され、全身を切り刻まれ、顔は判別できないほど破壊された。
義勇兵の遺骸に残忍な満足感を得ていたヴァロア兵達の表情が凍った。彼等が絶大な信頼を寄せる空中騎兵の残骸が、町のそこかしこに落下し始めたからである。
仰ぎ見た宙空では、たった一人の敵に総攻撃をかけるヴァロア空中騎兵団の精鋭の姿があった。
リスタルでの略奪行為や義勇兵との戦闘に気を取られていて、その空中戦に眼を留めていた兵は多くはなかった。が、少なくもなかった。
彼等は空中騎兵団が一斉魔術攻撃を全周へと放った瞬間、『勝った!』 と、確信した。実際は追い詰められた末の戦術であったが、それほどその光景は圧倒的な力に満ちて見えていた。
しかし、彼等の空中騎兵団が巨大な風の渦に捕らわれ、それが次の瞬間真紅に染まったのを見て恐慌にとらわれる。
頼もしい空中騎兵がリスタルの空から消えたのだ。
受け入れがたい現実は、前衛の損害と共に本陣へ伝えられた。
「・・・・・・全滅というのは間違いないのか?」
「現在、飛行中の空中騎兵の姿がありません。落とされただけで生存している可能性はありますが、飛行可能な者の確認はできませんでした。攻撃に参加した空中騎兵は全滅です」
眉間に深く刻まれた皺を、苛立たしげに揉みほぐそうとする司令。嫌な汗が頬をつたう。虎の子の空中騎兵を失った責任、丸裸になった軍の上空、敵精霊術師の戦力、何をどう回避すれば良いのか判らなかった。
「残った空中騎兵は哨戒に充てていた8騎だけです。制空権は完全に失ったと言って良いでしょう」
「ならどうする?一度退くか?」
「必要ないでしょう。制空権を失ったといっても相手は単独です。町に入り込んでしまえば、上空からの攻撃も難しくなります。突入を果たした部隊はそのままリスタルを蹂躙させましょう」
「本陣はどうする?空の守りが無い」
敵として現れた精霊術師に恐怖する司令。血の気が引いている。
「突入を果たせていない重装歩兵の一部と攻性魔術師隊は本陣の守りに呼び寄せています。代わりにリスタルへは弓兵を支援攻撃に充てます。風の精霊術師ということなら、矢が武器の弓兵では本陣を守りきれないでしょう。攻性魔術師隊に迎撃を命じました。更に、補術兵部隊にはいつでも防御魔術を発動出来るよう指示。本陣の天幕には既に付与魔術を施しました」
天幕がバタバタと音を立てているのは、風の精霊術を妨害するため、同系列である風の防御魔術のせいだった。ひとつひとつの出力は弱いものの、補術兵の数にものを言わせ幾重にも重ね気流の層を作ったのだ。
冷静さを崩さない参謀の声と、万全とは言えないが、現状で望み得る限りの対策に、司令も漸く安堵の息をつく。
「敵精霊術師は空中騎兵を殲滅した後、前衛にいくらかの攻撃を加えただけでリスタルへと撤収したそうです。単独であれだけの戦闘をこなしたのです。魔力の消耗が激しいのでしょう。大規模な精霊術はもう使えますまい。おそらく市街戦を仕掛けている義勇兵と合流するのではないでしょうか」
参謀の判断に鷹揚に頷いて見せる司令。精霊術師に対する怯えを見せたことなど忘れたかのような落ち着き振りだ。余程安心したらしい。
しかし、その予想は直ぐに裏切られることになる。
「哨戒より報告!敵精霊術師がリスタル上空に出現。こちらに向かってくるそうです!」
直時はリスタルの町から離陸し、空を翔けた。目標はヴァロア軍本陣である。
進路上どうしても眼に入ってしまう先程の攻撃跡。未だ戦闘中であるためか、死者を収容する気配は無く、直時の攻撃で骸となった兵が放置されている。
胃液も涸れ、血を吐いたにも拘わらず、その光景に嘔吐が突き上げてくる。喉と胸を焼く感覚を無理矢理飲み込んで本陣を目指す。
―ヒュンッ
掠めた矢のひとつが直時の髪を数本切り飛ばした。リスタルへ侵入しつつある部隊の支援のため移動中だった弓兵と会敵したようだ。空中騎兵を屠ったことで油断があった。防御の風を忘れていたのだ。
矢が掠めたことで弓兵から次々に矢が放たれる。『推進』等移動魔術を付与された矢が
高速で迫り、その他炎や氷、風の衝撃波を伴った矢が直時を襲う。
(あの矢が当たってたら死んでた・・・)
ここは戦場だ。一瞬の油断が死に繋がる。少年兵達に死を与えたことで、心が麻痺していた直時であったが、自身の死に無頓着ではいられなかった。冷たい汗を背に流しつつ、防御の風を身体に纏う。
戦闘へと切り換えた直時は、撃ち上げられる無数の矢を風で逸らしながら、少しずつ高度を上げ弓兵の対空射撃の射程を確認する。風による矢の妨害は空中騎兵の攻撃を避けるより簡単だったため、気持ちに余裕が出来た。
(射程はかなりあるな。魔術で撃ち上げているからか?防御無しだと当たったら危険だな。でも高度とったら狙い撃ちはなさそうだ。弾幕は怖いけど・・・)
直時の速度で飛び回る標的を狙って当てるのは、弓でも魔術でも難しい。地球であれば音速を超える銃器があるが、今まで見た中では弓も魔術も視認できる速度で放たれている。視認、捕捉、照準、射撃という過程が必要不可欠なため、動きをとめなければ単体での攻撃は脅威とならないと判断した直時だった。無論、そこにはフィアやヒルダといった圧倒的な力を感じる、判断が不可能な存在は含まれていない。
弓兵の攻撃を抜けると、ヴァロア軍本陣の天幕が見えた。
(大きい!大人数用のテントどころじゃないぞ!)
日本で見た某サーカスの天幕ほどでないにしろ、グループ用テントの大きさを上回る。直時の目算では50人は寝られるだろう大きさであった。
本陣前面には分厚い鎧に身を固めた重装歩兵、その後に攻性魔術師と補術兵が混在して控えていた。直時の接近に、補術兵が防御魔術を展開し始める。
風の精霊術に対するには物理強度を上げるか、風を攪乱するかのどちらか。彼等は本陣の護りを気取られないよう、前者を選択した。
土系魔術『土塁』で分厚い大地の陰に隠れる前衛。中衛、後衛は『氷盾』『石壁』等、生成系防御魔術を張り巡らせた。
各防御魔術と重装歩兵の盾にに護られた攻性魔術兵が、指揮官の命令のもと、直時の予想進路に攻撃魔術を一斉に放った。
短いのは月末仕様ということでご勘弁ください><