侵略②
ほとんどミケさんの過去編です><
ミケは夜の街を縫う。暗い路地裏や屋根を音も無く移動する。僅かな星の光がその眼を闇に浮かばせるが、活性化した闇の精霊が気配を完全に遮断している。姿を見られたとしても、意識されず、記憶にも残らない。
今までギルドで受けたクエストは地方領主、有力貴族、宮廷関係者からのもの。盗品から略奪品まで手広く扱う商人からの採取クエスト。その合間に酒場や夜の蝶達からの噂話を広く集めた。
そこから浮かんだある貴族の私兵団。当時、普人族国家同士の会戦が行われ、ミケの住んでいた集落が戦地への行軍と近かった軍勢は3つ。そのひとつだった。
未だその貴族の下で仕官しているという兵を酒場でひっかけた。兵士は舌舐めずりしながらミケを路地裏へと引きずり込む。宿に連れ込む手間も惜しいらしい。壁に押し付けられ、怯えた振りをした上で抵抗の素振りを見せた。
「お前も耳を切り取ってやろうか?」
その一言でミケが硬直した。炎の中からリタに連れ出され、目の当たりにした同族達の多くが耳と尾を切り取られていた。
抵抗を止めたミケを恐怖に竦んだと思った男が身体を弄りだす。胸元や腰回り、太腿に手を這わせた男はミケの尾を握りしめた。その瞬間ミケの視界が真っ赤に染まった。
故郷を焼いた炎の赤。家族の身体から流れる赤。同族達を染めた赤。
ミケが荒い息を吐きながら自分を取り戻した時、裏路地の泥と己の血に塗れた男が、悲鳴というにはか細い呼吸を繰り返しつつ許しを請うていた。
手足が不自然に折れ曲がり、体中なます切りでそれでも命乞いをする男の喉に、伸ばした爪を浅く突き刺す。ミケの脅しに洗い浚い喋らせた後、喉を掻き切って路地裏に捨て置いた。
「これが始まりよ。闇に脅えるがいい・・・」
俯いたまま低く宣言したミケ。この日から件の部隊に所属していた兵が次々と命を落とす。
5人が殺された時点で部内では注意を喚起された。10人を超えた時点で警戒態勢が敷かれ、夜間外出が禁止された。それでも犠牲者が止むことはなかった。
夜の街へ出られない不満をこぼしつつ、部隊御用達の店に集められていた兵達十数人が殺害された。最後のひとりが断末魔を上げたとき、足を踏み入れた給仕が見たのは影から生えた鋭い爪だった。頸を貫いたそれが影に吸い込まれ、辺りを血飛沫が染め上げる。
それ以後、巷を賑わす暗殺者『暗爪』の名。一部の者は恐怖に慄き、大多数の者は好奇と興奮をもってその名を口にする。ミケが暗躍する度、その名は巷に溢れるのだった。
「・・・怯えるがいい」
陽の光の下で明るく元気に振る舞うミケが夜の帳と共に呟く。鏖殺せねば気が済まなかったが、こないだ手に掛けた中隊長は下級とはいえ貴族の次男だったようで警戒が厳しくなってきた。
兵を後回しに下士官、士官を優先して標的にしたが、本命の指揮をとっていた貴族の息子はその財力で警護隊ががっちりと固めてしまった。高位の魔術師まで雇ったようだ。
しかし、それでも復讐を諦められない。あの日の光景を忘れられるはずもない。警戒の眼を逸らすため、比較的警備の緩い下っ端兵士を一人屠った。その知らせが届くのを見計らって貴族の屋敷へと闇を駆ける。
狙う貴族の屋敷もクエスト達成時に呼ばれたことがある。もちろん正門ではなく、裏門から入り使用人室で応対された。だが、およその配置は判る。ミケの瞳は僅かな光を反射して緑色に光っていた。
警備も厳重。灯火の術や篝火が皓々と照らすが、夜の闇を駆逐するまではいかない。闇の精霊を味方にしたミケの侵入を阻むことは出来なかった。
「旦那様、そろそろお休みになられては如何かと・・・」
「うるさい!それより酒の代わりを持て!」
細身の老僕の諫言に怒声で答える男。貴族と言うには無骨さが目立つが、戦乱渦巻く中での貴族は武辺がモノを言う。しかし、その武辺も落ち着きのないイラつきが台無しにしていた。
「『暗爪』か・・・。獣人族であろうな。・・・遺恨か」
過去にも他の獣人族の集落を襲ったことがあったため、どの種族が自分たちを狙っているのか判然としない。
「覚えのある種族は領内から駆逐するか・・・」
ほうっと嘆息し呟く貴族の背後にミケがいつのまにか立っていた。
「その前に貴方を駆逐してあげましょう」
小声であったが、耳元で囁かれたことに驚愕して立ち上がる貴族。武器は戦場では使えない装飾過多の剣のみ。宝石が象嵌され、精緻な彫刻を施されたそれを引き抜き構える。
「キサマ!猫人族かっ?卑しいケモノ人の分際でっ!」
「高貴な貴族様の言葉にしては品がないのですね?私の故郷を襲った軍はもっと卑しい人ばかりでしたけどね」
あくまでも傲慢な貴族の言葉に冷ややかに答えるミケ。その姿がブレる。
一瞬後、相対していたはずの気配が背後にあるのを知って慌てて振り向く貴族の手から剣が落ちる。肘から先はその柄を握りしめたままだ。ミケが強化変形させた爪は長さを増し、血を滴らせていた。
「ケダモノ風情がぁっ!」
「吠えるな。下衆」
右手から吹き出す血に構わず、我を忘れて掴みかかる。男の下顎からミケの爪が突き上げられた。親指の爪は左耳を削ぎ飛ばし、残り4爪が口腔から舌を貫いて顔面へと突き出る。吹き出る血潮にミケの顔が真っ赤に染まる。痙攣する貴族。
「ちちうえ?」
舌っ足らずな子供の声がした。赤く染まった自分と父親である貴族を眼にした小さな女の子が目尻が裂けるほど眼を開く。
クマを模した人形を抱いたその子が立ち竦んだ。命乞いをする兵を殺すことにも怯まなかったミケの身が凍る。
「あ・・・」
それがミケの声だったのか、女の子の声だったのか判らなかった。しかし、次の瞬間童女の悲鳴が屋敷に響き渡る。
ミケが動き出したのは衛兵が部屋に足を踏み入れた瞬間だった。咄嗟に闇の精霊術で気配を消したが、動揺からか完璧ではなかったようだ。窓から脱出する直前に放たれた攻撃魔術をその身に受けてしまう。悲鳴を噛み殺し、流れる血をそのままに逃走に移った。
ミケは走った。走りながら泣いた。それが復讐の成就だったのか、童女と自分を重ねた故の悔悟だったのか、それとも神に見守られてなお呪われているとしか思えない世界にたいする憤りだったのか判らなかった。
応急手当だけをして夜の闇を追っ手から逃れるミケは、国境を越えある町に入った。白み始める空。街は静けさに包まれている。冒険者として登録しているミケはギルドへと足を向けた。運が良ければ治療を受けられるかもしれない。
冒険者ギルド、リスタル支部の扉を肩で開けた時点で力尽きたミケは床に倒れ込む。そのとき当直としてたまたま在室していた普人族の女性が血相を変えて走り寄った。治療師の手配、ミケの看病をしてくれたその女性こそがミケが恩人と呼ぶ人だった。
ミケの傷は深く、治療師の治癒魔術(人魔術)では命を取り留めることができたが、完治には時間がかかった。ギルドの救護所は一時的な治療を行うだけで、長期逗留はできない。彼女はミケを自宅へと連れ帰って看護を続けてくれた。
仇討ちをなした反動からか、それまで張り詰めていた気がプッツリと切れてしまった。ミケには世界が曖昧に感じられた。生存本能が命じたため必死に逃げたが、今思えば何故逃げる必要があったのかも判らなかった。
そんなミケを傷が癒えるや、あちこち連れ回す彼女。珍しい装飾具や目新しい衣服、美味しい料理や菓子を見せてくれた。時折訪れる孤児院には種族の別なく彼女の来訪を歓声を上げて迎える子供達がいた。
当初、無邪気な子供達とどうやって接して良いか判らなかったミケだが、戦災孤児である彼等が自分と同じような地獄を見たのを知って積極的に遊ぶようになった。子供達もまたミケに良く懐いた。時折、血塗れた自分が子供達と接するのに気後れしてしまうことがあったが、そんな時はいつも彼女が後ろから微笑んでいてくれた。
「―彼女がこの件の犯人だったとしても、ギルドへの討伐依頼は公共の福祉から逸脱しています!いち貴族の私怨ではありませんか!」
ミケがリスタル支部で働く彼女の元を訪ねたとき、常に微笑んでいる表情を一変させて上司と思える男に怒鳴っていた。
脂汗を垂らしつつ、彼女を宥めようとする上司はミケの存在に気付いてバツが悪そうに眼を逸らす。
「兎に角!この依頼をクエストとして認めるならギルド本部の許可を取ってもらいます!リスタル支部の独断で引き受けるなら監査に直訴しますからっ!」
憤然と上司に叩きつけた彼女はミケを促してギルドを後にした。
「ヴァロアの貴族暗殺なら私です」
軽食屋で焼き菓子と香茶が並べられた後、ミケは彼女に切りだした。
「事情は聞かないわよ?問題は向こうのごり押しを受けようとしてるギルドの方なんだから。列強だからって、ギルドに干渉させちゃいけない。いくら弱小支部だってね」
髪と同じ紫紺の瞳に強い光を込めて言う彼女。普人族の彼女からは大した魔力は感じられない。体つきや掌を見る限り武術にも縁がないようだ。しかし、意思の強さは今のミケより遥かに強そうだった。
「はぁーーーっ。しっかし、なんであいつはあそこまで押しに弱いかなぁ。仕事は出来るのに強く出られるといっつも引いちゃうんだよなぁ」
先程までの強さから一変してふくれっ面で不平をこぼす。不満はあるものの嫌悪は見られない。ピンときたミケがからかうように問いかける。
「恋人ですか?」
「ちょっ!あんな情けない奴恋人なわけないじゃないっ!」
慌てた様子の彼女にミケの含み笑いが深くなる。憮然とした顔で言い訳が始まる。
「まあ、腐れ縁ってやつ?幼馴染なのよ。歳は向こうが上なんだ。小さい頃は頼りがいがあるお兄ちゃんだったんだけどなぁ。今は駄目駄目。もっとしっかりして欲しいんだけどなぁ。あっ!でも仕事はそれなりに有能なのよ?」
言い訳と愚痴とフォローがごちゃ混ぜである。ミケは思わず笑い声を上げる。
「にゃっはっはっはっはっ」
なんだ。まだ笑えるんだ。心から笑えるんだ。ミケの目尻に涙が溜まったのは笑いだけのせいではなかったが、それを喚起した彼女には悟られなかったようだ。
ヴァロア王国貴族からのミケ討伐クエストは彼女が骨を折ってくれた御蔭で受諾されなかった。代わりに、多少なりともギルドへ不利益をもたらしたということで、ギルド付き冒険者として無報酬の仕事を引き受けることとなる。表面上はヴァロアへの言い訳にもなる。ペナルティではあったが、ギルドの庇護が得られるようにとの配慮でもあった。
感謝しつつも微笑ましく思っていたミケの態度が微妙なものに変わったのは、件の上司が既に妻帯者であり、恩人の彼女は未だに慕っているのを知ったからであった。直時へのクエストも彼からの頼みを断れなかった恩人の顔を立てるためであり、内心では憤慨していたのだった。
ミケが避難民の群を逆行して到着したリスタルは、予想以上の人が残っていた。武器を手にした男達。炊き出しをする女達。臨時にPTを組む冒険者達。誰もが殺気立っていた。
ミケはその中を真っ直ぐギルドへと向かう。ギルド前は庇護を求める住人達と情報を求めて出入りする冒険者でごった返していた。人混みをかき分け建物に入ったミケは受付で忙しく対応する彼女の姿を確認した。
「カタリナ!」
ミケの呼びかけに一瞬顔を上げて答えるが、すぐに対応に戻る紫紺の髪。彼女の姿を確認したことで安堵するが、不安が鎌首をもたげてくる。
ギルドがいくら国家間に不干渉といっても町の施設の一部である。冒険者ではなく、ギルドへの攻撃は軍にとっては禁止事項だ。しかし、過去の戦闘に於いて襲撃されたことが何度かある。決意を固めたミケは義勇兵として参戦登録すべく、リスタル総督府へと足を向けた。
リスタルからの避難民に片っ端から移動系魔術を掛けていた直時は、人の波がひと段落したことで街道脇の草むらに倒れ込んだ。流石に消費魔力が追い付かなくなったようだ。荒い息をつきながら大の字になっている。
「戦争かぁ・・・」
日本では既に親の世代でさえ経験していない。歴史で習いはしたが、他界した祖父母から少し聞いたのが一番生々しい話だった。その記憶も遠い。
祖父からは満州で同僚が散髪屋で喉を掻き切られたことや、シベリア抑留での過酷な環境と捕虜の扱いの酷さを聞いた。
祖母からは危なくなった防空壕から別の防空壕への退避中、米軍機からの機銃掃射を受けたと聞いた。
今でこそジュネーブ条約だのなんだのと言われているが、日本が経験した都市部への無差別爆撃や、原爆投下、病院船や疎開船への攻撃、狩りをするかのような機銃掃射等、軍人が民間人を殺すことに躊躇いのないことは歴史が証明している。第二次大戦下での便衣兵もテロリストの先駆けと言えるだろう。
起き上がった直時は『気』(?)の循環と魔力増量をこなしつつも思考の流れを止められない。
(この国は別に俺の祖国じゃない。相手国が憎い訳でもない。でも民間人まで標的にするのは軍人のすることじゃない。この世界でもそれが良識と思いたい。でもそれは俺の希望的観測だ。町の人達が戦域から逃げられるのなら手伝いたい)
悶々とする直時が避難民を助けるのはこの一点だけだった。軍人はそれが本意かどうかに拘わらず戦う者として定められた存在だ。自由は制限されるがその分強権が与えられている。日本は別として、地球においてはそのように認識されている。
だからこそその力をぶつける相手は同じ軍人でなくてはならない。無論直時も兵糧攻めや通商破壊の有効性を知ってはいたが、感情が許さなかった。
(武士は農民兵を殺しても、農民は殺さない)
理想を実現する過程で実効的な作戦を取ることとと、実利だけを追求する作戦を取ることには大きな隔たりがあると考える。前者は、今日の痛みを未来に繋げられる。後者はただ今の実利のために未来へ遺恨を先送りするだけであると思えるのだ。
(ここはアースフィア。地球じゃない。日本じゃない)
『郷に入りては郷に従え』とは日本の言葉である。直時もそれは正しいと思う。
しかし、ここは地球ではない。海外であれば直時もその地の習慣を尊重し大事にしただろう。訪れた日本人として、また日本から移住する人間として自覚をもって。
だが、ここには日本は無い。日本を知る者もいない。
(でも日本人として育った俺がここにいる。国など関係無い個人として振る舞えば良いと言ったって、やっぱり俺は日本人なんだよ)
『思う通り生きれば良い』とのヴィルヘルミーネの言葉。だったら、現代を生きる日本人として、いや、自分が願って叶えられなかった日本人として振る舞うのも自由なんだと思う直時。
「専守防衛なら良いじゃないか。微力ながら助太刀する」
リスタル防衛戦に参戦を決意するが、あくまでも民間人が避難する時間稼ぎが目的だ。この国の戦争はこの国の軍隊の仕事。軍の応援が来るまでの我慢だ。それすら楽観だったと思い知るのはもう少し後のことである。
ノーシュタット方面、その延長上に首都ヴァルンがあるため、殆どの避難民はこの街道を通り、直時に魔術の補助を受けていた。
当初は補助を掛けられるために立ち止まる者を罵りながら追い抜いていく人が数多かったが、移動系魔術を施された者達が悠々と追い抜いて行く様を見て、皆がこぞって街道の片側に列をなした。直時が割り込みを許さなかったのもあるが、これが混雑していた街道の交通整理に役立った。
それまでは混乱のため、街道で荷車同士の接触事故や、人身事故が多かった。しかし、直時が施術する間、次の者は出発できないため、一定の間隔で避難民が進むこととなった。しかも移動速度は段違いである。直時が速度に不慣れな者には『推進』で左側を、高速移動に難が無い者には『地走り』で右側を走行するよう指示したのも良かったようだ。
速度による事故はあったが、それまで遅々とした移動にも拘わらず混乱の中で起こった事故よりは遥かに少なかった。
逃れる人が疎らになってきたのは、一応避難に区切りがついたのだろうか?そう判断した直時はリスタルへと向かう。出会った中に『高原の癒し水亭』のアイリス嬢、オットー氏、ミュン、そしてブラニーらの顔が無かったことに不安を感じていた。
直時が到着した時にはリスタルの町は閑散としていた。門を護る衛兵も、通りを歩く人も見る事はできなかった。退避済みなのかとも思ったが、まずは『高原の癒し水亭』へと向かう。
「おやっさん!アイリスさん!ミュン!」
宿の入口に鍵は掛かっていなかった。扉を開けざま大声で呼んだが、返る声は無く人の気配もなかった。
退避済みならそれに越したことは無い。敵軍の接近に防衛を諦めて避難したのだろうか?辺りの人気の無さに、『探知強化』を上書きする直時。
「町の中心部にいる?」
南大通りへと戻った直時は人の気配を感じた。リスタル総督府や各ギルド支部が軒を連ねている場所だ。とりあえず冒険者ギルドへと急ぐ。
「なんだ・・・。これ?」
直時は茫然と呟く。予想より多くの人が残っていた。中央広場前は災害時の避難所の様相だった。臨時の露店が軒を連ね、炊き出しを並んだ人達に手渡している。毛布や衣類を配給している。国軍の守備兵がところどころで槍を手に立っている・・・。
避難せず町に残った者達は、国軍や義勇兵への補給や支援活動を引き受けた民間人だった。そして、戦闘前の不安から、情報や指示が得られ易い中央広場に集まっていた。
「おう!ヒビノ!」
群衆の中から目敏く直時を見つけ、近寄って来たのはベルツ戦具店店主のブラニーだった。胸から腹までを覆う金属鎧を身に付け、右手に長剣、左手に真円の小振りな盾を装備している。禿頭は兜で覆われていた。
「ブラニーさん!避難しなかったんですかっ?」
「俺の店はここにあるからな。尤も商品は全部義勇兵やら自警団へくれてやったがよ」
片眼を瞑りながら直時に笑いかける。
「お前さんもえれぇ時に戻ってきたもんだなぁ。がっはっは!」
「笑いごとじゃないですよ!どうして避難しないんですか?女性や子供も残ってるじゃないですかっ!」
ブラニーにあたるのは筋違いであるが、どうしても声が荒くなってしまう。
「そうだ!『高原の癒し水亭』の皆は?」
「おやっさんとアイリス嬢ちゃんは炊き出ししてる。ミュンも手伝ってたな」
「やっぱり避難してなかったのか・・・」
「ここは俺達の町だ。俺達が守らなくてどうする?それに関係ない冒険者達も手助けしてくれるんだから、そいつらの飯を用意するのは礼義ってもんだろ」
「国軍はっ?増援はまだなんですか?」
「増援は知らん。駐留軍は敵より少ないからな。まともに防衛線を構築できんからと遊撃に出てる」
「義勇軍は?戦力はどれくらいなんですか?」
「そんなに矢継ぎ早に聞くなよ。俺だって全部把握してる訳じゃないんだぜ?」
直時の剣幕に押されブラニーが慌てて一歩下がる。我に返った直時はブラニーに謝る。
「すみません・・・。ギルドに行って情報聞いてきます」
「おう!・・・・・・ところでこの時期にリスタルに戻って来たってことは・・・」
「微力ながらお手伝い出来る事があればと思ってです」
「義勇兵の登録ならリスタル総督府でやってる。しかしまあ、情報なら冒険者ギルドの方が早いかもしれんな」
「有難う御座います」
焦る直時の背にブラニーが声をかける。
「ヒビノ・・・。ありがとな」
突然掛けられた感謝の言葉。振り返ったのは良いが、何と言って良いか判らない直時は少しの逡巡の後、ブラニーに正対し踵を揃え背筋を伸ばす。揃えた5指を体側から最短距離でこめかみに触れるか触れないかの距離で制止させる。上腕は水平に。僅かに掌を傾ける。
異国の敬礼に対して、ブラニーは胸の正面に剣を垂直に立てて応える。軽く頷き合った二人は同時に礼を解き、それぞれの往くべき場所へと向きを変えた。
国は違えども、二人には共通の思いが確認できていた。
『護る』と・・・。
ブラニーさんは自警団として町に残ってます。