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侵略

軍事関係は素人なので御容赦を!><




 ヴァロア王国侵攻軍、移動司令部では初動の評価と今後の作戦行動の確認が行われていた。


「越境に関して今のところ問題は出ておりません。進軍情報隠蔽のための鏖殺おうさつ作戦は一部の懸念を除いて完遂されております」

「参謀、懸念とは何だ?逃走した者は全て補足殲滅したと報告を受けているぞ?」

 順調に進捗しんちょくしている作戦に水を差す参謀の言葉に司令が避難の眼を向ける。


「はっ!補足対象については完璧に無力化しております!小官の懸念は逃走ではなく潜伏であります。人魔術、個体能力、無いに越したことはありませんが精霊術により我軍の哨戒をやり過ごし、離脱後、連絡を取られることにあります」

 参謀の仕事は常に最悪を上官に意識させることだ、との言葉は軍学校参謀科で常々教えられる。


「哨戒騎からは異常は認められないのだな?」

 参謀に即答はせず、空中騎兵団長に確認する。


「はっ!空中騎兵の遠視による哨戒でも異常は認められません」

 手入れの行き届いた髭を撫で付けながら、余裕をもって答える空中騎兵団長。


「ならば、このままリスタルを目指す。本命はロッソだ!ロッソを手に入れるためにリスタルは灰塵に帰さねばならん。その惨禍を見せつけねばならん。我がヴァロア王国の力を知らしめねばならんのだ!マケディウスなどという弱小守銭奴国家が、他種族と馴れ合い富を貯め込んでいるなど許しがたい!祖国ヴァロア王国に栄光を!」

 司令官の檄に居並ぶ将軍達が唱和する。祖国のために!と。渦巻く熱気に流されず冷やかな眼差しを崩さない参謀が自分と同じ、いや、より冷めた眼をした存在を確認した。

 居並ぶ将軍達から距離をとり、末席に存在感を極力消した諜報部に所属する者だった。


 軍議が終り、戦意に満ちた将官達が退席していく中、残ったのは司令官と参謀。そして、会議中一言も発しなかった諜報部。


「参謀の懸念はもっともだ。侵攻が露見している可能性は如何程か?」

 司令が参謀に問いただす。諜報部員と無言で視線を交わす参謀。


「希望的観測で5割。私の判断ですと7割以上の確率で何らかの情報は得られていると思われます」

「しかし敵国軍の動きは無いぞ?」

「シーイス公国としてはまだ確認の段階でしょうが、冒険者ギルドには既に把握されていると考えます」

「義勇兵が出てくるか・・・。リスタル在中の名立たる冒険者はいないはずだったな?」

 参謀ではなく、諜報部へと訊ねる司令。


「本国からの情報ではAランクの獣人族が数える程とのことです。ノーシュタットにはSランクの存在が確認されていますが、リスタルまで出張ってくることは無いと判断されております」

「しかし、奴等の交友関係は我等の情報に無い方が多いが?介入の心配はないのか?」

「断言はできませんが、諜報部の評価ではその可能性は低いとのことです」

 軍議の席では見せなかった司令の弱腰を諜報部員は無駄な懸念だと一蹴する。慎重な進軍を望んでいた参謀が眉をしかめていたが無視される。


「作戦は発動されたのです。小国シーイス公国には首都防衛しか手立ては無いはず。リスタルごときは切り捨てられるでしょう。今作戦は交易の要衝たるロッソを手中にするための布石。司令には勇猛果敢な攻めを期待されております」

 本当は冷酷残忍、狂気による惨劇を見せしめにし、ロッソ近くから狙うこの軍を牽制に使い、ロッソ侵攻本軍が無血開城(街)を迫る予定である。作戦終結後、戦犯として断罪されることは司令には知らされていない。


「我が軍は1万2千。リスタルの人口は多く見積もって1万。守備軍は500。いくら冒険者が参戦したとて勝敗は明白です」

 諜報部員の言葉に取り戻した自信で鷹揚おうように頷く司令。リスタルは防衛のための城壁すらないのだ。


「では好きなようにやっても良いという言葉はそのまま取って良いのだな?」

 犬歯を剥き出し、欲望に濁った眼を向ける司令の視線を正面から受け止める諜報部員。


「リスタルにおける権利は全て貴官に委ねられております」

 言質げんちを与えられたことで、殺戮と蹂躙と略奪への全ての禁忌を解放した軍の長は下卑た笑いを抑えられなかった。参謀の諫言は脳裡から消え去っていた。


 参謀の懸念に反して、リスタルの街に敵襲の警報が発令されたのはヴァロア軍が直撃する1日前であった。






 直時はノーシュタットを出立し、行きとは違ってゆっくりとリスタルへと帰還していた。輸送クエストでも引き受けようかと思っていたが、リスタルに戻れば金貨10枚の成功報酬が待っている。野宿にはお金が掛からないこともあり、精々薬草でも見つかれば儲け物と暢気に進んでいた。


 直時にとって、高速移動魔術は探知強化の知覚強化無しではきつい。移動がゆっくり過ぎるのもストレスが溜まるので移動初歩魔術の『推進』を身体に覚え込ませつつ進んでいたのである。


「タッチィー!斑土蜘蛛発見ニャ!」

「流石ミケさん!今日の晩御飯は蜘蛛足だ!」

 直時の槍が地面に潜り込もうとする斑土蜘蛛の頭部に突き刺さる。苦し紛れに毒液を吐くが直時には届かない。


 この世界に来て、直時がハマった食材のひとつが斑土蜘蛛を筆頭とする、大蜘蛛の足である。大味ではあるものの、触感は蟹蒲鉾かにかまぼこで、味はそのまま蟹である。松葉ガニほど濃厚な味ではないが、充分郷愁を誘う味であった。


 ノーシュタットからリスタルの旅程にミケが同行した理由は『依頼には能力よりも性格や考え方を重視せよ』とあったらしい。そこまで調査対象に言って良いのだろうかと思う直時であったが、其処ら辺は自分の性格を見抜いたミケの判断だろうと苦笑交じりに納得するのであった。


 息絶えた斑土蜘蛛の8脚をナイフで切り離す直時を見守るミケの顔が不意に強張る。応答するミケの頭上に魔法陣が現れた。遠話の魔法陣だ。


 一頻ひとしきり応対した後のミケの表情は一変していた。




「リスタルに侵略軍が迫っています」

 強張った表情でそれだけを直時に告げる。


「戦争・・・なのか?」

 実感が湧かない直時であったが確かめざるを得ない。


「そうです。隣国のヴァロア王国が攻め込んで来たようです。シーイス公国はまだ詳細を把握しておりません。しかし、リスタルの街では防衛戦を決定。住民の避難と同時に義勇兵を募っています。私はリスタルに恩人がいますから先行させてもらいます」

 ミケの断言は直時の都合だの思いだのとは別に、自身の立場を明確にしたもとを分かつとの宣誓だった。


「ミケさんは参戦するんだね?」

「当然そうなります」

「・・・・・・人魔術の新発見広める間も無かったな」

「世界は自分を中心に動いているわけでは無いのですよ」

 少し皮肉げに直時に告げるミケ。


「俺はそんなに傲慢じゃないよ。むしろ端っこで細々と生きてるタイプだから。これから直行するんだよね?防衛戦なら泉で見ただろうけど防御系人魔術が必要になると思うんだ。岩壁とか岩柱とか・・・」

「良いんですか?」

「消費魔力きついから普人族に教えたら駄目だよ?転写する。心の準備が終わったら言って」

 笑顔で返す直時にミケが呆れたような顔をする。新しい人魔術の魔法陣は、それが普及するまでは信じられないような高値で取引されるからだ。


「お願いします」

「我が知 我が識 汝の知となり肉と為さん―『転写』」

 軽い眩暈めまいを覚えたミケが額に指を当てる。


「『岩盾がんじゅん』3種、確かに頂きました」

「防御系だから他の人に教えることに遠慮はいらない」

 攻撃系(相手の命を奪う)魔術には逡巡を覚える直時だが、防御系に忌避はない。

しかし、この魔術を盾にしながら攻撃がなされることに考えが至らない時点で本人のエゴ以外の何物でもなかった。




 ミケがリスタルから敵襲の遠話を得ていた頃、シーイス公国王宮にもその知らせはもたらされた。


 獣人族という立場から控えめに会場の端で美酒と料理を楽しんでいたガラム兄妹、騒がしいのを嫌うダンを他所に、フィアとヒルダは物怖じせず酒杯を重ねていた。意外と気が合っているのかもしれない。リシュナンテにいたっては、上流階級の御婦人方を束で相手取り愛想を振りまいている。


「伝令!緊急です!」

 突然息を切らした兵士が祝宴会場へと走り込んで来た。官僚と思しき数人を腰にまとわりつかせているのは強行突破してきたからだ。王族に連なる者達や、貴族達は眉をひそめている。


「祝宴の席に敢えて伝えねばならんことなのか?」

 国務大臣がやんわりとたしなめる。非難を込めつつも、緊急事態を無視する気はないようだ。兵の無礼に不快を感じているが、用件を聞く。


「ヴァロアより侵略です!国境は突破され、敵軍はリスタル目前!」

 発言を許されたことを僥倖ぎょうこうとして、口を挟まれないよう簡潔に、そして一気に報告を済ませる。


 にわかにざわめき出す会場。それまでの陽気さを拭い去ったフィアは杯を手近のテーブルに置いて足早に歩きはじめる。その前にヒルデガルドが人の悪そうな笑顔を浮かべながら近付く。


「坊やが心配か?」

「リスタルの宿屋には私の荷物が置いてあるの。丸焼けにされちゃ嫌だからね」

 ヒルダを軽く睨みながら強がるフィア。ガラム兄妹とダンも集まってくる。リッテは女性の輪を抜けるのに苦労しているようだ。


「俺達のクエスト報酬はリスタル支部で受け取る予定だった。緊急条項から他所の支部でも受け取れるだろうが、皆はどうする?」

 PTパーティーリーダーであるガラムが問い質す。


「私は荷物を取りに戻るわ。邪魔する奴は吹き散らかすだけよ」

「私は坊やに稽古をつけてやろうと思っていたからな。実戦訓練ができるなら好都合だ。リスタルに向かう」

 フィアの強がりに含み笑いしながらヒルダが答える。


「ワシはノーシュタットに向かう。防衛線を構築するならノーシュタットだろう。陣地構築に協力しようと思う」

 ダンが戦況を踏まえた上で答える。どれだけ急いでもリスタルは間に合わないとの判断だった。


「俺もダンに賛成だ。クエストのクライアントだしそれくらいの義理はある。しかし、防衛戦に協力するとしてもリスタルはもう無理だ。シーイス公国軍も今から展開するならノーシュタットに陣を敷くだろう」

 兄の言葉に頷くラーナ。虎人族の兄妹はノーシュタットへ向かうようだ。


 そこへ漸く御婦人方の輪から抜けてきたリシュナンテが遅れて合流する。戦争に怯える女性達がなかなか解放してくれなかったからだ。


「リッテはどうする?」

「僕は野暮用がありまして。王城に留まります。末席とは言え僕はカールの宮廷魔術師ですからね。戦争に係わっちゃうと色々と面倒なことがあるので。まあ、好意的な軟禁みたいなもんです」

 ガラムからの問いに常の軽さのまま答えるが、自分の立場だけは明確にする。シーイス公国としても隣国の大国、カール帝国の宮廷魔術師の保護は同盟関係にあるため蔑ろにはできない。カール帝国からの派兵を促すためにも安全を確保するため行動を制限するのは致し方なかった。


「リッテの護衛はシーイスにだけ任せても大丈夫なの?」

 ラーナが心配そうに兄に訊ねる。


「俺達が出張るより任せた方が無難だろう」

 獣人族がシーイス公国の護衛にケチをつける方が不味い。王城は戦域から遠く、最悪の際の脱出路も確保されている。


「カールはどう出る?」

 不意に発せられたヒルダの言葉に片眉だけを上げたリシュナンテ。へらへらとした雰囲気は崩さない。


「僕は宮廷魔術師といっても下っ端ですからね。国の方針までは知らされてません」

 暖簾のれんに腕押し状態のリッテに鋭い眼差しを向けるヒルダ。方々で情報収集と連絡を取っていたことは竜人族の鋭敏な知覚で知っていたが今はPTメンバーである。深く追求するのは諦めた。普人族国家同士のいざこざなど些事だと感じていることもある。


「カールも大きな獲物に狙いを定めたようだな」

 皮肉を返すだけに留めたヒルダは、今にも走りだしそうなフィアを促して場を後にする。ヒルダの言葉に残るPTメンバーの問いかけるような視線をはぐらかしたリッテは軽く肩を竦めた。


(他メンバーが同行しなかったのは計算違いだったな。黒剣と晴嵐だけなら足手まといが無い。現地到着も早いか。思ったより早く終わりそうだ。急がせるか・・・)

 シーイス公国に潜り込ませたカール関係者との連絡を急ごうとするリッテだった。






 ミケは脚力を強化した上に『地走り』でリスタルへと急行していた。同道していた直時とはリスタルを脱出してきた避難民と接触した辺りで別れた。


「避難を最優先に補助するよ。ミケさん、くれぐれも無茶はしないように」

 直時は別れ際にそう言って避難民に移動系術式を施すためその場に留まった。彼の魔力量なら『推進』『地走り』『浮遊』等を連続使用しても問題はないだろう。別れ際に見た彼は家財道具を抱えた者達に片っ端から人魔術を行使していた。


 自分やフィアといった高ランク冒険者ならば直時を手玉にとることは可能だろう。しかし、彼の有り余る魔力を普人族の戦列に叩きこんだならば・・・。走りながらもその予測に心が揺れるミケであった。

 闇の精霊術は日中にあっては効果が半減される。影を使った攻撃はそこそこの威力を期待できるが、風、水、土、火といった直接現象系精霊術と比して大規模攻撃には向かない。直時を戦力として迎える誘惑に駆られる。


 ミケは防衛戦に参加する気はあったが、第一の目的は自分の恩人を無事逃すことにあった。




 ミケの幼少時の記憶は炎で焼かれる故郷だった。普人族とは隔絶した森の中、ただ安穏と過ごす毎日の連続。同族の友人達と遊び疲れた自分を笑いながら迎えてくれる我が家。家族達。それらが炎に消えていった。


 ある日突然訪れた災禍。大声で走り回る大人達。その光景にただただ怯えるだけだった自分を、さして年の変わらない姉が抱きしめてくれていた。震える声で励ましてくれていた。

 玄関先で剣を取った父と誰かが争う。母が魔術を放つ。追い払っても追い払っても入りこんでこようとする者達。激しく争う父の背中から尖ったものが生える。そのときは槍で貫かれたとは判らなかった。悲鳴を上げる母。なだれ込んでくる鎧を纏った兵士達が、倒れた父に群がる。剣や槍、斧が振り下ろされる。何度も、何度も・・・。

 真っ赤になった父に泣きすがる母の衣服を引き千切った兵達がまるで祭りの供物のように担ぎあげ、歓声を上げながら連れ去って行く。

 姉は私を抱きしめ、きつく眼を閉じたまま震えていた。私もきっと震えていた。でも私は眼を開いて全てを見ていた。

 我が家から出ていく最期の兵がこっちを見た。兜で顔は判らなかったが、口元が笑ったのは判った。剣を片手に戻ってくる。笑ったまま・・・。

 振りあげた剣の先には私と姉。その間に誰かが走ってきた。おじいちゃんとおばあちゃんだった。二人は私達に被さると口から赤い水を吐いた。衝撃が走るたび、おじいちゃんとおばあちゃんの口から私の顔に赤い水が掛かった。二人とも笑っていた。大丈夫だと言っていた。でも私は心配で泣きそうだった。

 突然家の外から大声が聞こえた。「焼く」とか「燃える」だったと思う。大きな足音がした後、不意に静かになった。おじいちゃんとおばあちゃんは笑顔のまま動かなくなっていた。

 ぱちぱちという音と共に息が苦しくなってきた。私は家族に訴える。


「ハアハアしないと苦しいよ?それに熱いよ?」

 祖父母は笑い顔のまま動かない。仕方なしに姉の身体に手をまわし揺さぶってみる。


 崩れ落ちる祖父母と姉。床には真っ赤な水が広がる。誰も起きない。祖父母は眼を開けたまま動かない。姉は固く瞑った眼のまま動かない。私は心細くなり大声で泣き出す。

 泣いても誰も動いてくれない。誰も返事をしてくれない。火の粉が舞い落ちる。息が苦しい。喉が痛い。眼も痛い。私は泣くしかできない。泣いていれば眼が少しだけ痛くなくなったから・・・。




 ミケを助けたのは闇の精霊術を叩きこんだリタだった。普人族の軍が戦意高揚のためだけに猫人族の集落を襲ったのを聞いて駆け付けたのだった。生存者はミケだけだった。


 リタの元で闇の精霊術を身に付けたミケはその庇護の元から出奔しゅっぽんする。研いだ爪と牙を復讐に染め上げて・・・。




ミケさんの過去話その1です。どのタイミングで入れるか迷ってましたが、戦争の前に入れてみました。

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